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「逃げ恥」が描く「つわり・男性育休・コロナ禍の子育て」とマイノリティの生き方

なかのかおりジャーナリスト(福祉・医療・労働)、早稲田大研究所招聘研究員
TBS公式サイトより

主題歌の「恋ダンス」と共に社会現象を起こした2016年のTBSドラマ「逃げるは恥だが役に立つ」。家事労働や多様性についてユーモアを交え描いた物語は、共感を呼んだ。筆者は当時、家事・育児との兼ね合いに悩み、20年勤めた会社を退職、新しい生活を模索していた。リアルタイムでは見られなかったが、今春、緊急事態宣言の間に再放送を視聴。主人公を演じるガッキーと星野源さんの魅力に、小学生の娘とときめいた。1月2日に放送された「ガンバレ人類!新春スペシャル‼」では、ガッキーがつわりに苦しむ妊婦と乳児の母を体当たりで演じた。リアルなケースと名言の数々は、社会のモヤモヤを「見える化」し、整理するきっかけになりそうだ。コロナ禍の生き方にも踏み込み、再び緊急事態宣言が検討される今、視聴者に寄り添うメッセージも。

 家庭を職場に見立て、「共同経営者」である森山みくり(新垣結衣)と津崎平匡(星野源)の関わりや、周囲の多様な人生を描いた2016年の「逃げ恥」。ボランティアと労働の違い、年上女性の恋愛など、考えさせられるテーマもあった。今回のスペシャルでは、共働きを始め、家事を分担し、平和な日々を過ごしていた。みくりの妊娠がわかり、正式に結婚することに。平匡は仕事と家事、みくりのケアに奔走し、育休を取ることに決めたが、コロナの影響を受ける。一方で、みくりのおば・百合ちゃん(石田ゆり子)は一人でがんと闘病し、仲間にもそれぞれ課題が…という物語だ。

〇別姓・つわり・育休…課題は山積み

 みくりの妊娠がわかり、体の変化や、夫婦関係、職場の対応、社会の仕組みなど、リアルな課題が押し寄せる。例えば、妊娠がわかったときの平匡の反応に、モヤモヤするみくり。リスクもあるから、単純に喜ぶわけにもいかないのだけれど、夫婦の温度差を感じる瞬間の一つだ。

 二人は、選択的夫婦別姓の制度化を待って、入籍していなかったという。一人っ子で、実力で評価される職種の平匡に譲り、みくりが姓を変える。さらに、妊娠・出産をめぐる数々のエピソードがちりばめられていた。参考になるケースとして、紹介したい。

父親とは】「全力でサポートします」という平匡。みくりは「違う」「一緒に育てるんじゃないの」→夫は「手伝う」と言いがち。自分事にして

つわり】みくりは眠くてずっと横になり、会社にも行けず、家中が散らかり、しょっちゅう吐く。「ものすごい細胞分裂が体の中で起きているのだから、眠くなるのはわかるけれど、家事の負担が増えた」と悪気なく思う平匡→経験した人にしかわからない辛さ。平匡は理解できないながらも、みくりのためにグレープフルーツゼリーを探しに走る優しさがあり、SNSで「うらやましい」との声も

産休・育休】休む間、誰がその分の仕事をするのかという職場の声【男性の育休】平匡が1ヵ月取ると言うと、「仕事をなめている」「1週間が妥当」「みんなが取るようになったらどうするの」と言うリーダー。「仕事を休めないってことが異常だよね」と一致するみくりたち。「『普通』のアップデートをして道を切り開いていきましょう」と前向きな平匡→子育て中の人を特別扱いすると、周囲の負担が増えるのは事実。社会全体で長時間労働を減らし、介護・リフレッシュ休暇含め、休みやすい態勢にアップデート、という前提で

【職場の理解】元上司の沼田(古田新太)は、仕事の打ち合わせで平匡の育休取得へのリーダーの不満を聞き出し、「育休に限らず、誰が休んでも仕事が回る、帰ってこられる環境を普段から作っておく。それが職場におけるリスク管理」と喝を入れた。一方、平匡は、育休を目指して周りに頼んでいた仕事が進まず、みくりの妊娠後期のつわりで家事が山積み。「働く女性はどうしてるのか」と気づく→こんな上司がいれば、職場の雰囲気がよくなりそう。体が動かないみくりのいら立ちに、共感する女性は多い

調理家電】昭和風に励ましてくれる父親に、「大黒柱って古いんじゃないかな」「夫婦2人の責任でやっていく」という平匡。母親も驚くような、おいしい味噌汁を作れるようになっていた。「調理家電を使えば簡単」と教えると、父親も興味を持つ→いまや、食洗器や洗濯乾燥機など時短家電の導入は当たり前。男性が家事の効率化を試みるのもおもしろいかもしれない

夫婦のすれ違い】平匡が、仕事と家庭のケアに多忙な時、みくりが求めるトイレットペーパーを買いに、必死の思いで深夜営業のスーパーへ。連絡がすれ違い、必要なかった。むっとする平匡に泣くみくり→相手を思ってしたのにとくじける時もあるが、体調の悪い妻をたてて

子供の名前】男性でも女性でも、通用する名づけ→セクシュアルマイノリティだった場合もさらりと考える二人に、視聴者から驚きの声が上がった

妊娠後期】初期のつわりがおさまると、食べられるようになって動けるが、後期にも大きくなったお腹に胃が押され、吐き気・尿漏れ・足がつるなどトラブルが起きる→ガッキーの体当たり演技で「見える化」された。出産を前に部屋は荒れ果て、いっぱいいっぱいの二人にやきもきしたが、みくりが家政婦を頼んできれいにした。「周りの手を借りてやっていきましょう」「辛い時は辛いと言いあう。話して共感することも大切」という二人の会話は、視聴者へのメッセージでもある

 ドラマで産後はコロナ禍に突入し、みくりが子連れで千葉県の実家に疎開してしまった。平匡が育休を取って、ドタバタと子育てする様子も見てみたかった。そこから、視聴者が学ぶことも多いだろう。

妊娠中も様々なトラブルが起きる
妊娠中も様々なトラブルが起きる写真:アフロ

〇アラフィフ独身女性の闘病

 子育てばかりでなく、女性が一人で生きることや、マイノリティの立場も描かれている。4年前の逃げ恥は、百合ちゃんが、年下の男性と付き合うハッピーエンドだった。魅力的な女性であれば、年齢は関係ないと視聴者に希望を与えるシチュエーション。ところが今回、別れたことが明らかになり、惜しむ声も上がった。

 百合ちゃんの語る本音に、アラフィフの筆者は激しく同意した。「老後のことを考えてしまう」「デートで外出しても疲れる」「誰かと足並みを揃えるのが大変」。これが現実なのだ。

 病気をしやすい年代でもある。百合ちゃんは子宮体がんが見つかり、付き添いが必要だったけれど、身内は遠方、みくりはつわり…。結局は、学生時代の友人に頼むことになった。一人暮らしは気楽な部分はあるけれど、病気の時にどうするか。セクシュアルマイノリティや、シングルマザーも登場し、多様性とつながりの大事さを教えられる。

○家族間に距離…でも世界は美しい

 今回の「逃げ恥」で一番、驚いたのは、新型コロナウイルスの影響が、正面から描かれたことだ。平匡の育休や、子育てのドタバタが描かれる平和な世界を想像していたところ、コロナの感染拡大を知ったみくりたちが呆然とするシーンが映し出され、がつんと衝撃を受けた。

 コロナの赤ちゃんへの影響を、検索しまくるみくり。マスクもアルコール消毒液も手に入らない。平匡は、育休を返上し、在宅ワークへの切り替えという大変な仕事を引き受ける。育休に関してパワハラ発言をしていたリーダーは、会社のマスクやアルコールを社員に配る気遣いを見せ、非常時に力を発揮した。

 家族との距離も必要になった。ハグもできないし、手洗いや洗濯もしないといけない。みくりは千葉の実家で、「もし東京にいる平匡が感染して、熱を出したらどうしよう。二度と会えなかったらどうしよう」と心配する。

 平匡もハグしておけばよかった、赤ちゃんの顔を見ておけばよかったと思い詰め、排除・差別が激しくなる世界を見て、「自分もそうなってしまうのか」「戦争になるのでは」と不安が膨らむ。そんな時に、家族の写真を見て笑顔を取り戻す。「大丈夫だ、世界はこんなにも美しい」

実際、エッセンシャルワーカーや単身赴任など、コロナ禍で子供と会えない父親もいる
実際、エッセンシャルワーカーや単身赴任など、コロナ禍で子供と会えない父親もいる写真:Paylessimages/イメージマート

〇生きていればまた会える

 様々なメッセージを伝える今回の「逃げ恥」。その中でも、「生きていればまた会える」との言葉が、コロナ禍でリアルに刺さる。そしてドラマでは、現実の私たちのように、オンラインで仲間とつながる。ラストは、緊急事態宣言が解除された後だろうか、ほっとする結末だった。

 実際は、そんなに簡単な話ではないけれど…。筆者も含め、ワンオペ育児で休校・休園期間を必死に過ごしたり、人との交流ができない中でお産をしたり、産後を孤独に過ごしてきた人もいる。逆に、在宅ワークになったけれど家事・育児をしない夫が多かったというアンケート結果もある。高齢の祖父母に、頼れなくなった人も多い。家族は、近すぎても遠くても、難しいのだ。

 それでも、ドラマの世界で、みくりは温かい実家でサポートを受け、仲間に恵まれていて良かったと思う。ただでさえ結婚のハードルが高く、妊娠・子育ても大変な時代に、先の見えないコロナ禍に突入してしまった。これからを生きる若い世代も、ドラマから「家族は大事」「ほどよい距離の仲間も必要」というプラスのイメージを感じ取れたのではないだろうか。

〇触れ合える日常の尊さ

 最後に恋ダンスの新しいバージョンが流れ、出演者の笑顔がはじけた。その中に、こんなクレジットが流れた。

「おかえり」「ただいま」そう言い合える毎日を

触れ合えるこの距離を…

 さりげない、言葉の贈り物だと思う。感染拡大は収まらず、医療関係者は必死に働いていて、家族と接触しないようにしている。リスクにさらされる看護師の本音を記事にすると、予想をはるかに超える反響があった。私たちも、友達家族との食事も自粛しているし、至近距離でおしゃべりしてぐちをこぼすこともできない。カフェやコンビニでは、集まる場がなくなったシニアや、子連れのママたちが、周りを気にしながら小さい輪を作っている。

 仕事の仕方も価値も、コミュニケーション法も変わった。オンラインで効率化した部分はありがたいけれど、触れ合いたいし、しゃべりたい。人類は、そう願っている。「コロナが収束すれば、あれもこれもできる」とは思えないし、不安を減らせる材料はまだない。でも、何気ない日常こそが尊いということは忘れないように。今を生きるために、「逃げ恥」がメッセージを伝えてくれたと思う。

ジャーナリスト(福祉・医療・労働)、早稲田大研究所招聘研究員

早大参加のデザイン研究所招聘研究員/新聞社に20年余り勤め、主に生活・医療・労働の取材を担当/ノンフィクション「ダンスだいすき!から生まれた奇跡 アンナ先生とラブジャンクスの挑戦」ラグーナ出版/新刊「ルポ 子どもの居場所と学びの変化『コロナ休校ショック2020』で見えた私たちに必要なこと」/報告書「3.11から10年の福島に学ぶレジリエンス」「社会貢献活動における新しいメディアの役割」/家庭訪問子育て支援・ホームスタートの10年『いっしょにいるよ』/論文「障害者の持続可能な就労に関する研究 ドイツ・日本の現場から」早大社会科学研究科/講談社現代ビジネス・ハフポスト等寄稿

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