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ドクターコトーの探し方 〜へき地にお医者さんを運ぶビジネス〜

中山祐次郎外科医師・医学博士・作家
島やへき地では、医師は足りない(写真:アフロ)

医者は余ると厚労省は言うが

医師不足と言われて久しいが、先日リリースされた厚生労働省の試算では早くて8年後、遅くて19年後に医師数は過剰になると予測されている。

しかし実際のところ、医師の数は足りていない。OECDの平均と比較しても日本の医師数は平均より少ないし、厚生労働省が定める過労死レベルをはるかに超える勤務医の過酷な労働はいつまでたっても改善されない。

ここには「絶対数は足りているのに、医師は足りない」という現実がある。言い換えれば、医師が偏って分布しているために不足する部分が出ている。

この医師不足には二つの面がある。

人気のある科、人気のない科

一つには、「科の偏在」がある。これは、◯◯科は足りていないけど◯◯科は十分いる、といったものだ。数年前の産婦人科・小児科医が足りないというニュースは記憶に新しい。また、最近では外科医不足も深刻化しており、医師の数は毎年3%ずつほど増えているが外科医の数はむしろ減少している。(詳しくは以前の記事「続く外科医不足、改善の鍵は女性医師」)

例えば外科医が減っている理由は単純だ。以前ほど「やりがい」や「使命感」だけで自分の専門科を選ばなくなった若手医師の意識の変化もあり、臨床研修制度によりそれぞれの科の医師たちの人生の「見える化」が進んでしまった結果、労働条件の悪い科は好まれなくなったという背景もある。誰だって冷静に考えたら、給与が安く労働時間が長く訴訟リスクが高い科、つまり外科は選ばない。外科は明らかに、人気がないのだ。

外科の労働条件を改善させるため、厚生労働省も診療報酬改定でゆっくりと病院へお金を増やしているが病院の収入が増えただけで、まだ外科医待遇の変化はほとんどない。

都会にはたくさん医者はいる

そしてもう一つは、「地域の偏在」だ。

先日のこの記事「医師が一番少ない県、埼玉から「患者たらい回し」問題の原因を話そう」

にも書いたが、例えば埼玉県は47都道府県の中では人口一人当たりの医師数は最も少ない。東京にいるとそれほど医師不足を感じないが、埼玉で勤務すると夜間の救急患者受け入れが困難で患者さんを都内に搬送せねばならないことがあり医師不足を実感する。

他にも、離島やへき地などの医療過疎地が存在する。2009年の報告によると、無医地区(半径4km以内に50人以上が居住し、かつ容易に医療機関を利用できない地区)は全国に705か所あり、13.6万人がその無医地区に暮らしている。

そのような医療過疎地に医師を呼ぶべく、自治体や厚生労働省、病院はかなりのコストをかけて医師探しをしている。しかし医師はへき地や島には行きたがらない。その理由として、医師としての高い専門性の勉強がしづらいこと、そして家族の生活および教育環境などがあげられる。

ビジネスで医者を供給するという発想

そんな中、この取り組みがいま注目されている。「僻地医局」という、地方の病院・診療所に特化した医師採用会社だ。つまり、へき地の医師確保を、ビジネスとしてやってみようという試みだ。この会社はもともと医師の人材紹介会社の社内ベンチャーとして立ち上がったという。あえて地方の医師確保を本格的にビジネスにするという考え方はこれまでに存在しなかった。今回筆者はこの会社の担当者にお話を伺った。その結果、以下の点でこのビジネスは魅力的だ。

一つ目は、僻地医療に興味がある医師をプールすることで「気軽に」貢献しやすいという点だ。

「僻地医局」は地方の医療貢献に興味をもつ医師の全国的なネットワークの形成を目指しているそうで、ドクターには「僻地医局」にエントリーしてもらい、自分の予定や希望に合わせた仕事を受けることができる。僻地医療というと「その土地に行ったら24時間医者をやり、生涯を捧げるべし」というイメージが強くハードルが高いので、「気軽に」貢献するのはかなり気がひける。でも医師には案外「僻地医療に貢献したい気持ちはあるが、ちらっと1日とか1週間だけ行く訳にはいかないだろうな」と考えている人は多いという現実もある。

そういう医師が実際に1日などの単位で僻地に来るだけでも、医療機関は今までドクターが不足していた曜日や時間帯に診療を強化することが可能となるし、さらにその医師が実際に勤務してみて気に入れば常勤赴任という展開も期待できる。AirBnBやUberなどのシェアリングエコノミーのような、シェアリングドクターができそうだ。

ビジネスモデルとしても優れている

そしてもう一つは、単価は高いため医師のプールが出来れば収益が上がりやすい点だ。

人材紹介業として、医師一人当りの単価はへき地ではかなり高いため、通常医師が受け取る額の2-3割を取る紹介手数料も高くなり高収益のビジネスモデルとなるだろう。

そして将来的には病院に注入されているが上手く活用されていない公的資金を使い医師採用コンサルティング会社のノウハウを使えば、効率的に医師確保が出来る可能性がある。

医師にとってもメリットは大きい。苦手とする待遇などの交渉を一手に引き受けてもらえ、また代診の医師(急な用事でへき地から離れなければならない場合の代わりの医師)の確保も容易となるため勤務しやすくなる。

僻地医局の担当者にお話を伺うと、こんなお返事をいただいた。

「確かに医師一人あたりの給与は都会よりも僻地の方が総じて高い傾向にありますが、手数料を高く取ろうということではありません。それよりは、以下の点にビジネスの魅力を感じ立ち上げた経緯がござます。従来の医師紹介会社は都会にばかり目を向けて地方(僻地)のマーケットの開拓はしてきませんでした。我々は逆に他社が手を付けていない未開拓の地方(僻地)マーケットに魅力を感じました。この需要の掘り起こしを行うことで、他社との差別化を図ること、が最大のビジネスメリットと考えております。」

医療とはインフラだ。

水道や電気のように、どこでもいつでも受診出来るフリーアクセスは、紛れもなく日本人の寿命を支えている。お隣の国韓国では、例えばがんなどで手術が必要になると一家でソウルに旅行し手術を受ける「国内医療ツーリズム」が実に多いと韓国の医師から聞いた。高い医療レベルを誇る、日本の大病院より更に大きいメガセンター6つ全てがソウルに集中しているためだ。これでは不便でたまらない上に、医療格差は都市部と郡部ではかなり大きいだろう。

以上、医師不足の2つの面についてまとめた。

へき地の医師供給問題を解決するのは、役所の仕事でも医師の努力でもなく案外ビジネスかもしれない。そう期待を込めて、この稿を閉じる。

※筆者と「僻地医局」に利害関係はない。

(参考)

OECD iLibruary '29. Practising physicians (doctors)'

厚生労働省ホームページ 医療従事者の需給に関する検討会 医師需給分科会(第4回)

診療所医師からみたへき地医療問題

「地域医療の現状と課題の地域間格差に関する調査」自由記載欄の質的内容分析 飯田さと子,坂本 敦司 自治医科大学紀要 32(2009)p.29- 41

僻地医局 ホームページ

外科医師・医学博士・作家

外科医・作家。湘南医療大学保健医療学部臨床教授。公衆衛生学修士、医学博士。1980年生。聖光学院中・高卒後2浪を経て、鹿児島大学医学部卒。都立駒込病院で研修後、大腸外科医師として計10年勤務。2017年2月から福島県高野病院院長、総合南東北病院外科医長、2021年10月から神奈川県茅ヶ崎市の湘南東部総合病院で手術の日々を送る。資格は消化器外科専門医、内視鏡外科技術認定医(大腸)、外科専門医など。モットーは「いつ死んでも後悔するように生きる」。著書は「医者の本音」、小説「泣くな研修医」シリーズなど。Yahoo!ニュース個人では計4回のMost Valuable Article賞を受賞。

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