広告の周辺(6)賞をめぐって・アジア編「2015年、中国の存在感」

香港で見かけたマウジーのラッピングトラム。香港・中国への出店も盛んなよう。

 前回は全世界的な広告賞の話でした。今回は目をアジアに向けてみたいと思います。ただし、アジアといってもオセアニアやインド亜大陸、中近東の国々などを含んだAsia Pacificな地域を扱います。

 このエリアをカバーする広告賞としては、毎年秋にシンガポールで行われるSpikes Asia(Spikes Asia Festival of Creativity)と毎年春にタイで行われるADFESTがあります。Spikes Asiaの方は、カンヌ(Cannes Lions International Festival of Creativity)のアジア版という色彩が強く、カンヌ同様、その看板から“広告(advertising)”の文字を外しています。一方、ADFESTは、「AD=広告」を堅持しています。また、両者の部門構成はおおむね共通していますが、ADFESTにはRoots Lotusといったカテゴリーが設けられており、local culture and heritageを尊重しよう、よりアジアの伝統や文化に即していこうといった姿勢があるようです(ADFESTの各部門は、○○Lotusと呼ばれており、CannesがLionsであるのに対して「蓮」というあたりも、仏教国ならでは)。

 でも、シンガポールはわかるけど、なぜ東京でもソウルでも北京でも上海でも香港でもなくパタヤ(タイ)なのでしょうか。その理由については、また回を改めてふれたいと思っていますが、2000年代に入り、タイの広告クリエイティブが爆発した頃がありました。国別広告費でいえば微々たるものであるにもかかわらず、タイのCMが国際的な広告賞において大健闘した時期がありました(今でも、決してレベルは低くないですが)。

 昨今ではちょっとSpikes Asiaにおされ気味――AD=広告を背負い続けていることがしがらみとなっているのか?――のADFESTではありますが、すでに結果の出ているADFEST 2015とその受賞作を中心に、今回は、これまで述べてきたような「ソーシャル(社会的)なメッセージ」や「マスメディアの覇権の終焉」といった、広告をめぐるグローバルなトレンドが、アジアにも貫徹している(もしくはアジア的に出現している)様子を見ていきたいと思います。

各国健闘するも、やはり豪・中・日。とりわけ…

 このシリーズの2回目で紹介したdumb ways to dieなど、ADFEST 2013はオーストラリアの年でした。ADFEST 2014では、前回ふれたSound of Hondaが奮闘し、日本勢が気を吐いてました。で、ADFEST 2015。中国・香港の年だったと思います(中国と香港を一括りにすべきか、別扱いとするかについては、ここでは保留しておきます。曖昧に中国・香港と併記しときます)。

 グランプリに当たるGrandeで言えば、中国がInteractive LotusとPress Lotus(印刷媒体部門)で受賞。注目を集めるインタラクティブ部門を、NIKEが上海で展開したHouse of Mambaが制しました。バスケットボールが好きな方は、ぜひHouse of Mamba で検索してみてください(このHouse of Mamba は、Spikes Asia 2014でもGold Spikeを受賞しており、その際のプレゼンテーション・ムーヴィーなどがヒットすると思います)。LEDで埋め尽くされたコートを、マンバことコービー・ブライアントが…。また、Spikes Asia 2014のメディア部門でグランプリに輝いたEYES ON THE ROADなども中国の底力を感じさせる作品でした。

 話をADFEST 2015に戻すと、一方の香港はOutdoor LotusとDirect LotusでGrande獲得。香港と言えば、Direct Lotus金賞のTHE SALVATION ARMY/CROWN RELOCATIONSのGift Boxも面白い試みでした。引っ越し業者と救世軍とがタイアップし、ごく簡単な工夫で、物品がリサイクルされていく仕組みがつくりあげられています。

 日本は、3秒間クッキング(3 SECONDS COOKING SHRIMP FRYING CANNON)でBranded Content& Entertainment LotusのGrandeを。オーストラリアのGrande for Humanityを受賞したI TOUCH MYSELF PROJECTなどは、ディヴァイナルズが懐かし過ぎて、私は身悶えしてしまいました。でも、全体的な印象としては、中国台頭の年でしょう。香港はそれ以前からコンスタントに入賞してきているので、やはり「いよいよ来たかメインランド・チャイナ」といった感じです。

 それが端的にあらわれたのが、Film Lotus。Grandeは該当作無しで、Goldが2本のみ。1本は、今シリーズ1回目で言及した、Blendy特濃ムービーシアター「旅立ち」編。もう1本が、上海からのHUMAN TRAFFIC SIGNS(受賞リストにはHUMAN TRAFFIC SIGNとありますが、複数形の方がCMにヒットしやすいよう)。日本と中国から1本ずつという結果でした。卒牛式にもやられましたが、人間交通標識はすごいです。

アジアの広告市場

 こうした中国台頭の背景として、もっともわかりやすい説明の仕方は、経済的な活況ゆえに…というものです。消費が盛り上がれば、当然全世界の企業が、中国市場進出を考えます。そして、現地に合わせた広告展開を試みます。となると、その莫大な広告(制作)費を目ざして、世界中の広告会社ないしクリエイティブエージェンシーも、現地法人やブランチなどを構えようとします。それやこれやで、ここ数年で中国のクリエイティブの質が、爆発的に向上したということでしょう。

 私はかつて、2003年出版された本の中で、以下のように述べました。

2000年の日本の総広告費は電通調べで6兆1102億円、アドエイジ誌調べで397億ドル。それら統計によれば、韓国・香港・中国などは日本の約10分の1の市場規模であり、さらにその半分から3分の1の総広告費が、シンガポール・台湾・タイ・インド・中東諸国(汎アラブ広告を含む)などで支出されている。そして、マレーシア・フィリピン・インドネシアなどに至っては日本の約100分の1の広告取り扱い高となっている。(「アジア消費社会と広告」『アジア新世紀5市場:トランスナショナル化する情報と経済』岩波書店、2003年)

 一言で言ってしまって、「隔世の感」です。

 世界の国別広告費に関しては、いくつかの統計や予測がありますが、数年前までは「2010年代後半には中国が世界第二位の広告大国になるかなぁ」みたいな感じでしたが、ここのところの円安もあって、すでに2位と3位は入れかわったという記事が目につきます。

http://j.people.com.cn/94476/8618387.html

http://dacapo.magazineworld.jp/media/114606/

グローバルと、ローカルと

 ところでADFEST 2014のFilm LoutsのGrandeは、日清カップヌードルの「グローバリゼーション」編でした。旗指物を背負った日本のサラリーマンたちが、英語を話す上司軍(男性、コーカソイド)と戦うみたいな内容でした。サラリーマンたちへの応援歌風なのですが、どこか自虐的である点が、アジアという場でウケたんでしょうか(一方、ADFEST 2015においては、CUPNOODLEのSAMURAI IN BRAZILはファイナリストに残っただけでした)。いや、本当に日本はSURVIVE!できるんでしょうか。

 それこそグローバリゼーションとローカリゼーションが交錯するのが、アジアの広告賞なわけですが、そこで注目すべきは、ADFEST 2015で豪・中・港・日以外で唯一Grandeを獲ったLABELS AGAINST WOMEN。これもぜひ観ていただきたいのですが、Pantene(P&G)らしい女性へのエンパワーメントCM(このシリーズの3回目で言及したような)です。オフィスでリーダーシップをとって働く男性は、頼もしいBossと見なされるのに対して、女性だとBossy(横柄な)。男性だと「説得力のある(persuasive)」と評される行動が、女性だとでしゃばり(pushy)…。登場人物の中には、典型的なコーカソイドとは微妙にニュアンスが異なる者もいるにせよ、基本的には白人男女。最初観たときは、てっきりオーストラリアかニュージーランドからの出品だと、私は思ってしまいました。

 でも、この「女性へのラベル(レッテル)」という作品は、マニラからのもの。フィリピンは英米語圏でもあるせいか、ダイレクトに欧米的である側面も有しているのかもしれません。他方、日本はつねに、(欧米からの視線を意識しつつ)オリエンタルなものとしてある、ないしはオリエンタルなものとしてあらざるをえないように思うのですが(グローバリゼーション篇の中でも、「英検3級をなめるなよ」と叫んでます)。Sound of Hondaにしても、テクノオリエンタリズムというか、テクノアニミズムの匂いがします。そしてADFEST 2015のRoots Lotus Grandeは、サントリーのHIBIKI GLASS。和服姿(でもエキゾチック)のバーのママが演出する、日本の四季みたいなことです。

 local culture and heritageに徹することで、グローバル(もしくはアジア環太平洋などリージョナル)に至るという、ローカルとグローバルの入れ子状態。そこに日本のサバイバルの道がありそうな気もするのですが。