東大サッカー部が欧州プロチームと提携!大学スポーツの画期的な挑戦が始まる

 東京オリンピック(以下、五輪)は多くの課題を抱えながらも、日本代表の選手や指導者・関係者の尽力で過去最高の結果を得た。

 日本の五輪を語る上で忘れてはならない試合がある。

1936年ベルリン五輪、サッカー日本代表vsスウェーデン代表の試合だ。激闘の末、3−2で日本が優勝候補のスウェーデンを下したのだ。いわゆる『ベルリンの奇跡』である(偶然にも女子代表も五輪で最初に勝利したのはスウェーデン)。

 このチームの選手のほとんどは当時の大学生で、なかに東京大学(旧 東京帝国大学)・東大卒の選手やコーチがいた。思い返せばこの「ベルリンの奇跡」の種田孝一選手や竹腰重丸氏だけでなく、"日本サッカーの父”と呼ばれるD=クラマー氏の招聘に尽力した野津謙氏、そして岡野俊一郎氏など東京大学サッカー部や卒業生たちが果たした日本サッカー発展の役割は、本当に計り知れない。

 そして、今回さらなる挑戦が始まった。

 東京大学運動会ア式蹴球部は、オーストリア・ブンデスリーガ2部に所属するFC Wacker Innsbruck(FCヴァッカー・インスブルック)(本拠地:オーストリア・ チロル州、州都インスブルック市)とパートナーシップを締結したのだ。なんと、日本の大学サッカー部が欧州プロクラブと提携したのだ。

東大ア式蹴球部(サッカー部)、二人のキーマンに聞く

野中 滉大(のなか こうだい)国際的活動ユニット長/東京大学法学部3年.
野中 滉大(のなか こうだい)国際的活動ユニット長/東京大学法学部3年.

 ビジネス的にも可能性を秘めた日本の大学スポーツ。今回のエポックメイキングな締結の舞台裏を、東大ア式蹴球部(サッカー部)の二人のキーマン、国際的活動ユニット長の野中滉大さんと、テクニカルスタッフの岡本康太郎さんにうかがった。

― 今回の提携はいろんな意味で画期的です。日本のスポーツビジネスの“最後のフロンティア”と呼ばれている大学スポーツ、その歴史で新しい1ページが開かれました。提携のきっかけを教えていただけますか。

野中 最初のきっかけは、約一年半前に遡ります。

 2020年の3月でした。東大ア式蹴球部(以下:東大ア式)を休部し、欧州を約1ヶ月一人旅して帰国していました。その体験から様々な価値観に触れ視野の広げる経験ができる部にしたいとの思いを抱きました。それが引いては部のサッカーの強化に繋がると。

 早速、国際系の学生団体で代表を務めていた王くんや、大学のプログラムでサッカーをテーマに世界一周を経験した石丸くんと、想いを共有して部内に「国際的活動」というユニットを立ち上げました。

― 東大ア式内に国際活動のためのユニットをつくったのですか?

野中 そうです。当初は、スタンフォードやケンブリッジなど海外の大学と定期的な交流戦を開催し国際交流の機会を設けること、カンボジアのプロチームと親善試合を実施して、並行して現地でのボランティア活動も行う、というような構想を進めていました。しかし新型コロナの影響でそもそも海外渡航すら難しくなりました。

 そこで今年に入ってから、テクニカルスタッフの岡本くんらとOBの方々のご協力をいただきながら、海外クラブ関係者に現地で学ぶチャンスをいただけないか打診しました。

 当初は良い返事がもらえずうまくいかない時期も長かったのですが、今年6月、オーストリアのFCヴァッカー・インスブルックでU23チームの監督に就任されることが決まったモラス雅輝さんから、話を聞きたいとメールが届いたのです!

 ミーティングを重ねるなかで、モラスさんに僕たちの国際的活動の目指す目標に共感していただき、特に国内最大級の規模を誇るテクニカルユニットのレベルの高さを評価いただき、両クラブが互いの知見を共有し合う形での提携関係の締結にいたったのです。

モラス雅輝さんからの評価に驚き

― 岡本さんは初めてお話を聞いた時はどう思われましたか?

岡本 最初モラスさんがテクニカルユニットを評価してくださっているとお聞きして、非常に驚きました。元々Twitterなどのメディアを通じてご活躍を拝見していたので、お声掛けいただき、とても光栄でした。

東大ア式では、2011年のテクニカルユニット創設以来様々な形で活動の幅を広げてきましたが、持続的な成長を遂げていくことはなかなか難しいのが現実でした。我々にとって1番の目的は自チームたる東大ア式の勝利に貢献することですが、それとバランスを保ちながら外部との関わりを増やしていくことが大事で、サッカー界に対して直接的に資すること、それがめぐって我々の能力向上に繋がり、相乗的に自チームにも還元されることがベストなサイクルの形だと考えています。

岡本 康太郎(おかもと こうたろう):テクニカルスタッフ/東京大学教養学部文科一類2年
岡本 康太郎(おかもと こうたろう):テクニカルスタッフ/東京大学教養学部文科一類2年

テクニカル分析という長所を提供する

― 実際にどんな活動をされていくのですか。

岡本 まだ始まったばかりという感じで、お互いの状況を共有し合いながら何ができるかを探っている状況です。

 テクニカルユニットとインスブルック側とではすでに何回かZoomミーティングを行っていて、自分たちからは今持っている分析技術を共有し、あちら側からはゲームモデルなどチーム自体のことを教えてもらっています。テクニカルユニットの業務内容としては、自チームへのアウトプットに関しても映像分析とデータ分析の2本立てという形でやっているのですが、今回のインスブルックとの提携では先ずは映像分析オンリーで関係を構築していこうという方針です。

 現在メインで進めようとしている活動として、インスブルックU23チームの映像分析があります。インスブルック現地の試合動画をオンラインで共有してもらって、我々テクニカルユニットの方でそれを分析し、アニメーションや映像加工を含めた資料をつくってインスブルック側にフィードバックするというような形です。ひとまず試用期間ということで、U23チームが所属するオーストリア3部リーグの試合を分析させてもらっています。

Withコロナ時代の新しい取組み

― 今後はどのようにこの提携を発展させていきたいですか。

野中 現時点でのやり取りはオンラインのみなので、今後は感染状況も鑑みつつ、インスブルック現地での活動も視野に入れた準備を進めていきます。モラスさんからも、感染状況が落ち着けば東大ア式部員のインターンを受け入れたいと仰っていただいているので、その実現に向けて日々の活動を頑張りたいと考えています。

また、今回の提携の目に見える成果物を残すことも目指したいです。国際的活動は、習得した知見を日本サッカーに還元するところまでがゴールだと捉えているので、両クラブの強化だけでなく日本、オーストリアのサッカー界に貢献できるように、現在2クラブの間で日々交わされている議論や活動の中で生まれた学びを目に見える形でアウトプットを出したいと考えています。

岡本 今後長期的な関係を築いていくためには、先ず我々が「欧州の評価基準」を装備する必要がありますね。モラスさんとのミーティングを重ねる上で痛感させられるのは、日本とオーストリアを含むドイツ語圏の国々とでは評価されるプレーがまるで違うということです。もちろん同じ国でもチームによってゲームモデルは異なりますが、そのゲームモデルに影響を与える根底のところの風土というか、国民性レベルで根本的な違いがあると感じます。我々としても新たな価値観を通してサッカーを体験できるのはとても刺激的なことだと感じています。

 加えて、現在は映像分析が中心ですが、今後は広くサッカーに関わる全般的な知見を共有していきましょうとの話もしています。例えば、データ分析の分野でも筑波大学との連携などを通じて、大学のアカデミックなバックグラウンドを最大限に生かした試みを行っていますが、そうした強みをゆくゆくは逆輸入のような形でインスブルック、欧州へとアピール出来れば、我々の価値をさらに高めていくことに繋がると思っています。

― 今回の提携、グローバルな視点からも意義深いですが、Withコロナ時代において単体での目標達成は難しくてもパートナーとなら可能という視点からも興味深いですね。

岡本 そもそもオンラインでこうした取り組みが出来ること自体がすごいと思います。海外ではインドの青年がイングランドのプロチームの分析をリモートで行なっている例などが話題になりましたが、国境だけでなく、プロアマの違いも跨いだチーム同士での提携でもあり、「サッカーに国境はない」と身を以って実感していますね。この提携が両チーム、そして日本やオーストリアのサッカー界にとってプラスとなるよう、今後もベストを尽くしていきたいです。

東大ア式蹴球部)とオーストリア・ブンデスリーガFC Wacker Innsbruckとのパートナーシップ締結は、日本の大学スポーツに大きな影響を与えていくことが予想される
東大ア式蹴球部)とオーストリア・ブンデスリーガFC Wacker Innsbruckとのパートナーシップ締結は、日本の大学スポーツに大きな影響を与えていくことが予想される

モラス雅輝氏は語る

今回は、提携相手のキーパーソンであるモラス雅輝さんにもお話を伺うことが出来た。

― まず、多くの読者にとってもどういった方なのか?お知りになりたいと思うので、ご自身のキャリアについて教えていただけますでしょうか。

モラス ありがとうございます。自分は16歳でドイツに単身留学、背骨の怪我と椎間板ヘルニアの影響や、ドイツ人監督クリストフ・ダウムに出会ったことがきっかけで、18歳で選手から指導者の道を歩みました。

 そして1997年からドイツ、オーストリア、日本で指導しました。過去に所属したのはFCレッドブル・ザルツブルクやオーストリア・サッカー協会、浦和レッズやヴィッセル神戸などです。トータルで優勝6回、昇格5回を経験しました。

 2014年にブンデスリーガ・スポーツマネジメント・アカデミーを卒業して、そして2021年6月にオーストリアのFCヴァッカー・インスブルックU23監督に就任しました。

― とても興味深いキャリアの歩み方ですね。今回の提携に対するモラスさんの率直な感想をお聞かせ下さい。

モラス きっかけとしては先ず、ネット上での学生からの積極的な発信記事やニュースなどを通じて東大ア式の活動に興味を持ちました。日ごろから、これは日本サッカー界全体に言えることかもしれませんが、素晴らしい知識や様々なノウハウを持った方が沢山いらっしゃるにもかかわらず、言語やネットワークの有無、現地の需給関係などの理由から、欧州のサッカー舞台では日本人スタッフの実力が充分生かし切れていない現状の課題を強く感じていました。

 と、同時に「欧州プロクラブの監督」という今の私の立場であれば、向上心ある日本の若者や学生がサッカー業界における国際競争力を磨く機会を提供できるかもしれないと感じたのです。

 我々U23チームにはオーストリアや日本をはじめ合計9カ国から選手が集まっており、彼らには東大ア式の学問的見地に立った分析や技術から多くを学んでほしいと思っています。そして東大ア式の学生の皆さんには欧州プロクラブの実際の現場での仕事に携わっていただき、お互い多くを学び合う関係を構築し、今回の提携をそれぞれが自らのキャリアアップに生かしてほしいと強く願っています。

 今回の提携が東大ア式の分析技術が欧州側で広まる足掛かりとなって、いずれは東大ア式出身者が欧州の舞台で分析官として活動するようになれば、とても嬉しいことです。

― 今後どのようにこの提携を進めていきたいでしょうか。具体的にお聞かせいただけると嬉しいです。

モラス まずは東大ア式の分析力をこちらのクラブのGMやコーチングスタッフ、そして選手たちに知ってもらうことからスタートします。

 現時点でのU23スカウティングリポートを送っていただいたので、これをオーストリア側の各スタッフに見せて内容についてやりとりを続けていきます。重要なのは、分析する側の独り善がりなものではなく、選手たちが「成長できる」「多くの気付きがある」と感じられるような内容に仕上げていくことです。

 試合の分析や内容についての議論、戦術に整理から新しい練習メニューの開発などについても積極的に取り組んでいきたいと思っています。また数ヶ月後には取締役会でも発表し、トップチームの監督などに報告しようと考えています。

モラス 雅輝(モラス マサキ、Masaki Morass) サッカー指導者として20年以上のキャリアを持つ。日本やヨーロッパなど指導者としての活動をグローバルに展開している
モラス 雅輝(モラス マサキ、Masaki Morass) サッカー指導者として20年以上のキャリアを持つ。日本やヨーロッパなど指導者としての活動をグローバルに展開している

 今回は大学スポーツ史に残る提携の裏側を垣間みた。

 これが呼び水となって、今後はこういった締結が増えていくかもしれない。先日のYahoo!記事 もそうだが、グローバルとの結びつきから新たなステップアップを目指す日本の組織や企業に根付いていったら、停滞感が漂うこの国が多くの面で次のフェーズへ入っていけるだろう。

 今回の締結は多くの示唆に富んでいる。今後も東大ア式蹴球部に注目していきたい。

◇参考:東京大学ア式蹴球部HP

FC Wacker Innsbruck×東大ア式 提携のお知らせ

*記事内の画像はすべて東大ア式蹴球部からご提供いただきました

(了)