広告の周辺(3)リクルーティング広告、再燃?

1991(平成3)年4月15日発行『朝日ジャーナル臨時増刊:就職の真実』より。

最近テレビを見ていて、これ何だろうと気になったのが、伊藤忠商事のテレビCMでした。

今春の新入社員が、配属を受けた様子を淡々と映した30秒のCM、「4月の柴田くん」編。ナレーションは、笑福亭鶴瓶師。何気ない映像なのだけど、妙にクオリティは高い。検索して調べてみると、ディレクションは是枝裕和監督でした。

総合商社のように一般消費者と直接の接点のない企業や、一般消費財を製造・販売しているわけではない、いわゆるB to Bの企業が、マスメディアに広告を載せる場合、その意図として考えられるのは、漠然とは社会全般へのアピールであり、限定的にはその企業のステークホルダーたち(株主、取引先、インナーなど)に向けた発信ということなんでしょう。前回・前々回でも述べたことですが、「広告」概念を、ある商品やサービスの「買い手」「利用客」に対するコミュニケーションにだけ閉じ込めるのは、やや窮屈に思われます。現にこうして、一般の視聴者が、顧客や消費者としてその企業と接する可能性が少ないタイプのCMが存在するわけですから。

そして、このCMの内容やオンエアのタイミングを考えると、ターゲットは学生(特に就職活動に入った)のように思われます。かつて盛んであった「求人広告(求人側が求職側に情報を伝達)」は、ほぼネットに移行したのでしょうが、就活生とその周囲に向けたと思われる企業広告は、新聞(特に経済紙)などでも、ある特定の時期になると紙面を賑わせたりします。もちろん学生は、それら広告を見て志望先を決めるわけではありません。しかし、素材メーカーなどは、結構な規模の優良企業であっても、まず学生に社名を覚えてもらいたいというところから始まります。新興のIT関連企業などになると、内定者の親や周囲に、ともかく社名と業態を知ってほしいという局面もありそうです。

より優秀な新入社員を得たい。そうした求人・採用側の思いや事情が感じられる広告を、とりあえずここでは「リクルーティング広告」と呼んでおきます。

バブルの記憶とリクルーティングCM

さて、リクルーティング広告。別に、今に始まった話ではありません。

87-92 重厚長大産業CM集で検索いただけると、どなたか奇特な方がまとめられた1987年から1992年にかけての、製鉄など重化学工業系各社のCM集にアクセスできるかと思います。1987~92年ですから、世はバブル景気の真っただ中。空前の売り手市場と言われ、学生側が異常に強気に出ていた頃です(採用側の平身低頭ぶりは、映画「就職戦線異状あり」に描かれています)。理系の優秀な人材が、製造業ではなく、金融業界などに流れ込んでいた時代。素材メーカーは、なんとしてもその「重厚長大」イメージを払拭し、より多くの学生を引きつけたいと考えていたのでしょう。就職氷河期以降と比較すると、どこか別の国? 異なる社会?とも思える光景です。

まぁ、ここまで極端な例はおくとして、ボスポラス海峡トンネル篇などで検索すると、アニメーション作家・監督の新海誠氏による、大成建設の一連のCMにたどりつきます。「地図に残る仕事。」は長く使用され続け、人口に膾炙してきたキャッチフレーズです。組織的な不祥事が発覚し、○○事件などと企業名が冠された時、「○○社は地図に残る仕事じゃなくて、年表に残る仕事、やっちまったなぁ」などと私は言ったりしますが、この手の軽口はかなり前からあったはずです。

と、長く続いてきた大成建設の企業広告なわけですが、新海アニメに反応する層を考えると(Z会にも新海誠作のアニメーションCMがあります)、これはやはり若年層を意識したリクルーティングCMなのでしょう。ゼネコンも、一般消費者との接点は少ない業態ですから。ただしバブル期のそれと変わった点と言えば、リクルーティングCMというよりは、リクルーティング動画(ムーヴィー)と呼んだ方がしっくりくることです。テレビ画面よりもはるかに、PCやタブレット、スマートフォン上で見られているのでしょう。ネットでの拡散や、長期にわたる繰り返しの視聴を前提として、制作されている点が今日的だと思います。

広告表現のソーシャル化の中で

ともかく企業としては、対学生に限らず、その企業ブランドイメージが良いに越したことはありません。高い知名率や好感度は、直接的にではないにせよ、ビジネスにはね返ってくる効果も期待できそうです。

リクルーティングという話から少し逸れてしまいますが、企業やそのブランドイメージが上昇しているケースとして、トイレタリー業界の事例が私には気になります。それらは、前回述べたソーシャル化(公共的・社会的なメッセージが発せられる傾向)とも連動しています。

たとえば、P&G。今年のアメリカのスーパーボウルCM中で評判をとったalways like a girl。周知のようにスーパーボウルは、アメリカンフットボール全米No.1を決める試合で、その中継番組は驚異的な視聴率をたたき出します。そこは、各企業が今年どんなCM戦略をとるかを発表する晴れ舞台であり、毎年superbowl commercialsの戦いは、試合以上の盛り上がりを見せたりもします。男性ファンが多いスポーツなので、やはりスーパーボウルCMには父と子の姿を描いた作品など男性向けのものが多い中、P&Gが放ったのはalwaysという生理用品のCMでした。

撮影スタジオに集められた20代らしき男女や男の子などに、「女の子らしく走ってみて」と頼むと、皆くねくねと内股で走ってみせる。「女の子らしくケンカしてみて」には、やはり体をくねらせ猫パンチをくりだしはじめる。ところが、10歳前後の女の子当人に、「女の子らしく走ってみて」というと男子同様の全力疾走をするし、「女の子らしくケンカしてみて」といわれればシャドーボクシング風に、左右のストレートを打ってくる。そして、ラストには「女の子の自信は思春期に急降下する。でも、それでいいのだろうか」といった意のスーパーインポーズ。アクティブに動ける生理用品という商品特性の訴求はありつつ、要は「女性へのエンパワーメント」をテーマにしたソーシャルなCMです。P&Gのホームページには、always changing puberty education programのページなどもあり、親や教育者に対する教材も提供されているよう。ジェンダーバイアスに対する啓もう・啓発活動に、本腰入れて取り組んでいる様子がうかがえます。

ユニリーバ社を例にとると、Dove Evolution編以来の展開が有名です。女性の美は、誰かに作られ、女性に対して押しつけられるものになっていないか、他人の尺度に合わせることで女性は自信を失っていないか…といったキャンペーン。ダブは、ヘアケアやフェイシャルケアなどの商品群を束ねるブランドなので、女性個々の本来の美しさといった主張と整合的です。また、その主張の啓もう・啓発のためにthe dove self-esteem fund(自尊のための基金)なども設けています。日本でも最近、youtubeのインストリーム広告(動画をみようとすると冒頭に流れる、スキップ可能な広告)などで、dove choose beautiful編はよく目にします。beautifulとaverageの二つのゲートがある時、女性はどちらをくぐるのか、というアレです。

両社には、母親を称揚する広告展開も目に付きます。P&Gならば、Olympics P&G thank you mom commercial。ソチ冬季五輪のワールドワイドパートナーであったP&G社は、選手ではなく、選手の母親に対してエールをおくったCMで評判をとりました。一方ユニリーバは、comfortという柔軟剤をもとに、the day I visited my sonという3分弱のムーヴィーをつくっています。二人の母親が久しぶりに息子に会いに行こうとするドキュメンタリー風な映像。一人は、刑務所に収監されている息子と面会に。もう一人は、宇宙飛行士の訓練施設にいる息子をたずねて。そして「よい母も悪い母もいない。そこに愛がある限り」といったタグライン。かつては2Wink(Two women in kitchen)と呼ばれ、「奥さん、これ見て、まっ白!」「まぁ!」みたいな、おもしろくないCMの代名詞であったトイレタリー製品の広告が、今ではクリエイティブの旗手とされています。

余談ですが、P&Gのロゴマークに久しぶりに三日月が復活したのも、こうしたブランドイメージの再構築の結果なのかもしれません。かつてP&Gのロゴにあった三日月の顔がやや恐ろしかったためか、サタニズム(悪魔主義)のシンボル呼ばわりする都市伝説が生まれ、その噂を払拭するために、多大な苦労を強いられた…みたいな歴史がありました。

ヴァイラルな時代のアイデンティティ

以上あげたようなP&Gやユニリーバの展開は、主としてネット上を主戦場としています。もちろん、爆発的に認知されるのは、スーパーボウルの中継などによってでしょうが、企業ブランドイメージや企業アイデンティティ(CI)の構築は、やはりネットを抜きにしては考えられません。

もちろん、ある期間にある商品を売りたいがための広告は、これからも存在し続けるでしょう。しかし、広告をセールス・プロモーシャルなものとだけ捉えるのも無理があります。企業が世の中に対して自らの態度を示すソーシャルなものであり、受け手との良好な関係を求めるリレーショナルなものでもあり。もちろん、ソーシャルとかリレーショナルといったことが、最終的には販売促進(セールス・プロモーション)につながったりもするわけですが。

そして、リレーションという場合、広告する側とされる側というだけではなく、広告の受け手の側の間でのリレーションも顧慮されているのでしょう。ネット上におかれた動画が、多くの人たちの間で共有され、伝播していく現象は日々目にするところです。その動画が、web限定動画CMであっても、おもしろければシェアされ、「いいね!」されていきます。不特定多数の人々に話題を提供することも、広告の一つの機能であったりします。

また、その影響力は短期的なものではなく、ネット上で繰り返し参照されうる、長期的なものです。もはや広告は、アーカイヴァル(archival)なものであるとも言えます。もちろんネット・ムーヴィーの中にも、不発に終わり、すぐに忘れ去られる例も多く、けっして万能というわけではないのですが、commercialの軸足は放送からネットへと移行していることはたしかです。

プロモーショナル、インタラクティブ、ソーシャル、リレーショナル、アーカイヴァル…。いろんな広告のあり方が重層している今日この頃です。