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ブラジルは森保ジャパンのハイプレスをいかにして回避したのか? 日本の守備戦術の綻び【ブラジル戦分析】

中山淳サッカージャーナリスト/フットボールライフ・ゼロ発行人
(写真:YUTAKA/アフロスポーツ)

ブラジルを相手に日本が試したこと

 国立競技場で行なわれた日本対ブラジル戦は、後半77分にネイマールが決めたPKが決勝点となり、1-0でブラジルが勝利した。ただ、この試合を日本の惜敗と見るのか、それとも完敗と見るのか、視点を変えればその評価は大きく変わる。

 たとえば、この試合を単なる興行試合のひとつとして考えるなら、自陣ボックス内で人数をかけ、最後のところで身体を張って1失点でしのいだ日本が、FIFAランキング1位のブラジルに対して善戦したと、一定の評価を与えることはできるだろう。

 この試合にかけつけた6万人を超える大観衆にとっても、世界的スター選手を揃えたブラジルが次々と日本ゴールに迫り、それに対して日本がゴール前で必死に食い下がるというスリリングな展開は、満足度の高い内容だった。興行試合としては大成功だ。

 しかしながら、カタールW杯でグループリーグ突破を目指す日本代表にとって、このブラジル戦が興業試合ではなかったのは言うまでもない。

 日本が本番までに予定しているテストマッチは6試合。まだ9月の2試合の対戦相手は決まっていないが、このなかでW杯グループリーグ初戦のドイツ、あるいは3戦目のスペインと同格の強豪と実戦経験を積める試合は、今回のブラジル戦に限られる。そんな貴重な機会をどのように本番につなげるかが、この試合に向けた最大の目的だ。

 実際、事前に指揮官が予告していたとおり、この試合のスタメンにはアジア最終予選を戦った一部の主軸を除き、現状のベストメンバーが名を連ねた。

 GKは権田修一、DFは右から長友佑都、板倉滉、吉田麻也、中山雄太の4人。中盤は中央に遠藤航、右に原口元気、左に田中碧の3人で構成し、前線には右に伊東純也、左に南野拓実、1トップに古橋亨梧を配置した。

 森保一監督には、この試合で確認しなければいけない、いくつかのポイントがあった。とくにグループリーグ突破の命運を分ける初戦のドイツ戦を想定し、自身がイメージする戦い方がどこまで通用するのか。ブラジル相手にそこをしっかり確認し、得られた情報を残された時間のなかで有効活用することが、森保監督に課された命題だった。

 その視点からこの試合を振り返ると、とても善戦とは言い難い、日本にとってネガティブな検証結果が浮かび上がってくる。

「(ボールを)奪った瞬間、攻撃に移る時にどれだけ相手のプレッシャーをかいくぐっていけるかを、チームとして共有しながら戦っていきたい。守備から攻撃に移る時のプレス回避は、世界の強豪と戦う時、そこで食われるか回避できるかで試合の結果が違ってきたという過去の歴史があると思います」

 これは試合前日会見で森保監督が語ったブラジル戦のポイント、日本にとっての狙いになるが、では、実際に試合ではどうだったのか。

プレス回避失敗から9度のピンチ

 チッチ監督が率いるブラジルの布陣は4-4-2。足技では世界トップレベルのGKアリソン、DFは右からダニ・アウベス、マルキーニョス、エデル・ミリトン、ギリェルメ・アラーナの4人、ダブルボランチはカゼミーロとフレッジ、右MFにラフィーニャ、左にヴィニシウス・ジュニオール、そして2トップはルーカス・パケタとネイマールがコンビを組んだ。

 一方、ビルドアップ時の日本の立ち位置は、両サイドバック(SB)が高い位置をとって2-3-2-3に変化。GK、2枚のセンターバック(CB)、遠藤航の4人でダイヤモンドを形成させたうえで、両SBがブラジルの両サイドMF(ラフィーニャ、ヴィニシウス)を引きつけることで、中央ゾーンはGKを含めて4対2の数的優位が保たれる。

 そこをボールの出口にして、サイドから敵陣に前進するという方法だ。

 ところが、ブラジルは一枚も二枚も上手だった。日本のインサイドハーフへのパスコースを消していたはずのカゼミーロとフレッジのふたりのうちどちらかが、ボールの位置によって敢えて浮かせていた遠藤に接近。

 その場合、ラフィーニャ、ヴィニシウスどちらかがずれて田中碧または原口元気へのパスコースを消し、中山雄太か長友佑都のどちらかを浮かせる。このプレス方法を使い分けることで、日本の前進を封じにかかった。

 すると前半27分、日本はビルドアップから長友が縦に入れたボールをアラーナに狙われ、そこを起点にブラジルにショートカウンターを発動される。最終的にこのピンチはGK権田修一の好セーブに救われたが、ネイマールの強烈なシュートを浴びている。

 日本がビルドアップ時に相手のプレスをかいくぐれず、途中でボールを奪われて逆襲に遭ったシーンは、それ以外にも前半に2回(33分、40分)、後半に6回(46分、53分、69分、71分、75分、78分)あった。

 つまり、1試合で計9回もあり、そのうち75分のシーンは、GK権田から田中につなぎ、田中が堂安律に入れた縦パスをアラーナにカットされて受けたショートカウンターの流れから、遠藤が与えたPKにつながっている。

 逆に、日本がプレスを回避しながら敵陣まで前進できたのは、前半24分、25分、28分の3回のみ。

 ただ、24分のシーンは敵陣左サイドで南野拓実が相手に囲まれてボールロストし、板倉滉の持ち上がりによって前進した25分のシーンも、縦パスを南野がロスト。28分のシーンでは、自陣左から南野を走らせた田中のパス精度が低く、相手が回収。

 いずれもアタッキングサードまで到達できず、その意味で、日本のプレス回避は完全に失策に終わった。

 この試合で日本が記録したシュートは枠外4本(前半1本、後半3本)。そのうち23分と83分の遠藤のヘディングシュートはコーナーキックのシーンで、後半51分の古橋亨梧のシュートは、ダニ・アウベスのヘディングのクリアを拾ったあとに放ったミドルシュート。

 自力で作った唯一のシュートシーンは、後半72分、中山のクロスをファーで伊東純也が狙ったボレーシュートだったが、残念ながらミートできず、ボールは大きく枠を外れている。

 アジア予選では頼みの綱だった伊東もブラジル相手に沈黙。パラグアイ戦で違いを生み出した鎌田大地、三笘薫、堂安も途中出場したが、このレベルの相手になると持ち味を発揮できなかった。

 個の力が通用しない場合、頼れるのはチーム戦術になるが、しかし指揮官が用意した攻撃の糸口作りもことごとく封じられてしまった。結局、相手ゴールに迫ることさえもできなかったというのが、この試合で日本の攻撃が直面した現実だった。

ブラジルが実行したプレス回避の工夫

 一方、1失点におさえた守備面は機能していたのか。スコアにとらわれることなく、実際にピッチで起きていた現象をしっかり見ておく必要がある。

 開始約15分間、日本は前からのプレスでブラジルのビルドアップを封じにかかった。4-4-2のブラジルに対し、南野が右SBダニ・アウベス、伊藤が左SBアラーナへのパスコースをそれぞれ塞ぎ、古橋がマルキーニョスからミリトンの方向へパスを出させ得るようなプレスを行なう。そしてカゼミーロを原口が、フレッジを田中がマークし、遠藤が中央のパスコースを遮断する、というのが基本のかたちだった。

 ただし、ブラジルは日本のプレス時の立ち位置を確認すると、今度は前線のネイマールが中盤に下りてパスコースを増やし、フレッジが右上がりになって、陣形がルーカス・パケタを1トップにした4-3-3に可変。すぐに対応策を見つけ出したのである。

 そうなると、苦しむことになるのは、自分の背後に落ちてくるネイマールへのパスコースを封じなければならなくなった原口だ。頻繁に背後の状況を確認しながら立ち位置を決めなければならなくなったため、前に出てプレスに参加することができない。これにより、実質的には日本の前からのプレスは機能不全に陥った。

 15分以降は、基本的にミドルゾーンで4-5-1のブロックを形成した。しかし、ボールの奪いどころが見つからないうえ、1対1の局面でも個の力で上回られてしまうため、守備網のあらゆる箇所に穴を空けられ、相手に前進を許してしまう。日本にとっての誤算は、これまで無敵だったはずの遠藤さえも、球際の勝負で勝てなかったことだった。

 その結果、日本は前半だけで12回、後半も13回と、1試合で計25回も自陣ペナルティーエリア内への進入を許した。

 もちろんすべてがシュートにつながったわけではないが、これだけ自陣ゴール前に接近されたのは問題視すべきだろう。少なくとも、そんな状況でシュート18本を浴びながら、PKによる1失点だけで済んだこと自体が奇跡的と言える。

 得点を増やすためには、いかにして相手ペナルティーエリア内での好機を増やせるかが重要になるのと同じように、失点を減らすためには、自陣ペナルティーエリア内に相手を進入させないことがカギになる。

 このサッカーの基本原則で見た場合、ブラジル戦における日本の守備は、ほとんど破たんしていたと言っても過言ではない。

「守備では1失点しましたが、ボールロストからの切り替えと、最後に攻められているところで粘り強く止める部分では、強豪相手にやらなければいけないことは見せてくれたと思うので、これを継続しつつ、攻撃力を上げていきたいと思います」

 森保監督は試合後の会見でそうコメントしたが、もしその言葉を額面どおりに受け止めた場合、初戦のドイツ戦でも今回と同じ戦い方を貫く考えということになる。

 代表チームとしてのハイプレスのクオリティでは、ドイツは現在世界最高レベルだ。個の力ではブラジルに劣るかもしれないが、チーム戦術の精度は一段上と見るのが妥当だろう。

 これから本番までに、強豪相手にチーム戦術の精度を上げる機会がない以上、このままではドイツのハイプレスの餌食になる可能性は高いと見ていい。果たして、今回のブラジル戦で突きつけられた厳しい現実を、森保監督はどのように受け止めているのか。

 ぶっつけ本番で奇跡を起こせるか。現状、初戦のドイツから勝ち点をもぎ取るためには、前回大会の初戦(コロンビア戦)のような幸運が転がってくることを願うしかなさそうだ。

(集英社 Web Sportiva 6月9日掲載・加筆訂正)

サッカージャーナリスト/フットボールライフ・ゼロ発行人

1970年生まれ、山梨県甲府市出身。明治学院大学国際学部卒業後、「ワールドサッカーグラフィック」誌編集部に入り、編集長を経て2005年に独立。紙・WEB媒体に寄稿する他、CS放送のサッカー番組に出演する。雑誌、書籍、WEBなどを制作する有限会社アルマンド代表。同社が発行する「フットボールライフ・ゼロ」の編集発行人でもある。

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