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高速道路開通が追い詰めるローカル線~安くて速い高速バス

中村智彦神戸国際大学経済学部教授
「日本一遅い特急」という不名誉な名前で呼ばれる特急ふじかわ。(画像・筆者撮影)

・中部横断自動車道の山梨・静岡間が全線開通

 2021年8月29日に中部横断自動車道の南部インターチェンジと下部温泉早川インターチェンジの間が開通し、これで山梨県と静岡県を結ぶ中部横断自動車道が全線開通した。

 国土交通省によれば、山梨県と静岡県の間は、これまで国道52号経由で約165分だったものが、中部横断自動車道経由で約95分と大幅に短縮された。

・高速バスも時間短縮

 この高速道路の全線開通によって、しずてつジャストライン(静鉄エクスプレス)と山梨交通が運行する静岡駅・甲府駅間の高速バスの所要時間は15分短縮され、2時間を切って1時間57分となった。本数は1日2往復。運賃は、片道2,600円だ。

 JR線で静岡駅・甲府駅間を往復するのは、特急「ワイドビューふじかわ」で、所要時間は2時間10分、1日7往復が運行されている。運賃は、特急料金(指定席)を含め片道4,700円だ。

高速バスが安くて速い。(筆者作成)
高速バスが安くて速い。(筆者作成)

・高速道路網の充実で利便性の高い都市間高速バス路線

 最近、これまで寸断されていた全国の高速道路網が、次々と全線開通している。それによって都市間高速バスの所要時間が短縮するなど利便性が高まっている。

 こうした傾向は従来強まっている。特に北海道や九州、四国といった地域では、古くに鉄道が建設されており、急カーブが多いなど線形が悪く高速化できないために所要時間が短縮できず、新たに開通した高速道路を走る高速バスに都市間移動の需要を奪われてきた。

 大阪と鳥取や米子を結ぶルートでも、高速バスの所要時間は、JR線の特急や新幹線を利用した場合と比較しても、遜色ない。そして、運賃は半額に近い。

 島根県の中小企業経営者は、「鉄道マニアには人気らしいけれど、走っている車両がどれも古く、乗り心地も良くない。いずれ観光客も戻ってくるのだろうし、早く新型車両を導入してもらいたい。高速バスは、渋滞などの心配はあるが、乗ってしまえば乗り換えもなく、乗り心地も良いので、よく利用している」と言う。この経営者のような意見は多く、特急やくもの車両に関しては来年度から、スーパーはくとの車両に関しては2024年頃には、それぞれ新型車両に更新される予定が発表されている。

10分から30分のわずかな違いで料金が半額近い。(筆者作成)
10分から30分のわずかな違いで料金が半額近い。(筆者作成)

主要高速道路のサービスエリアには都市間高速バスがずらりと並ぶ。(画像・筆者撮影)
主要高速道路のサービスエリアには都市間高速バスがずらりと並ぶ。(画像・筆者撮影)

・「それでなくても乗降客が減っているのに」

 中国地方のある自治体職員は、「ローカル線の廃止反対という声は多いが、地元ではすでに高速道路が完成し、自分で車を運転していくか、そうでなければ高速バスを利用しているのが現実」と話す。「利用客が少なく特急や急行もなくなってしまったローカル線よりも、高速道路を走る高速バスの方が安いし、人気が高まるのは仕方がない」と言う。「地方は自家用車の保有率も高いし、高速道路が開通すれば、それでなくても乗降客が減っているのに、確実に鉄道の利用客を減らす。都会の人は、移動の中心に鉄道を考えるけれど、地方は都会の人が思うより都市間の移動で高速バスへの依存度は高い」とも言う。

福岡市の西鉄天神高速バスターミナル。九州内の主要都市へ高速バスが次々に出発していく。(画像・筆者撮影)
福岡市の西鉄天神高速バスターミナル。九州内の主要都市へ高速バスが次々に出発していく。(画像・筆者撮影)

・緊急事態宣言の解除に期待する動きも

 コロナ禍によって多くのバス会社は経営危機に直面している。特に地方のバス会社は、路線バスの赤字を都市間高速バスの利益で補填するという経営が続いてきた。そのため、今回のコロナ禍によって都市間高速バスが運休せざるを得なくなっており、経営を直撃している。

 しかし、政府のコロナ禍に対する経営に対する補助金を利用して、新路線の運行を開始するバス会社も出てきている。特に、10月からの緊急事態宣言の解除によって、ビジネスや観光での行き来が戻ってくるとの期待感も強くなっている。

スーパーはくとに使用されているHOT7000系気動車は1994年に登場して30年が経過しようとしている。(画像・筆者撮影)
スーパーはくとに使用されているHOT7000系気動車は1994年に登場して30年が経過しようとしている。(画像・筆者撮影)

・高速化工事を実施することは、予算的にも非常に困難

 実は冒頭で紹介した特急ふじかわは、「日本一遅い特急」として知られている。静岡から甲府に至る身延線は、富士川沿いの山間部を走行するためにスピードが出せず、平均時速が40キロ程度の区間もある。

 ローカル線の多くは、明治、大正期に建設されていることが多く、曲線が多く、高速運転ができない路線だ。そのため、新たな高速道路が開通すれば、そこを走行する高速バスに所要時間で勝負できないケースも出てきている。

 山陰本線のように高速化工事が行われた路線もある。京都駅から亀岡駅の間は、大規模な工事が実施された区間である。特に嵯峨嵐山駅から馬堀駅間は、別路線を複線で建設し、1989年に開通した。現在、トロッコ列車が走っているのが旧線である。しかし、この山陰本線のように大規模な高速化工事を実施することは、予算的にも非常に困難になっている。

 コロナ禍の現状では、利用客が減少しており、むしろ問題が見えにくくなっている。例えば静岡・甲府間などでは、コロナ禍による利用客減少で、高速バスの休止や減便が行われていたし、現状では1日2往復しか運行されていない。しかし、今後、利用客が戻れば、遅くて料金が高いJR身延線は苦戦を強いられるだろう。

 高速道路が開通し、所要時間が短縮されることで自家用車や高速バスの利用者が増加し、ローカル線の利用客がさらに減少するという状況は、全国各地で顕在化している。高速道路の開通は、今後も継続する。人口減少が激しくなっている中で、特にローカル鉄道への影響は一層大きくなるだろう。

博多~宮崎では新幹線と高速バスの組み合せが最も所要時間が短い。(筆者作成)
博多~宮崎では新幹線と高速バスの組み合せが最も所要時間が短い。(筆者作成)

・地域内の公共交通機関全般のあり方の中で、ローカル線への影響も含め検討していくことが必要

 筆者は、国土交通省近畿地方整備局で事業評価委員を2008年から8年間務めた。高速道路の建設を巡っては、開通による既存道路の渋滞の解消や緊急自動車の移動時間の短縮などは議論されるものの、開通によって鉄道にどのような影響が出るかというような議論はなされなかった。

 しかし、現状においては、地域内の公共交通機関全般のあり方の中で、ローカル線への影響も含め検討していく必要があるだろう。高速道路の開通によって並行するローカル線の役割は終わったと判断するのか、高速道路は開通したが安全保障上の理由などからローカル線を国費を投入しても維持すべきだと判断するのか、それぞれの地域や状況を考慮し、より広範な議論が求められている。

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神戸国際大学経済学部教授

1964年生まれ。上智大学を卒業後、タイ国際航空、PHP総合研究所を経て、大阪府立産業開発研究所国際調査室研究員として勤務。2000年に名古屋大学大学院国際開発研究科博士課程を修了(学術博士号取得)。その後、日本福祉大学経済学部助教授を経て、神戸国際大学経済学部教授。関西大学商学部非常勤講師、愛知工科大学非常勤講師、総務省地域力創造アドバイザー、山形県川西町総合計画アドバイザー、山形県地域コミュニティ支援アドバイザー、向日市ふるさと創生計画委員会委員長などの役職を務める。営業、総務、経理、海外駐在を経験、公務員時代に経済調査を担当。企業経営者や自治体へのアドバイス、プロジェクトの運営を担う。

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