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制度は踊る、されど避難は進まず

中澤幸介危機管理とBCPの専門メディア リスク対策.com編集長
新たに運用された「警戒レベル」はどれだけ理解されているのか?出典:内閣府防災担当

九州地方を中心に大雨による被害が懸念されている。すでに鹿児島では崖崩れで70代の女性1人が死亡。3日から4日にかけては、24時間雨量が1カ月分の雨量を超える記録的な大雨になるおそれがあるとして、気象庁が厳重な警戒を呼びかけている。昨年の西日本豪雨のような悲劇を再び起こさないために、今改めて過去の災害の教訓を見つめなおしてみる必要がある。

200人を超える死者を出した昨年7月の西日本豪雨(死者・行方不明者237人)、平成29年7月の九州北部豪雨(死者・行方不明者41人)、鬼怒川を決壊させた平成27年9月の関東・東北豪雨(死者8人)、平成26年8月の広島土砂災害(死者77人)、平成25年10月の台風26号の大島の土砂災害(死者・行方不明者39人)など、平成の後半は、大雨や土砂災害に伴い、毎年のように数十人、数百人という命が奪われてきた。

国は、被害が起きるたびに避難勧告などの制度を改定。一方、災害が起きるたびに新たな課題が浮き彫りになり、イタチごっこのように制度が目まぐるしく変わり続けてきた。そこに役所恒例の「人事異動」も加わり、避難情報の改定の背景を理解する職員すらいない状況の中で、新たな制度だけが独り歩きし、またも犠牲者が発生する――こんな負のスパイラルが起きているように思えてならない。

変わりすぎる避難情報

避難勧告などに関する制度の動きを振り返ってみよう。

新潟県を中心に大雨による大きな被害が発生した平成16年には、市町村長が避難勧告などを適切なタイミングで適当な対象地域に発令できていないことや、市町村から避難勧告などの住民への迅速確実な情報の伝達が難しいことなどが課題とされ、翌年3月に「避難勧告等の判断・伝達マニュアル作成ガイドライン」が策定された。ところが、洪水や土砂災害において、避難行動の問題や避難の遅れ等により、依然として多くの犠牲者が出ていたことや、東日本大震災の津波避難に関した議論も加わり、平成26年には、ガイドラインが全面的に改定された。その間、気象警報の市町村単位での発表や、特別警報の運用開始など、防災気象情報の改善や新たな情報の提供も開始された。

しかしながら、平成26年は人的被害を伴う土砂災害が多発。特に8月には広島市で多数の死者を出す甚大な土砂災害等が発生したことを受け、本ガイドラインはまたも改定となり、避難準備情報の段階から住民が自発的に避難を開始することを推奨することなどが盛り込まれた。

そして、平成28年には、台風第10号による水害で、岩手県岩泉町の高齢者施設において避難準備情報の意味するところが伝わっておらず、適切な避難行動がとられなかったとし、高齢者等が避難を開始する段階であることを明確にするなどの理由から、避難情報の名称が以下のように変更となった。

・「避難準備情報」→「避難準備・高齢者等避難開始」

・「避難勧告」→「避難勧告」

・「避難指示」→「避難指示(緊急)」

この言葉が定着する間もなく、昨年、西日本豪雨が発生。今度は「さまざまな防災情報が発信されているものの、多様かつ難解であるため多くの住民が活用できない状況であった」との課題から、住民らが情報の意味を直感的に理解できるよう、防災情報を5段階の警戒レベルにより提供することになり、今年4月から運用が開始されている。

警戒レベルを理解している人は?

今回の豪雨で、テレビの画面に「警戒レベル4」(避難勧告)という字幕を見て不思議に思った人も少なくないだろう。これだけ目まぐるしく制度が変わる中で、それを理解して行動しろというにはかなりの無理があるのではないか。

内閣府は、2019年3月に「避難勧告等に関するガイドラインの改定」を行い、水害・土砂災害について、避難行動が容易にとれるよう、市町村が出す避難情報と、国や都道府県が出す防災気象情報を5段階に整理。
内閣府は、2019年3月に「避難勧告等に関するガイドラインの改定」を行い、水害・土砂災害について、避難行動が容易にとれるよう、市町村が出す避難情報と、国や都道府県が出す防災気象情報を5段階に整理。

そんな状況もお構いなしに気象庁は「早めの避難」という言葉を繰り返す。これでは避難行動がなかなか進まないはずだ。一体問題はどこにあるのか……。

そもそも災害情報を聞かない人に言葉だけ変えても効果はない

最大の問題は、制度への根拠なき過信にあるように思う。制度の改定は、社会全体で見れば防災行動を促す一定の効果はあるのかもしれない。しかし、豪雨や土砂災害のような災害は、山間地や河川沿いなど局所的な場所で発生し、さらにその中で問題とされるのは、比較的にリスクマインドが低く、災害をイメージすることができない人たちである。

こうした災害をイメージすることができない人たちが、制度を変えたからといって、避難情報に耳を傾けるだろうか? 

人が物事を理解して行動を起こすには、わかりやすく伝えるだけでなく、その人にとって、いかにそのことが関係しているのかを認識させる必要があるという。高齢者の自動車事故の問題しかり、喫煙による肺ガンのリスクしかり、熱中症しかり、自分がその問題に関係していることを認識しない限り、強制的な制度でも設けない限り、人の行動は変えられない。

日本の避難情報は、諸外国の緊急事態宣言のような強制力を持たない。だとしたら、そのリスクが自分に関わりがあることを認識させるステップを抜きに、いくら言葉だけを分かりやすく変えてみても効果は期待できないのではないか。

そして、そのことを伝えられるのは、行政などの「他人」ではなく、やはり、その人と接点が深い身近な人間である。

制度だけに頼っていては、犠牲は減らない。

「あなたの家は危険な状況になります」「早く逃げないと危険です」「あなたが逃げなければあなたを助けにくる人が危険な状況になってしまいます」ということを地域の中で、身近な人が伝えてほしい。

危機管理とBCPの専門メディア リスク対策.com編集長

平成19年に危機管理とBCPの専門誌リスク対策.comを創刊。数多くのBCPの事例を取材。内閣府プロジェクト平成25年度事業継続マネジメントを通じた企業防災力の向上に関する調査・検討業務アドバイザー、平成26年度~28年度地区防災計画アドバイザー、平成29年熊本地震への対応に係る検証アドバイザー。著書に「被災しても成長できる危機管理攻めの5アプローチ」「LIFE~命を守る教科書」等がある。

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