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菅野美穂演じる「母親の狂気」ワンオペ育児のリアル・映画「明日の食卓」

なかのかおりジャーナリスト(福祉・医療・労働)、早稲田大研究所招聘研究員
実際に二児の母である菅野美穂さんが熱演(「明日の食卓」公式Twitterより)

菅野美穂さん、高畑充希さん、尾野真千子さんが、母親の狂気を演じた映画『明日の食卓』のDVDが12月22日に発売される。監督は、佐藤健さん主演「護られなかった者たちへ」も手がけた瀬々敬久さん。

虐待、認知症、発達障害、いじめ、ママ友トラブル、貧困、ダメ夫、ワーキングマザーのキャリア…。孤立していく親子の描写が、リアルだ。コロナ禍に浮かび上がった子育ての課題と照らし合わせながら、どうしたら親子が向き合えるか考えた。

 仕事と子育てをしていると、やることが無限にあって、毎日が分刻みのスケジュールだ。廊下や部屋の隅には、折り紙の作品や、お絵描きしたメモ用紙が落ちている。片付けても、片付けても、片付かない。ほこりはフローリングにたまるし、学校のプリントも整理したい、おかずも作りたい…。もちろん、自分の仕事も山積み。やりたいけれど、できていないモヤモヤが、どんよりと心に積もる。

 子供の命を預かる緊張感は、365日続く。乳児なら、抱っこに数時間おきの授乳やおむつ替え。保育園では、病気をもらってしょっちゅう病院に通い、職場で頭を下げ、心配しながら看病する。小学生になると、宿題・持ち物や身だしなみのケアが必要で、友達との関係、先生とのやりとり、放課後の過ごし方など、課題が高度なものになる。親は初めての経験ばかりで、日々のあわただしさと精神的なプレッシャーは、体験してみないと理解が難しい。

 「明日の食卓」には、ユウという名前の小5男子がいる、三つの家庭が登場する。大阪のシングルマザー・石橋加奈(高畑充希)は、パートの仕事をかけもちして働きづめの毎日。静岡の専業主婦・石橋あすみ(尾野真千子)は、郊外の広くおしゃれな家で暮らすが、問題が起きる。二人の息子を育てるフリーライターの石橋留美子(菅野美穂)は、ブランクの後、仕事に復帰して…。

 小学生の子を持つ筆者は、この3人の母親から目が離せなかった。中でも、実際に二児の母である菅野さんが演じる留美子に、共感した。留美子は、家族のために髪を振り乱し、スーパーでふざける兄弟をしかり、周りの人に頭を下げる。夫は仕事がなくなって時間があるはずなのに、子供の世話や家事は他人事。それでも留美子は、仕事が入ると、ジャケットをはおって生き生きとし、睡眠時間を削ってやりとげようとする。

 留美子のように、子育てのためにキャリアを中断する女性は多い。リストラされる人も多い時世、フリーでも仕事ができたらラッキーだし、期待に応えなければと思うだろう。夫にバカにされるような、少ないギャラであっても、自分の尊厳のために、キャリアを継続するのは、必要なことなのだ。

 仕事も大事だけれど、子供が大事な気持ちは変わらない。全方向に神経を使い、人間だから取りこぼしが出てくる。この作品で、家庭が修羅場になり、留美子が叫びまくるシーンがある。これは、大げさな演出ではないと思う。子育てと仕事と、夫の関係とで限界を超えて、家出したり、心身を壊したり、修羅場を経験している母親は、少なくない。

 母親の心は、家族にもわかってもらえないのが切ない。どんなに疲れていて眠くても、子供を起こして、遅刻しないように注意し、食事を用意しているのに、「ママは怖い」とか「子供をちゃんと見ていない」とか言われる理不尽。「僕がいなきゃいいんでしょ」と心を閉ざす息子に、「大人になって、自分で生きていけるようになるまで守らせてください」という留美子の震える声と、安心した息子の表情にはっとさせられた。

 虐待、認知症、発達障害、いじめ、ママ友トラブル、貧困、ダメ夫…この作品には、多様なテーマがちりばめられている。リアルすぎて辛い場面もあるが、豪華なキャストと子役の活躍で、エンターテインメントとしてドキドキしながら、社会問題や子育ての現実を知ることができる。

 父親になりきれない、ダメな夫たちが登場するのも良かった。妻としては「わかる!」とうなずいてスッとするし、長時間労働の疲れや自信のなさから、家庭の問題を妻に押し付ける構造が見えた。

 母親の中でも、共働き・主婦・シングルマザーと、分断されがちだ。いまどきのママ友付き合いは、ソーシャルディスタンスだけでなく、ほどよい心の距離も大事で、さじ加減が難しい。登場人物が、留美子の子育てブログでつながっていたように、SNSのポジティブな活用もできると思う。

 こうした社会の課題を、コロナ禍は改めて浮かび上がらせた。ステイホームの推進や休校、居場所の閉鎖により、DV・虐待が増えたという報道もある。息がつまって、郊外の広い家に引っ越したという話も聞く。

 筆者は2020年、コロナ禍に子育て当事者が直面したことや、支援者の思いを取材し、子供の暮らしの変化について研究した。その結果、「家庭内だけでの子育ては難しい」「地域の中に、居場所や支援者が必要」と痛感した。

 閉塞感でいっぱいのコロナ禍にも、オンラインコミュニケーションのトライアルや、子供食堂・フードパントリーを通した食の支援とつながり作り、家庭訪問して親子に寄り添うボランティアといった、前向きな活動がある。少しの支援と理解があれば、親子が目をそらさず向き合えるかもしれない。支援者も誰かの役に立てる喜びを感じて、エンパワメントされるだろう。そんな、共に生きる関わりが求められている。

(なかのかおり ジャーナリスト、早稲田大参加のデザイン研究所招聘研究員)

※映画「明日の食卓」劇場用パンフレットに掲載

【CAST】菅野美穂 高畑充希 尾野真千子

柴崎楓雅 外川燎 阿久津慶人/

和田聰宏 大東駿介 山口紗弥加 山田真歩 水崎綾女 藤原季節

真行寺君枝/大島優子/渡辺真起子 菅田俊 烏丸せつこ

【STAFF】監督:瀬々敬久 原作:椰月美智子「明日の食卓」(角川文庫刊) 脚本:小川智子

ジャーナリスト(福祉・医療・労働)、早稲田大研究所招聘研究員

早大参加のデザイン研究所招聘研究員/新聞社に20年余り勤め、主に生活・医療・労働の取材を担当/ノンフィクション「ダンスだいすき!から生まれた奇跡 アンナ先生とラブジャンクスの挑戦」ラグーナ出版/新刊「ルポ 子どもの居場所と学びの変化『コロナ休校ショック2020』で見えた私たちに必要なこと」/報告書「3.11から10年の福島に学ぶレジリエンス」「社会貢献活動における新しいメディアの役割」/家庭訪問子育て支援・ホームスタートの10年『いっしょにいるよ』/論文「障害者の持続可能な就労に関する研究 ドイツ・日本の現場から」早大社会科学研究科/講談社現代ビジネス・ハフポスト等寄稿

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