Yahoo!ニュース

ここまで無傷のアギーレジャパンが注意すべき落とし穴とは?

中山淳サッカージャーナリスト/フットボールライフ・ゼロ発行人

蘇る1996年アジア杯、加茂ジャパンの記憶

グループリーグ3試合で、勝ち点9ポイントの首位通過。しかも失点はゼロ。いわゆる無傷でのグループリーグ突破である。近年のアジアカップを振り返っても、日本代表がこれほど順調にグループリーグを通過した記憶はない。そういう意味において、予想以上の完璧な成績だったと言っていい。

しかしながら、これから始まる決勝トーナメントに向けていくつか気になった点があるのも事実だ。

たとえばそれは、歴史をさかのぼって1996年にUAEで開催されたアジアカップの記憶に少し似ている。あの時、ディフェンディングチャンピオンとして大会に挑んだ加茂周監督率いる日本は、グループリーグ3試合で3勝し、わずか1失点で首位通過を果たしている。予想以上の好成績だった。

しかしながら、シリア、ウズベキスタン、中国を破ったその3試合の結果と内容が伴っていたとは到底言えず、結果、準々決勝で伏兵クウェートに0-2で足元をすくわれた。もちろん、当時と今とではサッカーそのものを含めてあらゆる要素が異なるので比較は出来ないが、当時取材した記憶を辿ると、どこか同じ匂いを感じてしまう部分もある。

結果と内容が伴っていない――。内容は良いのに結果が出ない時と比べて、内容はイマイチなのに結果が出ている時は、より慎重に物事を評価する必要がある。落とし穴が気付かぬところに隠れている可能性が高いからだ。

今から20年近く前にアジアカップに挑んだ加茂ジャパンは、まさにその落とし穴にあっさりと引っかかってしまった。あの時指揮官が掲げていた「ゾーンプレス」という聞こえのいいコンセプトは、その後、完全に色褪せることとなった。チーム内に芽生え始めていた監督の戦術に対する疑念が表に出始めたのも、それがきっかけだったと記憶する。

今野不在がチームに与える少なくないダメージとは?

では、今大会におけるアギーレジャパンの戦いぶりで落とし穴となりそうな要素はどこにあるのか? ディフェンディングチャンピオンとして2連覇を現実的目標として捉えている日本が、その目標を達成させるために必要な部分を、ここで敢えて求めてみたい。

まずひとつは監督の采配、選手起用方法だ。これまでの3試合、アギーレ監督は同じメンバーをスタメンに起用し、途中出場する選手もほぼ固定されている。

たとえばパレスチナ戦は点差が開いて一方的な展開となったため、選手の疲れなどを考慮して清武、武藤、豊田を起用して前線をフレッシュにした。攻撃および守備面の改善を試みる必要がない、余裕の展開だったからだ。

しかし、次のイラク戦は1点差のまま試合が進んだことで、後半は選手交代で守備の安定化を図っている。初戦同様、乾に代えて清武を投入し、続けて遠藤を下げて今野を起用。これにより守備バランスが整い、最後は疲れた本田を武藤に交代させて試合を終わらせた。

ここまでの采配は極めて順当だし、短期決戦の定石とも言えるものだ。ところが、今野が故障欠場したヨルダン戦の後半、そこにひとつの問題が生まれた。

まず、1点をリードされ後がないヨルダンが後半頭から2枚を代えて前半とやり方を変えてくると、その直後後半5分に乾に代えて清武を投入。しかしその後、ヨルダンがリズムをつかみ始めて日本がリズムを失う。

本来であれば、アギーレはここで今野を投入して守備を安定化させたかったはずだが、その今野は故障で不在。すると、それに代わる駒がいないと見たのか、アギーレ監督はそのまま同じメンバーで耐える選択をした。

次に動いたのは、ヨルダンが3枚目のカードを切った5分後。岡崎に代えて武藤を前線に起用したわけだが、結果的に武藤のアシストで香川が加点したのだから、これも采配的中と言える。

だが一方で、相手がミスをしてくれたおかげで失点を免れたという場面が2度ほどあったことを考えると、今野不在がチームに与えるダメージは意外と大きいと見ていい。とりわけ一発勝負のトーナメントを考えると、そこは特に気になる部分だ。

もうひとつは、無失点に抑えている守備に潜んでいる綻びだ。サッカーは相手があるスポーツなので、対戦相手によってはそれが見えなくなってしまうことがよくある。もっとレベルの高い相手なら失点しておかしくないような場面で、相手のミスによって自分たちのミスが隠されてしまうからだ。

特に注意したいのは、長友が攻め上がった後のスペースだ。現状、そこは森重がスライドしてカバーできているが、相手が鋭いカウンターを見せて森重が釣り出された時、日本の守備は一気に手薄になる局面が想定される。中盤の遠藤と香川は、その時ほとんど前線に近いポジションにいるため、長谷部、吉田、酒井(高)で対応しなければならない。

また、今大会は香川と遠藤を中盤で併用しているため、どうしても中盤の守備力が低下してしまう。ボールの奪い方で言えば、組織的守備という点で及第点を与えられるレベルにはないのが現状だ。去年の6試合を選手選考に使ってしまい、チーム作りが手つかずの状態で今大会に挑んでいるので仕方がない部分もあるが、相手のイージーミスによって救われているというのが、正直なところだ。

この状態で勝ち進んだ場合、オーストラリア、イラン、韓国あたりと対戦する場合は、中盤の構成に手を加える必要があるだろう。それを考えても、今野がいつ復活できるかは、今後の日本の行方を大きく左右しそうだ。

連覇を達成するためには壁を乗り越える必要がある

ヨルダン戦では、香川に待望のゴールが生まれたこともあり、チームは上昇ムードに乗りそうな気配がある。ヨルダン戦のミックスゾーンでは、選手たちの表情からそんな空気が感じ取れた。3試合無失点も、もちろんポジティブな要素になっている。アジアカップ連覇は、現実的なターゲットと見ていいと思う。

ただその一方で、パスミス、トラップミス、シュートミスなど、プレーの精度はそれほど高いとは言えない現実もある。優勝を狙うためにはペース配分が必要なので、確かに省エネで戦うことは必要な要素なのだが、同じメンバーで戦い続ける以上、これから運動量やプレーの精度が右肩上がりにあるとも思えない。そういう中で、どうしても必要になってくるのが、監督の“采配の妙”という要素だろう。

アギーレ監督も再三発言しているように、「連覇は簡単なことではない」というのは間違いない。準々決勝では、対戦相手のUAEがどこまで日本をリスペクトしてくれるかがポイントになるだろう。もし相手が捨て身で勢いよく挑んできたとすれば、日本にとっては意外と脅威になるだろう。

また、優勝するためには、何らかの壁にぶち当たり、それを乗り越えなければならないような場面が来るはずだ。たとえば先に失点してしまうような展開になった時、アギーレ監督がどんな采配で反撃を見せるのか。これまではそんな局面に立たされていないため、今後はそこもポイントになってくるはずだ。

グループリーグを無傷で突破した今だからこそ、敢えて冷静になる必要がある。加茂ジャパンと同じ轍を踏まないためにも、落とし穴に注意しながらトーナメントに臨むべきだろう。

サッカージャーナリスト/フットボールライフ・ゼロ発行人

1970年生まれ、山梨県甲府市出身。明治学院大学国際学部卒業後、「ワールドサッカーグラフィック」誌編集部に入り、編集長を経て2005年に独立。紙・WEB媒体に寄稿する他、CS放送のサッカー番組に出演する。雑誌、書籍、WEBなどを制作する有限会社アルマンド代表。同社が発行する「フットボールライフ・ゼロ」の編集発行人でもある。

中山淳の最近の記事