米世論調査が明らかにする国民の間に高まる「第3党待望論」=死に瀕したアメリカの民主主義の現実

アメリカの民主主義は死に瀕しているー議会は党派対立で機能麻痺に陥っている(写真:ロイター/アフロ)

共和党支持者の間に高まる「第3党待望論」

 日本人はずっとアメリカは民主主義の手本だと教えられてきた。特に「2大政党制」は見習うべきものとされてきた。日本が小選挙区制を導入したのも、2大政党制を確立するという狙いがあった。だがアメリカの現実は、2大政党制は機能せず、政治的対立は極限にまで達している。「交渉」と「妥協」が民主主義の基本なら、もはやアメリカは民主主義国家とはいえない。民主党と共和党の間にあるイデオロギーの違いは、あらゆる政治的妥協を不可能にしているように思える。そんな政治的現実を前に、アメリカ国民も2大政党制に批判的になりつつある。第3党の登場を期待する声が高まっている。

 ちなみに日本の小選挙区制も期待された結果とはまったく異なった現実を生み出している。国民の過半数の支持を得ない政党が政権を取り、有権者の投票の多くが“死票”になり、政府と国民の間に大きな意識のずれが生じている。そして国会では多数を根拠に、交渉と妥協を拒否する政権が続いている。もうひとつ日本の制度に関して言えば、筆者は「比例区復活制」が日本の政治家をダメにしたと思っている。

 2月15日、ギャラップ社が興味深い調査結果を発表した。国民の政党に対する意識調査で、報告書のタイトルは「Support for the Third Party at High Point」で、国民は民主党と共和党以外の第3政党を求めているという内容である。第3政党が必要だと感じているという回答は62%と過去最高を記録している。既存の政党が十分に役割を果たしているという回答は33%に留まっている。同社が第3党に関する調査を始めたのが2003年で、その時は第3党が必要だという回答は40%であった。同調査は「2012年以降、アメリカ人は一貫して第3党を支持している」と指摘している。

 さらに特徴的なのは、共和党支持者の間で第3党支持が高まっていることだ。昨年9月18日の調査では、その比率は36%であったが、今回の調査では一気に63%へ上昇している。第3党に対する急激な上昇は、共和党支持者が大統領選挙後の共和党の混乱に失望したことを示唆しているのかもしれない。民主党支持者も46%が第3党の必要性を感じている。前回の1月21日の調査結果の52%よりも低下している。これはバイデン政権に対する期待感を反映していると解釈できる。無党派では、第3党支持が70%と断トツに高い。無党派層は、民主党にも、共和党にも不満を抱いているので、これは当然の結果である。

 ただ共和党支持者が共和党に対する失望感を高めている一方で、トランプ前大統領に共和党の指導者に留まって欲しいと答えた割合は68%と高い水準に留まっている。「新指導者が必要だ」と答えた割合は31%に過ぎない。ただ共和党寄りの無党派層は、47%がトランプ支持、51%が新指導者を求めると答えている。いずれにせよ、共和党支持者に対するトランプ前大統領の影響力は残っている。

 第3党を支持する共和党支持者も、トランプ前大統領が新党を結成するよりも、共和党の指導者として残ることを期待している。トランプ前大統領は「愛国者党(Patriot Party)」を結成すると示唆している。

 同調査は、もうひとつ興味深い結果を示している。共和党の将来進むべき方向として、「より保守的になる」と答えた割合は44%、「現状路線を継続」が35%、「より穏健派路線」の割合は最低で21%であった。現在の共和党は“十分に保守的”であるが、支持者はもっと保守的になることを望んでいるのである。共和党支持者は、具体的にどのような保守的な政策を望んでいるのだろうか。

 民主党支持者はどうであろうか。民主党内でリベラル派と穏健派の対立が取り沙汰されてきた。だが今回の調査は「穏健派とリベラル派の内部対立は沈静化しているように見える」と指摘している。「よりリベラルに」の割合は34%、「現状のまま」が40%、「より穏健」が25%であった。方向性は大きく割れている。それが内部対立に結びついていない理由として、同調査は「大統領選挙に勝利し、上院の多数を奪回し、下院の多数派を維持したため」と指摘している。勝利を遂げたとき、不満は沈静化するということであろう。かりに2022年の中間選挙で敗北すれば、党内対立は一気に噴き出してくるだろう。

進む有権者の”政党離れ”

 もう一つ、アメリカ政治の動向を示す調査を紹介する。これもギャラップ社の調査で、支持政党の動向を示す「Party Affiliation」調査である(調査期間は2021年1月21日~2月2日)。昔、党別の支持率は共和党40%、民主党40%、無党派20%と言われた時代があった。だが、ここで紹介する調査結果では、共和党は25%、民主党は25%、無党派は50%である。日本と同様に無党派が最大のグループになっている。

 この調査が始まったのは2004年で、最初の調査結果では、共和党が32%、民主党が28%、無党派が40%であった。この17年に無党派は10ポイント上昇し、共和党は7ポイント低下、民主党は3ポイント低下している。政党離れは共和党、民主党ともにみられるが、共和党離れの方が大きい。有権者の“脱政党”は着実に進んでいる。

歴史からみた「第3政党」の存在と役割

 歴史的に言えば、第3政党は存在していた。建国の父たちは、「政党政治」を想定していなかった。だがワシントン政権が成立すると、2大政党制の最初の姿が現れた。中央集権的な国家建設を目指す「フェデラリス党(Federalist Party)」が結成され、それに対抗する、州権重視の「民主共和党(Democratic Republican Party)」が結成された。「フェデラリスト党」をリードしたのは、初代財務長官のアレキサンダー・ハミルトンであり、「民主共和党」を率いたのは初代国務長官のトーマス・ジェファーソンである。親英派の「フェデラリスト党」はやがて国民の支持を失い、自然消滅する。その結果、長い間、「民主共和党」による「一党支配の時代」が続いた。この時代は「Era of Good Feelings(良い気持ちの時代)」と呼ばれた。

 しかし強い中央集権国家と産業振興を目指す一派が「民主共和党」から決別し、1824年に「国民共和党(National Republican Party)」を結党する。同党からジョン・クインシー・アダムス大統領が誕生した。政権を奪われた「民主共和党」の改革を主張するアンドリュー・ジャクソンが、1828年に「民主党」を結党する。同党は現在の「民主党」に繋がっていく。

 ジャクソンの民主党が専制的であると反発して、1834年に「ホイッグ(Whig Party)」が結成される。フリーメイソンの陰謀論に反対する「反メイソン党(Anti-Masonic Party)」(1828年結党)が「ホィッグ党」に吸収される。「民主党」は奴隷制度を支持し、州権を重視する政党であり、「ホィッグ党」は反奴隷を主張し、中央集権的な国家建設を旗印に掲げた。「民主党」と「ホィッグ党」が交互に大統領選挙で勝利する時代が続いた。

 こうした政党の再編成のプロセスの中で「第3党」が結成される。ひとつは、州権を最重視し、州政府は連邦政府が決定した法律を無効にできると主張する「Nullifier Party」で、1832年の大統領選挙でジャクソン民主党候補に挑戦し、11名の選挙人を獲得している。「反メイソン党」も大統領選挙で選挙人7名を獲得している。

「民主党」と「共和党」の2大政党制の成立

 1848年に「自由土地党(Free Soil Party)」が結成され、同年に行われた大統領選挙で同党の候補者は一般投票では10%を獲得したが、選挙人は一人も獲得できなかった。同党は1854年に解党して「共和党」結成に合流した。その結果、現在の共和党と民主党の「2大政党制」が出来上がった。

 要するに初期において「反メイソン党」「Nullifier Party」「自由土地党」と第3党は存在し、それなりに影響力を持ったのである。それ以外の党としては「アメリカ党(American Party)」、別名「Know-nothing Party」が存在していた。同党はカトリック教徒の移民に反対する政党で、1856年の大統領選挙で候補者を擁立し、21%の票を獲得したが、獲得選挙人は一人であった。1860年に南部の連邦からの離脱に反対する「立憲連合党(Constitutional Union Party)」が結成されている。1860年の大統領選挙で候補者を擁立し、得票率は12.6%、獲得選挙人数は1名であった。

注目される「人民党」の登場

 その後、南北戦争勝利で東部を地盤とする共和党が大きな力を獲得する。奴隷制度に賛成していた民主党は南部を地盤とする政党となる。その構造は1960年代まで続く。2大政党が支配する中、1891年に「人民党(People’s Party)」が結成される。南北戦争後、アメリカで産業革命が急速に進み、労働者階級が登場する。彼らは厳しい環境で労働を強いられていた。市場経済の発展は農産物も巻き込み、農民は農産物価格の激しい変動にさらされた。さらに農業機械の導入で多額の借金を抱え、多くの農民は苦境に立たされ、農地を失った。産業化に伴う労働需要の増加は移民を増やしたが、移民は劣悪な住宅環境と労働条件を強いられた。貧富の格差は極限にまで拡大した。

 人民党は、そうした下層階級の代弁者であった。同党が訴えたのは「反エリート」「反エスタブリッシュメント」であった。党員たちは、自分たちを「ポピュリスト」と呼んだ。ポピュリズムの誕生である。現在のアメリカの状況と酷似している。同党は大統領選挙で22人の選挙人を獲得し、一般投票8.5%の得票を得た。アメリカ社会に大きな影響を与えた。最終的に同党は民主党に吸収される。南部を地盤とし、奴隷制度に賛成した民主党は、こうした経緯を経て、労働者やマイノリティを支持基盤とする現代の民主党へと変わっていった。

20世紀に入ってからの「第3党」の動向

 20世紀になって登場する第3党は「進歩党(Progress Party)」である。共和党の大統領で、反企業のセオドーア・ルーズベルトは、後任のウィリアム・タフト大統領が企業寄りの政策を取ったことから、1912年に再度、大統領選挙に挑戦する。共和党の予備選挙でタフトに負けたため、自ら「進歩党」を設立して大統領選挙に出馬した。いわばルーズベルトの個人の党であり、ニックネームは「Bull Moose Party」と呼ばれた。

 選挙はルーズベルトとタフト、民主党のウードロー・ウィルソンの三つ巴の戦いとなり、共和党支持層がルーズベルトとタフトに割れたことで、漁夫の利を得てウィルソンがわずか41%の得票率で当選を果たした。第3党であった「進歩党」のルーズベルトは共和党のタフトの得票率を上回った。

 第3党の候補者が2大政党の候補者の得票率を上回ったのは、これが最初で最後であった。さらに、この選挙では「社会党(Socialist Party)」の候補者も立候補し、6%の票を獲得している。

第二次戦後の第3党は機能せず

 第二次戦後も第3党は存在している。元アラバマ州知事のジョージ・ウォリスが連邦からの分離独立を主張する「独立党(American Independence Party)」の候補者として大統領選挙に立候補している。得票率は13.5%、5州で勝利して、56名の選挙人を獲得した。これが第3党の大統領候補が選挙人を獲得した最後の大統領選挙である。富豪のロス・ペローは1996年に減税を訴えて「改革党(Reform Party)」を結成し、大統領選挙に出馬し、8.4%の票を獲得しているが、選挙人は一人も獲得できなかった。

 その後、1972年に「リバタリアン党(Libertarian Party)」が大統領候補を擁立。だが獲得票数はわずか3674票であった。同党は経済の自由放任、自己決定という自由主義を掲げる党である。現在、同党は「最大の第3党」になっている。2020年の大統領選挙では同党の候補者は186万票を獲得している。その他、著名な弁護士ラルフ・ネーダ―が率いる「緑の党(Green Party)」など7つの党が大統領候補を擁立している。ただ、そうした党の候補者は泡沫候補であり、「第3党」と呼ぶだけの支持基盤は持っていない。

 戦前まで、アメリカ政治の中で第3党が果たした役割は無視できなかった。だが、戦後になると、その存在は希薄になっていった。現在でも第3党は存在するが、政治の舞台に登場してくることはなくなっている。

妥協の余地がない民主党と共和党の対立

 現在のアメリカ政治には“中庸”は期待できない。民主党と共和党の世界があまりにも違い過ぎているからだ。政権交代は前政権の全否定から始まる。4年おきに無血クーデターを行っているようなものである。政策の継続性は期待できない。国内政策だけでなく、外交政策も政権交代で完全に変わってしまう。全く異なったイデオロギーを持つ2つの政党が議会で対峙し、法案すら満足に可決できないのが現在のアメリカの政治の実情である。民主党と共和党の間には妥協の余地はない。“ゼロ・サム”の政治闘争しか存在しない。

 冗談ではなく、民主党支持の若者の多くは、共和党支持の異性とはデートをしないのである。これはピュー・リサーチの調査結果で示されている。アメリカ社会の分裂は信じられない状況まで至っており、政党の対立は分断を促進しているのである。1950年代や60年代には、民主党議員と共和党議員が週末に一緒にゴルフに出かけるのは普通であった。だが現在では議事堂の廊下ですれ違っても挨拶さえ交わさない。

 かつては、民主党も共和党も党内に多様性を持っていた。だが次第にイデオロギーに偏った政党へと変わっていった。特に共和党の変化は大きかった。保守主義者が共和党を乗っ取り、1964年の大統領選挙で保守主義者のバリー・ゴールドウォーター上院議員を大統領候補に選んだことを境に穏健派を放逐していく。エバンジェリカルと手を組むことで、保守的な社会倫理を強調するようになり、さらに党の“純化”は進んだ。最近ではトランプ大統領の下で反トランプ派の党内での追い落としが行われ、共和党は“カルト党”へと変質した。共和党は、トランプ前大統領の弾劾に賛成した議員の譴責、地位剥奪、予備選挙での対抗馬を立てることで排除を図ろうとしている。

 民主党もクリントン政権のもとで中道右派に舵を切ったが、やがて急進的進歩主義者が勢力を得ていった。両党の距離はもはや埋めることはできない状況になっている。

2大政党制がアメリカの民主主義を殺す

 2代目のジョン・アダムス大統領は「共和国を2つの大きな党に分割することは、大きな政治的な悪として恐れるべきである」と、2大政党制に警鐘を鳴らしている。まさに建国の父たちが恐れていたことがアメリカの現実になっている。

 シンクタンク「ニュー・アメリカ」の上級研究員のリー・ドラットマン氏は「現在、私達は全く性格の異なった2つの政党が、国家に対する異なったビジョンの元に組織される時代にいる」と指摘している。「オール・オア・ナッシングの超党派的な政治が民主的な安定と相互忍耐と寛容という民主主義の規範を破壊している。これによって民主主義は死んでいるのである」と、2大政党制の弊害を明らかにしている(「The two-party system is killing our democracy」『Vox』、2020年1月23日)。さらに民主主義は「敗者が敗北を認め、勝者が敗者に異議申し立てと批判の自由を与え、次の選挙で競争する公平な機会を与えることだ」と主張する。現在の「2大政党制」のもとでは、それは期待できなくなっている。

 同氏は、「2大政党制」ではなく、「複数政党制(multiparty system)」が必要だという。得票率に応じて議席を与える方が、より国民の意思を反映するより優れた政治システムであると主張している。

 さらにアメリカの場合、大統領が間接選挙で選ばれる制度も同様な問題を引き起こしている。得票率が高い候補が大統領になれないという制度には民主主義の正当性はない。常識的に考えれば、民主主義ではない。アメリカ国民が第3党に期待するのも当然である。

 2大政党制が機能しなくなっていることは明らかである。だがアメリカの選挙制度では力のある第3党が誕生するのは難しい。ここでは詳細は説明しないが、「sore looser laws」や「anti-fusion laws」の存在が第3党からの立候補や少数党の連合を難しくしている。アメリカの多くの人々は第3党の登場を期待しているが、現実には容易ではない。

日本も例外ではない民主主義の死の危機

 こうしたアメリカ政治の現実は日本でも起こっている。政権党が必ずしも国民の過半数の支持を得ているわけではない。政権党にフリーハンドが与えられているわけでもない。民主主義の本質は「多数決の原則」にあるのではなく、「少数党の抵抗権」をどう認めるかにある。少数党の意見に耳を傾け、多数党が妥協の道を探るのが、民主主義の原則である。“政治的寛容性”を忘れたとき、民主主義は権威主義に陥り、死ぬのであろう。

 また民意が反映されない政治は有権者の離反と無関心に結びつく。民主主義と効率性は両立しない。だが政治の効率性を強調し、少数意見を切り捨てることは民主主義の原則に反することになる。民主主義とはもともと手間がかかり、非効率なものである。独裁政権が、効率的面でいえば、最も効率的な政治制度である。それは多様な民意を反映した制度とはいえない。