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太った人の手術はなぜ大変なのか? 医師の視点

中山祐次郎外科医師・医学博士・作家
太った人の手術は大変です。外科医にとっても、ご本人にとっても(ペイレスイメージズ/アフロ)

太っている人の手術は大変であるーーー

外科医なら誰もが同意するこの事実。本記事では、「肥満と手術の関係」について外科医の視点から解説します。筆者は大腸癌を専門とする外科の医師で、胃腸を切ることを専門としています。

太っていると採血するのも一苦労

記事の始めに、ここでの「太っている」がどれくらいかを示しておきます。人間がどれだけ太っているかを考えるのに重要なのは身長と体重のバランスなのですが、例えば155cmで72kg, 160cm で77kg, 165cmで82kg, 170cmで87kg, 175cmで92kg以上の人をさします(※1)。

太っている人の採血をするのは、いつも大変です。採血って、腕のひじにある細い静脈ですることが多いのですが、太っている人だと脂肪に埋もれてしまい見えづらいのです。このひじの静脈はだいたい3mmくらいの直径です。太っている人でも血管の太さはあまり変わりないので、相対的にはとても細くなります。採血をするときは普通、目で見て静脈の青い色が皮膚から透けて見えるのを助けにします。ですが、太っている人だとそれも見えないのですね。見えないときは触って血管を探しますが、埋もれているためやっぱり探しづらいのです。

太っている人にやりづらいのは採血だけでなく、点滴も同じです。点滴は採血をするような細い手の静脈に管を入れることが普通なので、脂肪に埋もれているとやっぱり入れづらいのです。

太った人の手術は値段が違います

そしてあまり知られていない事実なのですが、太った人の手術は値段が高くなります。手術にもよりますが、最低でも8万円以上は高くなってしまうのです。これは、上に書いた身長と体重のバランスよりもさらに太った人の場合です(BMI>35)。身長が165cmの人で95kg、170cmでは101kg以上になります。

ただし、患者さんが払う額が8万円高くなる訳ではありません。その人が入っている保険にもよりますし、高額療養費制度を利用すると減額されます(詳しくはこちら

しかし、値段が上がるということはどういうことなのでしょう。

手術を一件すると病院が得られるお金というのは、日本中どこでも同じで決まっています(保険診療に限りますが)。正確に言えばここで値段が高くなるというのは、麻酔の料金が上がるのです。つまり国が「太っている人の麻酔は大変だから、お金を多めにつけますよ」と言っているという意味に他なりません。

では麻酔をかける際に、太っている人だと何が難しいのか。これは非常にたくさんあるのでキリがないのですが、一部をあげれば「麻酔のために使う、患者さんに入れる管を入れる難易度が上がる」ことが挙げられます。例えば全身麻酔であれば、口から気管という空気の通り道に人差し指くらいの太さのチューブを入れますが、これがまずとても入れづらい。さらに背中からいれる「硬膜外麻酔(こうまくがいますい)」と呼ばれる痛み止めの管は、痩せている人に比べるとはるかに入れづらいのです。痩せた人には6cmくらい刺せば入れられる管が、太っていると10cmくらい必要になることもあるほどです。

外科医にとっても肥満の患者さんは「宝探し手術」

一方、私のような外科医にとっても太った患者さんの手術は難しいのです。お腹のなかの腸を切る手術でお話します。腸を切るためには血管を切らなければなりませんが、その血管はとっても豊富な脂肪に包まれています。痩せている人であれば透けて見えるような血管も、太った人は厚い厚い脂肪の中を少しずつ切り進んで探さねばなりません。まるで「宝探し」のようなものです。当然血管を傷つける可能性も高まりますし、手術にかかる時間も長くなります。

それ以外にも、あらゆるところで脂肪がせり出してくるために胃や腸などの重要な臓器が見えづらくなります。見えづらいということは、傷つける危険が増すということです。

こんな理由で、外科医にとっても太った患者さんは手術が難しくなるのですね。筆者の感覚でいえば、30分や1時間は痩せた人より手術の時間がかかってしまいます。

痩せるための手術もあります

これは余談ですが、病的に太った人(上記した、身長が165cmの人で95kg、170cmでは101kg以上の人です)のために「痩せる手術」というものがあります。これは、美容外科などで行われるいわゆる「脂肪吸引」のようなものではなく、胃を切るという根本的な手術になります。腹腔鏡下袖(スリーブ)状胃切除術という手術が保険で認められたこともあり、外科界では今この減量手術が注目を集めています。この手術は肥満の患者さんの胃を半分以上切り取るという手術で、今後、病的なまでに肥満になった人に手術が行われるようになるでしょう。この手術はBMI(BMIは体重Kg÷身長mの二乗(=Kg/m2)で計算します)が35以上の人に適応になります。

以上、太った人の手術の問題点についてまとめました。

(※1)BMI(Body Mass Index)=(体重kg)/(身長mの二乗)>30です。

なお、本記事は減量手術を推奨する意図はありません。また、わかりやすさを優先したため、表現の一部では医学的な厳密さを欠いている可能性があります。

外科医師・医学博士・作家

外科医・作家。湘南医療大学保健医療学部臨床教授。公衆衛生学修士、医学博士。1980年生。聖光学院中・高卒後2浪を経て、鹿児島大学医学部卒。都立駒込病院で研修後、大腸外科医師として計10年勤務。2017年2月から福島県高野病院院長、総合南東北病院外科医長、2021年10月から神奈川県茅ヶ崎市の湘南東部総合病院で手術の日々を送る。資格は消化器外科専門医、内視鏡外科技術認定医(大腸)、外科専門医など。モットーは「いつ死んでも後悔するように生きる」。著書は「医者の本音」、小説「泣くな研修医」シリーズなど。Yahoo!ニュース個人では計4回のMost Valuable Article賞を受賞。

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