「もっと悔しがってほしい」桂文枝がもらした本音

落語界への思いを語る桂文枝

 ABCテレビ「新婚さんいらっしゃい!」など数多くの番組で司会も務め、お笑い界のトップランナーとして疾走してきた落語家の桂文枝さん(75)。先月には初の自叙伝「風に戦いで」(かぜにそよいで)を上梓し、またさらに新たな領域に歩を進めています。1966年の入門から50年以上人気者の座をキープしてきましたが、今の落語界への思いをストレートに語りました。

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寂しさと向き合い続けた幼少期

 今回、初めて自叙伝を書いたんですけど、改めて自分の人生を振り返ってみると、特に子供の頃は、常に寂しさと向き合っていた日々やったなぁと思います。

 僕が生まれて1年も経たないうちに父親が亡くなりまして、そこからは母が僕を育ててくれました。親戚の家を転々として、母は料理旅館に住み込みで働いたりしていた。常に寂しさと向き合う幼少期で、切ない思いもたくさんしました。

 ただ、だからこそ、一緒に遊んでいる友達にずっといてほしいという思いで、いろいろと面白いことを考えてやった。それが高校での演劇部につながり、漫才もやるようになって、落語へと結びついていきました。

 そして、一人でいないといけないからこそ、想像が膨らんだというか。妄想の中で毎日暮らしていたからこそ、今の仕事に役立っているということもあるように思います。

“足し算”と“引き算”の想像力

 今では280以上の創作落語を作りましたけど、結局、落語は人の心とか気持ちを描いているんですよね。となると、いろいろな気持ちの経験がないと、それを盛り込めない。

 「もし、兄弟がたくさんいたらどんな感じなんやろうな」「お金がたくさんあったら…」という現実に“足し算”する気持ちはある程度想像できるんです。でも「誰もいない時の気持ちは…」「全部なくなったら…」というような“引き算”の気持ちは、本当にそうならないと想像しにくいもんなんです。

 それでいうと、ホンマに寂しくはありましたけど、リアルな“引き算”をたくさん経験できたのは、今の自分を作るには役に立ったのかなと思っています。子どもの頃の膨大な一人の時間。そういう時に、創作落語の基礎ができたのかもしれませんね。

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芸人として売れるには

 今回は自分自身の生い立ちを本にしましたけど、書いていくうちに、次は笑いの作り方であるとか、落語に関することとか、そういった本を書きたいなと思っています。自分がやってきたことが、少しでも、これからの人の参考になればと。

 よく聞かれたりもするんです。「芸人として売れるためには、何が必要ですか?」と。ただね、その要素は僕が思うに50くらいあると思うんです。例えば、毎日稽古するとか、人間を磨くとか、本を読むとか、運がいいとか、時代に合うとか…。

 だから「こうしたら売れる」というのは、あまりにも複雑すぎて、一言ではとても言えない。ただ、今はものすごく売れる機会が多い時代やとも思うんです。漫才師なら「M-1グランプリ」がある。噺家もそうですけど、ピン芸人やったら「R-1ぐらんぷり」がある。

 1年間、一生懸命ネタを作って、けいこして、けいこして、必死に考えてやれば、売れるきっかけを掴めるシステムがあるんですから。そこにはしっかりと可能性があるわけですから。目に見えて。

 もちろん、簡単なことではないです。ただ、システムはあるんですから。僕は若い頃からいろいろ考えてやってきましたし、だから、噺家でももっと考えたら、なんぼでもやりようもあるし、そうした方がエエのになぁと正直思います。ただ、みんな、そんなにしないんですね…。

弟子・桂三度

 例えば、僕に桂三度という弟子がいます。先月(若手落語家の登竜門的コンテスト)NHK新人落語大賞もとってくれました。彼は漫才コンビ、そしてタレントをやって、途中から落語に入ってくれました。それが大賞をとった。ほな、今までやっていた噺家は、どないやねんと。もっと悔しがってほしいのに、あんまり悔しい顔をしないように僕には見える。「三度は特別やから…」みたいな感じで見ている人が多いように思うんです。

 僕は三度には「落語を壊せ」「風穴をあけてくれ」と言っているんですけど、彼でも落語に近づきつつある。もっと落語という枠自体を壊すくらいのことをやってもらえたらなと思っています。

 彼やったら考えられるんちゃうかと。だから、すごく期待もしていますし、優秀な者が入ってきて、また、それが僕の弟子になってくれた。これはうれしいことやと思います。ただ、もっと違う人が出てきてほしいという思いもあります。結果として「NHK-」で三度が優勝した。それが現実ですから。もっと若い三度みたいな人が出てきて、打ち負かすくらいのことがあってほしいなと。

根尾昂選手級の落語家

 ドラフトで中日に入った大阪桐蔭の根尾昂選手なんかは、若いけどものすごくしっかりしている。ホンマに高校生かいなと思うくらいの落ち着きもありますしね。根尾選手が読んでいるという本「論語と算盤」をこの前、買って読んだんです。今さらながら「なるほど!」と思うことがたくさんありましたし、あれを高校生が読んでいるというのもすごい。僕も、もっと早く読んでおけばよかったなぁと思いました(笑)。

 野球と落語、ジャンルは違いますけど、これから落語を聞く人、まだやっていない人、今やり始めた人の中に、そういう根尾選手みたいな人がいてくれたらなと思いますし、そんなポテンシャルの人が落語を選んでくれたらなぁと強く思います。

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(撮影・中西正男)

■桂文枝(かつら・ぶんし)

1943年7月16日生まれ。大阪府堺市出身。本名・河村静也。関西大学在学中の66年、桂小文枝(のちの五代目桂文枝)に入門し桂三枝を名乗る。67年、MBSラジオ「歌え!MBSヤングタウン」に出演し、若者を中心に圧倒的な人気を得る。69年にはMBSテレビ「ヤングおー!おー!」の司会に抜擢され、さらに知名度を上げる。その後、ABCテレビ「新婚さんいらっしゃい!」など数多くの司会を担当。また「創作落語」を定期的に発表するグループ・落語現在派を旗揚げし、現在までに280以上の作品を発表してきた。2003年から15年まで上方落語協会の会長を務める。12年、六代桂文枝を襲名。文化庁芸術祭大賞、芸術選奨文部科学大臣賞など受賞多数。「新婚さんいらっしゃい!」で「同一司会者によるトーク番組の最長放送」としてギネス世界記録にも認定された。先月には自身初の自叙伝「風に戦いで」(かぜにそよいで)を上梓した。