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スリランカに日本から約3億8千万円の緊急無償資金協力~一体なにが起こっているのか

中村智彦神戸国際大学経済学部教授
デモ隊とにらみ合う警官隊。経済危機はスリランカの国内情勢を不安定にしている。(写真:ロイター/アフロ)

 ロシアのウクライナ侵攻以降、テレビも新聞もネットも、ウクライナ戦争の情報で埋め尽くされている感がある。その分、他の国々の情勢が伝わりにくくなっている。

 日本とスリランカの関係は、紅茶や農水産品はもちろん、仏教を始めとする文化的な交流も盛んで、日本の中小企業や地域産業とも密接な関係を持っている。このように観光でも人気のあるスリランカが、国家的な危機に陥っている。

・スリランカに約3億8千万円の緊急無償資金協力

 5月20日、林芳正外相がスリランカに対して、計300万ドル(約3億8千万円)の緊急無償資金協力を実施すると発表した。

 これが伝わるとネット上では、「またバラマキか」、「そんなことをしている状況ではないだろう」と批判する意見が多数出た。

 この政府の緊急無償資金協力の発表を、多くの人は唐突に感じたのだろう。金額の大きさからも、批判が巻き起こったと言える。

 しかし、この緊急無償資金協力は、国連児童基金(Unicef)と世界食糧計画(WFP)を通じ、医薬品と食料を支援するというものだ。医薬品と食料が必要となっているというスリランカは、一体なにが起こっているのか。

・なにが起きているのか

 スリランカでは、政府の経済運営の過ちに加えて、コロナ禍による観光産業への影響、さらには中国からの経済支援が大きな負担となるなど、複合的な理由から、経済破たんに直面している。

 スリランカの通貨は、今年に入って暴落し、輸入品の価格の高騰を招いている。さらに、経済運営の失敗から、外貨準備高が極端に少なくなり、輸入品への支払いも滞って、石油製品などの品不足が深刻化している。

 このため、今年3月以降、生活に困窮した市民が反政府デモを行い、政府側と対立。一部では暴動に発展し、大量の逮捕者を出している。政権もぐらつき、4月3日にはマヒンダ・ラージャパクサ首相を除く26人の内閣閣僚が総辞職する事態となった。その後、新任となった財務大臣は、わずか1日半で辞表を提出するなど、混乱が続いている。

スリランカの対外債務の割合では、日本と中国がそれぞれ10%を占める
スリランカの対外債務の割合では、日本と中国がそれぞれ10%を占める

・ついにデフォルト(債務不履行)

 5月19日、スリランカ中央銀行総裁ウィーラシンハ氏が、債務再編完了までドル建て債務の支払いを行わない「事前調整型デフォルト」にスリランカが陥ると発表。4月18日が期限だった2023年と28年に満期を迎えるドル建て債の利払いは、30日間の支払い猶予期間を過ぎても支払われていない。

 これによって、事実上、スリランカは同国史上初めて、デフォルト(債務不履行)に陥ったことが明らかになった。いわば国家の倒産である。ただ、スリランカの経済規模は小さく、アジア通貨危機の時のように他国に影響するとは考えられない。

 しかし、輸入品の価格高騰による物価の急上昇を引き起こしている国々も多く、スリランカだけを特殊だと考えるのは早計だ。

 また、スリランカの対外債務を見ると、中国と日本とでそれぞれが10%と大きな割合を占めている。この点にも注意を払う必要がある。

Inflation Rate in Sri Lanka increased. source: Central Bank of Sri Lanka
Inflation Rate in Sri Lanka increased. source: Central Bank of Sri Lanka

・30%を超す急激なインフレに、国民の生活は困窮

 スリランカ中央銀行の発表によれば、スリランカのインフレ率は昨年(2021年)以降、急激に上がり、4月には30%となった。

 スリランカ・センサス統計庁によると、2019年3月と2022年3月を比較すると、米93%、レンズ豆117%、ココナッツ81%、玉ねぎ98%と主食に使われる素材は、ほぼ2倍に値上がりしている。小麦、鶏肉、牛肉、卵、ジャガイモなども1.5倍に値上がり、中にはトマトのように2倍を超す値上がりをしているものも出ている。

 値上がりしているのは農産物だけではない。ガソリンは85%、ディーゼル燃料は69%、LPガスは84%と燃料が高騰している。事態を悪化させているのは、これら燃料を輸入するための外貨を準備できなくなりつつあることだ。今後、インフレ率は40%を超すという見方も出ている。

 スリランカは、筆者も訪れたことが数回あるが、本来は農業、水産業などが盛んで、自給自足ができていた国だ。その国で、急激な物不足に陥ったのは、別の理由がある。

・過激な有機農業化が食料不足を誘発

 ゴタバヤ・ラジャパクサ大統領は、2019年の選挙戦で、農業の有機農業化を打ち出し、その際は10年間に段階的に実施していくことを提案していた。

 ところが、当選後、急変する。2021年4月26日に化学肥料、農薬、除草剤などの輸入と使用の全面禁止の実施を打ち出したのだ。すでにコロナ禍の影響が深刻化していたスリランカ経済に、この過激な政策はさらなる悪影響をもたらした。

 米の生産量は低下し、これまで自給自足できていたものが、スリランカ政府は米の輸入を行わなければならなくなり、米価格が高騰した。

 この急激な有機農業転換策は、米だけではなく、他の作物の栽培にも大きな影響が出ている。特に大きな影響を受けたのが、スリランカの主要産業である紅茶栽培である。

 スリランカ紅茶局の発表によれば、充分な肥料を加えることができず、さらに雨が少なかったこともあって、生産量と品質の低下が起こり、紅茶産業は4億2,500万ドルの経済的損失を被ったとしている。紅茶は、スリランカの主要産業であり、経済全体に与える影響は大きい。

 事態の急激な悪化に、スリランカ政府は、2021年7月以降、化学肥料や窒素肥料の輸入を段階的に認めざるを得なくなり、11月30日には輸入制限を撤廃し、輸入を再開すると発表した。しかし、一時的に輸入を禁止したため、国内の在庫が払底し、為替レートの悪化とインフレの進行で、新規の輸入肥料や農薬の価格が高騰している。

・急激な開発と中国

 2005年に親中派のラジャパクサ氏が大統領に就任すると、中国政府が港湾、空港、大型高速道路など巨大インフラ開発に巨額融資を行った。これらは需要予測などが甘く、完成後も赤字を拡大している。

 いずれの大型開発も赤字続きで、スリランカ政府は返済に行き詰った。その結果、2017年には、南部に建設したスリランカのハンバントタ港が、債務と株式の交換によって、99年間のリース契約によって、事実上、中国国有企業のものとなった。これらは中国政府が「一帯一路」戦略に基づき、返済困難な融資を行うことによって、様々な権益を確保し、相手国を自国陣営に引き込む「トラップ」だとスリランカの国内外から批判されてきた。

 そもそも、スリランカはコロナ禍以前から、対外債務が国内総生産(GDP)の約60%と、すでに巨額の対外債務の返済に行き詰りつつあった。

 スリランカ財務計画省の公開したデータでは、中国に対する債務は、日本と同水準の10%程度である。これらの数字には中国の民間企業からの投資は含まれていないとされるため、割合は大きくなる可能性がある。しかし、全体としては国際投資市場からの調達が47%と高い。そのため、世界的に見れば規模的には小さいとは言うもののデフォルトと経済混乱が続けば、国際的な負の影響を引き起こす可能性がある。

2022年3月以降、スリランカ・ルピーは対ドルで暴落している。(出所:スリランカ中央銀行)
2022年3月以降、スリランカ・ルピーは対ドルで暴落している。(出所:スリランカ中央銀行)

・政治の失敗とコロナ禍、輸入品の価格上昇

 スリランカが経済危機を生じさせたのは、まず政治の失敗がある。一族や支援者を優遇する腐敗した政治体制と、国民の不満を抑えるため、大衆受けする減税や補助金の支給による財政悪化の放置。

 さらに中国政府の融資に頼ったインフラ整備は、採算性が度外視され、対外債務のさらなる拡大を引き起こしただけだった。

 有機農業の推進も、充分な検討や研究を行わず、過激な導入を強行したために、農業生産を急激に低下させ、さらに禁輸によって肥料の大規模な不足を発生させてしまった。輸入制限を緩和した後には、為替レートの悪化や外貨不足から輸入が滞り、改善に支障を来たしている。外貨不足は、2022年1月には、スリランカはイランと交渉し、輸入石油と紅茶との物々交換で支払うことになったと発表したほど深刻だ。

 コロナ禍によってスリランカの主要産業である観光産業による収益と在外スリランカ人労働者からの送金が途絶えたことが、経済状況を悪化させていた。その上、一大輸出産業である紅茶産業に悪影響を与えたことで、外貨準備高は払底する事態となっている。

・日本にとって

 日本とスリランカでは、経済規模も経済状況も全く異なるが、政府の失策、国民の政治不信、財政の悪化、輸入価格の高騰、外国資本の過度の導入、国内自給率の低下など、「他山の石」とすべき課題も多い。

 日本政府の緊急無償資金協力は、単にスリランカとの関係だけではなく、複雑化する国際関係の中で重要な意味を持ってくるはずだ。

 スリランカは、貿易規模は小さいものの、日本への輸入では紅茶などの農水産品、日本からの輸出では自動車や二輪車、関連部品などがあり、民間交流も活発である。日本国内の貿易業者や食品加工、紅茶などを扱う飲食店などとの関係も深い。ウクライナ情勢も重要であるが、こうした諸外国の経済情勢や日本との経済関係などにも注視しておくべきだろう。

参考スリランカ中央銀行(Central Bank of Sri Lanka)

スリランカ紅茶局(SRI LANKA TEA BOARD)

スリランカ・センサス統計庁(Sri Lanka,Department of Census and Statistics)

神戸国際大学経済学部教授

1964年生まれ。上智大学を卒業後、タイ国際航空、PHP総合研究所を経て、大阪府立産業開発研究所国際調査室研究員として勤務。2000年に名古屋大学大学院国際開発研究科博士課程を修了(学術博士号取得)。その後、日本福祉大学経済学部助教授を経て、神戸国際大学経済学部教授。関西大学商学部非常勤講師、愛知工科大学非常勤講師、総務省地域力創造アドバイザー、山形県川西町総合計画アドバイザー、山形県地域コミュニティ支援アドバイザー、向日市ふるさと創生計画委員会委員長などの役職を務める。営業、総務、経理、海外駐在を経験、公務員時代に経済調査を担当。企業経営者や自治体へのアドバイス、プロジェクトの運営を担う。

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