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「福島は悪い事をしたの?」3.11で旅館再建、コロナに余震… 女将からの手紙【#これから私は

なかのかおりジャーナリスト(福祉・医療・労働)、早稲田大研究所招聘研究員
2月の地震後、なかむらやの女将から届いた手紙(許可を得て掲載)なかのかおり撮影

創業120年を超える福島市・飯坂温泉の旅館「なかむらや」は、東日本大震災で建物に打撃を受け、一時は廃業の危機に陥ったが、様々な人の支えでよみがえった。何とか日常生活を取り戻していた昨春、コロナ禍に見舞われた。GoToで多忙な秋を経て、停止になっていた2月13日には、大きな地震が…。そのあと、女将から届いた手紙には、つらい言葉が記されていた。同時に、女将のしなやかな強さと、周りの人たちへの感謝が伝わってきた。

前編はこちら→「柱」が救った福島の老舗旅館「再建に10億」で廃業危機…3.11後の再出発【#あれから私は】

 筆者は2000年前後に、新聞記者として福島市に赴任していた。飯坂温泉の女将会に取材し、老舗旅館「なかむらや」の高橋武子さん(76)に出会った。以来、東京に異動してからも、たびたび訪ねていた。

 東日本大震災では、建物に「再建に10億」とも言われるほどの打撃を受け、廃業を覚悟したという。女将の情熱と、地元の大工や建築家の努力で、なかむらやの建物は強く生まれ変わった。2012年生まれの娘が4歳になったころ、久々になかむらやの玄関をくぐると、真新しい「復興の柱」が目に飛び込んできた。

 「浜通り(福島の海岸部)で、もっとつらい思いをした人たちもいる…」。女将は、風評被害に苦しみながらも、地域の人たちと助け合い、常連客に支えられ、何とか日常を取り戻していた。そんな中、コロナ禍に見舞われた。営業の自粛、GoToキャンペーンの対応にその停止と、変化の激しい日々を送った。

●感染防止に全力、一転キャンセル

 昨春の緊急事態宣言の間は、休業した。6月からは、密にならないよう、1日に2組の宿泊を受け、多くても6人から7人のお客さんだった。

 GoToが始まり、秋は宿泊客が増えた。11月には「普通であることのありがたさを改めて感じます。感染防止のため、検温・消毒・マスクと本当に大変なことです。頑張りすぎないように頑張ります」と、女将からメッセージがあった。年末年始は、常連客を迎えた。

 その後、GoToキャンペーンが停止して、キャンセルが多くなり、お客さんがいない日もあったという。そして、帳場にひな壇を飾る季節になった。

●2月の地震「揺れ、怖さに体が…」

 2月13日、震度6強の地震が起きた。東京のマンションでも、かなりの揺れを感じた。なかむらやが頭に浮かんだ。

 女将は、建物の安全確認や、対応に追われているかもしれない。筆者は、すぐに連絡したい気持ちを抑え、少し時間をおいてから女将にメールした。しばらくすると、見慣れた温かみのある字の、封書が届いた。クリーム色の便箋は、「い、ろ、は、に」と4枚に渡っていた。

日射しが春の訪れを告げる頃となりました。

先日の地震の時には 御丁寧にお見舞の御連絡をいただき 誠に有難うございました

"六強”のすごい揺れに 怖さに 体が硬まってしまい、"東日本大震災から10年になるんだな…”と日々感じていたところへの"余震”との事

二度の大地震・原発・コロナ禍…と

福島は何か悪いことをして来たのかな…と

心がブルーになってしまいました

なかむらやを守って来た女将 なかのかおり撮影
なかむらやを守って来た女将 なかのかおり撮影

●大工と建築家駆けつけ「命の恩人」

壁が崩れたり 瓦がずれたり…と被害はありましたが 前回よりはずーっと少なく助かりました

二月十四日(地震のあった次の日)の朝早く

棟梁の三浦さんが駆けつけて下さり 見回っていただき 対応の早さとお心に涙が出てしまいました

建築士の鈴木さんも確認に来て下さり 前回の時にしっかりと筋交いを入れてもらった為に それが生きて崩壊を免れた様でした

本当にこのお二人は なかむらやの命の恩人です

旧家でも被害のあったお宅も けっこう有った様です

今 修繕の順番待ちの状態です

●叱咤激励してくれた常連客の逝去

自分の事ばかりで御免なさい…

学校もコロナ禍で 色々大変でしたでしょう?

1日も早く平穏の日々が 戻って来てくれる事を祈るのみです

取り上げていただいた記事は 私の宝物のひとつです!

東日本大震災よりまもなく10年 様々な皆様に助けていただいて

記事を改めて読ませていただき

頑張りすぎずに頑張って参ります(もう少し現役で…)

相変わらず''メカ''には強くありません 

でもラインを送れる様になりました

これからもどうぞ宜しくお願い致します

お元気で…

 女将から手紙を受け取り、電話で話す機会があった。10年前、建物の被害の大きさに、廃業しようと思った時、常連客の女性に叱咤激励されて再起した経緯は、何度も聞いていた。

「その方が昨年、亡くなられて、ご家族からメッセージをいただきました。お花券とお手紙を送ったのですが、10年って、こういうことなんだと、時の流れを感じました。改めて、いろいろな方々に生かされてきたと思います」

なかむらやの帳場。左手前が復興の柱 なかのかおり撮影
なかむらやの帳場。左手前が復興の柱 なかのかおり撮影

●また前向きに…もうひと踏ん張り

 しなやかな強さが女将の持ち味だが、テレビ・ラジオの震災関連の番組は、当時を思い出し、今も見られないという。

「飯坂の街全体も、コロナで寂しくなっています。観光客が激減し、地元の歓送迎会や食事会もできなくなっていますから。大きいホテルに聞くと、従業員の給料を100%支払っているとか、金土日だけ営業しているとか、それぞれに大変そうです。息子がコロナの助成金やITのこともやってくれて、地域の中でも頼られているようです」

 なかむらやと女将を支える人は、たくさんいる。大工や建築家、常連客、家族…。孫は11人。海外に留学していたり、大学に残って就職の機会を持ったり、コロナ禍もそれぞれに頑張っている。

 ふだんは宿泊客を迎え、働き者の女将も、時間を作って習い事をしている、と聞いたことがある。毎年、なかむらやで集まって、おさらい会をするのが楽しみだったが、しばらくはできない。それでも、オンラインでつながっているという。

「実は、2月の地震で屋根瓦が落ちそうになり、改めて調べたら、おおごとになっていました。人生、最後のもうひと踏ん張りです。でも『やるっきゃない』。10年前のことを思えば、頑張ろうって…」

 3月11日の朝、女将から改めてメッセージが届いた。「あれから10年になりました。みんな、100人100様のドラマがあったのだと思います。私は、今日を一区切りにして、また前向きに生きます。修繕の大仕事が待っているので、ほどほどに頑張ります」

ジャーナリスト(福祉・医療・労働)、早稲田大研究所招聘研究員

早大参加のデザイン研究所招聘研究員/新聞社に20年余り勤め、主に生活・医療・労働の取材を担当/ノンフィクション「ダンスだいすき!から生まれた奇跡 アンナ先生とラブジャンクスの挑戦」ラグーナ出版/新刊「ルポ 子どもの居場所と学びの変化『コロナ休校ショック2020』で見えた私たちに必要なこと」/報告書「3.11から10年の福島に学ぶレジリエンス」「社会貢献活動における新しいメディアの役割」/家庭訪問子育て支援・ホームスタートの10年『いっしょにいるよ』/論文「障害者の持続可能な就労に関する研究 ドイツ・日本の現場から」早大社会科学研究科/講談社現代ビジネス・ハフポスト等寄稿

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