来年度もリクスーは黒いか否か。~~「就活」の社会史(1)~~

1992年4月15日発行『朝日ジャーナル』臨時増刊号より。ジャーナル最晩年の姿。

国際教養大学(秋田市)のクールリクルート宣言

新聞各紙が伝えるところによると、国際教養大学(秋田市)は来年度の就活戦線に向けて、学生たちに「従来型のリクルートスーツは着なくてもいい」と指導をしているそうです。また同大学では、過去に採用実績のある企業に対して、その旨を連絡しはじめているとか。たしかに、経団連が昨年9月に発表した「採用選考に関する指針」どおり、学部4年生(ないし大学院修士2年)の8月から選考活動開始ということになれば、黒いスーツ姿でオフィス街を歩きまわらせるのも酷な話です。

写真にも掲げましたが、春先から夏までに選考が行われ、8月の後半に実質上内定解禁となっていた1980年代から90年代頭にかけては、ベージュやグレーのリクルートスーツ(略称リクスー)もありでした。黒リクスーの制服化は、たかだか20年来の話です。1991年に公開された映画「就職戦線異状なし」の中で、主人公である織田裕二は、学生仲間の仙道敦子から「喪服で就職活動するつもりなの?」と、黒スーツ姿を非難されていたりもします。

考えてみればあの「黒リクスーしばり」は、誰かが決めたわけでも、どこかで明文化された規則でもありません。根拠がないと言えば、ないのです(と言いだすと、日本の定期新卒一括採用の仕組みも、慣習でしかないということになりますが)。

とまあ、根拠の稀薄な黒リクスーではありますが、いったん根づいた慣習はなかなかしぶとかったりもします。さて、来年の就活生は黒いか否か???

ここからは私の予測です。結論から言うと、私は来年も「リクルート・スタイルはモノトーンじゃないの~」と思っています。そう思う理由は、以下の3点です。

1)本当に来年度の就職活動・採用活動のピークは8月なのか?

関係省庁・企業・大学などの間で取り決められた就職協定や経済団体の倫理憲章など、就活スケジュールのガイドラインの歴史を振り返ってみれば、それらはあくまでも紳士協定であって、さほど遵守もされず、長続きもしてこなかった経緯があります。はたして今回は、どうなのでしょうか。

また今回の指針の場合、採用に向けての広報活動の開始は「卒業・修了年度に入る直前の3月1日以降」、要するに学部生なら3年生最後の3月からスタートとなります。説明会を開催する側が、いくら服装は自由と言っても、参加する側はある程度フォーマルな格好で出席しようとします。ふだんカジュアルな格好をしている大学生にとって、ちょっとフォーマルとか考えると逆に困惑するだけです。結果、無難な「ガチ・フォーマル=黒リクスー」が選択されることになるのでは。来年春先から、やはりオフィス街は黒リクスー(に白いシャツ・ブラウス、黒い鞄・靴)が目立つことになるんでしょう。

2)「買い手市場」が続く限り、就活生はディフェンシブ。

就活生の心理面を考えてみても、学生側が強気になれる環境には、なかなかならないと思われます(ネット上の書き込みを見てても、「そりゃ今旬の国際教養大生だったら、それっくらい強気でもいいかもしれないけど」といった反応が散見されます)。

松浦敬紀『就職』(日本経済新聞社、1978年)によれば、圧倒的な売り手市場であった高度経済成長期の就職活動事情は、次のようなものだったとか。

「こうした大量採用のために指定校制度は、企業側から放棄せざるをえなくなった。いわば大衆化路線をとり、採用の門戸を一般大学にまで広げ、地方大学生のために、各地で就職説明会が開かれた。ある大手自動車メーカーが地方都市の一流ホテルを借り切って開いた会社説明会で、スポーツシャツにサングラス、セッタばきに飛び込んできた学生にコーヒーか紅茶かと注文を聞くと、「ビールにしてくれ」といわれたのは、よく知られたエピソードである。このエピソードがおもしろおかしく語られたのは、昭和三十九年のことである」

建前上はいったん廃棄された指定校制が、より隠微な形で復活したのが、昨今言われている「学歴フィルター」なのでしょうが、まぁそれは余談です。セッタばきで、説明会でビール飲む就活生は極端にしても、こうした野放図は、「大量採用」だとか「採用難」と言われた高度経済成長期ないしバブル期くらいのもんでしょう。生まれたときから就職氷河期の今の大学生にとって、黒リクスー以外の選択肢は「想像に難い」と思われます。あえて、「黒リクスーではないリスク」を身にまとう気にはならないでしょう。

3)就活期以前に黒リクスーはすでに買ってある。

大学教員をやっていると、入学式ファッションの変遷を毎年目の当たりにすることになります。もうここ数年は、圧倒的に黒。そのまま就活行けそうなスタイルで、フレッシュマンたちはキャンパスに入ってきます。3年後必要だと思えば、まず最初に買うスーツは黒でしょう。成人式(男性の場合)や教育実習などもそれでのりきれそうです。バイトによっては、スーツ着用だったりすることもありますが、黒が無難でしょう。

では、2着目が黒以外になるかというと、それまた?です。夏用の黒の次には冬用の黒、冬用の黒の次には夏用の黒。3着目のスーツで初めて、黒以外の可能性が浮上しますが、多くの大学生にとってスーツは1~2着です。

国際教養大の非黒リクスー宣言に関連して、「そうだよな、入社後にそれで働くわけではないスーツ買ってもしょうがないしな」といった反応もありましたが、黒いスーツは喪服や略式の礼服として使いまわせる無難な選択です。また、採用されてもいない時点から、入社後のファッションを考えるのも「捕らぬ狸のナントヤラ」という気もします。ただし、会社に入るといきなり体型が変わる人も多いので、略礼服など新調せざるをえないこともよくあるのでしょうが…。

ヴァンジェケットの栄光をかろうじて知っている世代(1961年生まれ)にとっては、紺ブレザーにレジメンタルタイ(できればボタンダウン)くらいは許してやってやれよと言いたいところです。採用する側も案外そうなのでは(今ならおおむね採用の中心にいるのは1960年代生まれ、最終決定権者は1950年代生まれくらいでしょう)。

でも、学生側は粛々と自粛にむかうと思います。