広告の周辺(9)長崎でタイのCMについて考える。

長崎県長与町の長崎県立大学シーボルト校にて。適度な規模の、いいキャンパスでした。

 先日、長崎県立大学への出張講義の仕事がありました。同大学国際情報学部のポンサピタックサンティ・ピヤ(Piya PONGSAPITAKSANTI)准教授のお声がけです。というわけで、今回はピヤ先生の母国に敬意を表して、タイのことなど。

泣かせるだけではない。

 さて、ぜひ一度Thailand commercialで、検索をかけてみてください。家族の情愛を描いたものなど、Heartwarming Thai Commercialだの、Emotional Thai Commercialだの、Heart Touching Short Films from Thailandだの、Most INSPIRING AD by Thai life insuranceといったムーヴィーが引っかかってくると思います。最近のものでは、LINE TVC CLOSER。タイと言えば、泣けるCMの量産国といった印象が、世間的には定着しているのかもしれません。

 しかし、Hilarious Thai TV Commercial - SOKEN DVD playerなどが代表例ですが、Hilarious(爆笑もの)やFunnyと形容されるCM群こそが、タイCMの真骨頂だと思われます。こうした作品で、2000年代、タイ産CMは世界の広告賞を席巻しました。広告費だけを見れば、けっして広告大国とは言えないのに、なぜタイが…。

タイと日本の広告(産業)比較

 まずは、タイCMの文化的・社会的背景から。ピヤさんの論文「日本とタイの広告産業の比較」(『長崎県立大学国際情報学部研究紀要』10、2009年)と「タイの広告の特性」(長崎県立大学東アジア研究所『東アジア評論』3、2011年)から。

タイの広告専門家へのインタビュー分析の結果からは、タイの広告は、アメリカの広告と類似しており、アメリカの広告から大きな影響を受けていることがわかる。タイの広告産業は「西洋に影響された子供(Child of the West)」として概念化されると指摘している

日本の広告専門家へのインタビュー結果によれば、タイの広告はわかりやすく、ユーモアがあり、クリエイティヴィティが高いと評価されている。たとえば、それは、タイの広告が、様々な国際広告賞を受賞していることによって証明される。こうしたタイらしさは、タイ文化における「sabai-sabai」(のんびり:easy-going)と「mai-pen-mai」(気にしない)といった精神からきていると考えられる。また、それはタイの仏教やタイの文化の影響も反映しているとされる。たとえば、くつろいだ態度、クリエイティヴィティ、冒険好き、新しいもの好き、新しい文化にオープンな態度、ユーモアなどである

 タイ独特の文化的・社会的背景の一方で、欧米、とりわけアメリカが圧倒的な影響力を持つ広告の世界において、よりアメリカ的なその広告風土ないし広告作法ゆえに、タイ(CM)の国際的評価が高まってきたようです。広告の世界テレビCMの秒数においても、タイは欧米的ではあります。

広告の長さについては、30秒や60秒などの広告はタイで多い。しかし、15秒のテレビ広告は、日本の方が多い。…全体的に、一本のタイのテレビ広告の平均的長さは、日本の広告より、4.17秒長い。2003年から2006年のタイの広告では、この傾向はさらに強まっている

産業的な構造で言っても

2004年と2005年においても、タイの主要広告会社上位10社のリストでは、海外の広告会社がかかわっていないタイの広告会社はたった1社だけである(SC Matchbox)。…一方、日本の広告産業は日本の広告会社によって先導されている

 タイの広告会社は、ほぼ外資系であり、Dentsu(Thailand)を除けば、みな欧米系。タイにおいても、「一業種一社」制――広告会社がクライアントとするのは、一つの業種では一社のみ(eg. トヨタを担当する広告会社は、他の自動車メーカーを扱えない)――がしかれているようで、その点でも欧米的(非日本的)です。

 たしかに、先ほどのSOKEN DVDの担当広告会社には、EURO RSCG FLAGSHIP, Bangkokとあります(EURO RSCGは、現在のHavas)。他にも、2000年代のカンヌ受賞作品リストを見るとBBDO Bangkok、JWT Bangkok Thailand、SAATCHI&SAATCHI Thailand、Y&R Bangkok、CREATIVE JUICE/G1(TBWA)Bangkok…。

 ただし、制作スタッフリストを見ると、Chukiat Jaroensuk,、Passapol Limpisirisan、Wiboon Leepakpreedaなどなど、欧米系ならざる名前が並んでいます。外資系であっても、クリエイターたちはタイ・オリジン。そうした文化的多様性も、タイ広告制作界の活力となったのでしょう。

猫も杓子もグローバルという必要もないけれど。

 前回、九州ローカルで展開・オンエアされながらも国際的な評価を得たCMの作者が、外資系広告会社の勤務経験者であり、その言葉を次のように引用しました。

2003年頃から海外の賞を獲りだし、現地に行って、状況を知って驚きました。アジアの広告会社の勢力図は自分のイメージとはまったく違っていたのです。日本と韓国以外は、欧米のワールドワイドの広告会社グループが独占している状況でした。これは日本からも誰かが行って同じ土俵で戦った方がいいと思いました

 メディアとクライアントのグローバル化は、いやおうなく日本の広告会社にも、グローバル化を迫っているのでしょう。そう言えば、3回ほど前にも述べましたが、ADFEST2015(タイのパタヤビーチで行われる)のFilm Lotus部門は、グランプリは該当作なく、金賞を日本と中国が分けるかたちとなりました。中国からのHUMAN TRAFFIC SIGNは、欧米系の自動車会社が広告主で、欧米系の広告会社の上海ブランチが制作にあたったものです。そして、その制作スタッフリストには、おおむね中国系な名前が並んいでますが、ハイブリッドな名前も散見されます。日本の広告業界の人たちも、イングリッシュ・ネームの一つでももって、恥かしがらずにそれで押し通す、くらいなことをする必要があるのかも(私は嫌ですが。というか、私の名前の場合、英語圏の人はcozyと発音してくれるので、それでえぇかなぁという感じですが)。

 ピヤさんによれば、昨年タイでは地上デジタル放送がスタートし、商業放送が一挙に6チャンネルから24チャネルになったのだとか。タイからこれからどんなCM、ムーヴィーが生み出されてくるのか。その何十倍の広告費が動いていながら、欧米系の広告賞では後塵を拝してきた日本に住む者としては、今後も要注目かつ楽しみな国です。