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知床沖観光船事故~地域経済に落とす大きな影

中村智彦神戸国際大学経済学部教授
知床半島は、2005年に世界遺産登録された。(写真:イメージマート)

・地域経済に大きな影

 新型コロナウイルス禍による移動制限も緩和され、全国的に、5月のゴールデンウィークは本格的観光シーズンの幕開けとなった。  

 しかし、観光船の沈没事故の起きた知床半島では、地域経済にも大きな影を落としている。

 知床半島は、長さ約70キロメートル、幅約20キロメートル。北半部が斜里町、南半分が羅臼町に二分される。今回の事故を起こした観光船が出港したのは、斜里町のウトロ漁港だ。

 斜里町の観光船運行会社が加盟する「知床小型観光船協議会」では、事故後、5月8日までの運航自粛を決めていたが、安全体制の見直しが必要として、5月末日までの運航自粛を5月5日に発表した。

・知床半島は日本でも有数の観光名所

 知床半島のある道東地域は、阿寒湖、摩周湖、屈斜路湖、釧路湿原など有名観光地が多く、日本国内外からの観光客も多く訪れる。地域内には、北から紋別空港、女満別空港、中標津空港、釧路空港と4つの空港があり、網走や釧路などからも回遊コースを組むことができる。

 JR釧網本線は、網走からオホーツク海沿いに斜里まで走り、そこから南に向かって阿寒摩周国立公園を抜けて、釧路に至る。運行本数は少ないものの人気の路線だ。

 道路も整備されており、春から秋にかけて通行ができる国道334号知床横断道路は知床半島のほぼ中央部を縦貫し、知床峠を通る観光道路として、こちらも人気が高い。

網走~釧路間を約3時間かけて走る快速「しれとこ摩周」号は観光客にも人気の列車だ(2020年・筆者撮影)
網走~釧路間を約3時間かけて走る快速「しれとこ摩周」号は観光客にも人気の列車だ(2020年・筆者撮影)

・観光船乗船客は、年間15万人程度

環境省知床データセンターが公開している「知床国立公園の利用状況調査結果(暫定版)」によれば、コロナ禍前の2019年のウトロ観光船の乗船客は15.1万人 だった。また、知床半島の南側の羅臼町からも観光船が出ているが、利用客数は斜里町からの観光船に比較すると少ない。

 比較的順調に推移してきた観光船利用客数だが、コロナ禍の影響を受け、2020年は4.9万人、2021年は4.3万人まで減少していた。

 知床半島には林道が途中まであるが、一般車両の通行が禁止されている。また、ヒグマが多く生息する地域だ。そのため、ウトロ漁港からの観光船は、知床半島観光の中心と言える。

 観光船の運航は、1965年に始まっている。2005年に知床国立公園が世界自然遺産に登録されると、注目が集まり、2008年には26万人に達している。

 それだけに、道東のコロナ禍後の観光産業復興に、観光船は重要な役割を果たす。

観光船の利用客はコロナ禍で激減した。
観光船の利用客はコロナ禍で激減した。

・観光は重要な産業

斜里町の産業は、漁業や農業といった第一次産業、それらの資源を活用した食品加工や製造業である第二次産業、そして、知床観光に関係する宿泊業やサービス業といった第三次産業で構成されている。

 オホーツク海の豊かな海の幸と、北の大地の小麦、ジャガイモ、砂糖大根(甜菜)など第一次産業が中心のようなイメージが強いだろう。しかし、産業別付加価値(総務省経済センサス)で見てみると、農林漁業が17%に対して、製造業13%、卸売・小売業17%、宿泊業・飲食業10%となっている。さらに、従業者数別でみても、第二次産業、第三次産業の割合も高いことが理解できる。

 斜里町にとっては、観光産業は非常に重要な産業となっていることが、これらからも理解できる。

・鮭の漁獲高は、ピーク時の6分の1と大幅な減少

 その中で、ウトロ漁港は、鮭の漁獲量日本一を2003年から18年間、誇ってきた。斜里町の漁獲量は、2009年に3万2千トンとピークを記録する。ところが2019年に7,860トンと1万トンを大きく下回った。昨年、2021年は5,032トンとピーク時の6分の1と大幅な減少で、北海道がデータを取り始めた1991年以降で最低となった。

 鮭に関しては、日本全体で見ても、かつては20万トン以上の漁獲量があったが、2016年に10万トンを下回り、2019年からは5万トン台と大幅に減少している。

 2021年は、斜里町を含むオホーツク管内全体では前年比26.3%増となっているが、全国的には歴史的不漁となっている。

 鮭の不漁は、イクラや筋子の減少にも繋がり、食品加工業者にも大きな影響が出る。斜里町の地域経済にとっては、鮭の不漁は大きな懸念材料の一つだ。

鮭の漁獲量は、ピーク時の6分の1に激減した。
鮭の漁獲量は、ピーク時の6分の1に激減した。

・斜里町の観光客数は100万人超

 斜里町を訪れた観光客数は、コロナ禍前には110万人を超していた。しかし、コロナ禍の影響もあり、大幅に減少していた。

 観光客のうちインバウンド(外国人観光客)は、約5万人と海外からも人気の高い観光地となっていた。

 知床半島を含むこの地域は、冬季は寒さが厳しく、観光シーズンは5月から11月だ。最近では、流氷など冬季の観光振興も進んでいた。斜里町では、豊かな自然を生かしたエコツーリズムなど、様々な観光振興が取り組まれてきた。

・地域経済への悪影響をどう緩和するか

 斜里町に限らず、日本国内の地方部では、地域経済において観光産業が重要な役割を果たしつつある。斜里町の各種データを見ても、農林水産業に加えて、観光産業が地域経済に大きな役割を果たしていることが理解できる。

 今回のような事故が起きることは、単に観光業だけに与える影響で済まず、地域経済全体に悪影響を及ぼす。コロナ禍が二年以上続き、観光産業は大きな打撃を受けてきた。この5月の連休は、行動制限が撤廃され、本格的な観光産業の復興に業者の大きな期待が集まっていた。

 人口減少や高齢化、漁獲量の減少などを引き起こす自然環境の変化など、地域経済の衰退が進んできた。そこにコロナ禍が追い打ちをかけた。それでも、この5月の連休をきっかけとして、観光産業を中心に復興の道筋が見え始めていた。

 観光は、安心安全が前提条件である。それらをないがしろにすれば、必需品ではないだけに観光客は離れてしまう。それだけに、行方不明者の捜索が難航する中、知床地域、道東全体へのマイナスイメージの長期化が危惧される。

 今回、一事業者が引き起こした事故というだけでは済まず、地域経済全体に悪影響を中長期的に与える可能性が高い。北海道では、すでに4月末に知床観光関連中小企業等経営・金融特別相談室を設置し、中小企業支援に乗り出している。

 しかし、今後、中長期化する地域経済への悪影響をどう緩和するか、官民一体となった幅広い視野でのさらなる対策や支援が政府や北海道などに求められる。

神戸国際大学経済学部教授

1964年生まれ。上智大学を卒業後、タイ国際航空、PHP総合研究所を経て、大阪府立産業開発研究所国際調査室研究員として勤務。2000年に名古屋大学大学院国際開発研究科博士課程を修了(学術博士号取得)。その後、日本福祉大学経済学部助教授を経て、神戸国際大学経済学部教授。関西大学商学部非常勤講師、愛知工科大学非常勤講師、総務省地域力創造アドバイザー、山形県川西町総合計画アドバイザー、山形県地域コミュニティ支援アドバイザー、向日市ふるさと創生計画委員会委員長などの役職を務める。営業、総務、経理、海外駐在を経験、公務員時代に経済調査を担当。企業経営者や自治体へのアドバイス、プロジェクトの運営を担う。

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