Yahoo!ニュース

監督記録を塗り替えるアンチェロッティは、なぜ60歳を過ぎても最先端で活躍し続けることができるのか?

中山淳サッカージャーナリスト/フットボールライフ・ゼロ発行人
(写真:ロイター/アフロ)

数々のタイトルを手にする優勝請負人

「我々がこういったことに慣れているとは思わないが、今夜起きたことは、チェルシーやパリとの試合でも起こった。もしその理由を聞かれれば、終わったように見える試合でも、クラブの歴史が我々を前進させてくれるからだ、と言うしかない」

 本拠地サンティアゴ・ベルナベウで行なわれた、マンチェスター・シティとのチャンピオンズリーグ準決勝セカンドレグ。またしても土壇場で試合をひっくり返したレアル・マドリードのカルロ・アンチェロッティ監督は、劇的な逆転勝利をそう振り返った。

 これにより、レアル・マドリードの通算17回目の決勝進出が決定。5月28日のリバプール戦は、アンチェロッティにとって、監督として史上最多となる通算5回目のCL決勝の舞台になる。

 その大逆転劇の4日前、アンチェロッティはチームをクラブ通算35回目のリーグ優勝に導き、自身初のラ・リーガ優勝を経験。前回レアル・マドリードを率いた2シーズン(2013-14、2014-15)に獲得できなかったタイトルを初めて手中に収めたことで、ヨーロッパ5大リーグすべてを制した史上初の監督にもなっていた。

 その内訳は、2003-04のセリエA優勝(ミラン)、2009-10のプレミアリーグ優勝(チェルシー)、2012-13のリーグ・アン優勝(パリ・サンジェルマン)、2016-17のブンデスリーガ優勝(バイエルン)、そして今回レアル・マドリードで成し遂げたラ・リーガ優勝。

 それ以外にも、これまで率いた10クラブで国内カップやクラブワールドカップなど数々のタイトルを獲得してきたアンチェロッティは、まさに正真正銘の優勝請負人。とりわけタイトルが義務づけられるビッグクラブを率いるには、うってつけの人物と言っていい。

 ペップ・グアルディオラとユルゲン・クロップの名将ふたりが最先端を走り続ける現代フットボール界において、なぜ25年以上のキャリアを誇る62歳のベテラン監督は、まだ第一線で活躍できるのか。

 おそらく、今シーズンにレアル・マドリードで成し遂げたことを見れば、アンチェロッティという監督が再評価されることは間違いないだろう。

ウノゼロ主義からの脱却と柔軟性

 現役時代はローマやミランで活躍し、イタリア代表MFとしても知られていたアンチェロッティが本格的に指導者の道を歩み始めたのは、ちょうど30年前の1992年。ミラン時代に薫陶を受けた名将アリーゴ・サッキの右腕として、イタリア代表のアシスタントコーチを務めたことが物語の始まりだった。

 すると、1995年に当時36歳の若さでレッジャーナ(セリエB)の監督に就任したアンチェロッティは、そのシーズンにチームをセリエA昇格に導き、翌シーズンには自身の古巣でもあるパルマ(セリエA)の監督に就任。初年度にリーグ2位の好成績を収めたことで、一躍注目を浴びる存在となった。

 その後、ユベントスを率いた時代まではシルバーコレクターだったアンチェロッティだが、ミラン時代2年目にあたる2002-03シーズンに初タイトルを獲得。それが、マルチェロ・リッピが率いるユベントスを破って手にしたCL優勝という勲章である。

 ただ、その頃のアンチェロッティは、サッキ直伝のマニアックな守備戦術に自分流のアレンジを加えた手堅いサッカーを標榜していて、好成績を残しても「ウノゼロ(1−0)のアンチェロッティ」と揶揄されることもあった。ユベントスとのCL決勝がゴールレスドローの末のPK戦だったことは、その象徴と言える。

 そのためか、翌シーズンに初めてスクデットを獲得した頃から少しずつ攻撃的なスタイルを取り入れるようになると、頑固一徹だった恩師サッキとは異なる"柔軟性"をうかがわせる監督に変貌。それによって生まれた懐の深さこそが、アンチェロッティという指導者のバックボーンになっていると見ていいだろう。

アンチェロッティ流のマネジメント

 実際、今シーズンの仕事ぶりを振り返っても、懐の深さや引き出しの多さ、あるいは柔軟な采配が際立っている。たとえばそれは、新戦力MFエドゥアルド・カマヴィンガの起用法を見てもよくわかる。

 シーズン序盤はユーロ2020やコパ・アメリカの影響で主軸の合流が遅れたため、19歳のカマヴィンガを得意なポジションであるインテリオールで積極的に起用し、そのポテンシャルをいかんなく発揮させた。しかし、主軸のカゼミロが戦列に戻ってからはベンチに置き、ベテランのプレーを学ぶ時間を増やしている。

 そして時折与えた出場機会では、カマヴィンガが不慣れなピボーテ(アンカー)で起用。まだ完璧にこなすまでには時間を要するものの、その成果は、シーズン終盤戦の大事な試合で示されるようになった。

 あるいは、昨年の秋口からカゼミロ、ルカ・モドリッチ、トニー・クロースの中盤3人を固定したことでチームに安定性を生み出し、それが公式戦10連勝を含む15戦無敗記録につながった。ベテラン3人を起用し続けるリスクはあったが、結果的にその間に積み上げた勝ち点が、リーグ優勝を決定づけた。

 チームの基本戦術も、シーズン序盤は前からプレスを試みるも不安定さが露呈したため、CLシェリフ戦(昨年9月28日)、エスパニョール戦(昨年10月3日)の連敗を境に、ボールを握られた場合は無理をせず、自陣でブロックを作るスタイルに変更。そこにFWヴィニシウス・ジュニオールの覚醒という要素が加わったことで、揺るぎない堅守速攻という武器を手にすることにも成功している。

 そしてCL決勝トーナメントで、その堅守速攻とボール保持を使い分けながら、見事な大逆転劇を繰り返すに至った。これも、アンチェロッティが持つ柔軟性の証左と言えるだろう。

万全の準備でCL決勝戦に臨む

 ラ・リーガ優勝とCL決勝進出を決めた後の国内リーグ戦。アンチェロッティの采配は、すべて5月28日大一番から逆算されたものに大きく変化した。

 アトレティコとのマドリード・ダービー以降の3試合は、レギュラー組とサブ組をミックスしながら、プレータイム管理に主眼を置いた絶妙なローテーション制を採用。指揮官が公言した通り、おそらくリーグ最終節のベティス戦では、CL決勝用のメンバーがスタメンに名を連ねるはずだ。

 決勝までのチームマネジメント、主軸のコンディション調整、そしてリバプールの分析に沿ったオプションの準備。優勝請負人らしい仕事ぶりが、随所に垣間見られているのが現状だ。そこには、ある種の余裕さえも感じられる。

 果たして、クロップ監督が率いるリバプールとのCL決勝戦で、アンチェロッティはどのような采配を見せるのか。勝敗の行方とともに気になるのは、そこになる。

 ちなみにアンチェロッティは、ミランで2回(2002-03、2006-07)、レアル・マドリードで1回(2013-14)と、計3回のCL優勝を誇る。これも、リバプールの名将ボブ・ペイズリー(1976-77、1977-78、1980-81)、レアル・マドリードを率いて史上初の3連覇を成し遂げたジネディーヌ・ジダン(2015-16、2016-17、2017-18)と並ぶ、監督としてのCL優勝最多記録だ。

 もし今回の決勝戦でレアル・マドリードが優勝トロフィーを掲げた場合、イタリアが誇る優勝請負人は、CL史上最多優勝記録を塗り替えることになる。

(集英社 Web Sportiva 5月9日掲載・加筆訂正)

サッカージャーナリスト/フットボールライフ・ゼロ発行人

1970年生まれ、山梨県甲府市出身。明治学院大学国際学部卒業後、「ワールドサッカーグラフィック」誌編集部に入り、編集長を経て2005年に独立。紙・WEB媒体に寄稿する他、CS放送のサッカー番組に出演する。雑誌、書籍、WEBなどを制作する有限会社アルマンド代表。同社が発行する「フットボールライフ・ゼロ」の編集発行人でもある。

中山淳の最近の記事