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日和幼稚園訴訟「異例の前文」に込められた裁判所の真のメッセージ

中澤幸介危機管理とBCPの専門メディア リスク対策.com編集長

東日本大震災で、宮城県石巻市の私立日和幼稚園の園児5人を乗せた送迎バスが津波に巻き込まれ犠牲となったのは、園側が安全配慮を怠ったためだとして、遺族が幼稚園の運営法人「長谷川学院」と当時の園長に損害賠償を求めた訴訟は3日、園側が和解金計6000万円を支払うことなどで仙台高裁で和解しました。

今回の和解では、仙台高裁では和解条項に、通常の和解には付けない「前文」というものを付けたことは各メディアでも報じられている通りですが、企業の安全配慮義務に詳しい、丸の内総合法律事務所の中野明安弁護士は、この前文を設けた意味について、

「通常の和解は判決と同様に、個別の紛争の解決のためになされるものです。しかし、本件和解では、『この重大な結果を風化させてはならない』『教訓として長く記憶にとどめられ、後世の防災対策に生かされるべきだと考える』として広く社会における規範的意義があることを示しています。この点は裁判所からのメッセージを強く感じるところです」

出典:リスク対策.com

とコメントしています。

その前文とは、次のようなものです。

「当裁判所は、私立日和幼稚園側が被災園児らの死亡について、地裁判決で認められた内容の法的責任を負うことは免れ難いと考える。被災園児らの尊い命が失われ、両親や家族に筆舌に尽くし難い深い悲しみを与えたことに思いを致し、この重大な結果を風化させてはならない。今後このような悲劇が二度と繰り返されることのないよう、被災園児らの犠牲が教訓として長く記憶にとどめられ、後世の防災対策に生かされるべきだと考える。 幼稚園側と遺族側は当裁判所の和解勧告を受け止め、以下の通り和解する。」

出典:リスク対策.com

その上で、中野弁護士は、前文に続く和解条項について、「日頃、事業者が軽視している防災活動に対する警鐘である」と指摘しています。

第1項 幼稚園側は法的責任を認め、被災園児らと遺族側を含む家族に心から謝罪する。

第2項  幼稚園側は、幼い子どもを預かる幼稚園や保育所などの施設で自然災害が発生した際、子どもの生命や安全を守るためには、防災マニュアルの充実と周知徹底、 避難訓練の実施や職員の防災意識の向上など、日ごろからの防災体制の構築が極めて重要であることと、日和幼稚園では津波に対する防災体制が十分でなかった ことを認める。

(中略)

第5項 幼稚園側は、遺族側に和解金として計6000万円の支払い義務があることを認める。

(後略)

中野弁護士によれば、第2項は、個別解決における和解条項であれば、「日和幼稚園は津波に対する防災体制が十分でなかったことを認める」で十分なのですが、裁判所や当事者の気持ちとして、「防災マニュアルの充実と周知徹底、 避難訓練の実施や職員の防災意識の向上など、日ごろからの防災体制の構築が極めて重要であること」が付記されているものと考えられると推測しています。

さらに、中野弁護士は、この事件は、単に幼稚園や保育所など、幼い子どもを預かる施設の防災対策の問題に限定されるものではないと指摘しています。

つまり、あらゆる企業が、顧客、労働者に対して十分な安全対策を日頃から心がけ、取り組まなければならないということです。

そもそも企業には、顧客、労働者に対する安全配慮義務が課されているのですから、安全配慮の考え方に異なるところはありませんし、「私の企業は幼稚園や保育所ではなく、幼い子どもが来ることもない」からこの事件(判決や和解)は関係ない、では、今回の和解に尽力した裁判所や当事者らの思いは全く通じないことになってしまいます。

危機管理の教訓は被災した者から被災していない者への伝承が極めて重要です。受け手の私たちの考え方、アンテナの張り方次第で、危機管理の教訓が100もの対策を産み出すか、まったく産み出すものがなかったりします。自らの被った苦痛、悲痛というものを社会における教訓とされることについて是としてくださった本件当事者の思いをどのように受け取ることができるかを考えるべきです。

出典:リスク対策.com

危機管理とBCPの専門メディア リスク対策.com編集長

平成19年に危機管理とBCPの専門誌リスク対策.comを創刊。数多くのBCPの事例を取材。内閣府プロジェクト平成25年度事業継続マネジメントを通じた企業防災力の向上に関する調査・検討業務アドバイザー、平成26年度~28年度地区防災計画アドバイザー、平成29年熊本地震への対応に係る検証アドバイザー。著書に「被災しても成長できる危機管理攻めの5アプローチ」「LIFE~命を守る教科書」等がある。

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