ハリル更迭は大歓迎も、田嶋会長の言葉に違和感しかないのはなぜか?

(写真:長田洋平/アフロスポーツ)

同じ代表監督更迭劇でも、20年前とは明らかに異なっている点とは?

「このたび日本サッカー協会は4月7日付で、ヴァイッド・ハリルホジッチ監督との契約を解除いたしました」

 壇上の田嶋幸三会長は簡単な挨拶の後にそう述べて、2015年3月12日から指揮を執ってきたハリルホジッチ日本代表監督の更迭を発表した。

 W杯本大会まで時間的猶予がほとんど残されていない中での監督交代については賛否両論があって当然だ。常識か非常識かでいえば、今回の決定は明らかに非常識な部類に入る。そもそも3年かけても強くならなかったチームが実質約3週間の事前合宿と3つの親善試合だけで劇的に強くなるはずがないし、ますます混乱の度合いが深まる可能性も否定はできない。

 しかしながら、悪化の一途を辿っていたハリルジャパンの状況を鑑みれば、この決定は至極当然ともいえる。もはやタイムリミットを過ぎてしまった中、それでも“座して死を待つよりは、出でて活路を見出さん”としたJFA(日本サッカー協会)の決定には驚きと同時に「よくやった」と拍手を送って歓迎したい気持ちが湧いてくる。

 思い出されるのは1997年10月4日。1998年フランスW杯アジア最終予選を戦っていた日本代表がカザフスタン戦を1-1で引き分けた直後に起こった監督交代劇だ。

「このシリーズにおける悪い流れをどうしても変えたい。そのためには指揮官を代えることがベストだと考えた。岡田新監督もそれを了承してくれた」

 硬直した表情で加茂周監督の更迭を発表したのは時のJFA会長、故・長沼健氏だった。コーチから内部昇格となった岡田武史新監督らとともに数十人の報道陣の前で会見を行なった長沼会長の姿には鬼気迫るものがあった。万が一、この賭けが失敗に終わった時は自分がすべての責任を負う。そんな不退転の決意が言葉の端々から伝わってきた。

 以降、イビチャ・オシムとハビエル・アギーレの時のような特殊な例を除き、いわゆる不振による日本代表監督の更迭劇が起こったことはなかった。どんなに逆風が吹こうとも監督の首を挿げ替えることに躊躇し、大きな責任を伴う決断を下せない時代が続いてきた。

 あれから約20年の月日が流れ、日本サッカー界にもようやくあって然るべき監督交代劇が起こったことになる。そういう意味で、今回の田嶋会長の決断は評価に値すると思う。

 ただその一方で、この監督交代を手放しで賞賛できないのも事実だ。更迭のタイミングとその理由に多くの疑問が残されたままだからだ。

 まず常識的に考えて、ハリルホジッチの解任はもっと早くに決定されて然るべきだった。例えばブラジルとベルギーと対戦して手足も出ないことが確認できた去年11月のベルギー遠征後は決断を下す絶好のチャンスだった。そのタイミングであれば、W杯抽選会の結果を踏まえてもっと幅広い選択肢の中から新監督を選ぶことができただろう。

 あるいは、最悪でも12月のE-1サッカー選手権後に解任を決断できていれば、今回のような選択肢のない中で新監督を誕生させる事態は避けられたと思われる。本来であれば、時間的にもそこがギリギリのタイミングだと考えるべきだった。そうすれば、1月か2月に新監督を選び、3月の2試合から新体制のスタートを切ることもできたはずだ。

「このタイミングだからこそ西野監督になった。もっと前なら西野監督ではなかったかもしれません」とは、更迭のタイミングについて説明した田嶋会長のコメントだ。さらに「監督を代えるリスクと代えないリスクを天秤にかけ、それが逆転してしまった」のが3月のベルギー遠征だったと補足したが、そもそも天秤の傾きをチェックする役割を担っていたのは西野朗技術委員長だったはずだ。

 にもかかわらず、その責任を問わずして結果的にその本人が新監督に就任したことを目の当たりにすると、そこに違和感を覚えずにはいられない。これでは、“西野ありき”で事を運ぶために水面下で準備を進め、3月のベルギー遠征が終わるのを待っていたという邪推も成立してしまう。

 また、ハリルホジッチ解任の理由も曖昧なままだった。

「マリ戦、ウクライナ戦の後、選手とのコミュニケーションや信頼関係が多少薄れてきたということ。そして今までの様々なことを総合的に評価してこの結論に達しました」

 会見を通して、報道陣の質問に対する田嶋会長の受け答えの中にハリルホジッチの采配やチーム作り、あるいは戦術などピッチ上で散見された具体的な問題点が出てくることはなかった。むしろ熱心な仕事ぶりを評価した上で、それでも「最終的にコミュニケーションや信頼関係の部分がベルギー遠征後に出てしまった。それが最終的なきっかけになったのは事実」と語り、それこそが解任理由かのような印象を受けた。

 技術委員長という代表監督の客観的評価を行なう役職を設けていながら、具体的なサッカーの話を抜きに人間関係だけが原因かのような説明に終始するのはスポーツ団体のトップとしていかがなものか。

 予選突破後に続いた不振の責任などが解任の主な理由であるべきだし、少なくとも選手の不満があってもそれは“様々なこと”に含めて表に出さず、あくまでもハリルホジッチの仕事ぶりを客観的かつ具体的に評価した上で更迭に踏み切ったと説明するべきではなかったか。

 逆にいえば、その客観的評価ができなかったからこそ本番2ヵ月前まで決断を下せず、ハリルホジッチ体制を引っ張ることにつながってしまったのだろう。

 用意周到な監督交代劇。今回の緊急記者会見を終えて感じたのはそのことだった。次から次へと立て板に水のような説明を続ける田嶋会長の姿が、危機感に満ち溢れていた20年前の長沼会長と重なって見えることは決してなかった。この20年間起こらなかった日本代表監督の更迭に踏み切ったことを評価したい一方で、それを手放しで喜べない理由はそこにもある。

 いずれにしても、賽(さい)は投げられた。しかし今回の大きな責任を伴う決定は同時に「JFAの大失態」であることも事実。それについてはW杯終了後に改めて反省と検証をしていただきたい。そうでなければ今後につながらないし、今回の決断が無駄な努力に終わってしまう。また、責任を伴う決断を下したからには当然、結果責任も問われるべきだろう。

 さて、次の出番は西野新監督である。どのようなチームを編成し、どのような戦術で本番に挑もうと考えているのか。12日の新監督就任会見に注目が集まる。

(集英社 週プレNEWS 4月11日掲載)