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トランプの研究(10):朝鮮半島のもうひとつの問題―トランプ大統領が韓国に突き付けた刃

中岡望ジャーナリスト
THAADの配備の反対する韓国の住民、トランプ大統領は韓国に軍事費負担を要求する(写真:Lee Jae-Won/アフロ)

内容

1.トランプ大統領、韓国に米韓自由貿易協定の再交渉か廃棄を求める

2.韓国にTHAADの維持経費の負担10億ドルの支払いを要求

3. トランプ大統領の“本音”が出てきた

1.トランプ大統領、韓国に米韓自由貿易協定の再交渉か廃棄を求める

4月27日(現地時間)、ロイター通信の独占インタビューに答えて、トランプ大統領は突然、韓国に驚愕するような厳しい要求を突き付けた(Exclusive: Trump vows to fix or scrap South Korea trade deal, wants missile system payment)。ロイターの記事によると、トランプ大統領は韓国に対して2つの要求をした。一つは米韓自由貿易協定の再交渉であり、もう一つはミサイル迎撃システムTHAADの維持費として10億ドルの支払いを韓国政府に求める発言を行った。同記事は「トランプは締結5年が経過する米韓自由貿易協定を“受け入れがたい”ものだと呼び、カナダとメキシコとの間のNAFTA(北米自由貿易協定)の見直し交渉(revamp)が終わった後、韓国と米韓自由貿易協定の再交渉を目指す」と語ったと伝えている。

さらにトランプ大統領は「米韓自由貿易協定はNAFTAよりも簡単に終結させることができる。明日、NAFTAを終結させても、正式に協定が終わるには6か月かかるが、米韓自由貿易協定は、終結を決めれば、それで終わりだ。公平は協定でないなら、協定を終結させる」とも語っている。

トランプ大統領の発言は思い付きの発言とは思われない。なぜなら韓国を訪問中のペンス副大統領は韓国の経済人を前に「アメリカは米韓自由貿易協定の“改革”を目指している。なぜなら、アメリカ企業が韓国市場に歳入する際、あまりにも障壁が多い。アメリカの労働者とアメリカの経済成長に不利な形になっている」と語っているからだ。

米韓自由貿易協定はオバマ政権の下で2011年に締結されたものである。これに対してトランプ大統領は「同協定は受け入れがたい。(大統領選挙で争った)ヒラリー・クリントンが国務長官として締結した最悪の協定である。締結すべき協定ではなかった。我々は、米韓自由貿易協定の再交渉を行うか、あるいは廃止するつもりである」と語った。ロイター通信の記者が、いつ再交渉の方針を発表すつもりかと質問したのに対して、トランプ大統領は「すぐだ。今、私が発表している(Very soon. I am announcing now)」と答えた。ただ、現時点で、米国政府は正式に韓国政府に対して再交渉の通告を行っていない。

ロイターの記事は、トランプ大統領の発言が韓国に衝撃を与え、経済見通しは明るくなっている中で、株価が暴落したと伝えている。また、韓国の外務省の「我が国は状況を見守り、アメリカに対して米韓自由貿易協定が双方にもたらした結果について説明する努力を継続するが、対応策も準備する」との談話を紹介している。貿易省は「再交渉する計画はない。アメリカ政府から通告を受けた事実はない」と語っている。財務省の高官はロイターの記者に「話と実際の政策は異なる」と、過剰な反応を戒める発言を行っている。

米韓自由貿易協定は、ブッシュ政権の下で交渉が始まり、2007年に両国の間で条約が締結された。だが、議会の批准を得ることなく政権交代があり、オバマ政権は米韓自由貿易協定を実質的に放置されていた。だが、2010年11月23日に北朝鮮が韓国の延坪島を砲撃したことを契機に状況が急変し、オバマ政権は韓国政府との安全保障面での関係強化を目的に自由貿易協定の再交渉を開始し、同12月初旬に両国政府は調停に署名した。2011年10月に米議会で批准され、韓国国会では11月に批准され、2012年3月15日に発効して経緯がある。だが、米韓自由貿易協定が発効後、米韓の貿易不均衡は拡大していた。2011年の韓国の対米貿易の黒字は132億ドルであったが、2016年には277億ドルにまで拡大している。

2.韓国にTHAADの維持経費の負担10億ドルの支払いを要求

ロイター通信との独占インタビューで、さらに韓国政府を驚愕させる発言がトランプ大統領から出てきた。それはTHAAD(戦略高高度防衛)ミサイル・システムの韓国内での配置に関連する費用10億ドルを韓国政府に支払うことを求めるという発言である。同記事は、トランプ大統領が「THAADシステムに約10億ドルかかっている。なぜ我々が10億ドルの費用を支払わなければならないのか。我々が韓国を守っている。私は韓国に費用は韓国が支払うのが妥当であると伝えた(I informed South Korea it would be appropriate if they paid)。韓国が支払うべきであり、韓国はそのことを理解している」と語ったと伝えている。この表現は過去形であり、アメリカ政府が既に韓国政府に支払いに関する意向を伝えていると想像される。だが、韓国政府の高官は「トランプ大統領から何の話も聞いていない」と、突然の発言に戸惑いを見せている。

このトランプ発言に対して韓国の防衛省は「ソウルがTHAADミサイル配備の土地を提供し、ワシントンが設置・維持経費を負担するという既存の協定に変化はない」との声明を発表している。米韓の間には「基地協定(Status of Forces Agreement)」があり、アメリカが費用を負担することが決められている。同協定によれば、韓国は米空軍に防衛ミサイル用の土地とインフラを提供し、アメリカ軍がミサイル配備は運用に関する費用を負担することになっている。トランプ発言は、この協定に反するものである。

THDDAミサイルの配備は、オバマ政府とパク・クネ政府の間で昨年の2月から行われ、7月に合意に至った。協議での重要議題の一つが費用負担の問題であった。韓国政府は国内の反対を押し切るために、費用はアメリカ軍の負担であると説明してきた。パク大統領は国会で「THAAD配備に伴う追加的な費用は発生しない」と説明している。韓国世論も北朝鮮の軍事的脅威の高まりから、THAAD配備反対から賛成に変わってきていた。朝鮮日報が4月に行った世論調査では、回答者の60%が賛成と答えている。トランプ発言は、こうした経緯や韓国内の状況を無視するものである。

アメリカ軍は4月26日からTHAAD配置に必要なAN/TPY-2 Xバンド・レーダーや移動発射装置などの主要部品を韓国星州郡にある元ロッテ保有のゴルフコース跡地に設置された基地内への搬入を予告なしで進めており、正規の手続きを経ず、環境評価も行っていないことから韓国の地元民は激しい抗議を行っている。同時に中国政府も強い反発を示し、THAADミサイルの配備は、中韓関係に大きな影響を与えている。トランプ発言はこうした状況の下で行われ、反対運動に油を注ぐ可能性がある。

現在、韓国は大統領選挙の最中であり、THAAD配備は重要な政策課題となっている。ムン・ジェイン候補は公開討論会で「THAADミサイル配備に関しては新政権が合意するかどうか決定すべきである。私は、国民の十分な合意と国会の承認を得て決定する」と語っている。ムン候補は、選挙運動の中でパク前大統領が国会の承認を得ることなくアメリカ政府と合意したことを批判している。また同候補のアドバイザーはロイターの記者に対して「(トランプ大統領の要請は)不可能な選択肢だ」と否定的な発言を行っている。

トランプ大統領が韓国政府に10億ドルの支払いを求めるということは、具体的には、同ミサイル・システムを韓国に売却することを意味する。ロイターの記事では、同システムはロッキードが開発し、開発に12億ドルがかかったと推定されている。同記事は、「アメリカは同システムを韓国に売却しようとは思っていないだろう」という元国務省高官の発言を紹介している。さらに、元高官は「アメリカは朝鮮半島に配備している他のすべての武器システムと整合性のある形でTHAADを維持することを望んでいる」と語り、トランプ大統領の発言の真意に疑問を投げかけている。

3. トランプ大統領の“本音”が出てきた

トランプ大統領は大統領選挙の中で、自由貿易協定はアメリカに不利であり、アメリカの労働者に犠牲を強いていると繰り返し語っていた。大統領に就任すると、まずTPPからの離脱とNAFTA離脱検討を命令する「大統領令」に署名している。選挙中は米韓自由貿易協定に関する言及はまったくなかった。それだけに、今回の発言は韓国にとって大きな衝撃を与えた。トランプ大統領はNAFTAに関しても、当面は離脱せず、再交渉に臨むと方向転換する発言を行っているが、その発言の直後に、再交渉が上手く行かなかったら、離脱すると発言している。

また、トランプ大統領は多角的な自由貿易協定ではなく、二国間による通商交渉を進める方針も明らかにしている。『ワシントン・ポスト』(4月27日、Trump: ‘We may terminate’ U.S.-South Korea trade agreement)は、「トランプ政権は日本など他の重要な同盟国とも貿易関係の再交渉を推し進めるだろう。ペンス副大統領は日本との経済対話を始めるために東京を訪問した際に、『私たちは自由な貿易を求めているし、公平は貿易を求めている』と語った」と書いている。過去の日米通商交渉を見ると、アメリカは常に日本に市場開放を求め、単に“自由”なだけではなく、“公平”な関係を求めてきた。日米交渉は、また来た道を進むことになるかもしれない。その意味で、米韓自由貿易協定の廃棄問題の推移は、今後のトランプ政権の通商政策を見るうえで非常に重要である。

防衛費用の負担問題も、選挙中にトランプ大統領が同盟国に“公平な負担”を求めると繰り返し語っていた。その最初のケースが、韓国のTHDDA配備の費用負担問題である。これは、今後、アメリカ政府が沖縄の米軍基地の費用負担の増額を求めてくる前兆と見ても間違いないだろう。

トランプ政権発足後3か月、その影響がこれから確実に日本にも及んでくるのは間違いない。

ジャーナリスト

1971年国際基督教大学卒業、東京銀行(現三菱東京UFJ銀行)、東洋経済新報社編集委員を経て、フリー・ジャーナリスト。アメリカの政治、経済、文化問題について執筆。80~81年のフルブライト・ジャーナリスト。ハーバード大学ケネディ政治大学院研究員、ハワイの東西センター・ジェファーソン・フェロー、ワシントン大学(セントルイス)客員教授。東洋英和女学院大教授、同副学長を経て現職。国際基督教大、日本女子大、武蔵大、成蹊大非常勤講師。アメリカ政治思想、日米経済論、マクロ経済、金融論を担当。著書に『アメリカ保守革命』(中央公論新社)など。contact:nakaoka@pep.ne.jp

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