トップは対策本部を離れてはならない 災害時の首長の行動を問う

災害時のトップの行動によって、災害対応のあり方が大きく変わることは、阪神・淡路大震災、そして東日本大震災でも目の当たりにしてきた。そして一連の台風対応でも千葉県知事の振る舞いが問題視されている。そもそも危機発生時に首長はどう行動すべきなのかー。

ナポレオンは「1頭のライオンに率いられた羊の群は、1匹の羊に率いられたライオンの群に勝る」という名言を残している。危機管理においてチームを束ねることは今も昔もリーダーの最も重要な手腕とされる。そのナポレオン以降の戦争を分析したクラウゼヴィッツがまとめた『戦争論』では、戦争という危機的な状況においては「危険」「困苦」「不確実」「偶然」という4つの共通要素が伴い、そのような状況の中で勝利するには、軍事的天才、すなわち優れたリーダーの存在が必要になるとし、やはり危機管理におけるリーダーの重要性を指摘している。

クラウゼヴィッツはまた、軍事的天才に求められる資質を、勇気、責務、忍耐力、知性、精神力、果断さ(決断力)とし、中でも「勇気」が最も重要とした。この勇気には、戦闘にあたる者が、個人的な危険を無視するという勇気もあるが、むしろ、「自分自身の行動に対して責任を負う勇気が大切」としている点が興味深い。

ところで、自治体における災害対応において、本部長である首長が何をすべきかは、それぞれの地域防災計画なり、関連条例の中で記されている。

例えば、千葉県防災基本条例を見ると、第2条に「災害対策本部長は、災害対策本部の事務を総括し、災害対策本部に属する職員を指揮監督する」と書かれ、その他、災害対策本部の設置や本部会議の召集、関係機関への要請に関することなどが細かく示されている。

「対策本部に首長がいなくても困らない」という声を聞くこともあるが、仮にそれで災害対策本部が回ったとしても、本来、首長は、職員の業務への姿勢を喚起するとともに、行政業務の進捗管理に最終的な責任を持ち、指揮命令権限などを使って被災地で生じている課題解決の手段を講じ、そのために必要な資源を外部から獲得する―などの重要な役割を担っている。

しかし、本部長がどこにいて、どう行動しなくてはいけないのかなどが、地域防災計画や条例で細かく決められているわけではない。

日本の危機管理の第一人者であり、2018年10月10日に他界した故・佐々淳行氏は、危機管理のリーダーのあり方について、何冊もの名著を残しているが、「危機管理のノウハウー信頼されるリーダーの条件」(1979年PHP研究所)には、危機発生時のリーダーの行動について次のような記述がある。

指導者は、非常事態が起きたら自分はどこに行き、どこに位置して指揮すべきか、適正な場所を立体思考で判断すべきである。その適正な場所とは、全体が良く見え、情報や報告連絡がよく入り、かつ、指揮命令行うことが物理的に可能な通信手段が備わった場所(シースリー:Command指揮・Control統制・Communication連絡通信が備わった本部)といえる。

「指揮者は災害対策本部にいろ」というのではなく、対策本部が使えなかった場合も想定し、全体が良く見え、情報や報告連絡がよく入り、かつ指揮命令が行うことが物理的な可能な通信手段が備わった場所と言っている点は、実に佐々氏らしい。それを、計画通りに行うのではなく、その時々の情勢に応じて「立体思考」で判断しろと言っている点も流石である。

一方で、トップが本部を離れて現場を視察することについては佐々氏自身も理解を示している。

情勢が悪化したり、長期化して、第一線の士気が衰えたり、気分が乱れたりしているとき、トップが自ら第一線を激励視察することは士気に与える影響が大きい。また、「百聞は一見にシカズ」の諺どおり、トップや随行の高級幕僚たちが、目で見、肌で感じた第一線の生々しい雰囲気や実情は、百万言を費やした伝聞報告にまして現状把握に役立ち、トップが決断を下すうえでの恰好の判断材料になりえることだろう。

なお、トップが第一線の激励視察を行う場合は、無線通信、あるいは秘書役の定時連絡など、なんらかの方法でいつでも本部との連絡がとれるような手立てを講じおく必要がある。

<中略>

トップの現場激励視察は士気高揚のための手段であり、ころあいをみてサッと本部に戻り、全般指揮にあたるようにした方がよい。

司令官はオーケストラの指揮者のようにティームの構成員たちの事務分掌や得意わざをしっかり覚えておくことが肝心である。

出典:危機管理のノウハウー信頼されるリーダーの条件(PHP研究所)

自宅が心配で本部を離れるのは論外だが、トップは、情勢判断と部隊を指示するにあたり、対策本部にとどまらなくてはいけない義務感と、第一線の生々しい雰囲気を自分の目で見たいという葛藤と戦わなくてはいけない。しかも、首長は、行政組織のトップであると同時に、住民代表であるという点で、その傾向は一層強いと言っていいのかもしれない。

2016年4月に発生した熊本地震の対応について、各自治体の首長にインタビューをした際、ある市長が「陣頭指揮を執るにあたり対策本部を動いてはいけないと思いつつも、市民から選ばれた政治家として、現場に出向いて“安心してください”と言いたかった」と胸中を語っていたことを思い出す。

平成29年4月に、大地震や大水害を経験した首長有志が「災害時にトップがなすべきこと」24か条をまとめ公表しているが、「直面する危機への対応」の章の第1条に、トップは災害対策本部から離れてはいけないことが明記されている。

判断の遅れは命取りになる。特に、初動の遅れは決定的である。何よりもまず、トップとして判断を早くすること。

人の常として、事態を甘く見たいという心理が働き、判断が遅れがちになる。広範囲に災害が予測される場合、トップは、災害対策本部(庁舎)から離れてはならない。トップの不在は、判断の遅れにつながる。ただし、現場を見ないと判断がしにくいことも事実。映像や画像等、現場からリアルな情報が災害対策本部に届けられる仕組みをあらかじめ作っておくことが肝要。被災者の激励は、落ち着いた段階で行うことでよい。

出典:被災地からおくるメッセージ 災害時にトップがなすべきこと

巻頭のあいさつには「ここには、私たち自身が失敗し、もがき苦しみながら重ねてきた経験と教訓が込められている」と書かれている。

佐々淳行氏には東日本大震災以降、何度かインタビューをしたことがあるが、「危機管理リーダーたるものは、過去の大災害や事故に関する記録や回顧録を読み、自分ならどのように対応をするか見取り稽古をすべき」と繰り返し話していた。果たして、こうした教訓は、全国の首長にどれだけ読まれているのだろうか。