Yahoo!ニュース

トランプ大統領の大幅なリードを伝えるアイオワ州の世論調査から読み解く大統領選挙の最終展望

中岡望ジャーナリスト
10月にアイオワ州の政治集会に参加し有権者に支持を訴えるトランプ大統領(写真:ロイター/アフロ)

■  「アイオワを制する者が大統領選挙を制する」

 10月30日、アイオワ州で世論調査が発表になった。トランプ大統領がバイデン前副大統領を7ポイントと大きくリードする結果であった。毎回、同州の世論調査は選挙終盤に発表され、確度が高いと評価されている。『ニューヨーク・タイムズ』は「アイオワの世論調査の結果を見ると、2016年のデジャブを感じるかもしれない」と指摘する。2016年の大統領選挙でクリントン候補が圧倒的に世論調査でリードしながら、最終的に敗北した。

 現在、世論調査ではバイデン前副大統領が圧倒的にトランプ大統領をリードしているが、2016年の逆転劇が繰り返されるのではないかと、日本のメディアも同調査を取り上げた。アイオワ州の世論調査をどう評価すべきなのであろうか。トランプ大統領は激戦州で猛烈に追い上げており、支持率の差は縮まっている。アイオワ州の調査は、選挙の潮の流れを示すものなのであろか。あるいは大きな流れの中で生じた泡なのだろうか。

 筆者も含めて大統領選挙の結果を予想するとき、世論調査に頼る。全国調査での支持率の動向に始まり、州別の支持率をチェックすることで選挙動向を把握する。同時に過去の経験を踏まえて、選挙の見通しを書く。だが世論調査には有権者個人の顔は見えない。本当に有権者は何を考え、何を選択しようとしているのか、十分に理解できない。そんな思いから、アイオワ州の大統領選挙の分析をしてみる。

 同州の人口は300万人強で、人口数では全米第30位である。人種でみると白人が88.7%、ヒスパニック系が5.0%、黒人が2.9%と、圧倒的に白人の州である。経済的には農業州である。基本的には保守的な州である。

 選挙人の数は6名であるが、「アイオワを制する者が大統領選挙を制する」と言われている。同州の動きは、中西部の諸州の動向を先導すると考えられている。過去のアイオワ州の大統領選挙を見ると、1992年と1996年の選挙では民主党のクリントン大統領が連続で勝利している。2000年の選挙では共和党のブッシュ候補がゴア前副大統領を破り、2004年の大統領選挙で再選を果たしている。2008年の選挙では民主党のオバマ候補が共和党のマケイン候補を破り、2012年の選挙ではロムニー候補を破っている。民主党政権と共和党政権が8年ごとに変わっている。

 2016年の選挙では共和党のトランプ候補が民主党のクリントン候補を破って当選を果たした。過去のパターンが繰り返されるとすれば、2020年はトランプ大統領が再選を果たすことになる。今回の世論調査が潮の流れの変化を示すものなら、2016年の再来もありえることになる。

■  アイオワ州の世論調査の意味

 10月下旬に行われたアイオワ州の大統領選挙に関する5つの世論調査の平均ではトランプ大統領支持が46.4%、バイデン前副大統領支持が45.8で、トランプ大統領が僅差であるがリードしている。5つの調査のうちトランプ大統領がリードしているのは3つ。バイデン前副大統領がリードしているのは2つである。最も注目されているのは、地元の有力紙『デモイン・レジスター』が10月29日に行った調査である。調査したのはSelzer & Co.,という小さな調査会社である。

 調査結果は、トランプ支持が48%に対してバイデン支持が41%と、その差は7ポイントと極めて大きいものであった。トランプ支持が多かった他の2つの調査では支持率の差は1~2ポイントであり、それと比べても同調査でトランプ支持率が異常に高い。9月の段階の調査では両候補はいずれも47%対47%で拮抗していた。それからすると1カ月の間に状況は急変したことになる。

 9月の調査と比べるとトランプ支持が1ポイント上昇し、バイデン支持が6ポイント下落している。トランプ支持が高まったのではなく、バイデン支持が低下した結果である。ただ調査対象の人数はわずか814人であり、統計的にどこまで有意かは疑問も残る。

 ではバイデン支持率の低下要因は何か。調査を担当した会社の担当者は「男性はトランプ支持の傾向が強く、女性はバイデン支持が強い。ただ男女による性別の差は縮まってきている。9月の調査ではバイデン前副大統領は女性の支持率でトランプ大統領を20ポイント上回っていたが、今回の調査では9ポイントまで縮小している(50対41%)」と説明している。なぜアイオワ州で女性がバイデン前副大統領離れをはじめたのか理由は定かではない。

 無党派の動向も大きく変わっている。9月の調査では、バイデン前副大統領は50%対38%でトランプ大統領をリードしていた。だが今回の調査では、トランプ大統領が49%対35%と逆転している。その理由は明確ではないが、州経済の回復が大きな要因とみられる。トランプ大統領も遊説では、経済回復を訴えており、その効果が出てきたのかもしれない。

■  2016年の大統領選挙と基本的に変わらない支持構造

調査会社の担当者は「支持者の内訳を見ると、2016年の選挙と同じ状況が続いている」とも説明する。そして「両候補ともに50%の支持を得ていない」と、この調査だけから選挙結果を予想するのは難しいと付け加えている。

 回答者の94%は既に支持候補を決めている。その多くは郵便投票か不在者投票を済ませている。期限前投票を済ませた割合は51%に達している。投票を済ませた有権者の55%はバイデン前副大統領に投票し、トランプ大統領に投票したのは32%に過ぎない。ただ、まだ投票していない回答者のうち64%はトランプ大統領に投票すると答えている。この違いは、バイデン陣営が支持者に期限前投票を呼びかけているのに対して、トランプ陣営が投票日に直接投票するように呼び掛けていることを反映していると思われる。

 2016年の大統領選挙では、トランプ候補は男性、低学歴、白人労働者、白人エバンジェリカルの支持を得て当選している。今回の調査でも支持者の構成は変わっていない。大卒以上の有権者ではバイデン支持50%、トランプ支持40%である。大卒未満の有権者ではバイデン支持35%、トランプ支持54%である。郊外に居住する中産階級の有権者ではバイデン支持47%に対してトランプ支持は43%である。男性有権者ではバイデン支持32%に対してトランプ支持56%と、トランプ大統領が圧倒的にリードしている。エバンジェリカルではバイデン支持20%に対してトランプ支持72%である。

 

 政策でみると、有権者の最大の関心事は「経済」である(23%)。アメリカに自信を取り戻す能力(22%)、指導力(19%)、新型コロナウイルス対策(9%)、最高裁判事指名(4%)と続く。アイオワ経済は新型コロナウイルスの影響から急激に回復しつつある。最悪期から雇用は60%増加し、失業率も4.6%にまで低下している。こうした経済回復が、トランプ大統領支持を増やしていると考えられる。ただ回復したと言っても、新型コロナウイルス感染拡大前の水準には戻っていない。支持層の経済に対する関心が高いことを受け、トランプ大統領は、残された選挙期間、新型コロナウイルス対策よりも経済回復を主張する戦略を取っている。

■  バイデン支持、トランプ支持、どちらの支持者がより熱心か

 もうひとつ、選挙結果を占ううえで重要な調査がある。Gallupが行った選挙に対する関心度合いを示すものである(U.S Voters Enthusiastic, Anxious as 2020 Campaign Ends”、2020年10月30日)。どちらの候補者の支持者が選挙に熱心かを調査したものである。熱心度が高ければ、投票所に足を運ぶ可能性が高い。2016年では共和党支持者の方が民主党支持者よりも盛り上がっていた。民主党支持者はクリントン候補に対して反応は冷淡であった。だがトランプ候補は伝統的な共和党層に加えエバンジェリカル(福音派)を動員して、大きな運動のうねりを作り出した。共和党支持者の熱心度が53%と民主党支持者の50%を上回ったのも、トランプ支持者が熱狂的だったからである。

 だが今回は逆転している。民主党支持層の熱心度は75%と大幅に上昇。共和党支持層も66%と上昇しているが、盛り上り度では民主党支持者の後塵を拝している。それは投票率の差になって現れるだろう。民主党支持層は「トランプの再選を阻止する」という点で盛り上がっている。これに対して共和党支持層はトランプ離れを示している。その差が投票率の差となり、勝敗に大きな影響を与えるであろう。

■  世論調査の大勢はバイデン有利に変わりない

 ではアイオワ州の世論調査は、トランプ大統領の追い上げの成果であり、選挙戦州で流れが変わったとみるべきなのか。それとも大勢に変化はないとみるべきなのか。専門家は、アイオワ州の選挙人が6人であるため、バイデン陣営は選挙活動を他の州に集中している。そのためアイオワ州でトランプ大統領にリードを許したと分析している。他の激戦州の世論調査は軒並みバイデン前副大統領がリードしている。『ニューヨーク・タイムズ』は、「アイオワ州でのトランプ大統領リードは単にひとつの州の調査結果に過ぎない」と、選挙情勢に基本的な変化はないと指摘している。

 アイオワ州の地元では、どう受け止められているのだろうか。地元紙『The Gazette』は「土曜までに民主党の選挙登録をしたうちの62%が不在者投票を済ませている。共和党は62%である。民主党支持者は共和党支持者より12万3000人多く投票を済ませている」(”Donald Trump, GOP will need big Election Day margins to win in Iowa”2020年、11月1日)と状況を説明し、トランプ大統領が勝利するためには選挙当日に共和党支持者が大挙して投票所に向かう必要があると指摘している。ただGallup調査にあるように、共和党支持者は2016年ほど盛り上がっておらず、共和党支持者の投票率が民主党支持者の投票率を圧倒するかどうか疑問である。

 同じアイオワ州の地元紙『Press-Citizen』は日曜のトップ記事は新型コロナウイルスに関連するもので、大統領選挙に関する記事はない。同紙は、同州は新型コロナウイルスの感染者数が1日に2887人と過去最高を記録したことを報じている。そして大学教授の「バイデンは科学者に耳を傾ける信頼のおける人物である。大恐慌の時、ルーズベルト大統領が行ったような行動を取るだろう。次の選挙での選択は明白である。政治の専門家はいろいろ言うだろうが、大多数のアメリカ人は合理的な選択をすると信じている」と、バイデン前副大統領を支持する記事を掲載している。同紙の報道は、経済よりも新型コロナウイルス問題を重視している。経済回復がトランプ大統領支持につながったとする『デモイン・レジスター』の調査とは違った地元の状況を報道している。

 投票日の現地時間の11月3日は、地元の天気予報では晴れ、気温は最低温度8度、最高温度19度と穏やかな日である。アイオワ州の住民は、どんなアメリカの将来を選ぶのだろうか。

追記:筆者の判断を書いておくべきでしょう。アイオワ州の世論調査にかかわらず、選挙の大きな流れは変わらないとおもいます。バイデン前副大統領の勝利は堅いでしょう。ただ、バイデン政権の問題点は多く、それは追って分析するつもりです。

ジャーナリスト

1971年国際基督教大学卒業、東京銀行(現三菱東京UFJ銀行)、東洋経済新報社編集委員を経て、フリー・ジャーナリスト。アメリカの政治、経済、文化問題について執筆。80~81年のフルブライト・ジャーナリスト。ハーバード大学ケネディ政治大学院研究員、ハワイの東西センター・ジェファーソン・フェロー、ワシントン大学(セントルイス)客員教授。東洋英和女学院大教授、同副学長を経て現職。国際基督教大、日本女子大、武蔵大、成蹊大非常勤講師。アメリカ政治思想、日米経済論、マクロ経済、金融論を担当。著書に『アメリカ保守革命』(中央公論新社)など。contact:nakaoka@pep.ne.jp

中岡望の最近の記事