「大二病」を飼い慣らす。~~就職したら、就活を忘れよう。/海図なき時代の就活論(最終回)25~~

働き出しての心得

今回で最終回です。前回である程度話をまとめたつもりなので、これは補遺編です。就職してからのことなどを徒然(つれづれ)に。

まず、入社に際しての心得なのですが、就活が終わったら、就活の時のことは忘れましょう。就活期間中は問われるままに、さまざまな希望や抱負をエントリーシートに記し、その企業で働くこと、そこの業務に就くことをポジティブに語り、10年後の自己像やその企業・業界の未来に夢をはせたかもしれません。

しかし、組織に属する以上、最初は思い通りにならないことの方が多いものです。私はこれこれこういう志望理由を語り、この企業・団体のこういった業務にモチベーションを持つと話してきたし、その気持ちを固めて入ってきたのに…、にもかかわらず…という配属を受けることはよくあります。就活の期間が長かったため、そこで働く自身の姿を強くイメージし過ぎて、かえって融通が利かなくなることもあるのでしょう。やはり、就活時に考えたことは一度捨てましょう。まっさらな気持ちで働きだした方が、より多くのものを吸収でき、さまざまな機会に恵まれるように思います。専門職として採用されたのならいざ知らず、まずはジェネラリストとして間口を広げ、かつ一通りのことができるようになったら、誰にも負けない領域を作ることをおいおい考えていくべきでしょう。ここでもやはり、Tの字型の人材――視野の広いオールラウンダーとしての横棒と、専門性を深掘りする縦棒の両立――であろうと意識して。

もちろん、長期的なプランはあるべきでしょう。しかしそのプランに縛られて、その通りにことが進まないと、すぐさま挫折(orz)となるのも考えものです。回り道を厭うなら、他人の指示や辞令に従うことが嫌なら、最初から組織に属さなければよいわけですし。大まかな方向性はもっておいた方がよいですが、その道のりには障害物があって当たり前、ジグザグしつつも少しでも前に進んでいけたらなぁと、柔軟に考えましょう。

最初は仕事がつまらなく思えるかもしれません。しかし世の中に、100%定型的な仕事も、100%創発的(クリエイティブ)な仕事もありません。型どおりの業務をこなしてこそ、その先にひらめきや飛躍があったりするし、自身のアイディアを形にしようとすれば、さまざまな煩瑣な交渉事など、地味な作業を重ねる必要が生じたりもします。でも、その地道な作業を忌避して、「口だけ番長」になってしまうと、その人に対する評価は決して上がりはしませんし、若くしてそうした癖をつけてしまうと、将来的にかなりキツイことになってくることでしょう。

また、言われたことをきちんとやってれば、それで生涯安泰というご時世ではありません。能動的に動き、自ら仕事(ひいては儲け)を作り出し、組織に貢献できる(雇い続ける価値のある)人間となるために。焦らず、しかし弛まず、自身の技能向上を図りましょう。評論家然として「賢い私」という自己像を守ろうとしても、周囲はあなたの能力、さらには存在を認めてはくれません。より困難な課題にチャレンジし続けましょう。その結果が自身に跳ね返ってくるしんどさはありますが、チャレンジなきところに進歩もありません(それは個人にも、企業全体にとってもあてはまることです)。そうやって力を蓄え、他社でも他業種でもやっていけそうな、スカウトされそうな人材を目ざしましょう。かつてならば、「長持ちする≒一つのことを極め、そこから動かない」だったのでしょうが、今では新たな状況にコロコロと対応し続けられてこそ、居場所(使い道)が常に確保されうるわけです。今後ますます、社内的に上を目ざせる人は、社外でもやっていける人(だけど社内にとどまる人)ということになるのでしょう。

異動のたびにコロコロと新たな職場・職務に適応することは、いろんな人格をまとい、着替え続けるみたいで、なんか嫌だと感じる人もいるかもしれません。しかし、仮面の下に真の自分がいる…と考えるよりも、「人間、どこまでが皮層か、どこからが本体かが判然としないタマネギのようなもんだ」と思った方がいいのでは。皮の一枚一枚が自分であり、かつその総体が自分なのだ。そう考えて、ふられてきたさまざまな職種・職務のすべてに、臨機応変かつ丁寧に対応していきましょう。そうすることは、相手や状況への単なる迎合ではなく、相手の力を借りてより高い視点、より広い視野のもと現状を認識し、業務を遂行しようとするチャレンジなのです。そのプロセスこそが、自らの能力を高める、いちばんの近道でもあるのです(しかし、くれぐれも余りにもムチャな要求には、「抵抗」を)。

一生モノとしての大二病

先ほど、「口だけ番長」と書きましたが、今までけっこう、そうした人でも職場に抱え込むことができてきました。日本社会が高度経済成長(とその余韻)の中にあったということなのでしょう。しかし、もう無理なことは、誰もが否定しないと思います。

そうした人たちも、もともとは有能だったかもしれません。若い頃は、よく機能する人材として重宝され、周囲から頼りにもされていたのでしょう。しかし、情報化やグローバル化など、世の中の動きがこれだけ速くなると、ついていけないことだらけとなってもいたし方ありません。しかし、職場の年齢構成の人口ピラミッドは、よくて長方形、下手すると逆三角形となりかねない現状です。管理職のポストは払底しています。指示系統・管理体系はピラミッド型の組織でありながら、年齢構成は逆ピラミッド型…という悪夢的状況。

たまたま私の今所属している学部は、規模拡大のタイミング(多くの教員を一時期に採用する機会)があり、その際若手中心の補充ができたため、いい感じで教授会は構成されていますが、多くの大学・学部ではいびつな構造が生じていると思われます(大学教員の場合、今まさに団塊世代の退職ラッシュなので、この機会こそが最後の若返りのチャンスかも)。

このシリーズの初回に、大学教員は「八ヶ岳型」で、大学職員の世界は企業同様「富士山型」かもと述べました。大学内でいろんな仕事をしていて思うのですが、これは身びいきなのかも知れませんが、教員の方が「何歳になっても使いでがある」感じがします。少なくとも、教員には皆、定年までは学生の前に立ち続ける職務があります。誰も話を聞いてくれなくなったら、職業として成り立たない以上、最後の最後まで何とかしようとあがき続けます。FD(教育・教授法の改善)のかけ声を、内心苦々しく思っていたとしても、心のどこかで意識はしています(で、できる範囲の工夫はします)。

しかし、職員の場合、学生(や各種ステークホルダー)との直接的な接点のあまりない部署・職務も存在します(年齢を重ねると、そうしたポジションに移りがちです)。大学教育への現場感覚を失っていることへの自覚なく(もしくは、何となく気づいているからこそ逆に)、やたらと「昔はこうであった」と語り、(直面する問題の解決に役に立たない)過去の経緯やうんちく、さらには床屋談義的評論で会議の時間を無駄に費やすタイプの大学職員…。なんか、今までの職業人生で接した中で、いちばん厄介な人種でした。俺がいなければダメになる!若造に任せられるか!とふんばられてもねぇ。組織なんですから、基本的にその構成員は取り替え可能なパーツなわけです。あなたが定年後も何とかなりますから、そろそろ別のところに居場所を確保するご準備を…。

もちろん、こういった教員もいるのでしょうが、やはり学生と接する最前線にいる分、もう少し自覚的・自省的なように思います。同僚よりはるかに、学生は遠慮ないし、手厳しいです。平成生まれは、年長者というだけで、人に敬意を払いません(表面的には年上敬うふりしても、内心は…)。

あと、教員の生きやすさは、やはり多面的・多元的に評価されうる点でしょう。評価する側としては、学会など研究者仲間、教授会メンバーなど同僚たち、経営側である理事会(法人サイド)、当然のことながら学生たち、広くは社会全般(政府・自治体・企業などからの引き合い)、研究助成の採択・決定者(学術振興会や各種財団など)、一般的な書き物をする場合は読者、最近では模擬講義なども多いので高校生(ないし高校の先生方)、いわゆるタレント教授なら視聴者…。どこかでウケが良ければ、所属する大学ないし法人に対して、役の立ちようをアピールできます。象牙の塔に籠っているように思われがちですが、世間の評価に大学教員は晒されています。ところで理系には、まだ白い巨塔ってあるんでしょうか???

オーナー一族などが君臨するタイプの大学でない限り、教員には「この人に評価されねば!」という切迫感もないし(もちろん、誰かには評価される必要はあったとしても)、その時のトップから疎まれたらまったくの傍流に追いやられる、居づらくなるということもありません。職務や部署のどれが本流(いわゆる出世コース)で、何が傍流かは判然とせず、一人一人にとって得手な仕事とあまりそうでない仕事が、教員それぞれにあるのみです。それに比べれば職員の側は、「どういうわけで俺がこんな仕事を」とか「なぜあいつがライン職の階梯を上がっていくのか(俺はスタッフ扱いで直属部下もおらず…)」とか「どうして私があの人に査定されなければ」とか、いろいろありそうに感じます。勢い、上だけを見る「ヒラメ型」になりがちです(私ももし、会社残ってたら…、と思うこともあります。私にあまり幸せな50代はなかったかも。そうした予感があったので、私は就職時と同様に、直観に従うままに転職しました)。

もちろん、組織のヒエラルヒーにおいて「偉くなる/ならない」は、もののはずみとか巡り合わせとしか言いようのない部分が大きいです。誰が偉くなるかの必然性はなく、やはり蓋然性のみです。かなり理不尽です。でも、いつまでも「周囲は俺の能力に気づいていない」「私はもっと評価されるべき…」とか言っててもねぇ~。

棋士型社会?

現状を鑑みると、すべての職業・職場において、どんなに頑張っても、リストラやら追い出し部屋の魔の手から、逃げきれるもんではありません。昔はまだ窓際に居場所はあったんですけどねぇ。大学教職員にもいつまで席があることやら…。

こんなことばかり書いてると、学生から就活する気を奪うだけのようにも思えてきました。たしかにこれだけ経済環境の変化や技術の進展が速いと、何とか正規雇用されても、10年後、20年後そこがどうなっているのか誰にも予測はつきません。就活とか就職とかしてもねぇ…と思うのも、ある部分仕方ないかもしれません。ですが、フリーランスや起業家たちも死屍累々(ししるいるい)の世界です。死屍累々という語を打つ時、私の脳裏にはいつも太川陽介(♪Lui-Lui)の顔が浮かんできます。水道橋博士に「蛭子さんを扱えるのは太川さんだけ」と称賛される能力で、何とか芸能界に生き残り続けているようですが…。

濱口桂一郎『若者と労働』(中公新書ラクレ、2013年)にあるように、メンバーシップ型からジョブ型へという流れには抗えないのでしょう。会社など組織とそのメンバーとがまずあって、何か事業を起こし、続けていくというよりは、あるジョブが発生(技術や業務へのニーズが顕在化)した時に、その都度必要な人々がその目的のために集められ…という、一定成員型から離合集散型への仕事のあり方の転換です。

もちろん、そうしたワークスタイルが適合的な領域は多々あるでしょう(今後、増え続けるでしょう)。しかし、教育研究機関などは、ジョブ型だけでいいのか?とも思います。もちろん大学も、その時々の社会的ニーズは無視できません。しかし、何十年後かにその成否が明らかになる教育の場合、朝令暮改は決してよい結果をもたらしません。また、基礎的な研究領域も然り。実業においても、インフラ系の場合など、それを担う企業組織の安定的持続こそが「肝」な業界も存在します。

行き過ぎたマーケット・ドリブン(driven)には要注意でしょう。いわゆるミッション系の学校に勤めているせいか、ミッション・ドリブンな部分とのバランスこそが肝要という気がします。本務校は来年が125周年ですが、その昔北米からの宣教師が開港場である神戸に降り立ち、英語で教え始めた時にまず試みたのは、そのミッションを継承してくれる者たちを募り、教えの場を再生産可能たらしめてくれるメンバーシップを確保することでした。100年、200年の計が必要とされる世界もあるわけです。人員の流動性の激しいアメリカ型の大学組織のあり方(パーマネントな構成員はごく一部、多くは任期制教員)にもちろん長所は多々ありますし、日本でもその傾向は不可逆的に強まるのでしょうが、それだけでいいのかとも思ってしまいます。

そんなことをつらつら考えていて、しかも子供たちが将棋にこり始めたりしたので、ふと思いついたのが、大学教員組織(のみならず全ての職業組織)の「棋士社会化」という妄想です。

日本将棋連盟所属のプロ棋士と呼ばれる存在になれる者は、年に数名(かなり厳しい年齢制限あり)。しかもプロになってからも、一定の勝率を保たないと、名人に至るためのリーグ戦メンバーから外されてしまいます(プロの地位や段位はキープされますが、フリークラス・非現役とカテゴライズされます)。頂点に立つ名人位1名の座を争うという意味では、究極の富士山型組織です。

ですが、名人にならないと居場所がない世界でもありません。たとえば将棋の普及(教室やイベントで将棋を教えたり、解説したり、執筆活動なども…)に尽くすことにも、敬意は払われます。裾野が広くてこその、頂点の高さなわけですから。またリーグ戦・名人戦以外にもさまざまなタイトル戦があります。最大5局、7局と指していく長丁場なタイトル戦だけではなく、トーナメント勝ち上がり型・決勝一発勝負型もあります。早指しが得意なら、それに適した大会があります。ネット対局に特化した大会などもあります。特異な戦法や陣形を発明し、名を残す人。詰め将棋作家として異能を発揮する人。棋譜の解析など、実戦派としてより、学究派として知られる棋士。タレント棋士として人気を得ることも、普及には違いありません。もちろん連盟の仕事に携わる棋士もいます。コンピュータと対戦して男気を見せた人もいました。というわけで、けっこう八ヶ岳的な世界でもあるわけです。

メンバーになるハードルは高いけど、なればどこかに自分を活かす道があり、負けがこんだからすぐ解雇ということもありません。プロになる夢は破れても、指導棋士として活躍する人もいます(いや、その辺いろいろで…。大崎善生『将棋の子』講談社文庫、2003年参照)。それはそれで非常に過酷な世界なのですが、今年に入ってからの追い出し部屋報道などを見ていると、なんか棋士たちの社会――富士山型と八ヶ岳型の併存――みたいに世の中ならんもんか、と思ってみたりもします。

ジャガイモをどうするか問題

ま、下手な組織論・制度論や政策論は、私の柄でも任でもないので、やめます。

自らを振り返ってみて、大学卒業後ともかく定職に就き続けて得たものは何か、という話を最後にします。

資料調査などで東京出張すると、神田界隈に宿をとることが多いです。見栄をはって、常宿は山の上ホテルか学士会館と言ってみたいところですが、御茶ノ水駅近くの「私学教員安く泊まれるよ」ホテルが多いです。古本・古雑誌を大量に買い込んで宅急便で送ってた頃は、神保町交差点にもっとも近い某全国チェーンホテルもよく利用しました。なので、昼飯を神保町界隈で~ということも多いです(会社員だった頃、あの辺で働いてもいたし)。

で、神保町のカレー店ボンディのジャガイモどうするか問題…です。ライス以外に、ほくほくのジャガイモ2個(小ぶり)&バターがつくのですが、それをいかに食すべきか。皮をむいて(指先火傷に注意)、じゃがバター状態で食べるのが一般的でしょうが、40年近くの試行錯誤の結果、私は、皮をむいたジャガイモを適当に砕いてライスにのせ、チキンのソース大盛り(辛口。しかしバターを溶かしこむ)をかけるスタイルに行きつきました(ライス上の漬物・梅干しは除去し、福神漬を多く…)。多くの人に、邪道と言われますが。

さて、そのソース大盛りなのですが、150円増しです。しかし、ソース・ライスともに大盛りでも、同じ150円増しです。ならば、ライスも大盛りにすればと思われるかもしれませんが、ライスとジャガイモにソースをかけて食べる以上、ライスまで大盛りにすると、ややバランスが悪くなってしまいます。なので、やせ我慢して「ソースのみ大盛り」とオーダーします。贅沢です。蕩尽です。美学、というやつです。社会学的には、ヴェブレンの衒示的消費(Conspicuous Consumption)です。しかし、では、ソース大盛りとメニューに書いてあるのに、なぜかウェイターorウェイトレスは必ず「チキン辛口ルー大盛りですね」と言う問題…。

ま、要するに言いたいことは、40年前大学生協の朝カレー100円を食べてた人間が、ソース大盛りのために150円出すということです。せっかく東京に来たのだから、それが最も好きな食べ方なのだから、150円を何のためらいもなく当然のように払える余裕…。

職業生活約40年をかけて得たものと考え始めて、最初に至った答えがそれでした。もっと考えれば、いろいろあるのでしょうが、それでじゅうぶんな気がします。

最後の最後に、ゼミ生ないしゼミ卒業生をずいぶんネタにしてきたので、彼・彼女から時に問われる「先生にとってよいゼミ生とは」への答えを記しておきます。

一言で言うと、「死なないゼミ生」です。いちばん記憶に残っているゼミ(卒業)生は、物故者の2名です。若い人が、若いうちに死なない社会であってほしいと思います。就活鬱とか過労死とか、どうにかならないものか…。死んだらカレーも食べられませんし(以上)。

《注》当然のことながら、ここで述べられている内容は、書き手の所属する(所属した)組織・団体の見解・主張を代表・代弁するものではなく、あくまでも筆者一「個人」としてのものです。