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麻木久仁子、脳梗塞と乳がんが教えてくれたもの

中西正男芸能記者
脳梗塞と乳がんから学んだことを語る麻木久仁子

 タレント、女優、司会、クイズ番組と幅広く活動する麻木久仁子さん(55)。2010年に脳梗塞、12年には初期の乳がんが見つかり、自らの体と向き合う時間が増えました。その中で出会った薬膳の知識をまとめたレシピ本「ゆらいだら、薬膳」も先月に上梓。「有難い今の時間を大事にしないとバチが当たる。今まで1週間くらい腹を立てていたことも、何とか3日とかに縮めるようにしています」と朗らかに、言葉に力を込めました。

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48歳で脳梗塞

 そもそも、そんなに料理のイメージもない私がレシピ本を出す。さらに、料理の中でも非常にニッチとも言える(笑)、薬膳だと。すごく唐突感があると思うんですけど、きっかけは2010年末の脳梗塞だったんです。

 もちろん病気的には命を落としていても、もしくは後遺症があってもおかしくないものだったんですけど、私の場合は運が良いとしか言いようがないんですけど、軽いものではありました。

 ただ、それまで全然病気をしたことがなくて、それこそ出産の時に入院したくらいで。健康自慢じゃないですけど、自分が病気になる不安を持っていなかったというか。それが急に「脳梗塞です」となったんで、余計にびっくりしました。人間、いつどうなるか分からない。それは、十分理解していたつもりだったんです。でも、それが自分の身に降りかかってくると、本当に、本当に、リアルに感じるというか…。

 それが48歳の時で、おかげさまで軽いものだったので事なきを得たんですけど、50歳を前に、やっぱり体に気をつける時期なんだろうなと。脳梗塞の時に全身をチェックしていただいて、その時には、何かの理由で脳梗塞にはなったけれども、血液もきれいだし、基本的には非常に健康ですと言っていただいた。だったら、その状態を維持できればと思って、定期的に人間ドックに行くようになったんですけど、そこで見つかったのが乳がんだったんです。

初期で見つかった乳がん

 これも、本当に、本当に、運が良かったとしか言いようがないんですけど、初期で見つかった。その後、私もいろいろ勉強しましたけど、最初は小さいまま潜伏しているがん細胞が、ある時からググッと増えだす。その増えだしたところで見つかるのが初期。たまたまこのタイミングに検査がハマるのが一番いいんですけど、少し前の潜伏している時期だったら、これは見つけようがない。たとえば1年に1回検査を受けていて、受けたのがググッと増える直前で、1年後に行ったら大きくなってしまっていた。そんなパターンも可能性としてはありえる。

 ただ、だからといって検査が意味がないというわけでは決してなく、やっぱり受けると早期に見つかる確率が上がることは間違いありません。行かないと100%見つけようもないわけですから。もちろん、お金もかかります。でも、私は身をもって経験しましたけど、このレベルだったら転移の心配はないだろうということで、抗がん剤治療をすることがなかった。早く見つかると治療の選択肢も増えるし、治療が楽になる可能性も上がる。だからこそ、やっぱり検査は受けるべきだと感じています。

 それと、私が脳梗塞と乳がんをやった間に母が心臓の病気になりまして。母こそ本当に健康自慢で、当時75歳だったんですけど、足腰もしっかりしているし、私より元気なくらいだったんです。ただ、大きな心臓の手術を受けて、母に関しても健康管理ということがより求められることになった。心臓の病気をきっかけに母と同居も始めましたんで、みんなの体のためにより一層、毎日の食事のことを考えるようになったんです。

薬膳が世界を広げた

 調べてみると、体に良いとされる食事、たくさんあります。ただ、ストイックなものというか、あれはダメ、これもダメというのが結構ある。もちろん、それはそれでしっかりと意味があるんだと思うんですけど、毎日のことだし、ずっと続けていくのが難しいかなと。そんな中、ふと薬膳に目がいきまして。薬膳には食べちゃいけないものはない。肉はダメだとか、糖質はダメだとかいうことはない。どの食材にも力があって、その時々に必要なものを選んで食べる。それが薬膳だと。気持ちがイライラするから、紅茶にレモンを入れて飲んで気持ちを落ち着ける。柑橘系のものには気持ちをリラックスさせる力があるので、その力を取り込んでレモンティーを選んだ時点で、それはもう薬膳なんです。そういうことなら、誰でもできるなと。じゃ、やってみようと。

 そこから薬膳の学校に通いまして、それが52歳の時。もちろん、大きな目的としては食事の改善ということがあるんですけど、50歳を超えて学校に通うということも、すごく新鮮で楽しかったんです。普通に一人の生徒として学校に通って、授業で当てられて「分かりません…」となったり、宿題をやったり。そして、私より少し上の人から20代半ばまで、年齢も違うけど、クラスに同級生がいる。1年後には試験があるので、みんなで喫茶店に集まって受験勉強もする。50歳を過ぎても、新しい世界が開けることもあるんだと。その感覚もすごくうれしかったんです。

 脳梗塞にしても、乳がんにしても、命も落とすこともあるし、後遺症もあるし、長い闘病が伴うこともある。私は本当に運が良かった。ただただ、それだけです。なので、サバイバーぶるつもりも全くないんです。だけど、私の思いとして、生き方を見直すきっかけになったのは事実なんです。しかも運が良いことが2回続いた。これはやっぱり感謝しないといけないことだし、ここから先の時間を大事にしないとバチが当たるとも思っています。

 また逆に2回あったということは3回目もあるかもしれない。そして、今度ばかりは運が良いかどうかなんて分からない。本当に病気になったからこそ、その恐ろしさが現実味を帯びた形で私の中にあるのも事実です。

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病気が気づかせてくれたもの

 病気によって、食生活だけでなく、いろいろ見直すことも増えました。今のこの有難い時間を生きていく上で、くだらないことに関わって時間を浪費するのはいかがなものかと強く思うようになりました。つまらないことにいつまでも腹を立てているとか。ま、腹を立てたり、イライラすることはやめられないんですよ、人間は。私も、仙人になるわけじゃないですしね(笑)。ただ、昔なら1週間くらい怒ってたことを3日にしようとするというか。性根は変わらないけど、少しでもそんな時間を減らそうとは思っています。

 何がきっかけで、何がどうなるのか。本当に分からないものだなと…。若い頃は「人生は自分が切り開くもの!」という感覚が大きかったんですけど、今感じるのは、多くの部分は運命とか出会いとか縁とか。そういうことなんだなと。その都度その都度、出会いや縁を見逃さない努力は大切なんでしょうけど、縁や流れがつながって今があるということをすごく感じるようにはなりました。

 今で芸能生活35年。今振り返ってみると、知らない間にいろいろな縁や流れがあったんだろうなと。そう思うと、全然売れなくて大変だった20代も、それはそれで意味があったのかなと、今になって前向きな味が出てくるようになりました(笑)。

(撮影・中西正男)

■麻木久仁子(あさぎ・くにこ)

1962年11月12日生まれ。東京都出身。学習院大学法学部中退後、芸能活動を始め、モデルとしてサントリーのCMなどに出演。86年にはNHK「シャツの店」で女優デビューも果たす。90年代から「KOSE カウントダウン・ジャパン」「TVおじゃマンボウ」などで司会を務める。94年に作曲家の松本晃彦と結婚し長女が誕生するが、2006年に離婚。10年に軽い脳梗塞を患い、12年には初期の乳がんが発覚。左右両乳房の患部摘出手術を受ける。病気の経験から健康を見つめなおし、16年に国際薬膳師の資格を取得。今年2月にはレシピ本「ゆらいだら、薬膳」を上梓した。

芸能記者

立命館大学卒業後、デイリースポーツに入社。芸能担当となり、お笑い、宝塚歌劇団などを取材。上方漫才大賞など数々の賞レースで審査員も担当。12年に同社を退社し、KOZOクリエイターズに所属する。読売テレビ・中京テレビ「上沼・高田のクギズケ!」、中京テレビ「キャッチ!」、MBSラジオ「松井愛のすこ~し愛して♡」、ABCラジオ「ウラのウラまで浦川です」などに出演中。「Yahoo!オーサーアワード2019」で特別賞を受賞。また「チャートビート」が発表した「2019年で注目を集めた記事100」で世界8位となる。著書に「なぜ、この芸人は売れ続けるのか?」。

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1999年にデイリースポーツ入社以来、芸能取材一筋。2019年にはYahoo!などの連載で約120組にインタビューし“直接話を聞くこと”にこだわってきた筆者が「この目で見た」「この耳で聞いた」話だけを綴るコラムです。最新ニュースの裏側から、どこを探しても絶対に読むことができない芸人さん直送の“楽屋ニュース”まで。友達に耳打ちするように「ここだけの話やで…」とお伝えします。粉骨砕身、300円以上の値打ちをお届けします。

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