「大二病」を飼い慣らす。~~そもそも「大二病」とは/海図なき時代の就活論1~~

ごあいさつ

プロフィールにもあるように、私は現在、私立大学文系学部の教員です。そして、私のブログに飛んでいただければお分かりのように、学部での教務・職務以外にも、ここ数年は大学全体の「入口」を司る仕事をしています。「大学にどう入るか」「どこの大学・学部に入るのか」と考え中の人たちと向きあっているわけですが、学部教員としては3~4年のゼミ(演習)も担当しており、「世の中にどう出ていくのか」の問いに日々迫られている学生を眼前にしています(大学院のゼミも担当していますが、またそれは別の話)。

さて、その入口を司る仕事なのですが、就いてみての感想は、メーカーで例えるならば、これは原材料の仕入れ部門にあたるんだろうなぁ、というものでした。大学を工場に例えること、学生を製品になぞらえることには、多大な反発をおぼえられる方もいることでしょう(この点については、後日述べたいと思います)。また、大学で入口系の仕事をしている人たちの「われわれは顧客、市場のニーズにもっとも近いところにいる」「学校を代表し、営業の最前線に立っている」といった自負や士気に、私はいつも支えられています。そのことを非常に多とはしています。が、大学がもっとも注力すべきは、「入ってきた学生をどうしていくのか」「どのように世の中に送り出していくのか」であり、それを担うのはメーカーで言うところの商品企画や販売営業の部門、大学の現存の部局で言えば、やはり教務部・学生部やキャリアセンターということになるのだとも考えています。

近年かなり変わってきましたが、これまで大学と言えば入口の部分のみが云々され、学生を採用する側も「○○大学△△学部に入ってるのなら、こういった素材なのだろうから、あとはこちらでこう加工していって…」という姿勢でした。しかし、ここ十数年で明らかとなってきたのは、「いくら入口の段階で高いハードルを越えたとしても、それらの学生のすべてが、いい具合に出口をくぐれるわけでも、世の中への入口を見つけられるわけでもない」という事態です。

なぜ、そうなったのかについては、社会学者をはじめ、社会科学の研究者たちがさまざまに追究・議論してきました。私も、社会学者の端くれなので、そのことに興味はあります。しかし、それはそれとして、私の目の前には常時数十名の大学3年生・4年生がいます。そして、その状態をここ十数年続けてきました。そうした経験をふまえ、研究者としてとか俯瞰的な視点からとかいうことではなく、現場の一教員として感じてきたこと、思ってきたことをしばらくは書き綴っていきたいと思います。

タイトルの「広告論/メディア論/大学論」で言えば、3番目ばかりに比重がかかるわけですが、しばしの間、よろしくおつきあいください。

そもそも「中二病」とは

さて、タイトルにある「大二病(だいにびょう)」ですが、これは「中二病(ちゅうにびょう)」という言葉からの派生です。中学二年生の陥りやすい状態ということで、中二病。2000年頃、深夜のラジオ番組から発祥した言葉のようで、今日まで使い続けられているところをみると、すでに社会的に定着した言葉と言えるでしょう。どうやら「中二病」と呼ばれるべき事象や現象、もしくはそれを患っていると思われる人々は、ある程度発生し続けてきたし、現在も発症し続けているようです。

どういった症状かというと、Wikipediaには「中学二年生頃の思春期の少年少女にありがちな自意識過剰やコンプレックスから発する一部の言動傾向を揶揄した俗語」とあります(2013年6月30日アクセス)。

中学二年生。体格・体力はもう大人とひけを取らなかったりします。でも、社会からは軽んじられている。学校・先生はうるさいこと言うし、多くの場合、親の経済的な庇護のもとにいます。憤懣、鬱憤。いろいろとためがちな時期です。

中学一年生ならば、新たな環境に慣れるのに精いっぱい。中学三年になれば、卒業後の進路の問題に直面します。比較的自由のきく中学二年生には、どのようにでも「自分の存在を大きなものだ」と妄想(自己設定)できる時間と条件が備わっています。西原理恵子『毎日かあさん9言っちまった編』(毎日新聞社、2012)には、いきなりバンド組もうと夢想したり、ダンスを習いに行ったりする息子を見て、「中二、それはとほほな可能性のカンブリア紀」とありました。要するに背伸びをする時期だし、周囲も皆背伸びをしているので、その相乗効果でどんどん背伸び合戦や同調が激化したりします。

十年後、二十年後を見とけ!と捨て台詞をはいたとしても、まぁ、無理のない年齢だと言えます(まだ何も選択してないし、試していない段階なので、可能性だけは腐るほど持ってます)。何か、自分がとんでもなくすごい人間なのだと周りに思わせたくて、突拍子もない自分語りや振る舞いを始めてしまう、というのが中二病の代表的な症例のようです(あとから思い返すと赤面モノであり、「黒歴史」として語られる場合が多いのですが、赤面できるということは、とりあえず治癒しているということなのでしょう)。

塞神雹夜(さえがみひょうや)さんの『中二病取扱説明書』(2009年、コトブキヤ)という本には、そのありがちな言動として

□「能ある鷹は爪を隠すからな」と自ら発言。

□いつまでも隠しっぱなし。

□というか爪がなかった。

とか

□やればできる。

□だがやらない。

□それはできないだけだ。

とか

□職場や学校での立場は弱いが、消費者や利用者となると妙に強気になる。

□えばれるときにえばっておく

□この世はバカばっか。

などが挙がっています。

自分が大物(となる人間)であると内心思うだけではなく、周囲にもそう思わせたい。なにせ、「自分が大物(となる人間)である」には、あまり根拠はないわけですから、周囲の承認を強く求めてしまう。結果、いわゆる「イタイ」行動に出てしまう。妙に攻撃的・反抗的だったり、大言壮語してみたり、珍妙なキャラ設定を自らに課してみたり…。そんな時期ってあったよなぁ(そんな奴っているよなぁ)と、多くの人が「中二あるある」話をし続けたために、「中二病」という、医学的ならざる病気が、世の中に広まっていったわけです。

そして「高二病」「大二病」

しかし、話は中学二年生では終わりません。先ほどの引用にも「□職場や学校での立場は弱いが、消費者や利用者となると妙に強気になる」とあるように、正規雇用でなかったとしても「職場」にいる人たちに対しても、中二病の診断名は有効なようです。現に「社二病」で検索してみても、それなりにヒットします。社会人二年目の、ないしは社歴二年目あたりの陥りがちな状態が、これまた面白おかしく「あるある話」されています。

なので当然「高二病」も存在します(Wikipediaにはまだないようですが)。2011年発行のライトノベル、渡航『やはり俺の青春ラブコメはまちがっている。』(小学館ガガガ文庫)の主人公・比企谷八幡(ほぼ全員が大学に進む、千葉県内の高校の二年生)は、高校の教師から「高二病」と決めつけられています。

「だから、高二病ってなんだよ……」

「高二病は高二病だ。高校生にありがちな思想形態だな。捻(ひね)くれてることがかっこいいと思っていたり、『働いたら負け』とかネットなどでもてはやされているそれらしい意見を常に言いたがったり、売れている作家やマンガ家を『売れる前の作品のほうが好き』とか言い出す。みながありがたがるものを馬鹿にし、マイナーなものを褒(ほ)め称(たた)える。そのうえ、同類のオタクをバカにする。変に悟った雰囲気を出しながら捻くれた論理を持ち出す。一言で言って嫌(いや)な奴だ」

この小説の中には、周囲から「中二」と呼ばれる高校二年生・材木座義輝も登場します。比企谷は、「中二」こと材木座をバカにしていますが、周囲から見れば大同小異。中二病を克服し、その過去を封印したと語り、中二病から抜け出さない材木座を見下す比企谷の振る舞いは、それこそ中二病的であり、結局お前は中二病の亜種の「高二病」だと、教師から指摘されてしまったわけです。

そして、さらに「大二病」。ネット上では、すでにその定義や類型が語られ始めています。しかし、これも中二病の亜種であるからこそ、「大二病」と呼ばれているのでしょう。さきほどの『中二病取扱説明書』には

□社会人なんか会社の奴隷だ。

□俺にふさわしい職場を見つける。

□今はまだそのときではない。

といった症例というか言動例もあがっています。そして

□自分の能力に見合わず、とにかく理想だけは高い。

大学教員をやってると、こうした大学2年生(というか大学生)っているよなぁと思うこともあります。先ほど中二病に関して、私は「中学二年生には、どのようにでも「自分の存在を大きなものだ」と妄想(自己設定)できる時間と条件が備わっています」と書きました。そして大学2年生も、まだ就職活動をむかえておらず、シビアに世間からの評価をつきつけられていない以上、どのようにでも自身の才能・能力を高く見積もり、輝かしい将来を夢想することも可能なわけです。往々にして、周囲の学生たちとは異なる、優れた知性・感性の持ち主であると自負し、そのことをあの手この手でアピールしがちです(それが理解されない場合は、周囲の人間は見る目がない、これは時代を先駆け過ぎた天才の宿命だ、だから日本は遅れている、さらには「俺はまだ本気出してないだけ」等々、さまざまにうそぶいていられます)。

中学生の大部分は高校生となり、また大学全入が叫ばれる中、高校生の多くは大学生になりえます。要するに、社会から決定的な評価をつきつけられる時期を先延ばししやすくなったため、「理想だけは高い自分」の温存可能性が高まっているのです。しかし、大二病の場合、その2年後には何らかの結論へと至ります(結論が出なかったという結論であったにせよ)。対処を間違った時の結果の深刻度は、中二・高二のそれに比べ、格段に重たいものがあります。

私がこれから展開しようとしている議論の根幹は、「学生たちが大二病をうまくやり過ごすために、大学教員は何ができるか」であり、やや唐突にきこえてしまうかもしれませんが、「大二病の寛解のために、就職活動は非常に有効な対症療法(ショック療法?)ではないか」というか、「大二病を引きずったままでの就職活動は、なかなか結果につながらないのでは」という憎まれ口です。

万人の、不治の病としての「中二病」

で、ここで大急ぎで注釈しとかなければいけないのは、何も「若者たちにまた新奇なレッテルを貼りたいわけではない」ということです。

私は戦後若者史を描いた自著の中で、社会を管理統制する側やメディアが、一部の若者たちを「○○族」と呼び、その非常識な行いをバッシングしたり、わかったつもりで話のネタにしてきたり、といったプロセスについて述べたことがあります。これは自戒を込めていうのですが、人間誰もが多かれ少なかれ「自分を高めに見積もっている」ものなのです。年をとると、それを上手に隠せるようにもなるだけのことです。「中二病」「高二病」「大二病」等々は、一過性のものではなく、多くの場合、一生モノの宿痾(しゅくあ)です。

私は大学を卒業後、広告代理店に勤務したことがあります。そこには尊敬も敬愛もできる人たちがたくさんいましたが、・自分がすべてを仕切ってるんだと語りたがる営業(特に他業種の人、業界外の人に対して)、・どれほどの技量・才能の持ち主なのかをつねににおわす制作者、・結局物事がいちばん分かっているのは私たちだと自負するマーケッター、・現場の社員を自分が動かしている気でいる経営管理セクションの人々…、といった人間類型を腐るほど見てきました(おかざき真里の広告業界マンガ『サプリ』をご参照ください)。

大学教員への転職が決まった際は、大学という閉鎖的な世界には、もっと「こじらせている人たち」がいるのではないかと危惧していました。「大御所の論文・著書をこき下ろすだけで、自身は何もアウトプットしない人」「大物研究者の配下にあることで、学界に重きをなしてるつもりになってる人」「とりあえず先生呼ばわりされることになれて、周囲を睥睨し、学生を小バカにするだけの人」「大学での役職ヒエラルキーを上がることや政府関連の審議委員等を務めることにのみ腐心し、地道な研究・教育の徒を見下す人」「うちの理事会ないし大学執行部はバカばかりで、どうしようもないと賢者を気取る人」……。じつは、大学教員に対しては、そんなイメージを抱いていました。

しかし、いざ転職してみると、意外と快適でした(大学教員として、私は他の職場を知らないので、ラッキーなだけだったのかも知れません)。その理由として一つ思い当たるのは、大学教員というのは「八ヶ岳型」だということです。研究や教育はもちろん、大学の管理運営業務、学会活動、社会貢献、学問の普及などのどこかに得意分野があれば、そこで居場所を見つけることができます(もちろん稀有な例外として「オールラウンダー」はいますし、誰もがある程度はすべての仕事をこなす必要はありますが)。多くの山が並び立ち、多様な尺度で評価されうる「八ヶ岳型」、というわけです。それぞれの場所で、みな納得のいく仕事を安定的にすることが可能です(もちろん「ご意見番」「うるさがた」として、敬して遠ざけられるパターンにも時々出くわしますが)。

一方、企業・団体の多くは、「富士山型」の構造をなしています。中には、エキスパートやスペシャリストと称され、遇されるケースもあるでしょう。ですが基本的には、一つの頂点を目指していく「ライン」に乗ることを若手は望み(望まない者はやる気がないと見なされ)、そこから零れ落ちた「スタッフ」や、最初からラインに乗ることを想定されていない「補助職」との種別は歴然としていたりします(零れ落ちそうなので転職した私が言うのだからたしかです)。そして、傍流に追いやられた人々の憤懣は、当然のことながらいろんなかたちで堆積、ときに爆発していきます。大学の管理運営系の仕事に少しだけ関わってみて、大学職員の世界は、かなり富士山的だなと思ったりもしました。

要するに、みな誰でも(当然私も)大なり小なり自惚れは持ってるよなぁ、ということです。なんかいつも「俺を、私を軽んじるな!」と吠えてる中高年もよく見かけます。政治家が、経営者が、マスコミがバカばっかりだから、世の中ダメになるんだ!みたいなことを言いたがるオジサン・オバサン。いい年なんだから、自分が何とかしろよ(できないなら吠えるなよ)と思うのですが、まぁ、これはこれで偉そうな物言いです(いわゆる上から目線で、それらオジサン・オバサンのことを見ています)。

ともかく、「私はもっとすごい人のはずなのだ!」というのは普遍的な感情であり、生徒・学生だけのものではないと強調しておきます。わが内なる中二(高二・大二)病、です。

「飼い慣らす」ということ

しかし、くどいようですが、わが内なる中学二年生と上手に折り合いをつけていかない限り、スムーズに世の中に出ていくことは困難です。永遠の少年・少女と言えば褒め言葉(時に皮肉?)でしょうが、永遠の中学二年生と言われて喜ぶ人はまずいないでしょう。

ですが、完治してしまって、心底「私なんて全くだめな人間で、何もできはしないのだから…」と思われても困ります。ある程度の自惚れや野心は、上手に使えば、人を前へとすすめていく原動力となりえます。ある程度の雑菌を体内に飼ってる方が、健康が維持される側面もあるかと思います。大学二年生の向上心やら野望やら理想やらを矯めずに、でもそれらを暴走させないために。大学教員としては何ができるのかなぁ~と、私は日々考えています。

一度にアップすべき、適当な文字数に近づいている気がするので、とりあえず擱筆します(キーボードの時代に、筆を擱(お)くという言い回しもどうかと思いますが)。大二病(対応)の詳細に入りたいところですが、次回はもう少し総論的なというか大学や就活に対する私のスタンスを述べたいと思います。気長におつきあいください。

《注》当然のことながら、ここで述べられている内容は、書き手の所属する組織・団体の見解・主張を代表・代弁するものではなく、あくまでも筆者一「個人」としてのものです。