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トラック運輸会社の苦境~中小企業倒産急増の前触れか

中村智彦神戸国際大学経済学部教授

・増加するトラック運輸会社の倒産

 昨年後半から、トラック運輸会社やその関連会社の自己破産申請や特別清算が相次いでいる。その背景を見ていくと、トラック運輸会社に特有な問題だけではなく、今後、多くの中小企業が直面する問題を抱えているといえる。

・①原材料費の上昇~原油価格の上昇が重くのしかかるが

 「軽油価格の上昇が経営を圧迫している」と、関西地方のある運輸会社の経営者は嘆く。トラックの燃料である軽油価格は、一年間で40円近く上昇している。

 値上がりしているのは、軽油価格だけではなく、トラックの排ガス浄化に不可欠な尿素水も品薄感から、昨年、価格が上昇した。昨年10月以降、中国政府が輸出規制を開始したことに端を発し、経済産業省が国内メーカーに増産を要請した。一時は、原材料が1年間で2倍に高騰するなど混乱が見られたが、今年に入り、世界的な需要も安定しつつある。しかし、国内価格は高止まりしている。

軽油価格は、この一年間で40円近い高騰を記録
軽油価格は、この一年間で40円近い高騰を記録

・②国内市場の縮小~急増しているのは宅配便だけ

 国内貨物輸送量は、製造業の海外シフト、人口減少の深刻化などから、長期的に減少傾向ある。2010年以降は、ほぼ横ばいで推移してきた。

 「貨物業界は活況のように言われていますが、活況なのは宅配便だけ」と大手運輸会社の管理職社員は指摘する。コロナ前から、国内貨物の輸送量は減少傾向にあったので、厳しい経営環境が続いていた。

 宅配便は、コロナ禍の引きこもり需要が拡大し、取り扱い個数も急増した。

国内貨物輸送量は、長期的には減少傾向
国内貨物輸送量は、長期的には減少傾向

 宅配便の取扱い個数は、コロナ禍以前から大幅に増加していたが、就業者数は横ばいが続き、配達ドライバー1人当たりの扱い荷物数が急増し、労働環境が悪化していることが指摘されていた。しかし、いずれにしろ宅配便の取り扱い個数は急増していることは話題になったが、国内の貨物輸送量が減少傾向にあることには、あまり注目が集まらなかった。そのために、「運輸業界は活況だ」という認識に繋がってしまったのだろう。

宅配便の取り扱い個数は急増している。
宅配便の取り扱い個数は急増している。

・③求人難と働き方改革~2024年の時間外労働の上限規制適用

 トラック運転手の年間所得額は、全産業平均と比較して大型トラック運転者で約1割低く、中小型トラック運転者で約2割低いとされ、低賃金が指摘されてきた。さらに、年間労働時間は、産業平均と比較して、大型トラック運転者で約1.22倍、中小型トラック運転者で約1.16倍と長時間労働も問題となっている。さらに従業者の高齢化も大きな問題となっていた。

 「コロナ禍前に、運転手の確保のために、給与の改善に取り組んだ運輸会社も多かった。しかし、その後、コロナ禍で需要が減少し、経営の圧迫材料になってしまっている。」首都圏の運輸会社の経営者は、そう指摘する。さらに、経営者にとっては大きな問題を抱えている。

トラック運転手の有効求人倍率は高い
トラック運転手の有効求人倍率は高い

 2024年4月から、運送業に対して時間外労働に対して年間960時間の罰則付き上限規制が適用されることになっている。他業種では、2019年4月もしくは2020年4月から適用されているのに対して、運送業に対しては猶予期間が与えられた。しかし、慢性的な従業員不足に直面している業界であり、上限規則の適用がさらなる従業員不足を発生させると不安を持つ経営者も多い。

・④価格決定権がない~値上げ要求ができない

 「コロナ禍の影響で、アパレル系などは大きな打撃を受けている。荷主側は、自社の経営悪化から、運賃の値上げどころか、据え置きか、下手をすると値下げ交渉をしてくる。」先の首都圏の運輸会社の経営者は言う。さらに、「コロナ禍前に、送料のことがマスコミでも取り上げられ、値上げやむなしという風潮に進むかと期待したのだが、逆戻りした感がある」とも言う。

 トラック運輸の業界では、多層構造の下請け関係で成り立っている。結果、下請けをする中小企業側には、価格決定権はなく、それはそのまま労働環境の悪さと収益率の低さに繋がっている。国土交通省や業界団体などが、これまでにも何度か改善策をまとめてるなどしてきたが、改善にはなかなか結び付かなかった。

 中小企業の低利益率を生む多層構造の下請け関係が、従業員の待遇改善を阻害しているのは、トラック運輸業界だけの問題ではない。

多層構造の下請け関係が低収益の原因だと指摘される(撮影・筆者)
多層構造の下請け関係が低収益の原因だと指摘される(撮影・筆者)

・他業界の中小企業の動向の先触れ

 ①原材料費の高騰

 ②国内市場の縮小

 ③求人難と働き方改革

 ④価格決定権がない

 これらの問題は、決してトラック運輸業界の中小企業に限ったものではない。増加傾向にあるトラック運輸業界の倒産や破産は、今後の他業界の中小企業の動向の先触れとも言える。

 中小企業の倒産、廃業が増加する可能性が高まっていることは確かのようだ。多くの中小企業の経営者は、新たな市場を創出するためのさらなる投資に踏み切るか、これ以上、傷口を拡げぬように撤退を決断するか、今年は決断を迫られる一年となりそうだ。

 同時に、多層的な下請け関係と長時間で低賃金な労働に依存した経済社会を、コロナ禍を契機にして、どのように変革していくか、一人一人に問われる一年にもなりそうだ。

参考

国土交通省「トラック運送業の現状等について」2018年5月

全日本トラック協会「トラック運送業界の働き方改革実現に向けたアクションプラン(解説書)」2018年3月

全日本トラック協会「今すぐわかる標準的な料金」2021年4月

国土交通省道路局「物流からみた道路政策を取り巻く現状」2020年11月

経済産業省資源エネルギー庁「石油製品価格調査」

神戸国際大学経済学部教授

1964年生まれ。上智大学を卒業後、タイ国際航空、PHP総合研究所を経て、大阪府立産業開発研究所国際調査室研究員として勤務。2000年に名古屋大学大学院国際開発研究科博士課程を修了(学術博士号取得)。その後、日本福祉大学経済学部助教授を経て、神戸国際大学経済学部教授。関西大学商学部非常勤講師、愛知工科大学非常勤講師、総務省地域力創造アドバイザー、山形県川西町総合計画アドバイザー、山形県地域コミュニティ支援アドバイザー、向日市ふるさと創生計画委員会委員長などの役職を務める。営業、総務、経理、海外駐在を経験、公務員時代に経済調査を担当。企業経営者や自治体へのアドバイス、プロジェクトの運営を担う。

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