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トランプの研究(1):「アメリカの有権者との契約」、読めばトランプ次期大統領の政策のすべてが分かる

中岡望ジャーナリスト
政権移行チームの責任者に就任したペンス次期副大統領(写真:ロイター/アフロ)

内容

1.どのように新政権への移行が行われるのか―政権移行チームの役割

2.ルーズベルト政権から始まる政権発足後の「100日」の重要性

3.トランプ政権誕生の「最初の日」に取られる「18の行動」

4.「最初の100日間」に予定される議会に提出される主要法案の内容

5.トランプ次期大統領の最初の100日はどうなるのか、政策実現は可能か

1.どのように新政権への移行が行われるのか―政権移行チームの役割

大統領の宣誓は1月20日の正午に行われる。その瞬間に新政権が発足する。宣誓式が1月20日に行われるようになったのは、1937年のフランクリン・ルーズベルト大統領の2期目の就任式からである。それ以前は3月4日に行われていた。大統領選挙で当選した候補者は次期大統領(英語ではPresident-electという)と呼ばれ、最初の仕事は政権移行チーム(transition team)を結成することである。今回の移行チームの委員長は、最初は共和党内で早い時点からトランプ候補支持を表明していたクリス・クリスティー・ニュージャージー州知事が就いていたが、途中からマイク・ペンス次期副大統領に代わっている。政権移行チームには2つの大きな使命がある。

ひとつは大統領スタッフと閣僚の選考である。多くの場合、次期大統領はワシントンの政界や学界などと直接的な人脈を持っていない。トランプ次期大統領もニューヨークのビジネスマンで、政策を立案する専門家の世界では限られ人脈しか持っていない。政権移行チーム委員長を中心に、首席補佐官といった大統領スタッフ(あるいはホワイトハウス・スタッフ)と閣僚の候補者リストが作られる。最終的に絞り込まれた候補者は、次期大統領の直接面接を受け、採用されるかどうかが決定される。有力な候補者には移行チームから電話があり、受諾する意向があるかどうかを確かめられた上で次期大統領との面接が行われる。多くの場合、面接は極秘で行われる。選挙運動中にスタッフとして活動した人物が必ずしも政権の要職に就くとは限らない。次期大統領は経済にせよ、外交にせよ、その分野の専門家ではないため、各分野で優れた人物を選ぶ必要がある。それだけに誰が大統領スタッフになるのか、閣僚に就任するのかによって、政権の政策や運営の仕方も変わってくる。大統領スタッフは議会の承認がいらないが、閣僚人事は議会の承認を必要とする。大統領スタッフは大統領と個人的に信頼関係があるか、親しい人物が就任することが多い。いわば“大統領側近”になる人物である。

大統領スタッフと閣僚の力はどれだけ大統領に近いかで決まってくる。言い換えれば、アポイントなしで大統領に会える人物が政権内で一番大きな力を持つことになる。国務長官でもアポなしで大統領に会うのは難しい。楕円形の形をしたオバール・オフィス(Oval Office)と呼ばれる大統領執務室に回りにスタッフのオフィスが配置されている。国務長官にせよ、国防長官にせよ、首席補佐官の承認なしで、大統領執務室に入ることはできないし、大統領と直接話ができるわけではない。たとえばブッシュ政権の時のコリン・パウエル国務長官は政権内での序列は低く、冷遇されたことで知られている。逆に、当時、国家安全保障担当補佐官であったコンドリーザ・ライスは絶対的な信頼を得ており、自由に大統領執務室に出入りができた。それは、彼女が有能であっただけでなく、ブッシュ家と個人的に親しい関係にあったからでもある。今、メディアは誰が閣僚に選ばれるか推測記事を盛んに報道しているが、人事は最後の段階まで分からない。同じジャーナリストとしていえば、先走って人事情報を流してもあまり価値はないと思っている。

また政権移行チームは、各省の「上級スタッフ(senior executives)」も選ばなければならない。その人たちは「政治任命(non-career political appointees)」と呼ばれ、その数は6000名にものぼる。ちなみい英語で”career”という場合、官僚を意味する。たとえば、”career diplomats”というと、「職業外交官」を意味する。”non-career”とは省外の経済界や学界などから任命されたという意味である。国務省と米通商代表部の要職にいた筆者の友人は、政治任命になりたくないと言っていた。彼は大学を卒業して国務省に入省したキャリア官僚である。キャリアの地位にいる限り、政権交代があっても、交代する必要はない。民主党政権でも、共和党政権でも、専門職の人材として仕事を続けることができる。政治任命のリスクは高いが、野心的な人物にとって将来の大きなステップになる。政府内での経験を武器に、退任後、民間企業で高い地位を得ることが容易になるからだ。政権末期となると、政治任命スタッフは次の仕事を探して相次いで辞任する。学者だった者は大学に戻っていく。新政権が発足すると前政権の政治任命者はほぼ全員更迭され、新政権に近い人物が選ばれる。選挙が終わると政権移行チームに売り込みに殺到する。分厚いショッピング・リストの中から候補者が選ばれる。

移行チームのもうひとつの仕事は、現政権からの業務引き継ぎである。政策や行政を遅滞なく進めるためには業務引き継ぎが必要である。引き継ぐ情報の中には外交などに関する秘密情報も含まれる。現職の大統領は毎朝、国家安全保障担当補佐官から国際情勢に関する状況説明を受ける。これは”President’ s Daily Brief”と呼ばれ、各諜報機関から上がってきた情報を整理したものである。移行期間中に次期大統領は情報機関からブリーフィングを受ける。2008年に選挙に当選したオバマ次期大統領はシカゴでブリーフィングを受けている。すべて安全性が確保された部屋でブリーフィングが行われ、窓際にはバー・カウンターが置かれていた。その厳重さに、オバマ次期大統領は「まるで自分が窓から飛び降りて自殺でもするのではないかというほど厳重だった」と述懐している。それほど次期大統領にとって機密情報はショックな内容が含まれており、窓から飛び降りたくなるほどストレスが高まるのである。

ブリーフィングの中には海外でスパイ活動をしている名簿や情報源、機密扱いのCIAの予算額などが書かれた「スペシャル・アクセス・プログラム」がある。また、核戦争の攻撃オプションや核兵器発射の秘密コードを書いた文書が収められた“フットボール”と呼ばれるブリーフケースが最後にスタッフに渡される。このブリーフケースは大統領のスタッフが常に大統領と一緒の時に携帯することになる。その中には「ブラック・ブック」と言われる約75ページのロシアと中国に対する核攻撃の緊急計画が書かれている。ちなみに核攻撃の対象は3か所あり、まず軍事基地、次が戦争を支援する経済施設、最後が指導者である。オバマ大統領が命令した秘密活動のすべての情報も提供される。今回の引き継ぎに関して、諜報機関の高官は、トランプ次期大統領とロシアのプーチン大統領が極めて緊密な関係にあることから、外交上の機密情報を次期大統領に伝えることに対して懸念を表明していた。

いずれにせよ、政権移行チームは1月20日の新政権発足を目指して人事を進めていく。もちろん政権が発足しても人事が決まらない場合もある。たとえば大使任命で議会承認に時間がかかり、いつまでも新任大使が赴任してこないという事態も頻繁に起こる。また大使に関していえば、“報償人事”が行われることが多い。昔と違い、大使が相手国と直接外交交渉を行うことはなく、重要な交渉は本省の担当者が行うのが普通である。大使の大きな役割は広報活動が主体になる。これを”public diplomacy”と言い、赴任国での様々な行事に出席したりして、友好関係を深めるのが大使の大きな役割となっている。もちろん大使館のスタッフは国務省以外に財務省などから派遣されており、当該国の情報収集、分析を行っている。

2.政権発足後の「100日」の重要性

政権発足後の100日間(the first hundred days)は、新政権にとって極めて重要である。最初の100日間で何をするかが、新政権の能力を判断する材料となる。新政権から言えば、大統領選挙に勝利した勢いと余韻の中で政策を行えるわけである。それだけ国民の支持も強く、議会に対する力も強い。まだ新大統領にはオーラが感じられる時期である。もともと「最初の100日」という言葉がでてきたのは、フランクリン・ルーズベルト大統領の時である。1932年の選挙で大勝したルーズベルト大統領は就任式が終わった数時間後にホワイトハウスに全閣僚を集め、ベンジャミン・カードーゾ最高裁判事を立ち会わせて、全閣僚に大統領に忠誠を尽くすと誓約させた。そして大恐慌を脱するために相次いで大胆な政策を打ち出した。100日間に15の重要法案を成立させている。その一連の政策はニューディール政策と呼ばれている。あるイギリスの歴史家は「ニューディールの最初の100日は大統領のモデルとなり、大胆な指導力を政府と議会の調和を示すものである」と書いている。もうひとつの100日の解釈もある。それは政権が発足した直後は野党も批判をしないで政策を受け止めようという政府と議会の一種の“紳士協定”であるというものだ。まだ海の物とも山の物とも分からいない新政権のお手並み拝見というわけだ。ただ、注釈を付ければ、ルーズベルト大統領が最初の100日間に重要法案を一気に議会を通すことができたのには理由があるということだ。大恐慌の厳しい状況があり、緊急な対策を求められていたこともあるが、議会が圧倒的に民主党の支配下にあったことだ。1932年の選挙の結果、下院の議席数は民主党が313議席、共和党が117議席、上院は民主党が59議席、共和党が36議席に過ぎなかった。共和党はフーバー大統領が大恐慌を引き起こしたとして国民の支持を失っていた。そんな状況で共和党はルーズベルト政権の大胆な政策を否定することはできなかった。

トランプ次期政権は、最初の100日間に一気呵成に政策を実現することができるのだろうか。今回の選挙の結果は、下院は共和党が6議席減の238議席、民主党が6議席増の193議席、上院は共和党が2議席減の52議席、民主党が48議席である。数字の上では共和党が両院の過半数を獲得しているが、前の選挙から議席を減らしている。ルーズベルト政権の時のように与党が議会で圧倒的な数を確保したわけではない。しかも、上院の議席は拮抗しているうえ、上院では「フィルバスター(議事妨害)」が合法的に行え、民主党が法案成立を阻止することができる。フィルバスターを阻止するには絶対過半数といわれる60議席が必要だが、それには遠く及ばない。共和党のミッチ・マコーネル院内総務は「国民は結果を求めている。主要な法案を上院で成立させるには60議席が必要になる。共和党は60議席を確保しておらず、民主党の協力が必要だ。我々は超党派の支持を得られることを期待している」と語っている。

法案によっては民主党の協力を得ることはできるだろう。たとえばトランプ次期大統領は巨額のインフラ投資を主要政策に掲げており、これは民主党議員が主張している政策である。民主党の最左翼を代表するエリザベス・ウォーレン上院議員は「トランプ次期政権のインフラ投資計画に賛成する」と発言している。むしろ、インフラ投資法案は公共事業の拡大を嫌う共和党議員から反対が出そうである。逆にオバマケアの見直しや金持ち減税法案などは民主党が反対するのは明白である。

アメリカの政党には“党議拘束”がない。与党議員が政府案に反対投票を投じることは普通に起こっている。インフラ投資案では、トランプ次期大統領は共和党議員説得に苦労するかもしれない。オバマ大統領は政権発足後1か月で「アメリカ復興・再投資法」という787億ドルの景気刺激策を成立させたが、それは上院で二人の共和党議員が賛成票を投じたからである。上院で共和党議員の反乱が起これば、トランプ次期大統領が苦しい立場に追い込まれる可能性もないわけではない。アメリカの議員は、日本と比べれば遥かに大きな自由度を持っており、党の方針に従わないことも頻繁にある。彼らは選挙民の代弁者であるとの意識が強く、党執行部に対する忠誠心はそれほど強くはない。選挙資金も党に依存することはない。自分で個人から政治献金を得ることができる。立候補にあたって党の公認を得る必要もなく、予備選挙で勝ち上がっていけば良いだけである。日本のように、党幹事長が候補者を公認するかどうかを決める権限を持ち、候補者や議員を恫喝するということはアメリカではありえない。

3.トランプ政権誕生の「最初の日」に取られる「18の行動(action)」

では、トランプ次期大統領は最初の100日に何をするつもりなのであろうか。選挙中トランプ候補は「アメリカの有権者との契約(Contract with the American Voter)」という政策リストを発表している。その中で「アメリカを再び偉大にする100日の行動計画」を明らかにしている。トランプ候補は「これは私とアメリカの有権者との間の契約である」とし、政権発足初日に「3つの政策」を実施するとしている。さらに100日以内に10の重要法案の成立を図るとしている。以下で、その内容の紹介と分析を行う。

ちなみに、以前のブログでも書いたが、「Contract with the American Voter」は1994年の選挙で共和党の指導者であったニュート・ギングリッチ下院議員が、“レーガン保守革命”の再現を主張して「Contract with America」と題する政策を発表したが、それに倣ったものである。ただギングリッチの政策集は本になっているが、トランプの政策はA4で2枚の簡単なものである。

トランプ候補は「私が大統領に就任した最初の日に、政府はワシントンの腐敗と特別な利権を一掃するために6つの対策を講じる」と書いている。

●第1の行動=議会のすべての議員の任期に上限を課すために憲法修正を提案する

●第2の行動=自然減によって連邦政府の職員を削減するために、すべての連邦職員の雇用を凍結する(ただし軍、安全保障関係、医療関  係の職員は除く)

●第3の行動=新しい法律を作るためには既存の2つの法律を廃止しなければならないという要件を解除する

●第4の行動=ホワイトハウスと議会の職員が職を辞した後、5年間、ロビイストになることを禁止する

●第5の行動=ホワイトハウスの職員が外国政府のロビイストになることを生涯禁止する

●第6の行動=外国のロビイストがアメリカでの選挙のために資金集めを行うことは完全に禁止する

【解説】

日本の読者に少し説明が必要なのは「ロビイスト」という存在であろう。ロビイストの仕事は業界団体や市民団体が自分たちにとって好ましい法律や規制を作るために議員や各省の担当者に働きかけることである。弁護士や元議員、元政府職員が過去のつてを使って盛んにロビー活動を行っている。ただ誰でもロビイストになれるわけではない。政府に登録しないとロビー活動はできない。『ワシントン・ポスト』紙の推計では、2009年で登録ロビイスト(registered lobbyist)の数は約1万3700名に達している。ワシントンでは道を歩けば、ロビイストにぶつかるというのも誇張ではない。ロビイストがワシントンでは常に暗躍し、場合によっては腐敗の温床になっていると言われている。アメリカには「1995年ロビー活動情報公開法(Lobbying Disclosure Act)」があり、ロビー活動に関する情報を公開しなければならない。なおロビイストになるには、弁護士や会計士のような特別な資格は必要ない。

さらにトランプ次期大統領は「同じ政権発足初日に講ずるアメリカの労働者を守る7つの行動を取る」と、かなり過激な対策を掲げている。

●第1の行動=NAFTA再交渉あるいは同条約第2205条項に基づいて脱退する意図を表明する

●第2の行動=TPPから撤退することを表明する

●第3の行動=財務長官に中国を為替相場操作国に指定するように指示する

●第4の行動=商務長官と米通商交渉代表部代表にアメリカの労働者に不公平な影響を与えている外国の貿易上の権利乱用を明らかにし、  アメリカの法律と国際法で許容されているすべての手段を駆使して、そうした乱用を即座にやめさせるように指示する

●第5の行動=シェール・オイルや天然ガス、クリーン石炭を含む雇用を創出する50兆ドルの価値を持つアメリカのエネルギーの産出制  限を廃止する

●第6の行動=キーストー・パイプラインなどエネルギー・インフラ計画を進めることを認める

●第7の行動=国連の気候変動プログラムに対する数十億ドルの支払いをキャンセルし、その資金をアメリカの水と環境インフラを修復するために使う

【解説】

なかなかショッキングな行動である。トランプ候補は国内雇用を重視し、選挙運動中に自由貿易協定が国内の雇用の喪失につながったと主張してきた。それがNAFTAとの再交渉か撤退、TPPからの撤退の主張となっている。3番目の中国を為替操作国に指定するという項目に関していえば、財務省は年に2回、議会に対して各国の貿易政策や為替政策を分析した報告書を提出している。その中で、もし財務省が特定の国を為替相場操作国に指定すると、財務省は報復的な措置を取ることを義務付けられている。共和党から常に財務省に圧力が加えられているが、財務省は中国を為替相場操作国に認定することを拒んできた。それに対して、トランプ次期大統領は、選挙運動中から中国は為替相場を操作して、アメリカに損害を与えていると繰り返し主張していた。それを受けてのトランプ次期大統領の方針である。

日本の読者に馴染みがないのは、6番目の「キーストーン・パイプライン」がなぜここで取り上げられているかであろう。カナダで採掘された原油をメキシコ湾岸まで運ぶパイプライン建設を巡って、パイプライン建設は環境を破壊すると主張する環境保護団体とエネルギー開発を重視する産業界の対立が続いていた。最終的にオバマ大統領は建設許可を出さなかった。これに対して、トランプ次期大統領はオバマ大統領の決定を覆す方針を明らかにしている訳である。7番目の気候変動に関する議論について説明すると、トランプ次期大統領は以前、気候変動論は中国の“陰謀”であると語っていた(ただ最近はそうした直截な発言はしなくなっている)。共和党の多くの議員も気候変動はリベラル派の陰謀であると否定的な立場を取っている。そうした主張を受けて、国連への拠出を中止するという方針が出てきたのである。

さらにトランプ次期大統領は「政権発足初日に安全と憲法による法の支配と取り戻すために次の5つの行動を取る」と主張している。

●第1の行動=オバマ大統領が出した違憲な大統領措置(executive action)、メモランダム、命令をすべてキャンセルする。

●第2の行動=(急死した)スカリ最高裁判事の後任を、合衆国憲法を守り、発展させることができる20名の候補者のなかから選ぶ。

●第3の行動=サンクチャリー・シティ(sanctuary cities)への政府資金の提供を中止する。

●第4の行動=200万人以上いる犯罪的な違法移民を国外退去させ、送還された移民の受け入れを拒否した国に対してはビザ発給を中止す  る。

●第5の行動=安全検査を十分に行っていないテロ地域からの移民を中止する。アメリカに来るすべての人に対する検査を非常に厳しいも  のにする。

【解説】

まず2の行動であるが、スカリ判事は保守派の判事であった。今年の春、旅先で急死し、後任の判事指名が政治問題となっている。最高裁判事は9名で、合議で判決がくだされる。スカリ判事が死亡する前は保守派が5名、リベラル派が4名であった。したがって最高裁の判決は保守的なものになる傾向があった。オバマ大統領はスカリ判事の後任にリベラル派の判事を指名しようとしている。だが指名を承認するには上院の承認が必要である。現在、上院は共和党が多数派を占めており、新判事は次期大統領に任せるべきだと主張している。要するに共和党は保守派の判事を選ぶべきだと考えていた。公開討論会でもトランプ候補とクリントン候補で、この問題に関して議論が交わされている。アメリカは日本と違い、最高裁の判例で時代の流れが変わっていく面がある。たとえば1973年のロー対ウエイド裁判では、女性の中絶権が認められ、現在に至っても、大きな政治問題になっている。また2015年には最高裁は同性婚が合憲であるとの判決を出している。さらに最高裁人事が重要なのは、最高裁判事の任期は終身であることだ。それだけに誰を最高裁判事にするかは政治的に極めて重要なのである。

4.「最初の100日間」に予定される法案の提出の内容

上で取られる「18の行動」は法的措置を講ずる必要のないものである。大統領権限で対応できるからだ。しかし本格的な政策を実施するには法改正あるいは新法律が必要となる。すなわち議会での法案成立が必要である。トランプ次期大統領は、「最初の100日」に10本の法案提案を目標に掲げている。

1.「中産階級減税と税簡素化法(Middle Class Tax Relief and Simplification Act)」

ここでは減税、税制簡素化、通商改革、規制 緩和、国内エネルギー規制解除によって経済成長率4%を達成し、2500万人の新規雇用を創出する。所得減税の最大の恩恵者は中産階級で、子供二人の中産階級は35%減税される。課税区分は現行の7つから3つに減らし、単純化する(筆者説明:累進税率を穏やかにすること。それは富裕層に有利になる)。法人税は35%から15%に減税。海外にある企業の利益数兆ドルを今本国送金すれば、課税率を10%とする(筆者注:極めて優遇税率であり、企業にとって好ましい)。

2.「オフショア禁止法(End the Offshore Act)」

低賃金を求めて海外に生産拠点を移した企業が、海外で生産した製品をアメリカに持ち込む場合、現在は関税がかからないが、新たに関税を課す。それによって企業の海外進出を阻止する。

3.「アメリカ・エネルギー&インフラ法(American Energy & Infrastructure Act)」=向こう10年間に1兆ドルのインフラ投資を行う。官民のパートナーシップを推進して行い、財政の中立を維持する(筆者注:財政赤字を出さない)。

4.「学校選択・教育機会法(School Choice and Education Act)」

教育費を両親に与え、公立学校、私立学校、チャーター・スクール(特別認可学校)、マグネット・スクール(特別カリキュラムを実施し、周辺地域から磁石のように生徒を引き付ける学校)、宗教学校、あるいはホーム・スクールを自由に選べるようにする(筆者注:これはノーベル経済学賞を受賞した保守派の経済学者ミルトン・フリードマンが提唱した「バウチャー制度」である)。教養コースを廃止し、学校管理をコミュニティに移管し、職業教育、技術教育を拡大し、2年から4年の大学をもっと利用しやすくする。

5.「オバマケア廃止・置換法(Repeal and Replace Obamacare Act)」

オバマケアを“完全”に廃止し、“健康貯蓄勘定(Health Saving Account)”に置き換える。州を越えて保険に加入できるようにし、州政府にメディケア(低所得者向け公的医療保険制度)の管理を任せる。FDA(連邦食品薬品局)の手続きの簡素化を行う。認可待ちの薬品が4000件以上あり、生命を救済する医療品の認可を早める。

6.「育児・老人介護法(Affordable Childcare and Eldercare Act)」

育児や老人介護にかかる費用を税額控除し、また雇用者が会社内で育児サービスを提供できるような促進策を実施する。非課税の“扶養者介護貯蓄勘定(Dependent Care Savings Account)"を導入し、同勘定に預金した場合、同額を政府が拠出するマッチング制度を導入する。

7.「不法移民廃止法(End Illegal Immigration Act)」

メキシコとの国境に壁を建設する。この費用はメキシコ政府が全額支払う と理解している。過去に強制送還された者が再度不法入国した場合、最低2年の連邦刑務所での服役を義務付ける。また、過去に重罪を犯した者が違法に再入国した場合、最低5年の服役を義務付ける。ビザ規則を変更し、オーバーステイした者に対する処罰を強化する。

8.「コミュニティ安全回復法(Restoring Community Safety Act)」

犯罪、ドラグ、暴力を減らすために“暴力的犯罪に関するタスク・フォース”を設置する。警察官を訓練するためのプログラム向けの資金を増やす。犯罪的なギャングの武装解除をし、暴力行為を行った者を裁判に掛けるために連邦法の執行機関、連邦検察官の資金、人員を増強する。

9.「国家安全回復法(Restoring National Safety Act)」

財政赤字を削減するための軍事費削減ルール(sequester)を廃止して、軍事力を再建する。退役軍人が復員軍人援護局の管理下にある病院で治療を受けるか、自分の選択で民間病院を選べるようにする。サーバー攻撃から重要なインフラを守る。新たな入管手続き導入する。

10.「ワシントンの腐敗一掃法(Clean up Corruption in Washington Act)」=新しい倫理規制を導入し、特別な利害関係者が政治に腐敗的な影響を与えるのを減らす。

最後にトランプは「これは私の皆さんに対する誓いである(This is my pledge to you)」と書いている。それぞれの法案提出には、それぞれの背景があるが、ある意味では、アメリカ国民にとって魅力的な内容も含まれている。トランプ次期大統領は、奇抜な発言や行動だけで評価するのではなく、こうした政策によっても評価されるべきであろう。これらの主要な法律でトランプ次期大統領が描いている社会イメージが明らかになる。ただ政治的な立場が違うと、それぞれの政策に対する評価も変わってくる。

4.トランプ次期大統領の最初の100日はどうなるのか、政策実現は可能か

筆者の正直な感想を言えば、トランプ次期大統領の公約をすべて額面通りに実施するのは極めて困難であろう。たとえば「完全に廃棄」すると書かれているオバマケアに関して、トランプ次期大統領は既に一部を存続させると公約を変更している。大胆な言い方をすれば、選挙公約はあくまで選挙用であり、それが現実の政治状況のなかで、そのまま政策にするのは簡単ではない。現実可能性を考えれば修正はやむを得ないことも十分にあるえる。しかも、上で述べたように、共和党が両院の過半数を占めたとはいえ、上院では少数党で野党の民主党が合法的にフィルバスターを行使し、法案成立を阻止することができる。対決姿勢だけでは議会運営を乗り切れない。

またトランプ次期大統領と党中央との関係を修復する必要もある。共和党の中にはトランプ次期大統領を好ましく思っていない議員も多い。そうした議員の支持も取り付けなければならない。時が経てば、次第に政権に対する評価が厳しくなってくる。トランプ次期大統領は選挙人290人を得て、当選したが、得票率ではクリントン候補の47.7%に対して47.4%に留まった。過半数の支持をえることができなかった大統領である。選挙運動中に見せた強気一点張りの姿勢では、議会運営を乗り切れないかもしれない。

もうひとつ興味深いのは、トランプ候補の当選を予測したある学者は、任期中にトランプ次期大統領は弾劾に掛けられる可能性があるという不気味な予想をしている。出だしで躓けば、トランプ新政権は早々に厳しい立場に立たされる可能性もないわけではない。

本ブログの「トランプの研究」では、それぞれのテーマをさらに深く分析する予定である。次回は「トランプの経済政策」を分析する予定である。

ジャーナリスト

1971年国際基督教大学卒業、東京銀行(現三菱東京UFJ銀行)、東洋経済新報社編集委員を経て、フリー・ジャーナリスト。アメリカの政治、経済、文化問題について執筆。80~81年のフルブライト・ジャーナリスト。ハーバード大学ケネディ政治大学院研究員、ハワイの東西センター・ジェファーソン・フェロー、ワシントン大学(セントルイス)客員教授。東洋英和女学院大教授、同副学長を経て現職。国際基督教大、日本女子大、武蔵大、成蹊大非常勤講師。アメリカ政治思想、日米経済論、マクロ経済、金融論を担当。著書に『アメリカ保守革命』(中央公論新社)など。contact:nakaoka@pep.ne.jp

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