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米大統領選挙徹底分析(6):第2回公開討論会から見えてくるもの、意外に強い保守派のトランプ支持

中岡望ジャーナリスト
第2回大統領候補者による公開討論会-対立する両候補(写真:ロイター/アフロ)

■2回公開討論会をどう理解すべきか

第2回目の公開討論会が終わった。予想されたように、最初の質問はトランプ候補の女性蔑視発言に向けられた。トランプ候補は謝罪し、蔑視発言は“ロッカールームでの冗談”であったと強弁。アメリカ人にも“本音”と“建て前”があり、かりに差別意識を持っていても公的な場では隠し通すが、仲間内では公然と差別的な発言をする人が多い。黒人やアジア人に対する差別だけでなく、ユダヤ人に対する根強い差別意識も残っている。筆者も極めて私的なパーティの場で、そんな発言を何度か聞いたことがある。トランプ候補の弁明に一般の有権者が納得するかどうかわからないが、トランプ候補支持者は「それでも彼を支持する」という姿勢を崩さなかった。蔑視発言が『ワシントン・ポスト』紙にスクープされた後に行われた世論調査(Politico/Morning Consultant調査、10月9日発表)では、共和党支持者の74%が共和党はトランプ候補の支持を続けるべきだと答えている。逆に、当然のことながら、民主党支持者の70%はトランプ候補は選挙運動から撤退すべきだと答えている。トランプ候補は選挙運動を止めるべきだと答えた共和党支持者はわずか12%にすぎない。共和党支持者も民主党支持者も、自分が支持する政党の候補者は誰であっても支持する傾向が強い。政党に対する忠誠心が極めて強いのが、アメリカの政治の特徴である。通常、政治的な立場や支持政党を変えることはない。ただ、今回の選挙ではブッシュ元大統領や共和党の議員のなかにヒラリー・クリントン候補に投票すると公然と語るなど従来なかったような現象がみられる。これは共和党エスタブリッシュメントが自分たちのコントロール外で動き、インテリの神経を害する行動や発言を繰り返すトランプ候補を嫌悪しているからである。

保守派とリベラル派、民主党と共和党の間には越えられないような溝が存在する。社会学者のアーリー・ラッセル・ホックシールド氏は近著『Strangers in Their Own Land』の中で、「保守派は保守派のメディアからしか情報を得ない。同様にリベラル派はリベラル派のメディアからしか情報を得ない」と書いている。要するに、今回のトランプ候補の女性蔑視発言に関連していえば、保守派のメディアはリベラル派のメディアほど厳しい扱いをしていないため、トランプ候補の支持者はそうした情報をもとに彼を支持し続けるということになる。たとえば、Fox Newsは保守派を代表するテレビ局であり、保守派の論陣を張っている。ホックシールド氏によれば、リベラル派の大きな情報源はMSNBCテレビであると書いている。アメリカでは、日本のようにメディアの中立性は議論にはならない。『ニューヨーク・タイムズ』紙や『ワシントン・ポスト』紙はリベラル派の新聞であり、『ワシントン・タイムズ』紙や『ウォール・ストリート・ジャーナル』紙は保守派の新聞である。各新聞は特定の大統領候補を明確にしている。ただ、筆者が以前、『ウォール・ストリート・ジャーナル』紙の論説委員長と話をしたとき、「論説は明確に政治的な立場を明らかにするが、記者や記事は論説に拘束されない」と答えていた。週刊誌でも『The New Republic』はリベラル派、『ウィークリー・スタンダード』は保守派と旗幟鮮明にしている。

第2回の公開討論でトランプ候補が取った戦略は、女性蔑視発言はあくまで内輪での話であり、自分は家族を大事にし、女性を尊敬していると謝罪することでダメージを最小限に抑える一方、ヒラリー・クリントン候補の夫のビル・クリントン元大統領のセックス・スキャンダルを持ち出すことで問題の矮小化を図った。それは一定程度成功したといえよう。むしろ、アメリカのメディアでは、トランプ候補がクリントン候補の電子メール問題を取り上げ、自分が大統領に就任すれば特別検察官を任命して電子メール問題の調査すると語り、両候補がやり取りしている際に、トランプ候補が「you would be in jail」(前後の文脈を踏まえて訳せば「その時にはあなたは刑務所に入っているだろう」)と発言したことがより大きな問題となっている。どんな文脈であろうが、政敵を投獄するという発言は民主国家では許されない。独裁国家、権威国家では常に起こっていることだが、アメリカでは許されないというのが、トランプ発言に対する大方の反応である。もうひとつ、日本ではあまり報道されていないが、シリア政策を巡るトランプ候補とマイク・ペンス副大統領候補の対立である。ペンス副大統領候補は、副大統領候補による公開討論会で、シリアのアサド体制に批判的でアメリカは軍事的攻撃を加えるべきだと主張した。これに対してトランプ候補は、アサド政権はイスラム国と戦っているので、アサド政権を攻撃すべきではないとの立場を取っている。大統領候補と副大統領候補の政策が違うというのが問題視された。多くのアメリカのメディアは、ペンス副大統領候補はトランプ候補に“コケ”にされたとコメントしていた。ただ討論会が終わった後、ペンス副大統領候補は「トランプ候補が健闘したこと、彼と一緒に選挙戦を戦えることを誇りに思っている」とツイッターに書いている。

■公開討論会の注目ポイントは何か

日米のメディアは、第2回公開討論会は個人攻撃に終始し、極めて醜いものであったと報じている。確かにトランプ候補の品のない言葉など顔をしかめる場面も見られたが、その点を強調しすぎるのは問題であろう。それ以外では、オバマケア(公的医療保険制度)を巡る論争は興味深かったし、富裕層に対する増税問題、グリーンエネルギーや石炭産業などを巡るエネルギー政策なども議論され、その政策の違いも明確に出されていた。ただ90分という限られた時間とタウンホール形式による討論の運営など、十分に政策を巡る議論が行われたとは言い難い。しかし、両候補の政策の違いも、それなりに浮彫にされたのも事実である。

筆者が最も注目したのは、トランプ候補がクリントン候補に対して、「いろいろ政策を提言しているが、過去30年間、公職(ファーストレディ、上院議員、国務長官)にあったのに何も実現していないではないか」と批判したことだ。それに対してクリントン候補は上院議員として努力をしたこと、また非常に多くの支持を得て上院議員の再選も果たしたことは有権者に“実績”が支持されたからだと反論していた。トランプ候補は、こうした攻撃を加えることで自分こそがワシントンのアウトサイダーであることを強調し、インサイダーであるクリントン候補は何も変えることができないと訴えたのである。大統領選挙の定石は、挑戦者はワシントンの既得権構造を批判するというものだ。アメリカではワシントンを“インサイド・ザ・ベルトウエイ”と呼ぶ。ワシントンDCを環状の高速道路が走っており、ちょうどベルトのように見えるからだ。同時に、この言葉はワシントンは一般社会から切り離された特権階級の町であるという意味合いも持っている。したがって、挑戦者である大統領候補は一様にワシントンの政治を変えると主張する。それが、オバマ大統領のスローガン“チェンジ”の意味である。トランプ候補は、自分は既得権に組み込まれていないアウトサイダーであり、クリントン候補はワシントンのエスタブリッシュメントを代表する政治家であると訴えた。選挙資金も自分のお金でやっていると主張することで、既得権層には取り込まれていないと訴えた。もうひとつのトランプ候補の際立った戦略は、自分の支持者向けにメッセージを発信し、無党派や中間層を取り込もうという意識は薄かった印象がある。大統領選挙の終盤でスキャンダルで追い詰められたトランプ候補は無党派層を取り込んで支持基盤拡大よりも、まず既存の支持基盤を強化する道を選んだともいえる。女性侮蔑発言で多くの共和党議員がトランプ候補の選挙戦からの撤退を主張したり、支持を撤回する発言を行ったが、それに対してトランプ候補は『ウォール・ストリート・ジャーナル』紙に「そうした行動は間違っている。そんなことをするから共和党は選挙で勝てないのだ」と厳しい口調で批判している(前のブログを参照)。討論後もトランプ候補は共和党の指導者を激しく批判しているが、これも自らの反エスタブリッシュメントの姿勢を明確化する戦略ともいえる。

■討論会での勝者は誰か―世論調査の結果を分析する

討論会をあたかもゲームのように見て、楽しむというのがアメリカの政治なのであろう。討論会が終わると、各メディアはどちらが勝ったかを一斉に報道する。筆者が公開討論会を見ていたCNNの評価では、クリントン候補勝利が57%、トランプ勝利が39%であった。第1回のクリントン勝利62%、トランプ勝利27%と比べると、クリントン勝利の比率が低下し、トランプ候補勝利の比率が上昇しているのが目立つ。またトランプ候補は前回よりも良かったという回答がクリントン候補を上回っていた。窮地に追い込まれていたトランプ候補にすれば、第1回よりも良い結果を示すことができたといえる。NBCの第2回公開討論後の世論調査では、23%の回答者がトランプ候補に対するイメージが好転したと答えている。第1回では、その比率は13%であったから、女性蔑視発言はそれほど大きなダメージになっていないといえる。他方、クリントン候補に対して印象が良くなったと答えたのは17%で、第1回公開討論会後の調査の25%をかなり下回っている。

女性蔑視言暴露後と公開討論会前に行われたNBCと『ウォール・ストリート・ジャーナル』紙の共同世論調査では、両候補の支持率に二ケタ台の差が付いていた。大統領候補4名(クリントン候補、トランプ候補、リバタリアン党のジョンソン候補、緑の党のスタイン候補)を対象にすると、クリントン候補の支持率は46%、トランプ候補が35%、ジョンソン候補が9%、スタイン候補が2%という結果であった。クリントン候補とトランプ候補の差は11ポイントであった。それまでの調査と比べると極めて大きな差である。これは猥褻発言が響いたと考えられる。予想外に健闘しているのが、リバタリアン党のジョンソン候補である。民主党のサンダース候補を支持した若者層がジョンソン候補に流れているとの分析もあり、その影響が調査に現れているのかもしれない。またクリントン候補対トランプ候補のマッチアップでは、クリントン候補52%、トランプ候補38%と差は14ポイントに拡大している。この調査は公開討論前の調査である。

では公開討論後に行われた調査ではどうだろうか。Politico/Morning Consultは女性蔑視発言後で第2回公開討論の前後に調査を行っている。発言が暴露される前の調査結果はクリントン候補支持が42%、トランプ候補支持が38%であった。討論後はクリントン候補の支持率は42%で変わらず、トランプ候補は37%と落ち込んだものの、落ち込み幅はわずか1ポイントであった。女性問題に関してHuffPost/YouGovが「トランプ候補は女性を尊敬しているか」と有権者に問うている。女性蔑視発言前の調査では「トランプ候補は女性を尊敬している」と答えた比率は32%で、発言後の調査も変わらず32%であった。「尊敬していない」との回答は、54%から59%に増えている。これは当然の結果であろう。またNBCとSurvey/Monkeyの共同調査では「トランプ候補は女性を尊敬していない」という回答は39%であったが、女性蔑視発言後では46%に増えている。5ポイントの上昇である。メディアが大騒ぎした割には女性蔑視発言は有権者に大きな影響を与えていないと思われる。ただ、調査会社によって調査結果も違っている。筆者も含めて、女性蔑視発言はトランプ候補にとって致命的なダメージを与えるかと考えた専門家は多かったが、世論調査を見る限り、ダメージは限定的に留まったといえよう。4月のHuffPost/YouGovの調査では、共和党支持者と無党派で共和党寄りの有権者の76%が「最悪の共和党大統領候補でも民主党候補者よりはまし」と答えている。そうした基本的な傾向に大きな変化はないようだ。

多くもメディアや専門家は、トランプ候補は大統領の資質はないし、当選する可能性は低いと考えている。だがアメリカの政治状況、特に保守派の人々の考え方は、そうした見方とは違うようだ。「トランプに投票するのか、それともクリントンが大統領になるのを許すのか」と問われると、「それでもトランプを支持する」というのがトランプ候補の支持者の考え方である。保守派の人々にとって、トランプ候補は庶民の感情を代表する政治家なのである。これに対してクリントン候補は、既成秩序を代表する候補者なのである。たとえば、オバマ政権の顧問を務めたことのある金融家でファンドの経営者のあるスティーブン・ラットナーは『ニューヨーク・タイムズ』紙のコラム(「Trump, the Next Big Shot」、2016年10月10日)の中で、次のように書いている・「私の記憶では共和党大統領候補でビジネス界でこれほど不人気な候補者はいなかった」「フォーチュン100の大企業でトランプ候補に献金したり、支持を表明した企業は一社もない」「市場に5万ドル以上投資している人のうち40%がクリントン候補の支持者であり、トランプ候補の支持者は30%にすぎない」と書いている。図らずも、このエッセイが明らかにしているのは、トランプ候補を支持する白人労働者階級やサンダース上院議員など民主党リベラル左派が批判するウォール街の支持を得ているのがクリントン候補であるということだ。ある意味で、クリントン候補はアメリカの政治と経済のインナー・サークルを代表する人物なのである。

単にトランプ候補の奇怪で奇抜な発言ばかり注目されるが、アメリカ社会の中の落ちこぼれ組である層の人々が保守化し、自分たちの檀弁者にトランプ候補を選んでいるという社会的、経済的な現実の方が、選挙結果よりも重要なのである。

追加情報:本記事を執筆後、保守派の共和党議員のトランプ候補の女性侮蔑発言に対する典型的な発言が報道された。MSNBCのインタビューでテキサス州選出のブレーク・ファレンソールド下院議員が「トランプ候補が実際はレイプが好きだと語ったとする。そんな彼を支持し続けるのか」という”仮定”の問題について質問され、同議員は「それは悪いことだが」と言った後、間を置いて「考えてみる」と答えた。その直後、自分の発言の意味に気が付いたのか、同議員はツイッターで「レイプが好きだなどと常軌を逸したようなことを言う人物を即座に批判しなかったことを謝罪する。私はレイプを行ったり、女性に暴力をふるった人物を大目に見たことはない。ドナルド・トランプはそんな人物ではないと信じている」という声明を発表した。これがさらに波紋を呼び、同議員は「自分は盲目的なトランプ支持者ではないが、民主党の候補者ヒラリー・クリントンの猛烈な反対者だ」とさらに釈明している。これは「クリントンを大統領にするなら、少々問題があっても共和党候補を支持する」という先に述べたロジックと同じである。また、マルコ・ルビオ上院議員もトランプ候補支持に変わりはないとの声明を発表している。『マイアミ・ヘラルド』紙を通して声明は発表された。全文を紹介しよう。「私は(大統領予備選挙で)ドナルド・トランプと競いあった。私は有権者が彼を共和党大統領候補に選んだことを尊重する。私は、私は彼の政策には同意しないが、反対したことはない。多くの問題で私は彼に同意はしない。しかし、私はすべての事柄で彼の敵(ヒラリー・クリントン)に同意できない。私たちが(共和党が)大統領を選ぶことができればと願っている。しかし、私はヒラリー・クリントンにアメリカの次期大統領になってもらいたくない。したがって、私は自分の(トランプ候補支持の)立ち場を変えることはない」。ここでも、共和党のクリントン嫌いが顔をだしている。極論すれば、クリントン候補の当選を阻止するのなら何でもするという気持ちが表れている。ただ、これが共和党議員の代表的な意見といえよう。USA Todayの調査では、上院と下院の共和党議員の4分の1がトランプ候補を支持しないという結果がでている。この数が多いと見るのか、少ないとみるのかで、評価が分かれるだろう。

もうひとつの追加情報。ジャーナリストのスティーブ・ローゼンフェルド氏は、トランプ候補は公開討論会で自分は勝利したとツイートで主張していると書いている。ツイートは討論会が終わった翌朝の5時16分に書かれており、「(すべての調査で)2度目の討論会で地滑り的勝利を収めたという結果が出ているのに、ポール・ライアンなどは(自分に対する)支持を撤回するのは理解できない」という内容である。その根拠はオンラインによる調査ではいずれもは80%の回答者がトランプ勝利という結果がでている。オンライ調査を行ったのは、Drudge Report, Breitbard Media, Right Scoop, Fox5 San Diego, Click on Detroit, Poll Me Straw, PolitiOpinion, Hollywood Gosssip, Q13 Fpx Seattle, KPLC Lake Charles, Las Vegas Sun, 5NewsOnline, WHNTNewsとHorn Newsである。日本でも同様だが、こうしたオンライン・サイトは極めて仲間内のもので、右派の傾向が強い。

追記:第2回公開討論会はセントルイスのワシントン大学で行われたが、そこは筆者が2002年から2003年に教鞭を取った大学で、懐かしい場所が幾つか見られた。

ジャーナリスト

1971年国際基督教大学卒業、東京銀行(現三菱東京UFJ銀行)、東洋経済新報社編集委員を経て、フリー・ジャーナリスト。アメリカの政治、経済、文化問題について執筆。80~81年のフルブライト・ジャーナリスト。ハーバード大学ケネディ政治大学院研究員、ハワイの東西センター・ジェファーソン・フェロー、ワシントン大学(セントルイス)客員教授。東洋英和女学院大教授、同副学長を経て現職。国際基督教大、日本女子大、武蔵大、成蹊大非常勤講師。アメリカ政治思想、日米経済論、マクロ経済、金融論を担当。著書に『アメリカ保守革命』(中央公論新社)など。contact:nakaoka@pep.ne.jp

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