広告の周辺(12)かつて広告ブームはたしかにあったと、歴史屋としては言っておきたい。

1985年の終刊号に「最近、どうも息苦しくなってきた」とある。編集長、神足裕司。

 別のところにもちょっと書きましたが(https://www.tcc.gr.jp/relay_column/show/id/3885)、広告史を振り返った時に、「1980年代の広告(コピー)ブームはいったい何だったろうか」というのは、いまだ解かれざる問いだと思っています。今回は、そのあたりに関して。

山本直人『買う気の法則』

 皆がもう、忘れてしまおうとしている上記の問いに、それなりに答え出そうとした試みとして、山本直人氏の『買う気の法則:広告崩壊時代のマーケティング戦略』(アスキー新書、2009年)を挙げておきます。

 まず、氏の議論の前提として、古くから言われている「マーケティングとは4Pだ」という話があります。Product(製品、商品)、Place(流通、売り場)、Price(価格、値付け)、Promotion(販売促進、広告宣伝)の頭文字をとって、4P。この4つの変数の操作こそが、マーケティング(戦略)なのだとされてきました。そして山本氏は、1980年代以降の広告やマーケティングの推移を、「変数限定の時代→変数制御の時代→変数硬直の時代」と整理します。

 ものすごく単純化してしまえば、4Pのうちプロモーションに変数が限定されていた1980年代から、4Pのうちプライスとプレイスに変数が固定化された2000年代へ、という流れです(粗くまとめ過ぎてすいません)。

 1980年代、同価格帯の製品の質は、もうどこのものでもたいがい同じで、あとはプロモーション(もっと言えばネーミングとパッケージングとアドバタイジング)の仕方次第で、その商品が売れたり売れなかったりする…といった物言いが横行してました。一方、バブル崩壊の混乱を経て、デフレ突入の2000年代。安ければ売れる、もしくはショッピングモールに全国的に出店するなど、顧客との接点が確保できれば売れる。多くの販売拠点を確保し大量に売れれば、価格も安くなり、値段が下げれば、売り上げ伸び、出店が増える…、その循環。百均やら激安やらの時代です。

広告表現という変数

 1980年代前半の時代の空気を知るには、まず1983 サントリー ローヤルサントリー ローヤル ガウディ編で検索することをお勧めします。前者は詩人アルチュセール・ランボーがモチーフ、後者はその翌年のCMで建築家アントニオ・ガウディをフィーチャーしたもの。本来、ランボーやガウディと、ローヤルというウィスキーとの間には、何の脈絡もありません。そこをガウディの場合は、「石造りなのにやわらかい これは命がつくった家なのだ… 人を酔わせるのは命」といったナレーションで、強引に着地させてしまいます。その力技が許され、かつ高い評価を得ていた時代(ランボー編は、1983年のモダンアートの成果の一つとして、その年を回顧した美術評論家によって取り上げられていたような記憶が…)。

 まぁ、そういったことで広告はよしとされていたし、カッコいいフレーズやおもしろいことを考える人たち(要する広告の作り手)が、もてはやされていた時代でした。当時、広告上手の3S(サントリー、資生堂、西武百貨店)という言い方もありました。しかし、その後1980年代半ばの円高不況やら、バブルの狂乱やら、西武流通(セゾン)グループの失速やらいろいろあって、「失われた○年」と呼ばれる事態に至った経緯は、割愛します。

1990年代の混迷の中で

 1980年代、とりわけその前半のコピーライターブームへのアンセム(ないしレクイエム)として、当時あった広告専門誌(というかムックシリーズ)である『宣伝会議別冊 コピーパワー』6号(1985年)の終刊の辞を引いておきます。

ひとつには、広告が面白かったのではなく時代が広告を面白がったのである

出典:原田淳「ライナーノーツのように」

 当時、商品があれかこれかは、確たる根拠もなく、売り手と買い手との、送り手と受け手との、ごく偶然の出会いにおいて選択されていました。

そのゲームを成り立たせる空気のようなもの、いわば両者の間に交わされる目くばせを鋭敏に察知した何人かの広告の作り手によってゲームは進行したのであるが、これはまた、すべてのものを消費させずにはおかないひとつの意志に貫かれ、広告そのものすら消尽していったのだという見方もできる。

出典:同前

 こうした80年代後の広告の状況については、前回少しふれました。キャッチィなメロディーに商品名の連呼や商品の特長を語るフレーズをのせた、ジングル(コマーシャル・ソング)の再発見など、低予算・高インパクトな表現で、商品名を記憶させ、売り場へと足を運ばせ、売り上げへとつなげていける広告制作者たちの活躍という話です。

 そして、一から新たなジングルや楽曲を世に出すよりも、ヒットが見込める曲(某音楽プロダクションなど)とのタイアップや、ジャズやクラシックなどのスタンダードナンバーの援用、さらには「懐(かしい)歌CM」や「替え歌CM」へと流れていった、1990年代から2000年代(日清カップヌードル cm ジャミロクワイなどがその頂点でしょうか)。

 皆の知っている楽曲やメロディーを使うのは、非常に伝達効率がよいということなのでしょう。少なくとも、当時ほとんど誰も知らなかったガウディを一から紹介し、商品へと結びつけるよりは、はるかに。

 そういえば前回、佐藤雅彦を平成の三木鶏郎としてのみ語りましたが、佐藤作品には、視聴者の共有知に働きかけ、短い時間・少ない要素で、実に多くのことを伝え、強い印象を残したものも多くありました。たとえば、東洋水産「マルちゃん HotNoodle」で検索してみてください。「中入り後の勝敗」編という、相撲中継番組のパロディCMが見つかるはずです(その他、すぐにオンエアが打ち切られましたが、湖池屋のCMにテレビドラマ「水戸黄門」のオープニングのパロディもありました。♪人生楽ありゃ苦もあるさ~の前奏部分に商品名を歌い込んだのも、佐藤作品です)。

 CMの時間帯にはあり得ない映像が、突如現れることでの、アテンション(注目)。皆が知っているものを利用し、かつ皆が常識だと思っていることを逆用する手法。消尽されないための、精いっぱいの広告(制作者)側からの抵抗を感じます。