新型コロナウイルスの「第5波」により、各地の学校でも夏休みの延長や、分散登校、オンライン授業が行われ、子育て家庭にとって不安な日々が続いている。

日本財団は、多様な困難を抱える子どもたちが安心して過ごせ、将来の自立に向けて生き抜く力を育む「子ども第三の居場所」(外部リンク)プロジェクトを全国で進めている。その中の1つ、沖縄県内のB拠点は、沖縄の特殊な事情をふまえ、子どもの自主性を尊重したサポートに特徴がある。

B拠点のレポート前編では、沖縄の子どもを巡る現状や、コロナ禍の課題をお伝えする。

コロナ休校後、不登校が増える

沖縄といえば、きれいな海が魅力の観光地という印象が強い。でも、そうした楽園のイメージとは違い、若者や子どもは厳しい状況にあると聞いたことがある。

沖縄県内のニート支援について十数年前、取材した。当時は、進学せず働いていない若者が、集まって朝食をとる試みがあった。

「基地関係や観光の仕事は、正社員は少ない。高校卒業者の約17パーセントが進学も就職もしない無業者で全国トップ」「昔はなんくるないさ、で面倒を見合ってきたが、大家族が崩れて親も高齢化し、自立は深刻な問題」と地元の支援者が話していた。

2021年6月28日の「沖縄タイムス」は、2020年度、8市で小学生の不登校が増えたと報じた。コロナ禍以前の2019年度と比べ、約2倍になった市もある。

2020年4、5月の休校が長引き、入学直後の登校が習慣化しなかった。中高学年の子は新しい担任に会う機会がなく、先生も「不登校になりがちな子をうまく支援できなかった」という。他に、休校や夏休み中、ゲームなどに没頭して生活リズムが乱れたり、親の収入減で家計が悪化して勉強に専念できなかったりしたそうだ。

学童保育の利用料が高い

こうした沖縄の背景について、沖縄県内にある「子ども第三の居場所」B拠点で働く田中さん(男性・仮名)に2021年8月、オンライン取材をした。

田中さんは、学童保育の指導員を10年以上勤めた経験がある。

「沖縄では、民設民営の学童保育が多いです。利用料が高く、補助金はあっても市町村単独の公的補助が入っていない現状もあります。児童館も少なくて、小学生の居場所がない。共働き率は高く、所得が低い家庭が目立ちます。

それは、戦後から続いているように思います。福祉や教育に予算を投下できなかった影響が残っている。本土と比べ、福祉の遅れを感じます。学童保育の利用料は、ひとり親の場合、補助があって月に8,000円程度、通常は1万円前後です。

ある日、私たちがたき火しながら芋やマシュマロを焼いているのを、学童保育に来られない子が、うらやましそうに見ていました。声をかけて、一緒に遊んでパンフレットを持たせたことがあります。親に報告させると、翌日から来なくなる。きっとお金がかかるからダメよと言われていたのでしょう」

離島で築いた高齢者とのコミュニティ

「海がきれいですが、泳いでいる子はいません。寂れた公園で、子どもたちが数人でゲームをしている姿を見ました。そこで、空き教室を使って予算をとり、子ども教室をしてみました。

人手が足りないので、地元の老人会に頼み、ボランティアで入ってくれたらゲートボール一式をプレゼントしますよと呼びかけました。子どもの隣に座って、遊んでいるのを見ているだけでいいと。これがうまくいき、お年寄りの居場所にもなり、新しいコミュニティができました。

お年寄りと子どもたちが、野草を取りに行って天ぷらにして食べたり、イカを釣っておばあにさばき方を教わったり。住民の出入りが多く、つながりがなかったけれど、つながるきっかけになったのです。タンスが動かせないお年寄りが、体の大きい子に手伝いを頼んだりもしていました」

小学生のうちに対策を

その後、田中さんは沖縄本島に帰り、貧困に関する調査チームに入った。

「高額の予算が付いて、無料塾や子ども食堂を増やす舵取りをしました。その頃、青少年の支援をするNPOに入り、県内の市町村を担当しました。現場に入って話を聞き、コーディネートをしました。中高生の子が引きこもって5年だとか、20代になっても出られないとか知って、青少年の支援は川下の施策で、小学生のうちに対策が必要だと思いました」

さまざまな子どもたちを見てきた田中さんに、沖縄ではなぜ困難を抱える家庭が多いのか聞いた。

「山形大学・戸村健作(とむら・けんさく)准教授の調査が始まった1992年頃から、沖縄の貧困率はずっと30パーセント近く。全国平均の2倍以上で、高校・大学への進学率もそれぞれ全国ワースト1位です。生活保護や就学援助を受ける家庭の割合が低く、制度があっても使えていません。

沖縄は1.82という高い出生率ですが、ひとり親や多子世帯も多く、夜遅くまで留守番している、バランスのいい食事が取れていない、やりたいことをあきらめなければならないといった子がいます」

負の連鎖ができている

背景に、戦後の流れと貧困の連鎖があると田中さんは指摘する。

「負のサイクルができてしまっています。例えば、生活保護世帯は、子が自立したいと言っても、保護者が止めます。子が抜けると、受け取る生活保護費が減るから。アルバイト代を搾取し、子を働かせる親もいる。

2015年ぐらいの高校生調査で、アルバイト代を生活費や弁当代に充てる子がいて、バイトしている割合が高かったです。現在はコロナでバイトも高校に行くこともままならない状況です。学びたいのに、お金がない。生きづらさがあります」

田中さんが働く拠点では、はじめは小学生が「どうせ…」というのが口癖だった。

「小さい頃から、諦めざるを得ないことが多い。クラブ活動がやりたくても、生活保護世帯は車がないから、送迎ができない。当番の日も、親が行けないということになってしまいます。

高校・大学に行く子が少なく、彼らは学歴がない。女性は性産業に流れやすく、使い捨てにされてしまいます。仕事が少ないということもあると思います。昔は基地内に“就職100パーセント”というような専門学校のテレビCMもありました。今は基地内の仕事は減っているのではないでしょうか。

一度、ワーキングプアのルートに入ると抜けられない。シングルでダブルワークを頑張っている、でも育児や家事ができない、子どもが寂しがっている…そういうサイクルを脱却するのが大変なんです」

大学に行けても奨学金が借金に

田中さんが関わったプロジェクトで、沖縄に無料塾がたくさんできた。だが、それで解決ではないという。

「確かに学力は必要ですが、どうせ…と思っている子が、自分から無料塾に行くでしょうか。ある程度、将来への展望を持っている子は、効果があると捉えられますが…。もっと厳しい層の居場所も必要です。4年制大学に行って、奨学金で400万円の借金をしたまま、この社会では就職できる受け皿はあるのでしょうか。

こうした体験が積み重なり、早い段階の学童期に支援をしたいと思いました。日本財団や市から話があり、私が働くNPOで運営することとなり、2019年に「子ども第三の居場所」を始めました。今年度は日本財団の助成事業から市の事業へと移行する準備期間となるため、地元の子ども食堂とは目的を分けて、予算を確保し、どんな支援をするか考え、放課後デイサービスと学童保育を併用した事業で継続できるように準備中です」

学校で把握、学童保育でケアを

田中さんは、自治体や地元の小学校と連携して子どもたちの状況を聞き、拠点の利用が望ましい家庭にアプローチした。

放課後や夏休みに、子どもたちの居場所となり、食事や入浴もできる「子ども第三の居場所」。手厚いケアが用意されているが、こうした拠点につながれる子ばかりではない。

困難を抱える小学生を、どのように支えられるだろうか。

「まず、そういう子がいるという現状を把握することです。学校の担任が発見するといいですね。学校は、やはり大きいです。でも学校だけでは抱えられないので、赤信号であれば、より専門的な機関や居場所につなげる必要があると思います。

黄信号の家庭は、子どもの居場所や既存の学童保育につないではどうでしょうか。夜間対応する場所もいります。学童保育に、ある程度の機能を移行して、役割を持たせることも必要と思います。子ども食堂よりは、人数や施設の基準が明確で、スタッフに資格要件があります。

ただ、沖縄の学童保育は高い。利用したい人は多くても、高いけれど利用しますかと聞くと、利用したい人は一気に減ってしまいます」

既存の政策を、見直すことも大事だという。

「新たに児童館を建てて、新規事業をする。学童保育に多機能型を作り、スタッフのスキル研修などの予算をつける。保育園のように所得に応じた利用設定を行うなど、事業を拡大して、キャパを準備するといったことです。

青信号なら、地域コミュニティで、近所のおばちゃんや駄菓子屋、子ども食堂や新聞販売所など、気にかけてもらえるところがいくつもあります。地域のつながりは、難しい点もある。外から入ってくる人も多く、気軽に子どもに声をかけたら不審者になってしまう。地域コミュニティを、なんとか再生していければ…と思います」

コロナで居場所がなくなる

コロナ禍に、沖縄で不登校が増えたという報道もあるが、実際はどうなのだろうか。

「しんどいけど学校に行っている子、行きたくない子、行っていない子、引っ張られて休む子がいます。こういうところ(拠点)に来られていいなと言う子もいます。コロナの休校で緩んだというのは、あると思います。家庭の格差に、学校にいたら気付かなかった。それがよく見えるようになり、食事も取れていない、親も必死、留守番は寂しい…ストレスフルだと思います。学校に行ける環境になっても、戻るパワーがなくなってしまう。

家で我慢している子もいるのではないでしょうか。実際に、夜間徘徊をして、夜9時に補導された小学1の子がいます。コロナで地域も敏感になっていて、公園で遊ぶなと言われ、居場所がなくなる。ゲームをたくさん持っている子は、1日中やっている。何もない子はどうやって過ごしているのでしょう。

地域にはさまざまな子ども食堂はあるものの、月に1回ぐらいの開催でやっているようなところもあり、支援の幅はバラバラです。県が飲食店支援も兼ねて宅食支援もしていますが、私たちの拠点のような場は少ないです」

後編では、自主性を尊重し、自己肯定感を育てるB拠点の日常について紹介する。

写真提供: 子ども第三の居場所B拠点

〈プロフィール〉

なかのかおり

ジャーナリスト、早稲田大参加のデザイン研究所招聘研究員。早大大学院社会科学研究科修了。新聞社に20年余り勤め、地方支局や雑誌編集部を経て、主に生活・医療・労働の取材を担当。著書に、パラリンピック開会式にも出演したダウン症のあるダンサーを追ったノンフィクション『ダンスだいすき!から生まれた奇跡 アンナ先生とラブジャンクスの挑戦』(ラグーナ出版)。調査報告書に『ルポ コロナ休校ショック〜2020年、子供の暮らしと学びの変化・その支援活動を取材して見えた私たちに必要なこと』『社会貢献活動における新しいメディアの役割』など。講談社現代ビジネス・日経電子版・ハフポスト等に寄稿している。

(2021年9月24日、日本財団ジャーナルに掲載の記事を再掲)