広告の周辺(5)賞をめぐって:国際編

映画『ジャッジ!』(永井聡監督・澤本嘉光脚本、松竹、2014年)のパンフレット

 これまで4回にわたり、オーソドックスな広告観が揺らいでいる現状について語ってきました。「マスメディアを介し、消費者に対して、商品の販売促進のために…」といった、従来型の「広告」概念では、もはや現実をとらえきれなくなっています。

 広告の変容。それは、より社会的なメッセージを、より広範な相手に向かって、より多様なメディアを通じてやり取りするようになってきた、ここ十数年来の変化の過程でした。今回からは、その具体的な諸相を、さまざまな広告関連の賞のありようを通じてみていきたいと思います。その第一回目として、まずは国際的な広告賞、中でもカンヌ国際クリエイティブ・フェスティバル(Cannes Lions International Festival of Creativity)についてふれてみます。

かつて「広告」祭であった、カンヌ。

 世界三大広告賞が何であるかについては諸説あるのですが、「カンヌ国際クリエイティブ・フェスティバル(仏)」が外されることはありません(英・米の賞はいろいろ互換されるのですが)。いわば別格の存在です。始まったのは、1954年。その頃、主要なメディアとしては、新聞・雑誌・ラジオ・映画が君臨していました(日本の民間テレビ放送の開始は、1953年)。当然ながら、フェスティバルの中心はテレビCMではなく、映画館などで上映される劇場用のコマーシャル・フィルムでした。なので、カンヌ映画祭に付随するかたちで始まったわけです。

 その後、テレビCMが「広告の不動のセンター」となり、それらテレビCMが競い合うフィルム部門こそが、カンヌの花形だということになっていきます。当時は、「カンヌはCMのワールドカップ」みたいな言い方がよくされました。フィルム部門のグランプリこそが、その年の広告界の最高栄誉であり、グランプリの中のグランプリだ!というのが、暗黙の前提となっていました。しかし、1998年にサイバー部門が設けられたのを皮切りに、次々と新設カテゴリーが登場し、フィルム部門の影はやや薄くなりつつあります。しかも、フィルム部門の受賞作のうちでも、地上波で放送されたテレビCMというよりは、ウェブ・ムーヴィー(動画)と呼ぶ方が適切なものが年々増えてきています。そして、2011年にはCannes International Advertising Festival から、Cannes Lions International Festival of Creativity of Creativityと改称されました。カンヌから「広告」が消えた件は、当時はけっこうな話題となったものです(ちなみにライオンズとあるのは、カンヌのシンボルがライオンだから)。

 カンヌはそんなふうに、時代の動きに敏感に反応してきました。広告をめぐる新たな動きのいち早いショーケース、といった趣さえあります。前回までの話の流れで言えば、「社会的・公共的なメッセージやテーマの隆盛」「新たなメディア・テクノロジーの台頭」といった新たな潮流が、顕著に現れる場です。そのカンヌのフェスティバルが開催されるのは、毎年6月。なので、ここでは主にCannes Lions 2014の受賞作を振り返ることにします。

社会派な受賞作

 以前、「(2)ソーシャル化の流れ」の回にご紹介したthe social swipe(貧困や不平等に苦しむ人々を支援する寄付を募る)やAmnesty International freedom candleなども、Cannes Lions 2014の受賞作でした。

 ここで新たに取り上げたいのは、Chipotle Mexican Grill the scarecrowです。scarecrow(カカシ)のキャラクターが主人公のアニメーション作品。カカシは、食肉などがあたかも工業製品のごとく大量生産され、ジャンクフードが流れ作業のように供される現場を目撃して、悲しい気分に沈んでしまいます。しかし、気を取り直して、自らが収穫した新鮮な食材で料理を作り、店先に並べてみます。おいしそうな匂いに誘われた子どもがやってきます。その店の軒先には‘cultivate a better world’との垂れ幕が…、みたいな話です(こうしたキャラクターや世界観にもとづくゲームソフトも提供されているとか)。でもまぁこれは、社会的メッセージを発しつつChipotle Mexican Grillのイメージアップや販売促進につながっているのでしょう(チポトレ・メキシカン・グリルはアメリカのレストランチェーンだそう)。

 ぜひともCannes Lions 2014 sweetieで検索をかけ、動画をご覧ください。これは、The Grand Prix for Goodを獲得したオランダの作品です。児童ポルノやセックス・ツーリズムの蔓延を防ぐために、sweetieという名のヴァーチャルな少女をつくりだし、あたかもウェッブカメラで撮影されたかのようなsweetie像をネット上に登場させます。と、世界中の幼児性愛者(ペドフェリア)たちがsweetieとコンタクトしようと群がってきます。そのアクセスログを解析し、性的犯罪者たちの検挙につなげる…という仕組みのようです。広告という看板は下ろしたとしても、やはりこれまでのカンヌの文脈とはあまりに外れているので、特別賞のようなかたちでの顕彰となったのでしょう。しかし、児童への性的虐待を防ごうというキャンペーンは、これまでもテレビCMやPR(啓もう・啓発を旨とする)と呼ばれる領域でなされてきました。広告と言えるかどうかは置いといて、「世の中に何かを伝えよう、社会を少しでも動かそうとアイディアを絞りだすクリエイティビティのすべてを、カンヌはその対象とするのだ」という意志が感じられるグランプリの受賞でした。

データ・ドリブンなクリエイティビティ

 このsweetieなど、コンピュータ・サイエンスや情報通信技術(ICT)の粋を集めた作品が、カンヌでは数多く見受けられます。たとえばモバイル部門のグランプリ、ブラジルのNIVEA protection ad。商品が日焼け止めということで、海水浴客で賑わうビーチを想定した試みです。ニベアの雑誌広告から子ども用のリストバンドを切り抜いて、それをわが子の手首に巻いておけば、その位置情報がスマートフォンでつねに確認できるという仕組みです。芋の子を洗う海岸でも、これで子どもが迷子にならずに済む…、というわけです。

 それから圧倒的だったのは、ダイレクト部門のブランプリである、英国航空(British Airway)のthe magic of flying。ロンドンの繁華街ピカデリーサーカスに設けられたデジタルサイネージ(電子看板)には、男の子の姿が映し出されています。そしてそのデジタルサイネージの上空を英国航空の飛行機が通過するたびに、男の子は立ちあがり、飛行機を指差しながら追いかけていきます。と同時に、その飛行機がBA何便で、ヒースローからバルセロナに向かう路線のものだとか、サンフランシスコからの便なのだとかが表示されます。飛行機の位置情報を瞬時に反映させるテクノロジーがあってこその作品です。アウトドア部門のグランプリでもよさそうなものですが、このデジタルサイネージの試みがチケット予約のサイトと連動しているようで、販売(eコマース)と直接結びつくがゆえの「ダイレクト・ライオン」。ちなみにアウトドア部門のグランプリは、シドニーでのゲイレズビアンたちのフェスティバルの期間中、オーストラリアの銀行が、カラフル(虹色?)なATMを設置した件。これなども社会的なイシューへの取り組み事例です。

2015年の新設部門

 さて、増殖し続けるカンヌのライオンたちですが、公式ホームページをざっと見た感じでは、今年は「Creative Date Lion」「Glass Lion」などが設けられるようです。前者は、それこそthe magic of flying などが例にあがっていましたが、一言で言ってしまえば‘data-inspired creativity’。昔は広告代理店の制作部門(クリエイティブ)とマーケティングの調査セクションとでは、なかなか共通言語が見つからず…みたいな感じもありましたが、「ビッグデータ時代の創造力」ってことなんでしょう。2014年カンヌのTitanium LionであるSound of Hondaも当然その例として挙がっていました。

 もう一つの「グラス・ライオン」は、ジェンダーをめぐる偏見や不平等の問題に言及した作品を募るカテゴリーのようです(そこでフィーチャーされている商品・サービスや、使用されるメディアの種類などは問わない)。ホームページには、「われわれは、クリエイティビティの力は、ビジネスやブランドだけではなく、世界全体にポジティブなインパクトを与えうると考える」みたいな文言がありました。組織における女性の昇進には、ガラスの天井(glass ceiling)がある、などという言い方をよくしますが、それを打ち破るクリエイティビティに期待ということなのでしょう。「(3)リクルーティング広告、再燃?」の回で取り上げた、ユニリーバ社Doveなどトイレタリー商品による「女性へのエンパワーメント」をテーマにした作品群が、カンヌ入賞作の常連となっていることも、その背景にはるのかも知れません。まぁ、7月早々には、今年の受賞速報が出るでしょうから、またこの連載中でも紹介・言及できればなぁと考えています。

青年じゃないって!

 とまぁ、カンヌについてつらつら調べものなどしていて、非常に気になった点を最後に(ここからは余談です)。

 あるCM専門誌のCannes Lions 2014の報告・紹介記事の中で、ある方が次のように語っている件(くだり)を目にしました。

海外のCMってほとんどしゃべらないんですよね。日本のCMはよくしゃべるでしょう。15秒が中心ということもあるんですけど、日本語を使って日本人にコミュニケーションするので、とにかくタレントが出てきてわかりやすく面白くしゃべったほうが早いというところがある。…ただそれもここ2~3年ぐらいで変わってきていて、海外の広告賞を獲るようなブランド広告が最近よくしゃべるんですよね。2012年のスーパーボウルでオンエアされた、クリント・イーストウッドが出演するクライスラーのCMがあるんですけれど、それはクライスラーというブランドのフィロソフィーをイーストウッドがひたすらしゃべる内容でした。ほかにもジョニー・ウォーカーで、青年が道を歩きながら「ジョニー・ウォーカーとは何か」を延々しゃべるCMがあったり。

 たしかに、英語に翻訳すると面白さが伝わらないという言語の壁や、日本のタレントがドメスティックであるといった制約ゆえに、国際的な広告賞の場で、なかなか日本の作品は評価されません(もう20年以上前に、誰が見てもわかりやすい日清カップヌードル「hungry?」がフィルム部門のグランプリをとって以来、日本勢はチタニウムやサイバー部門が主戦場の観が…)。

 で、まぁそのことは置いといて、私が何に引っかかったかというとジョニー・ウォーカーで、青年が道を歩きながらの箇所です。ぜひ一度、Johnnie Walker the man who walked around the worldで検索していただきたいのですが、それが私の中でのザ・ベスト・オブ・カンヌです。かつてのチタニウム・グランプリである「ユニクロック(ファーストリテイリング)」には、敬意を表して私のブログに貼りつけ続けていますし、Creative Date LionにつながるようなNike plus(2007年チタニウム・グランプリ)には、心底おそれいったものです。しかし、私が最も好きなのは、スコッチウィスキーのジョニー・ウォーカー「the man who walked around the world」です。2010年にオールド・スパイスと最後までフィルム部門グランプリを争って、金賞(gold)となった秀作なのですが、私にとってはただそれだけの作品ではないのです。

 オールド・スパイスがスポットCM(アメリカなので30秒)であるのに対して、こちらはショート・フィルムといってもよいほどの長さ。最後にはスタッフ一覧まで出てきます。たしかに内容的には、スコットランドの野山を、一人の男が歩きながら、語り続けるだけです。そして、テロップの最後の最後にはロケ地の表示も出ます。Inverlochlarig Perthshire, Scotland。パース地方のインバーロックラリッグ(lochの部分をロッホと表記する場合もあり)。

 私は昔1年間、グラスゴーとエジンバラの中間にあるスターリングという街にいたことがあります。インバーロックラリッグは、そこから北へクルマで30分程度でしょうか。ロックロモンド&ザ・トロサックス国立公園のあたりです。ロモンド湖と言えば、まっさんがエリーにプロポーズした地なのだとか。

 まぁ、そんなことは個人的な感傷に過ぎないのですが、さて前出の「青年」です。この人は、ロバート・カーライル(Robert Carlyle)というれっきとした役者さんです。1961年、グラスゴー生まれ。なのでスコティッシュ・アクセントが板についてます。最近ではイギリスの演劇界も高学歴化が進み、いわゆるオックスブリッジ出身の俳優などがメジロ押しなのだとか。でも、ロバート・カーライルはたたき上げの人です。ケン・ローチ監督の「リフ・ラフ」でも、たしかロンドンの工事現場に流れ着いたスコットランド出身者を演じていたはず。「アンジェラの灰」では、アイリッシュのダメ親父を演じてました。もっとも有名なのは、「トレインスポッティング」のすぐキレるベグビー役でしょうか(ユアン・マクレガーは一気にメジャーに。ダニー・ボイルがなんとロンドン五輪の開会式を演出!)。この映画もエジンバラが舞台でした。イギリスの俳優で、ミドルクラスのアイコンがヒュー・グランド(オックスフォード卒)ならば、ワーキングクラスのそれはロバート・カーライルだとよく言われます。なにせ、「フルモンティ」の主役ですから。

 私は1961年生まれですが、1961年に生まれた人類の中でもっともカッコイイのは、ロバート・カーライルだと思っています(同いの星)。そもそも、ジョニー・ウォーカー「the man who walked around the world」を撮った頃は、すでに50才前後。だいたい、青年じゃないし。アノニマスで処理されるべき人じゃ、断じてないし。