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しかし、このままだと観光産業は死ぬ 〜Go Toトラベルをどう考えればいいのか〜

中田大悟独立行政法人経済産業研究所 上席研究員
(写真:アフロ)

この時期に「Go Toトラベル」、だと?

令和二年度第一次補正予算に、「次の段階としての官民を挙げた経済活動の回復」のための経費として、国内旅行の旅行代金に補助金を出す「“Go To”キャンペーン事業(仮称)」が、約1.7兆円で盛り込まれており、当初は8月上旬ごろからの事業開始が想定されていましたが、赤羽一嘉国土交通大臣は7月10日に会見を開き、予定を前倒しして、4連休開始前の7月22日から開始すると発表しました。

おそらく、この事業を構想した背景として、夏頃には感染拡大が一段落ついているのではないか、という、新型コロナウィルスのある種の季節性に対する甘い期待とともに、可能な限り早期に経済回復を図りたいという意図があったものと思われますが、なにせタイミングが悪い、という感は否めません。

東京都の新規感染者が連日200人を超過し、第一波封じ込めの失敗が危惧されるなか、このキャンペーンの実施によって、首都圏の一都三県や関西などの大都市圏から、これまでは感染拡大がそこまでは深刻ではなかった地方都市にウィルスが運び込まれ、日本全体でのこれまでの努力を水泡に帰してしまうのではないか、という批判が各方面からよせられています。もしこの事業に起因して、地方都市で感染拡大が起きてしまったならば、政権にとっての致命的なダメージになる可能性があります。

あまりにもタイミングの悪い事業開始に、SNS上では「いまじゃないだろ」「落ち着いてからやれ」という批判が飛び交っています(肯定的な意見は皆無かと)。また、観光産業が厳しいのもわかるが、それならば補正予算の1.7兆円をつかった'''「観光産業への直接給付」で支えればいい'''という意見もあるようです。

観光産業は想像以上に厳しい

まず、現状認識としておさえておかねばならないのは、観光産業が直面している苦境は、想像以上に厳しいものだという実態です。下図は、総務省の家計調査から、毎月の支出額のうち、外食、交通費、宿泊、パック旅行費などが前年同月比で平均的にどれだけ変化しているかを示しています。

家計調査(総務省)にみる観光関連支出
家計調査(総務省)にみる観光関連支出

支出全体の平均でみても、5月は前年同月比で16.2%も減少していますが、さらに厳しいのが旅行にかかわるような支出であり、例年であればゴールデンウィークで書き入れ時であったであろう5月の宿泊費は97.6%も減少しています。何も手を打たずにこの状態が続けば、国内の観光産業が壊滅的な状況に追い込まれるのは間違いありません。ましてや、観光産業を支える事業者の多くは、中小事業者です。一般に、これらの事業者はそれほど多くの運転資金をストックしているわけではありません。当然、政府も雇用調整助成金や資金繰り対策を通して支援していますが、あくまで短期的な施策であることには留意しておかねばなりません。

観光産業は巨大である

しかしながら、感染拡大という最悪の事態を防ぐためには、観光産業には一時的にお休みいただいて、そのための直接給付を行えばよい、という考え方もあるでしょう。しかし、これには困難な課題があります。端的にいえば、観光産業は政府が力技で支え続けるには巨大すぎるのです。

国土交通省観光庁が毎年発行している『旅行・観光産業の経済効果に関する調査研究報告書』(最新版は2017年度版) によれば、日帰り旅行を含めた日本人による国内旅行消費額(2017年)は約21.1兆円であり、訪日外国人客による国内観光消費は4.1兆円、そして日本人の海外旅行による国内分消費も含めれば、日本国内における内部観光消費は27.1兆円にものぼります。さらには、産業連関分析を用いた内部観光消費による生産波及効果55.2兆円にもおよび、日本経済にとって、観光は非常に重要かつ巨大な産業であることがわかります。

これだけの産業を、雇用も含めて政府が直接に支え続けるとなると、膨大な予算額が必要になるであろうことは、容易に想像がつきます。さらに、困ったことに、建設業・製造業に比べて、観光は非常に裾野の広い産業です。旅行業者やバス会社、ホテル旅館にとどまらず、各地域の飲食店や小売など、非常に多様な事業者が細かく連なっているものなのです。となると、一口にこの産業を直接支援するといっても、一体全体、どこからどこまでの事業者を支援するのか、という問題が生じてきます。たとえば、飲食店であっても、顧客に占める観光客比率は事業者によって様々でしょう。

Go Toトラベルの利用者、地域を限定してはどうか?

私は、特に「Go Toトラベル、バンザーイ」と言いたいわけでありません。むしろ、首都圏などからの感染拡大が地方へ広がってしまうことを、強く危惧しています。しかし、同時に、観光産業が直面している危機的状況についても強く危惧しています。なんとかして、両面からの解決策を見いださねばならないでしょう。

そこで、あくまで次善の策ではありますが、Go To トラベル・キャンペーンについて、当面の間、利用制限をかけてはどうでしょうか。つまり、

  • Go Toトラベルを利用できるのは首都圏(一都三県)/大阪圏以外に在住している人だけに限定
  • Go Toトラベルで補助を受けられるのは首都圏(一都三県)/大阪圏以外の地域に旅行するときだけに限定

としておいて、秋以降に、感染拡大状況を監視しながら、可能な範囲を調整する案です(たとえば北海道や福岡、沖縄などは要調整区域かもしれません)。このようにすれば、当面、感染が深刻ではない地域同士の交流に留めることができますし、各地域の観光産業への一時的な支援ともなります。大都市地域の観光業者については、対象とならないために打撃がありますが、大都市の場合、域内の経済活動も大きいことと、個別の対応がより容易になる(ホテルやバス会社など特定しやすい)と考えられます。

感染拡大状況は、地域によって非常に大きな偏りがあります。全国一律での規制よりも、地域の実情を反映した上で、経済と感染予防の両立を図ることが重要ではないでしょうか。

独立行政法人経済産業研究所 上席研究員

1973年愛媛県生れ。横浜国立大学大学院国際社会科学研究科単位取得退学、博士(経済学)。専門は、公共経済学、財政学、社会保障の経済分析。主な著書・論文に「都道府県別医療費の長期推計」(2013、季刊社会保障研究)、「少子高齢化、ライフサイクルと公的年金財政」(2010、季刊社会保障研究、共著)、「長寿高齢化と年金財政--OLGモデルと年金数理モデルを用いた分析」(2010、『社会保障の計量モデル分析』所収、東京大学出版会、共著)など。

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