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個人事業主を悩ます「不備ループ」~約1兆円給付残りの事業復活支援金

中村智彦神戸国際大学経済学部教授
SNSで話題になっている「不備ループ」とは(写真:イメージマート)

・「不備ループ」とは

 「不備ループ」という言葉が、中小企業や個人事業主関係のSNSなどで話題になっている。給付金を申請すると、不備が指摘され、要求された資料やデータを提出しても、さらに不備が指摘されてというループにはまり込むことだ。

 事の起こりは、国の「事業復活支援金」の申請を巡ってである。「事業復活支援金」とは、新型コロナの影響を受けた中小企業、フリーランス、個人事業主などに対する給付金で、支給額は売上の減少額により決まり、個人事業主の場合は最大50万円、法人の場合は最大250万円となっている。

 申請や事前確認のために必要な仮登録(申請IDの発行)は5月31日で締め切られ、申請そのものは1月から始まり、当初5月末までだったものが、6月17日まで延長された。

・フリーランスを含む個人事業主も対象

 支給対象は、「新型コロナウイルス感染症の拡大や長期化に伴う需要の減少又は供給の制約により、大きな影響を受け、自らの事業判断によらず売上が大きく減少している中小法人等及び個人事業者等」となっている。

 大きく分けて、「資本金10億円以上の企業を除く、中小法人等を対象としており、会社以外の法人」、個人事業収入として確定申告した「フリーランスを含む個人事業者」、主たる収入を雑所得・給与所得で確定申告した「個人事業者等」の三つが対象となっている。

 事業復活支援金では、申請を行う前に登録確認機関から事前確認を受けることが必要とされており、広くフリーランスを含む個人事業主でも給付されることとなっている。ところが、そうは簡単ではないのだ。それが「不備ループ」問題だ。

・1兆円近く余っている?

 この支援金支給に関する事務事業は、デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社(事務局)が契約金額を約960億円で受託している。

 経済産業省の発表による「給付実績等」によれば、8月15日時点で、約234万件の申請に対して、約230万件、約1兆7010億円を給付したとされている。給付率は98%だが、申請期限6月17日から2か月を経ても、実数では約4万件が残っていることになっている。しかし、その中身は発表されていない。また、申請をしたにも関わらず、「辞退」した数も明らかではない。

 ちなみに予算予算規模としては総額2兆8,032億円あり、すでに給付した約1兆7010億円を差し引くと、残り約1兆1022億円と大幅に余っている。

・辞退数は?

 あるフリーランスの男性は、「事前確認でOKだと言われたのにダメだと言われ、相談の電話をすると、これで大丈夫ですと言われて、再申請したら、また別の書類を出せと言ってくる。メンタルやられちゃいますよ。私の知人でも、諦めて辞退した人が結構います」と言う。

 申請の相談に乗っているある行政書士は、「事務局からの不備の指摘にも間違いが多く、専門知識がある人間が対応しないと、素人ではよく判らず辞退せざるを得なくなっているのではないか。私たちでも指摘内容が良く判らず、同じ行政書士同士で情報交換しながら対応してきた」と言う。

 地方自治体で中小企業支援を担当する職員は、「要するに給付率を上げるために、少しでも疑いがあれば、辞退させているということではないか。いろいろと相談を受けているが、普通、こうした支援の場合、担当者はなんとか支援を受けられるようにと相談者の立場になることが多いのですが、今回の支援金の場合、むしろ、辞退させようとしているのではないかと思われるケースが多い」と言う。

 要するに審査をして、不支給者が多いと、給付率が下がり、批判を受けるために、それを避けるために、少しでも疑わしいケースは辞退させているのではないかという疑いだ。経済産業省は、申請数と給付率だけではなく、今回は、辞退数も公表し、不服申し立ての窓口を設置する必要があるのではないか。

「不備解消依頼書や振り込み通知などに日付すら記載されていないのには、驚いた」画像は事業復活支援金事務事業のホームページから。
「不備解消依頼書や振り込み通知などに日付すら記載されていないのには、驚いた」画像は事業復活支援金事務事業のホームページから。

・素人が対応しているのか?

 中部地方のある中小事業者は、「今までいろいろな制度を活用してきたが、初めて電話口で怒った。書類に不備があれば、こちらも対応する。しかし、中小企業の経営や経理の知識があれば、そんな指摘はないだろうと。あなた方は専門家ということで、税金から受注しているのではないかと怒鳴ってしまった」と言う。

 フリーランスの男性が体験した相談窓口とのやりとりは次のようなものだ。何度目かの不備通知で、男性に対して事務局から「消費税の納税証明書等を提出せよ」と不備通知があった。そのため、男性は、相談窓口に電話をしたが、「あまりのいい加減さに逆に笑いが込み上げてきた」と言う。その会話の内容を再現したものが、下記のものだ。

・・・・・・

 男性「確定申告の控えをそちらに提出している。売上もそこに書かれているし、そちらが出せと言ったので、税務署の納税証明書もわざわざ送っている。それを見れば、免税業者であることはわかりますよね。」 

 窓口「いえ、こちらはそちらがどういう書類をお持ちか判らないので。」 

 男性「一般論を話しているのではないです。どうして税務署の証明書まで付けているのに、存在しないものを出せというのか。そちらは専門家ですよね。いったい、どういう審査をしているのか。」 

 窓口「審査は審査部がやっておりまして、どういった審査かは秘密ですし、不備の理由はこちらでも判りません。」 

 男性「存在しないものを出すことはできませんよね。税務署にも相談したのですが、この納税証明書等の等というのは、なんなのか。代替するものがあるのならば、言ってくれたら提出する。」 

 窓口「上の者に確認してきます。」 

しばらくして・・・ 

 窓口「代替の書類に関しては、ご自身で考えていただきたいと」   

 男性「えっ?こちらで考えろ?なに言ってるんですか。そちらかが出せと言ってきてるんですよ、こっちが考えて、書類出すんですか?」 

 窓口「私どもとしては、説明書に書かれていること以外は」 

 男性「こっちに考えろって、要するに、そちらでも何の書類が必要か判らないと言うことですね。」 

 窓口「はい・・・」

・・・・・・・・・

 この男性は、「この時には、結局、約1時間、電話で話をした。私は、企業の経営コンサルもしているので、ある程度の知識があったので、おかしな不備の指摘に反論できたが、数回電話をして、話をした担当者は、みんな、言葉は丁寧だが、素人レベル。ちょっと突っ込むと、それは審査部がやっているので判らないと言われた。1回などは、不備指摘が間違っているようなので、そのままもう一度出してくれだった」と言う。「専門家だということで、税金から1千億円近い手数料もらって、受託しているのですよね。今回、意地になって粘りに粘って最終的に受理してもらいましたが、不信感はぬぐえないです。納税者として納得いかない。」

 地方自治体で企業への支援金などを扱う部署にいるある職員は、これらのやり取りに対して、「行政で行う以上、ダメならばダメな理由を明示する義務がある。ましてや、行政側から提出を要求する書類を自分で考えろなどと言う対応は考えられない」と言う。さらに、「役所の窓口でこのような対応をすれば、責任問題に発展するが、誰も責任を取らない体制になっているのだろう。それにしても、不備解消依頼書や振り込み通知などに発行日すら記載されていないのには、驚いた。私の職場では考えられない」と言う。

「本人限定受取郵便」で送られてきた不備解消依頼。提出期限を通知しているが、発行年月日や担当者の記載がない。(プライバシーを保護するために一部修正してあります。画像・筆者撮影)
「本人限定受取郵便」で送られてきた不備解消依頼。提出期限を通知しているが、発行年月日や担当者の記載がない。(プライバシーを保護するために一部修正してあります。画像・筆者撮影)

・無責任体制

 申請をしたという自営業者たちに聞くと、「相談窓口に質問しても、審査は審査部がやっているので、よく判らないと言われた」、「不備指摘の内容が間違っているため、申立書を書き、責任ある人から理由を返答して欲しいと書いたら、何の説明も謝罪もなく、提出しろと言ってきた書類の部分を消し、違う書類の提出を命じてきた」、「事業所得で申告し、納税もし、税務署から納税証明書ももらって提出したのに、なぜ一民間企業が事業をやっていないなどと言ってくるのか理解できない」などという「不備ループ」に対しての怒りの意見を耳にした。

 相談窓口に問い合わせても、指摘してきた不備の内容を説明できず、理由を聞いても「審査部がやっているので判らない」という回答しか得られない。さらに不服申し立てや再審査の窓口はない。

 こうなっている理由がうかがい知れるのが、経済産業省が公表している「事業復活支援金に係る事務局の実施体制について」という資料だ。デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社をピラミッドの頂点にして、再委託先、再々委託先、それ以下の委託先と4段階に60社を超す企業で構成されている。複雑に組み合わされた企業群が、結果的に「無責任体制」を構築することになっていると言える。

60社を超す企業がピラミッドを形成している。(出所:経済産業省ホームページ https://www.meti.go.jp/covid-19/jigyo_fukkatsu/index.html)
60社を超す企業がピラミッドを形成している。(出所:経済産業省ホームページ https://www.meti.go.jp/covid-19/jigyo_fukkatsu/index.html)

・副業、兼業、フリーランス、スタートアップなどと言うが

 政府も経済団体も、ここ数年、副業、兼業、フリーランス、スタートアップなどを奨励している。今回の事業復活支援金でも、個人事業主やフリーランスへの支援だと銘打たれている。

 しかし、今回の支援金の相談に乗ったというある税理士は、「どうも個人で支援金を申請した人を狙い撃ちのように不備指摘を行っている感じがする。最初から出さない相手を選別しているかのようだ。内容を変更をせずに、税理士などから申し立て書を出すと、そのままで通った事例もあり、審査に問題があると感じている。ただ、今後のこともあるし、中小企業庁など官庁とあまり事を荒立てたくないという気持ちもある」と言う。

 ある商工団体の職員は、「副業だ、兼業だなどと明るいイメージで打ち出しているが、今回の不備ループのようなことを行うようでは、本気なのかと思ってしまう。起業したからといって、こうしたことに知識がある人は少ない。今回の件で、経済産業省や事務局の委託を受けた企業への不信感や疑惑を持つ人も多いのではないか」と言う。さらに、地方自治体が独自で事業復活支援給付金を実施した場合にも問題があると指摘する。「不備ループに陥り、自治体の申し込み期限までに解決できないという相談も来ている。自治体では、国の復活支援金を受給していることが条件になっているため、こちらもあきらめざるを得なくなった例もある」と言う。

・不正受給が背景にあるが

 政府の助成金、支援金を巡っては、不正受給が大きな問題となった。中には、官僚が関わった事件まで引き起こされ、厳格な審査が求められてきた。事業を実際には行っていないにも関わらず、事業所得があると申告し、経費を差し引いて赤字にすることで、不正に還付金や給付金を得る事案が多く、社会問題となっている。

 そのため、国税庁は300万円以下の副業が「雑所得」となり、所得控除が無くなるという改正案(※1)を8月1日に公表するなど、事業所得に対する厳格化が行われる方向だ。

 しかし、こうした背景があるにしても、今回の「不備ループ」問題の理由とはなり難い。むしろ、この問題に関して話を聞いた行政職員たちの多くは、まず制度設計そのものが間違っている可能性がある点、さらに支給や審査を民間企業に丸投げする方式を採る限り、今後も同様の問題が発生する可能性ある点を指摘する。

 審査を委託された民間企業の匙加減で可否が決まったり、理由も判らず可否が決まるといったことは、不公平感や疑念を納税者に与える。それだけではなく、必要のない複雑な申請手続きにすることで、本来、届かなければならない人たちに支援が届かない恐れがある。

 「不備ループ」問題は、単に今回の申請者の支援金の可否だけではなく、今後の様々な支援制度設計に対する課題も投げかけている。すでに一部国会議員が問題を提起しているが、きちんとした検証を国会の場で行うべきだろう。

*1 国税庁「所得税基本通達の制定について」(法令解釈通達)の一部改正(案)(雑所得の例示等)

神戸国際大学経済学部教授

1964年生まれ。上智大学を卒業後、タイ国際航空、PHP総合研究所を経て、大阪府立産業開発研究所国際調査室研究員として勤務。2000年に名古屋大学大学院国際開発研究科博士課程を修了(学術博士号取得)。その後、日本福祉大学経済学部助教授を経て、神戸国際大学経済学部教授。関西大学商学部非常勤講師、愛知工科大学非常勤講師、総務省地域力創造アドバイザー、山形県川西町総合計画アドバイザー、山形県地域コミュニティ支援アドバイザー、向日市ふるさと創生計画委員会委員長などの役職を務める。営業、総務、経理、海外駐在を経験、公務員時代に経済調査を担当。企業経営者や自治体へのアドバイス、プロジェクトの運営を担う。

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