新型コロナに翻弄された海外駐在員たち 家族と離れ離れ 荷物搬出後に残留… 転勤時、産業医からの助言は

各国で日本からの入国が制限された(写真:アフロ)

コロナが蔓延する春、異動期の海外駐在員たちはどうしたか

新型コロナウイルスが世界的に蔓延する中、この春大きく翻弄されたのが海外に赴任している日本企業の駐在員たちと家族だ。企業の中には感染が広がった地域から帰国をさせたケースもあれば、大手企業で一度出国すると再入国できなくなるため、駐在員に赴任地から出国しないよう求めた企業も多い。異動期に各国の入国制限が相次いだこともあり、引っ越し荷物を送りだしたのちに残留が決まったケース、家族と離れ離れになったケースなど、多くの混乱が見られた。

日本出張に出たまま、さよならも言えずに帰任

1月末、上海から東京に出張をしていた大手人材系企業駐在員のマサトさん(仮名)は、中国で感染が急増したために妻子のいる上海に戻れなくなった。2月頭に急いで家族も東京に呼び戻し、遠隔で仕事をしていたが、1か月ほどして4月の帰任が決まった。そろそろ帰任があるかもしれないとは思っていたものの、もともと東京出張は3日の予定で、私物は全て上海に置いてきてしまっていた。

引っ越し作業のために上海にもう一度行きたかったが、中国の外国人入国に対するビザ発給の方針や会社の方針が刻々と変わる中で、荷物のパッキングと搬出は上海にいる後輩や不動産会社の担当者にお願いすることにした。5年過ごした中国の同僚に別れの挨拶もできず、心の整理ができないまま、4月からは新しい部署に配属された。

3~4月は日本企業の異動シーズン。慌ただしく帰任が進んだ一方で、新任のケースはさらに苦労が多い。駐在や帯同は環境が変わり平常時でもストレスの大きいものだが、コロナ禍で新任者や家族が現地に慣れるのに大きな壁が立ちはだかっっている。

転勤帯同したてで、アジア人差別に直面

3月頭、夫の駐在に帯同し米南部の都市に引っ越したマミさん(仮名)は、当該州では感染者が出ていなかったものの念のためできるだけ自宅を出ないようにしていた。しかし、どうしても必要な買い物があり、近所のスーパーに行ったときのこと。レジで「いつ、どこから来たの」と聞かれ、3月頭に日本からと答えると、店員が「みんな離れて!!」と大騒ぎで周辺を消毒しはじめた。

このスーパーにはもういけないとトラウマになり、その後どうしてものときは夫に買い出しをしてもらうようにした。その後もアジア人への厳しい目線を感じ、子どもが入学する予定だった学校はアジア人がほとんどいないことが分かった。現地にいる日本人の情報などを頼りに、アジア人比率が高いエリアへの引っ越しを検討している。

異国の地で一刻一刻と変わる外出制限などに対応し、頼れる知り合いもいなければ相当なストレスがかかる。さらに3月中旬からは、内示が出ていても新任者が着任できない事例もではじめた。

荷物搬出後に残留が決定

3月中旬、この春にシンガポールから日本に本帰国予定だった本田夫妻(仮名)は、1か月ほど夫だけ生活できるだけの必需品のみを残し、家財道具を全て船便、航空便に分けて日本に送り出した。4月から長男が小学生になるので、入学式に間に合わせるよう妻子のみが3月下旬に帰国する予定だった。

あと一週間で帰国、送別会の日程も決まり後は飛行機に乗るだけ…となっていたところに、日本からのシンガポール入国ができなくなり(当初入国したのちに自宅待機期間を設ければ可能だったがその後入国自体が困難に)夫の後任者が着任できなくなった。夫の駐在は最低でも2か月、最長で1年程度延長されることに。

出張レベルでも行き来はできない見通しとなり、妻子だけで帰ったとしても、子どもは次にいつ父親に会えるかわからない――。家族で残ることにし、長男は日本人小学校に入学することになった。オンライン授業でのスタートとなり、ノートパソコンは既に日本に搬送してしまっていたが、学校から貸与することができた。タオルや子どもの不要になった服など、友人らが分けてくれて何とか足りないものを二重に購入しなくて済んだというが、家賃は日本とシンガポールで二重に支払いが発生することになり、会社と支払いについて検討中だ。

転勤時、産業医からのアドバイスは

一般的な駐在員を巡る環境について、日本の産業医資格と経験を生かし、シンガポールで海外駐在員の相談に乗るための拠点を立ち上げたELIXIA SG PTE.LTD.の毛利由佳医師は、次のように話す(インタビュー全文はこちら)。

「赴任してすぐの時期はめまぐるしく過ぎるのですが、3か月程度して生活環境がある程度整うと、それまで蓄積された疲労が表面化してきます。現地社員との文化や国民性の違いによる摩擦や日本のようなサービスを期待できないこと、気候の変化などへのストレスも蓄積してきます。ちょうどこの頃、うつ状態、適応障害などのメンタル不調を起こしやすいといわれています」

毛利由佳さん(「はたママ」インタビューチームにより取材・撮影)
毛利由佳さん(「はたママ」インタビューチームにより取材・撮影)

毛利医師は「内容の良し悪しにかかわらず、栄転、結婚、出産など、全ての変化はストレスになります」と言う。日本への帰任でも海外の文化に慣れた子どもがカルチャーショックを起こすこともあり、異動は赴任であれ帰任であれ、また国内であっても環境の変化は身体に負荷をかける。

新型コロナの蔓延でこのストレスはさらに高まっているだろう。「世の中には自分よりもっとつらい思いをしている人がいる」とは思っても、自身の「しんどい」という気持ちを認めてあげることも大事だ。具体的に心がけるべきことはあるだろうか。

「この時期は意識して、睡眠時間を増やすように心がけるとよいでしょう。PCをずっと使い続けると動きが遅くなってくるのが、再起動することでスッキリ快適に動くのと同じで、人間の脳には睡眠が必要です。あえて意識して、30分や1時間長く寝てもらうというのは有効です」

また新しい環境で気軽に相談できる人が近くにいないこともメンタルヘルスの悪化につながる。メンタルヘルスの相談はできるだけ母国語で話すことができることが重要で、離れて暮らす家族や知り合いには「心配をかけたくない」「相談しづらい」という場合は、第三者の窓口にオンライン等で相談してみるのも手だ。

コロナで離れ離れ…ワンオペ×休校に悲鳴

異動期ではない駐在員・駐在家族や海外在住日本人たちも、大きな混乱に巻き込まれている。

フィリピンに駐在帯同していたアイさん(仮名)は、ルソン島のロックダウンと同時に2歳の娘との日本への帰国を決意した。現地の日系クリニックの閉鎖等で「このままではコロナでなくても子どもが病気などになったときに診てもらう場所がない」と判断したためだ。

フィリピン政府に国外退去する場合は72時間以内にするようにと求められ(※その後フィリピン政府が撤回)バタバタと帰国し、実家に身を寄せた。夫は単身赴任でフィリピンに残っている。フィリピンでは娘を保育園に通わせて自身も仕事をしていたアイさんは「フィリピンで軟禁状態になるよりはよかった」と話すものの、日本で娘の預け先がなく、遠隔での在宅勤務に苦戦中だ。

シンガポール在住のルミさん(仮名)は夫に2か月会うことができておらず、今後いつ会えるかの見通しも立っていない。2月下旬、夫はインドネシア出張から日本出張へのトランジットでシンガポールに降り立った。たった2時間の乗り換えだったが、長期出張になる予定だったので、子どもの顔を見に自宅に立ち寄ったという。ところが、もともと1か月で戻る予定だった夫は、その後シンガポールが就労ビザ保有者を含む外国人の入国を原則禁止したため、いまだに日本にいる。

ルミさんは、子どもたちが通う学校で教職員の感染者が出たことなどからほとんど外出ができない状態になり、大人が1人しかいない中で買い物などに苦労した。母子で日本に戻れば2週間の自宅隔離を経て夫とは一緒に過ごすことができるが、この場合シンガポールの自宅にいつ戻れるかも見通しが立たない。なんとか一人で切り盛りすることにしたものの、子どもたちが体力を持て余す中でのワンオペ育児に疲弊している。

家族が離れ、ワンオペや在宅勤務など普段と違った生活を強いられている場合もストレスは大きい。コロナ禍において毛利医師は「在宅勤務、自宅待機であっても、日常生活のリズムは崩さないように意識すること」「情報を必ず信頼できるソースから入手すること」などをアドバイスしている(詳しくは「はたママ@シンガポール」にて全文を公開中)。

国内転勤においてもこの春は平常時のような引継ぎや挨拶回りが困難となっている可能性がある。企業の都合で家族が振り回されているケースもあり、企業は転勤者や帰任者、家族のメンタルヘルスにいつも以上に気配りをしてほしい。また個人の側も世界的に外出が制限される中でオンラインででも人とのつながりを保てるような工夫をして、不安を一人で抱え込まないようにしたい。