赤城乳業テレビCMの快進撃をめぐって。

2003年にFour Life Music Entertainmentより発売。

快進撃というか、怪進撃というべきか。「ガリガリ君」でおなじみの赤城乳業のテレビCMが、異彩を放ち続けています(といきなり言われても…という方は、赤城乳業株式会社のホームページ内「CMギャラリー」をご参照ください)。

日本国内でのCMに対する顕彰としては、最高の権威であるACC賞(全日本シーエム放送連盟賞)。その2013年度の受賞作品中、赤城乳業BLACK「売上編」(15秒)がシルバー(銀賞)に、同じく「じゃない篇」「ガリガリ君の会社篇」(15秒)を含めたシリーズでもブロンズ(銅賞)に入っています。

ちなみに2013年度のACC賞グランプリは、ナイキジャパンの60秒CM(宣誓編)。海外を見わたしても、賞を得て話題となる作品は、1分を超える長編が主流です。テレビでのオンエアというよりは、基本的にネットで閲覧されることが前提となったものばかり。昨年度さまざまな国際的な賞に輝いたオーストラリアMETROのマナー広告“Dumb ways to die”は、3分に及ぶ大作。日本国内でも、話題となったオートウェイの“いきなりBan!!”は2分。テレビCMというよりは、やはり「ネットの動画」です。昨年度のカンヌライオンズ(昔のカンヌ国際広告祭)のグランプリである“The Beauty Inside”(アメリカ東芝&インテル)にいたっては、もはやショートフィルムとしか言いようのない作品となっています。また、近年日本国内で話題となるCMと言えば、ソフトバンクの白戸家やサントリーBOSS宇宙人ジョーンズ、トヨタの企業広告など、長期にわたるシリーズものが中心でした。

そこに、テレビCM15秒のインパクトで勝負という、やや懐かしさすら感じる手法で存在感を示しているのが赤城乳業。「BLACK」のCMを筆頭に「ドルチェTime」や「ガツン、とみかん」、さらに最近では「ガリガリ君」でもGReeeeNとコラボした「かじれ!!青春篇」など、もうやりたい放題の暴れっぷりをみせています。

『CM INDEX』誌「広告主インタビュー」から

と、なにが、赤城乳業で起こっているか、気になっていたのですが、5月15日発行の『CM INDEX』に赤城乳業のマーケティング部の方が、インタビューに答えてらっしゃいました。

その中で、特に印象的だったのは、・これまでBLACKが弱かった関西を攻めるために、関西の制作スタッフに「とにかく低予算で」「関西系のノリで」と依頼したとのことや、・このBLACK売上編などを最も気に入っているのが社長であり、「これくらいのさっぱり感がいいんだ、インパクトがある」と評価されているという点でした。

BLACKのCMの担当広告代理店は、電通東日本と電通関西支社となっています。電通東日本は、当然のことながら電通傘下の広告代理店で、東日本とその名にある通り、ナショナルというよりは、どちらかと言えばローカルなクライアントを担当する役割を担っています。赤城乳業の本社は、埼玉県深谷市。たしかに、関西人からしてみれば、映画「SRサイタマノラッパー」の舞台、ブロッコリーの産地くらいのイメージしか湧いてきません。西日本エリアで弱いのも、致し方ないのでしょう。

そこで、電通東日本とその本体にあたる電通の関西支社(制作スタッフ)との協働という、やや複雑な体制のもと、関西を意識したCMづくりがなされました。スタッフリストを見ると、2010年度ACCグランプリ「梅の花」の制作者たちが中心となっているようです。「梅の花」といきなり言われても…という方は、動画共有サイトなどで梅の花のCM「ちょうど間」編・「夜は夜の梅の花」編・「旅館みたいだね」編をご参照ください。これまた「低予算で、高インパクト」な関西CM世界が体感できます(そして、それらCMは業界最高の栄誉を得ています)。

テレビCMにおける「関西系のノリ」

さて、いちおう広告史家であり、テレビCM史に関する著作もある身なので、ほんのさわりだけですが、これらのCMの歴史的位置や背景を探っておきます。

通常関西CMと言えば、イコール、KINCHO(大日本除虫菊)などの「おもしろCM」、となるのかもしれません。

その背景としては、「低予算、高インパクト(→15秒単発で話題になる→商品の販促につながる)」を求められる風土に加え、オーナーカンパニーが多いゆえに「社長の一存で、大胆な表現が通ってしまう(こともある)」自由さなどがよく指摘されます。

ただ、昔からそうだったのかと言えば、多くの「関西らしさ」同様、CMの場合もここ数十年の歴史的経緯の中で構築されてきた「関西らしさ」です。

大ざっぱに言い切ってしまうと、1950~60年代の民間テレビ放送黎明期には、東京・大阪・名古屋など各都市において、それぞの地域の放送局が、かなりバラバラに動いており、現在のような東京キー局を中心としたネットワークというか、ヒエラルキーはまだありませんでした。『シャボン玉ホリデー』の牛乳石鹸共進社、『てなもんや三度笠』の前田製菓などは、皆大阪のスポンサーだった――とりわけ『てなもんや三度笠』は、在阪局の制作だった――といえば、わかる方にはわかっていただけると思います。関西のスポンサーがナショナルな番組を持ち、その結果、関西発のCMが周縁的な存在ではありえなかった約20年間があった、ということです。

初期テレビCMの中心的な広告主は、食品・薬品・繊維・家電でした。そのいずれもが、かつては関西の地場産業だったものです。関西発の番組やCMは、「メインストリームの…」とまでは言えないにせよ、けっして「イロモノ(お笑い)」「キワモノ(ゲリラ的表現)」専業ではありませんでした。しかし、通信・金融・流通などのCMが比重を増し、関西のビッグクライアントの東京シフトなどもあって、関西の放送業界・広告業界が、その草創期の活気を保っているとは、決して言えない現状にあります。

まぁ、こうした話をしていると、関西人の繰り言になってしまいがちですが、埼玉のクライアントと関西のクリエイターとの結合など、いろいろ新しい動きがあること、また今後のメディア環境を考えると、1970~80年代的な東京を頂点としたツリー構造には揺らぎが生じていることなどに、漠然とした希望をつないでおきたいと思います。