竜じいが愛されていた、何よりの“証拠”とは…

“竜じい”の愛称で親しまれた吉本新喜劇・井上竜夫さん

「おじゃましまんにゃわ」「三途の川じゃ~」などのギャグで人気を博し、“竜じい”の愛称で親しまれた吉本新喜劇の井上竜夫さん(享年74)が旅立った。

逝去を受けて7日に行われた会見では、井上さんから「親友」と呼ばれて可愛がられていた吉田ヒロが「なんぼでも、話はあるんですけどね…」と前置きし、思い出を語った。

「本当に、本当に、優しくて。でも、マイペースというか、天然というか。竜じいの誕生日祝いで、楽屋にケーキを持って行ったんです。部屋を真っ暗にしてろうそくを吹き消してもらったんですけど、部屋の電気をつけるまでの数秒の間に、ケーキに背を向けて横になってました。みんなで『もう飽きたんかい!』とつっこみました」。

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エピソードは事欠かなかった

大阪でお笑いの取材をして18年になるが、数々のベテラン芸人の中でも、井上さんのエピソードは、まさに枚挙にいとまがない。もちろん、ことさら井上さんの話ばかりを集めているわけではなく、あらゆる芸人さんの話をメモしてきた取材ノートを振り返ると、いたるところに“井上竜夫”の文字がある。ごく一部を抜粋してみた。

「竜じい、70歳過ぎになってから、ものすごく高性能なスマートフォンを買ったんです。何に使うのかを尋ねたら、それで写真を撮ると。寄る年波には勝てず、最近はかなり目も見づらくなってきて、スポーツ新聞のお色気面のエッチな写真をスマートフォンで撮影して、携帯画面を指で広げてアップにして見てるんやと。そこまでして何を見ているのかを聞いたら、すぐさま『主に、股間やね』」

「楽屋で竜じいと2人で話をしてたんですけど、用事を思い出して楽屋を出たんです。ただ、すぐ忘れものに気付いて2、3歩歩いたところで楽屋に戻ったんですけど、楽屋の隅っこの方に置いてあった『プレイボーイ』をもう読んでました」。

「竜じいに『なかなかギャラが上がらないんですけど、どうしたらいいんでしょうか』と相談というか、愚痴を聞いてもらってたんです。僕が一通り話した後に竜じいが『僕は吉本に入って、ギャラが安いなんて一回も言ったことない。ましてや交渉なんてしたことない』とまじめなトーンで話し出した。うわ、これは『ワガママを言うのはまだまだ早い』と諭されるのかと思いきや『…交渉しといたらよかった!!』と逆にこっちがなだめるくらい、悔いてました(苦笑)」。

こういったエピソードが新喜劇の座員でもない、取材する側の僕にまで漏れ伝わってくるということは、井上さんがいかに周りの芸人さんから愛されていたかを物語っている。芸人さんにとって、その人のことをネタにして誰かに話すというのは親愛の情があってこその行動。関係性が悪かったり、相手との信頼関係がなければ、ネタにはしない。残されたエピソードの数だけ、井上さんがみんなから強く愛されていたということに他ならない。

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次のスターを作っていかなくてはいけない

ここ数年、座員さん、スタッフさん問わず、新喜劇に関わる人たちと話す度に出てくるのが、「新しい人材の育成」という言葉。その人が舞台に立っているだけで、全国どこでも老若男女問わず「あ、新喜劇をやっているんだな」と分かってもらえる“新喜劇の顔”がいなくなった時にどうするのか。いつまでも偉大な先人たちに頼っているわけにはいかない。次のスターを作っていかなければならない。

いつか、必ず、こんな日は来る。それはしっかりと分かっている、だからこそ、それぞれの立場で知恵を絞り、汗をかき、鍛錬を重ねてきた。それでも、それでも、今回の別れは、新喜劇に大きなショックを与えた。

しかし、全てを飲み込み、握りしめ、新喜劇がよりおもしろくなる。それだけは間違いないと、取材ノートを読み返して確信している。