広告の周辺(11)昭和90年の今年、広告史を「ジングル」をもとに振り返る。

「トリロー娯楽版」CBS/SONY RECORDS、1991年

 前回、以下のような絵解きを紹介しました。

よく使われる図式ですが、マーケティングとは、送り手が受け手に“I’m a great lover.”と伝える行為であり、広告(アドバタイジング)となると、“I’m a great lover. I’m a great lover. I’m a great lover.”と繰り返す行為である。それに対して、広報(PR、Public Relations)は、第三者に“Trust me. He’s a great lover.”と言ってもらう(言わせる)ことであり、Brandingとは、受け手の側から“I understand you’re a great lover.”と言ってもらう(よう誘導する)ことである。

 今回は、“I’m a great lover. I’m a great lover. I’m a great lover.”と連呼していた時代から現在までの経緯を、振り返ってみたいと思います。

ジングルの神様、三木鶏郎。

 草創期のCM業界を代表する人を一名あげる、となると、やはりこの人になるでしょう。

 ジングル(jingle)という言葉は、日本ではもっぱら、ラジオ番組の冒頭に流れる音楽の意で使われることが多いようですが、辞書には「(1)擬音語、チリンチリンと鳴る音。(2)同じ音の繰り返し、(テレビ・ラジオの宣伝の)調子のよい詩句(歌)」とあります。

 その典型は、1952 Eisenhower Political Ad I Like Ike。大統領選の選挙CMです。アイゼンハワーのニックネームである「アイク」に引っかけた“I Like Ike”のスローガンの連呼。私はこのCMで初めて、共和党のマスコットがゾウで、民主党のそれがロバであることを知りました。

 こうした初期のCM作法が、日本に輸入された際の第一人者が、三木鶏郎(みきとりろう)です。三木鶏郎CMソング傑作集で検索すると、民放の日(4月21日)の特番か何かなのでしょう、天地聰子とデュークエイセスが、その代表作をメドレーで歌っています。50代以上の人にとっては懐かしい限りです(天地聰子、デュークエイセスといったあたりがすでに懐かしいですが)。あとは、フィクションになりますが、野坂昭如『水虫魂』が当時の雰囲気をよく伝えています。野坂昭如が、CMソングの作詞家というか、そのタマゴだった時代の物語。

 ラジオが先行した放送広告の世界ゆえに、まずは聴覚中心、音楽中心にCMが組み立てられていきました。

 そして、ジングルともう一つ、草創期のテレビCMの特徴に、登場人物がテレビカメラを見すえるようにして語りかけるストレートトークがあります(https://www.tcc.gr.jp/relay_column/show/id/3885にも書きましたが)。スタジオでの生コマーシャルが一般的だったこともあってか、ブラウン管の向こうにいるお茶の間の皆様に直接メッセージする…、みたいな。「ブラウン管」も「お茶の間」もすでに死語でしょうが、かつて人々は放映時間になればテレビ受像機の前に集まり、画面を真剣に見入っていたのでしょう。タイムシフトやらマルチスクリーンなど、あり得ない時代でした。

平成の三木鶏郎、佐藤雅彦。

 その後、桜井順・小林亜星・いずみたく・伊藤アキラ、関西ではキダタローなどなど、「コマソンライター」は輩出されていきます。しかし、大滝詠一、山下達郎、ゴダイゴとなってくると、コマーシャルソングというよりは、イメージソングという言い方がふさわしくなってきます。そして、1990年代にはビーイングを中心とした、タイアップソングの隆盛へ。

 その一方で、広告業界だけではないですが、世は深刻な不況に覆われていきます。広告表現の世界では、凝った映像美やコピーのレトリックがケンを競った1980年代は過去となり、企業がこぞってメセナ(文化芸術支援)やフィランソロピー(社会貢献)を掲げていたバブル期から、「商品が売れないことには…」となる1990年代へと移行します。

 その頃、広告の世界で注目を集めたのは、堀井博次グループに代表される関西のCM群。低予算で高インパクトなCMを作り、低価格帯の商品をともかく売っていく(「知名度を上げる」「店頭に人を呼ぶ」「荷を動かす」…)ことに長けたCMプランナーたちです。

 そして、東京では佐藤雅彦。佐藤雅彦CM作品集で検索すると、30代の人たちなら、軽く子どもの頃へとトリップできるはずです。「♪ポリンキー、ポリンキー、三角形の秘密はね」をはじめとする湖池屋の一連の作品や、サントリーなら「♪モルツ、モルツ、モルツ、モルツ…」「♪Merry we will go, Pekoe!」。「カローラIIに乗って」に「バザールでござーる」、JR東日本の「ジャンジャカジャーン。」

 1990年頃の暴走族とチーマーの抗争に関する件を引いておきます。

チーマー側はチームの枠を取り去って、喧嘩の強い者だけを集めて結成した「湖池屋」という、この抗争のために結成されたチームが三軒茶屋愚連隊に対抗する。/「俺たちはイケイケのチームだ」/ネーミングの由来は「行け行け、ゴーゴー、湖池屋ポテトチップス」というCMが流れていたフレーズを、そのまま使って付けた名前らしい。

出典:久田将義『関東連合』(ちくま新書、2013年)

 湖池屋というチーム名もどうかと思いますが、当時の勢いを感じさせるエピソードではあります。

 モルツのような商品名連呼型のコマーシャルソングは、佐藤雅彦少年が白黒テレビを通して見聞きした記憶の伏流水が、1990年代に突然噴き出したものだったのかもしれません。ながら視聴が一般化する中で、いつしかテレビは、視覚メディアというよりは、人々の生活空間の中で聴覚メディアへと転じていました。そこで「コマーシャルソングの復権」がはかられ、奏功するわけです。昭和の手法を、平成のクオリティで。佐藤雅彦CM作品集をそう簡単にまとめてはいけないのですが、ここではとりあえずそうしておきます。

 その後佐藤雅彦は、テレビ番組を手がけたり、映画や本をつくったり、アートへと表現の場を広げたり、東京芸大の教授となる等々、今ではインスタレーション作家というか、メディアアーティストというか、領域横断的な表現者となりました。平成25年秋の叙勲で紫綬褒章を受章した際の肩書は、クリエーティブディレクターです。 

機能性コマソン?

 今世紀に入っても燃焼系アミノ式のようなコマソンCMのヒット例はあります。LOTTE Fit’sで検索すると引っかかってくる、膨大なダンス映像群もあったりします(ただし、ロッテのフィッツの場合は、1960年代のアニメ狼少年ケンのテーマソングから)。そう言えば昔は、番組のオープニング映像も広告代理店およびCM制作会社が請け負い、曲中にスポンサー名が織り込まれることも普通でした。一社提供時代ならではです。たとえば鉄人28号のオープニングのラストには、「♪グリコ、グリコ、グゥリィコォ~」。

 しかし、最近目立つのは、ロッテのソフトキャンディcafcaのロッテ カフカ "ふかふかかふかのうた" など、子どもが泣き止むといった「使えるコマーシャルソング」です。関西方面ではタケモトピアノのCMで子どもが泣き止むとされていますが、その意図的なバージョンでしょうか。

 I Like Ikeと繰り返せば、you’re a great lover.となった時代から、誰も簡単にはそう言ってはくれない現在へ。視聴者にとって、役に立ったり、いい気分にさせてくれたり(前回の「ほっこり」)でないと、CM(音楽)も許されないということでしょうか。

 ともかく、「ふかふかかふかのうた」には、受け手の間での“I understand he’s a great lover.”や「いいね!」を広めるために、ウェブ動画が戦略的に使われている様子がうかがえます。