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【提案】現金給付は二階建てにしてはどうだろうか

中田大悟独立行政法人経済産業研究所 上席研究員
(写真:GYRO PHOTOGRAPHY/アフロイメージマート)

現金給付は選別的か

マスメディアによる報道を観察してみたところ、どうやらCOVID-19ショックに対する家計支援の柱のひとつとされる現金給付は、収入減となった人に重点的に行われる方向で検討が進んでいるようです。限られた財源を、可能な限り有効に使うという姿勢は、原則論としては間違った話ではありません。

ただし、前回の本コラムでも指摘したとおり、政府はリアルタイムで、毎月の国民一人ひとりの所得の増減をモニターしているわけではないので、今回のショックで、どの家計の所得が傷んでいるのかを、過誤なく見抜くのはほぼ不可能という問題があります。さて、このような中で、どのようにして有効な財源の活用を行うべきでしょうか。

ここで、念の為に述べておくと、筆者は、今回のようなショックには、細かいことは割り切って、国民全員に思い切った額の一律給付を行い、数年後に高所得層の所得税率と資産課税を少しずつ強化して、十分な時間をかけて財源を償還すればよい、と考えていますが、ここでは、どうやらそれは政治的に通りそうもないという状況を鑑みて、ある程度の選別を行うとしたらならばどのような次善の策があり得るか、ということを検討してみたいと思います。

誰が傷んでいるのか

今回のCOVID-19ショックによる急速な経済活動の減退は、多くの家計の所得減を引き起こしていると考えられます。それらの家計のキャッシュフローをなんとかして確保するために現金給付を、となるわけですが、ここで少々、頭の痛い問題があります。それは、国内のどの家計が経済的な苦境に陥ったり、ダメージを受けているか、ということを、その度合も含めて簡単に識別できないのではないか、という問題です。

先にも述べたように、政府は家計の毎月の所得をモニターしているわけではありません。その意味で、どの世帯の所得が、どれだけダメージを受けているかを見抜くすべはありません。働いているセクターによって、ダメージは異なるでしょう。観光業のように全般的に破壊的なダメージを受けているセクターもあります。小売業ではスーパーは好調のようですが、百貨店は深刻なダメージを受けているようです。

必ずしも、低所得者のみがダメージを受けているとは限りません。極端な例としては、年金受給世帯などは、そもそも所得減となっていない人が多いはずなので、今回は、収入額としてはダメージを受けにくいでしょう(労働所得はダメージを受けているかもしれませんが)。むしろ、中高所得層の中に、上記のようなセクターで働いていて深刻な影響を受けているという人も多いはずです。

また、家計のダメージといっても、その内実は様々です。一見して目先の雇用は確保されている家計であっても、子どもが通っている小中学校の休校措置で、不完全な在宅勤務を余儀なくされ生産性が落ちたり、光熱費が余分にかかってしまった、という家計もあるでしょう。

しかし、これらのダメージの受け方を、全て金額化して評価することは、難しいと思われます。純粋に所得の増減だけで測るのでは、抜け落ちてしまう家計のダメージがあるものと思われます。

家計が受けたショックを分けて考えよう

このように、今回のショックにおいては、国内の殆どの家計が、陰に陽に何らかの「コスト」を負っている状態にある、と考えることができるのではないでしょうか。

  • ひとつは、implicitに生じる家計のダメージ(生産性や生活費など)
  • もうひとつは、explicitに現れる所得の減少

です。そうであるならば、家計が負ったダメージを保障する現金給付のあり方も、それぞれに対応したものを考えたほうが、給付の役割が明確になるのではないでしょうか。

Implicitなダメージをカバーする一律給付

現段階では、国民に対する一律給付は検討から外れつつあるようですが、先にも述べたように、ダメージを受けた家計を識別することは容易ではなく、また、国民全員がなんらかの形で、今回のショックで「コスト」を負っているという状況を鑑みると、やはり一律給付方式は、それはそれとして活用することにも意義があります。

そこで、このimplicitな家計のダメージを保障する意味で、国民全員に広く薄く(この場合の「薄く」というのは思い切った額でなくて良いので、しっかりした額を、という意味です)、一律給付を行ってはどうでしょうか。例えば、国民一人あたり3万円とすれば、総額で約3.6兆円規模での給付になります。一人あたり5万円であれば、総額で約6兆円です。

これにかかる財源は、ショックの収束後(おそらく2〜3年後)から、所得税の累進課税と資産課税の強化で賄うものとし、十分な期間をかけて償還すればよいでしょう。

Explicitな所得減をカバーする「無利子無審査貸付(条件付き返済減免あり)」

家計が被った所得減のダメージは様々です。ですが、政府にそれを識別する能力は、技術的な意味で、ありません。ならば、家計が被ったダメージを、家計自らが正直に表明してもらうように制度設計するしかありません。この意味で、現在検討されているとされる「申告制」は、ひとつのアイデアではあります。上手に使えば、自発的な表明を誘導できる可能性もあるからです。

そこで、厳密な意味での「給付」ではありませんが、「貸付」の形式をとってみてはどうでしょうか。この貸付は、基本的に、無利子、無審査とします。現在でも、生活福祉資金の特例貸付が行われており、無利子・保証人なしで20万円から60万円までが、かなり迅速に貸し出されていますが、この拡充として行ってもよいかもしれません。

私の提案は、次のようなものです。今回は、所得にうけた衝撃がさまざまな状態なので、各個人がおおよその減収見込み額を申請時に申し出て、それに見合った額を貸付として受け取ります(この貸付額には上限があっても良いでしょう)。前回のコラムでも説明したとおり、政府は一年遅れで個人の所得を把握しますので、申請した個人の減収額が、本当にそのとおりなのかを確認できるのは、来年(その下半期くらい)になります。そこで、なんらかの理由で減収が確認できなかった幸運な家計にはその全額を、もしくは貸付額が減収額を上回ってしまった家計には、その超過額の返済を求めます。

事後的に確認できた減収額が、貸付額と見合っているか、減収額のほうが大きかった家計については、個人の所得に応じた返済の免除・部分免除を行います。まず、生活福祉資金特例貸付同様に、住民税非課税世帯については全額の返済を免除します。それ以外の世帯については、所得額と資産額に応じて部分免除を行います。例えば、住民税非課税世帯よりも僅かに所得の高い人は9割免除、概ね平均的な所得層については5割免除等として、かつ世帯としての金融資産保有額に応じて、この減免率を縮小する、というイメージです。

返済の全額免除を受けられる家計には、これは実質的な「給付」ですし、部分免除であっても「部分給付」となります。そして、原則としては返済の義務があるので、家計は自身の減収見込額を、おおよそ素直に申し出ることが想定されます。

二階建てとなる給付設計

以上のような給付設計とすれば、COVID-19対応の現金給付は二階建てとなります。つまり、

  • 国民全員が負っているimplicitなコストを保障する一律給付
  • 集中的に負ってしまったexplicitな収入減を保障する返済減免付き貸付

の二重構造で、国民の負った所得のダメージを保障するというものです。こういった構造は、公的年金の給付では一般的なものであり、国民の老後の基礎的な消費を支える基礎年金と、生活水準の維持を支える報酬比例年金(厚生年金など)という構造と対比すればわかりやすいでしょうか。

デメリット:行政コストのデスロード

ただし、このような案には、やはり、理想論としての一面は拭い難くあることは、率直に認めなければなりません。特に、一律給付と貸付という、ふたつの制度をダブルトラックで走らせるため、両制度の申請者数の膨大さを考えれば、かかる行政の執行コストは、相当なものになることを覚悟する必要があります。

特に、申請業務を担うであろう地方自治体ないしは社会福祉協議会等のローカル組織は、現在でも人手不足の中で、どうやってこれをこなすのか、ということについて大きな課題があります。この点について、国は、現行制度を組み替えてでも、支援のあり方を考える必要があるでしょう。

独立行政法人経済産業研究所 上席研究員

1973年愛媛県生れ。横浜国立大学大学院国際社会科学研究科単位取得退学、博士(経済学)。専門は、公共経済学、財政学、社会保障の経済分析。主な著書・論文に「都道府県別医療費の長期推計」(2013、季刊社会保障研究)、「少子高齢化、ライフサイクルと公的年金財政」(2010、季刊社会保障研究、共著)、「長寿高齢化と年金財政--OLGモデルと年金数理モデルを用いた分析」(2010、『社会保障の計量モデル分析』所収、東京大学出版会、共著)など。

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