あなたの周りに50代の人がいたならば、「俺たちの旅」と一言ささやいてみましょう。きっと言われた側の脳裏には、中村雅俊の歌声やら独特のポエムやらがフラッシュバックしはじめ、すぐさま懐旧スイッチがオンになるはずです。

1975年から76年にかけて、日本テレビ系列にて放映されたドラマ「俺たちの旅」。修学院大学4年生の津村浩介(中村雅俊)とオメダこと中谷隆夫(田中健)らの青春群像劇。他の学生が次々と就職先を決めていくのに反し、二人はなかなか進路が決まりません。というか、浩介は就職活動すらせず、バイトに明け暮れる毎日。「まだ就職する気ないよ」「そのうちやりたいことが見つかるよ」。今風に言えば、自分探し型ないし夢追い型フリーターということになるんでしょうか(もちろん、当時「フリーター」などという言葉はありません)。

その二人にも、卒業の直前に、ようやく内定の知らせがやってきます。東名不動産。中堅の不動産業者のようです。さっそく他の内定者とともに会社に呼び出される浩介と隆夫。いきなり社則を言えと命ぜられますが、浩介だけが暗記してきていません。大声で社則を唱和する未来の同僚たちをみて、浩介は即刻内定を辞退してしまいます。入社する前に、辞めてしまったわけです。一方隆夫は、黙々と見習いとして出社を続けます。

無事卒業できたものの職のない浩介は、浪人生ワカメこと浜田大造(森川正太)と何でも屋「なんとかする会社」を立ち上げます。そこに、職に恵まれないグズ六こと熊沢伸六(秋野太作、当時は津坂まさあき)や、宅地販売のノルマに悩む隆夫も結局合流し……。

オイルショック以降の世相を背景とし、狂乱の60年代のあとの、「しらけ世代」と呼ばれた若者たちの物語。「なんとかする会社」というのもアントレプレナーシップというよりは、ロハスとか、スローライフとか、ミニマリズムな感じでしょうか。それに対置されるのは、新卒一括入社を経て、モーレツ社員の道を歩もうとする学生たち(当時、「社畜」という言葉もありません)。

さて、タイトルに戻って。

浩介が暗唱することを拒んだ東名不動産の社則は、最近何かと話題にされることの多い鬼十則をアレンジしたものが用いられていました。田原総一朗『電通』が出版されるのが1980年代に入ってからのことなので、まだ世間的に鬼十則は知られていなかったのでしょう。昨今、過労死・過労自殺の元凶あつかいされがちな、あの十か条です。

ただし、浩介が違和感を覚えたのは、この十則の内容というよりは、社訓・社是の類を一言一句間違いなく唱えることを内定者に強要する会社側の態度、もしくはそれを当然なこととうけとめ順応する同期生たちの姿勢でした。

十則は、精神論というか心構えのレベルの話です。問題なのは、それがどう運用されたかでしょう。

実際の場面でどのように使われていたのか。若手社員を追いこむ、もしくは自縄自縛される言葉としての力を有していたのか否か。鬼十則の意味論よりも、その語用論(ある言葉を発することで、誰が誰にどのような作用を及ぼしているのか)こそが、今、冷静に問われるべきなんだろうと思います。