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「あの時の自分を殴りたい」“野菜芸人”土肥ポン太が語る苦悩と恩人への思い

中西正男芸能記者
これまでの苦悩、そして、恩人への思いを明かす“野菜芸人”土肥ポン太

 青果店でのアルバイトから始まり“野菜芸人”として約20年歩み続けてきた土肥ポン太さん(48)。2010年からは「株式会社ポン太青果」の代表取締役を務め“社長芸人”の顔も持つようになりました。MBSテレビ「せやねん!」のコーナー「菜食生活・土肥ベジ太ブル」などでポップに野菜の魅力を発信していますが「あの時の自分を殴りたい」と過去の苦悩を明かしました。

「八百屋界のイチロー」

 2001年にコンビを解散して、給料も激減しまして。なので、何かアルバイトせなアカンと。そこでたまたま見つけたのが八百屋さんのバイトで、それがスタートでした。なので、もう今年で野菜に関わって足掛け20年になるんです。

 正直な話、バイト先は別に八百屋さんでなくても何でも良かったんです(笑)。ただ、その時の広告に「昼までで高給可能」みたいなことが書いてあって。

 当時出ていた若手の劇場「baseよしもと」での出番は夕方からだったので、昼までで終わる仕事で、しかも高給ならこんなにいいことはないと思って選びました。

 野菜が好きで多少は八百屋さんの仕事に興味があったとかも全くなく、むしろ、当時は野菜が食べられなかったんです。なので、春菊と水菜の違いも分からないくらいの知識で、バイトに入ったんです。

 バイトの形態は野菜の移動販売。親方のところから野菜を持って行って、それを車で売り歩くような形だったんですけど、僕はそんな感じの知識ですから、方々で「あんた、そんなんも知らんのかいな?」と言われるんです。ただ、それが何というのか、大阪の奥様たちのエエ意味の“世話焼き感”を刺激するというか…。

 逆に「その野菜やったら、こうやって料理したら美味しいって説明せなアカンねんで」みたいに教えてもらったりしながら、ものすごく野菜が売れたんです。

 今から思ったら、そんなことでは絶対にダメなんですけど、たまたまものすごく優しい奥様方にばかり出会って、バイト初日に異例の売り上げを残したんです。店に戻ったら、親方から「八百屋界のイチローや!」と言ってもらうくらい売れたんです(笑)。

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自分の店を持つ

 そんな感じで、本当に優しい方々に恵まれて、これはいいのか悪いのか、何も知らないのに、野菜はとにかく売れるというのが2~3カ月ほど続きました。

 日々、奥様方から「この時期の大根、ものすごく甘くなるんやで」とか野菜の旬や料理法を教えてもらううちに、野菜嫌いだったはずが、食べてみたくなってきまして。

 実際食べてみると、驚きました。「旬のお野菜って、こんなに美味しいんや!」と。それで、より野菜の魅力を知ったというか、美味しさを知ったというか。

 ただ、当然のことなんですけど、ちょうどその頃、厳しいというか、当たり前のことを聞かれるお客さんと出会ったんです。

 ズッキーニみたいな感じで、当時はまだそこまで出回ってなかった野菜をその日は売っていて、そのお客さんから「これ、どうやって料理するのが美味しい?」と聞かれまして。そこで「分からないです」と答えたら「あんた、そんなんでよくその仕事をやってるなぁ!」と激しく怒られまして…。

 普通に考えて、そう言われて本当に当たり前なんですよ。そのお客さんがおかしなことを言ってるんじゃなく、僕の方がおかしなことなんですから。それまで、たまたま奇跡的に優しい奥様方が多かっただけで。そりゃ、売る側としたら知っていて当然ですから。

 でも、当時はそう言われたのが悔しくて、その足で本屋さんに行って、野菜に関する本を買い漁りました。そして、野菜の知識をこれでもかと入れた。それが野菜を学ぶきっかけになりました。遅すぎる話なんですけど。

 そんな感じでバイトを3年ほどやって、野菜も、八百屋さんの仕事もどんどん好きになっていって、独立して自分の店を持とうとなりまして。親方に言って、実際に店を持ったのが2004年でした。

仲間の支え

 その頃、芸人としての仕事もそんなにあるわけじゃないし「baseよしもと」でも特に注目されることもなく、単なる劇場メンバーというだけの立場だったので、もう本格的に八百屋としてやっていこうと。

 となると、吉本興業も辞めることになる。完全にその気だったので、当時のマネージャーにも「八百屋をやるから辞める」と伝えました。

 芸人でそのことを知っていたのは同期の小籔(千豊)と先輩の「バッファロー吾郎」の木村(現・バッファロー吾郎A)さんくらいでしたけど、この二人には、ホンマによう怒られました。「辞めたらアカン」と。

 ありがたいことに、二人とも「お前は面白い。だから、ちゃんと芸人と向き合え」と言ってくれたんですけど、自分としたら、もう八百屋に気持ちは向いてますから。二人から「辞めたらアカン」と言われるのもイヤになっていたというか…。そんな状況やったんです。

 そんな中、小籔から「メシに行こう」と言われて、お店に着いたら木村さんもおられて。直感的に「このメンバーだったら、絶対に怒られる」と思ったんですけど、結果的には、僕ではなく小籔に木村さんが怒るという流れになりまして。「なんぼ言っても分からんヤツに、それ以上『辞めるな』とか言うな」という感じで。

 僕のために小籔は「辞めるな」と言ってくれている。木村さんもずっと僕に「辞めるな」とおっしゃっていたし、その思いもあるけど、それが通らない歯がゆさ。そして、それを間接的に小籔にぶつけてしまっている。

 でも、その中に、小籔に対しても、そして、僕に対しても、たくさん考えてくださっていることがあるのが手に取るように分かる。自分に対して、これだけの思いを持ってくれている人たちがいる。それを目の当たりにして、とにかく辞めるのはやめようと思ったんです。

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 それでもまだ安心できないというか、僕の中に“芸能から離れようとする空気”みたいなものを小籔が感じ続けていたのか、小籔が友近と3人でイベントを立ち上げようという話を持ってきまして。

 新しいイベントを立ち上げた以上、おいそれとは辞められませんから。あの手この手で、この世界から離れにくくしようとしてくれたというか…。それが05年、06年くらいでした。

 その中で小籔から「一回ちゃんと『R-1ぐらんぷり』と向き合え」と言われたんです。本当にナニな話ですけど、そこで初めて本気で「R-1」のネタを作ったんです。

 07年の「R-1」準決勝が終わった日、小籔と友近とご飯に行きました。小籔から「今日の出来、どうやった?」みたいなことを聞かれて「ま、ウケるのはウケたと思う…」という会話をしていたら、ウソみたいな流れなんですけど、そこに電話がかかってきて。「決勝進出が決まりました」と。

 その瞬間、友近がものすごく泣いてくれて…。また、それを見た時に「これだけ自分は周りに心配をかけてたんや…」と。結局、優勝はできなかったんですけど、07年08年と決勝には行くことができました。

あの時の自分を殴りたい

 芸人としての露出が増えると、やっぱり野菜の方もうまくいくというか、八百屋としての売り上げも伸びていって、店舗数も3つまで増えて、10年には「株式会社ポン太青果」という形で会社にもしました。

 仲間からそんだけ支えてもらって、エエ感じになってきた。それはただただありがたいことです。お笑いと野菜がうまいこと噛み合うようにもなった。…でも、ここがホンマに僕のアカンところですけど、そうなって完全に浮かれてました。

 いろいろとテレビに呼んでいただき、野菜のことをしゃべる。「野菜のことを教えてください」みたいなことに答えるんですけど、今から思うと実に浅い知識で答えてるんです。適当なこと言うて、答えられなかったらヘラヘラ笑って。

 全てにおいて、そこまで苦労した分、そこでネジが緩みまくったというか…。お笑いでもある程度知ってもらえた。メディアの露出もある。野菜の専門家としてのイメージもついた。あそこがゴールだと思っていたのかもしれません。本当は、やっとこれからなのに。

 振り返って考えると、アカン方のターニングポイントやった気がします。あの時の自分を殴りたいです。正味の話。

 結果、そうやって中身の薄いことをやってるから、いろいろ悪いことも重なって、結局は3店舗とも店を閉めることになりました。

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野菜は素直

 今から何をやったらいいのか。なかなか明確な答えを出すのは難しい中だったんですけど、単に表面的な野菜の知識を増やすとかいうことではなく、野菜を作る農家さんの本当の気持ちを知ろう。そう思って、そこから産地をまわるようにしたんです。

 1日に3~4件くらい産地をまわって、また農家さんに「『この人はすごい!』というような農家さんをご存知ですか?」と聞いて、次を訪ねる。そんな数珠つなぎで11年頃から産地に足を運ぶことを続けてきました。

 お世話になっている和歌山の農家さんに行った時のことなんですけど、その方が作っているほうれん草を食べてびっくりしたんです。むちゃくちゃ甘くて!

 もともとは同じ種でも、その方が作ると、なぜそこまで甘くなるのか。尋ねると、土から作るというか、まず土を育てて、そこに植える。すると、味が変わると。

 「人間と違って、植物はエライんやで。こちらが努力して時間をかけたことを、ちゃんと形にしてくれる。人間は手をかけても必ずしもうまくいくとは限らんけど、野菜はホンマに素直。やった分だけ、応えてくれる」

 その言葉を聞いて、そして、その言葉をしっかりと形にされているのを目の当たりにして、野菜のもう一つ向こう側というか、農業に目を向けようと。八百屋から業態を変えて、農園をやろうとなったのが14年のことでした。

 大阪の能勢に畑を持って、自分で野菜を作る。作るしんどさを知らないのに、野菜の知識云々を言っても、根っこからの言葉にはならない。

 そう思って始めましたけど、実際にやってみると、本当に大変で…。初期投資にもものすごくお金がかかるし、イノシシ除けのネットなんかを張るだけでもすごい額になるし、そんなことをしても、イノシシに食べられて作った野菜が全滅することもあるし。なので、農園をやってからは、全く儲からないですし、慢性的にお金がないです(笑)。

野菜落語

 自分がやってみると、今まで自分が売っていた野菜が、いかに安いかも思い知ります。僕もずっと売る側をしていたので、値段が高いと売れないこともよく分かるんです。

 奥様方のアタマの中に野菜の相場が既にできていて、例えば、きゅうりだったらいくら高くても150円3本。200円では買わない。ということは、1本50円がマックスなんです。

 それが現実だし、高いものは当然買いにくいです。今、皆さんのアタマの中に出来上がっている相場を変えるのは本当に難しい。でも、でも、そこを今一度考えるというか、見つめなおすというか。

 それでないと、結局農業をやっても食べていけないということになって、農業をやる人も少なくなる。となると、もっと野菜が高くなる可能性もある。簡単ではないことは百も承知の上で、そこは強く訴えたいところではあるんです。

 20年近く、芸人でここまで青果業、農業に携わった人はなかなかいないと思うので、今お話ししたようなことも含め、僕が野菜に関わって感じてきたことがたくさんあります。それを芸人として、今年は落語にして伝えていこうと思っているんです。

 農業の実態みたいなところを例えばYouTubeとかでやると、暴露的な色合いになったりもするのかなと思うんですけど、そうではなく、僕は芸人という仕事をしているので、やっぱり笑いを織り交ぜながら伝えたいなと。

 パッと聞いたら「なんやそれ!」と思うような話がいっぱいあるんです。農家のリーダー的な方にお話を聞きに行って「あとは、若い子から説明させるので聞いてください」と言われて待ってたら、そこに来たのが65歳の人。相対的に見たら、若手か知らんけど「なんやそれ!」と(笑)。

 そういうことがたくさんあるし、笑いにもなるけど、問題も含んでいる。そんなところを落語で楽しく聞いてもらえたらなと思っているんです。

 もう実際、初回は決まっていて2月に同期の「2丁拳銃」小堀とやる落語のイベントでネタおろしをすることになっています。

 これは僕しかできないことだと思ってはいるんですけど、一つ、心配なのは、これだけ20年の重み的なことを言ってますからね…。八百屋さんや農家さんの代弁者みたいな顔して、絶対にスベることだけはできないなと…(笑)。

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(撮影・中西正男)

■土肥ポン太(どひ・ぽんた)

1971年6月6日生まれ。大阪府出身。本名・土肥耕平。NSC大阪校12期生。同期は小籔千豊、「COWCOW」ら。93年、お笑いコンビ「スキヤキ」を結成する。2001年にコンビ解散後はピン芸人として活動。04年、アルバイト先の青果店から独立し、自身の店をオープン。07、08年には「R-1ぐらんぷり」で決勝に進出。10年に立ち上げた「株式会社ポン太青果」で代表取締役を務める。17年に元吉本新喜劇座員の福田多希子と結婚。MBSテレビ「せやねん!」、J:COM「ポン太village」などに出演中。2月12日には“野菜落語”を初披露するイベント「ポン太の落語を2丁拳銃小堀が見守るライブ」(大阪・道頓堀ZAZA HOUSE)を開催する。

芸能記者

立命館大学卒業後、デイリースポーツに入社。芸能担当となり、お笑い、宝塚歌劇団などを取材。上方漫才大賞など数々の賞レースで審査員も担当。12年に同社を退社し、KOZOクリエイターズに所属する。読売テレビ・中京テレビ「上沼・高田のクギズケ!」、中京テレビ「キャッチ!」、MBSラジオ「松井愛のすこ~し愛して♡」、ABCラジオ「ウラのウラまで浦川です」などに出演中。「Yahoo!オーサーアワード2019」で特別賞を受賞。また「チャートビート」が発表した「2019年で注目を集めた記事100」で世界8位となる。著書に「なぜ、この芸人は売れ続けるのか?」。

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1999年にデイリースポーツ入社以来、芸能取材一筋。2019年にはYahoo!などの連載で約120組にインタビューし“直接話を聞くこと”にこだわってきた筆者が「この目で見た」「この耳で聞いた」話だけを綴るコラムです。最新ニュースの裏側から、どこを探しても絶対に読むことができない芸人さん直送の“楽屋ニュース”まで。友達に耳打ちするように「ここだけの話やで…」とお伝えします。粉骨砕身、300円以上の値打ちをお届けします。

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