渋沢栄一ゆかりの飛鳥山公園へ~『青天を衝け』ドラマ館と3つの博物館で栄一の偉大さを実感する

JR王子駅と飛鳥山公園(画像・筆者撮影)

 今年のNHK大河ドラマ「青天を衝け」人気に期待するのは、東京都北区だ。東京都北区の飛鳥山公園は、今、桜が満開となり、京浜東北線や新幹線の車窓からも柔らかな桜の花を見ることができる。今週は、花見を楽しむ人が散策を楽しんでいる。残念ながらシートを敷いての飲食は禁止となっており、新型コロナ感染対策が求められているが、広大な公園であり、ソーシャルディスタンスに気を付けながら、美しい桜を楽しんでいる人が多い。飛鳥山公園は、子供たちの遊具も充実し、いつも子供たちの歓声で溢れている。高台にあるため、JRの在来線と新幹線を見下ろすことができ、鉄道好きにも人気がある。

 この飛鳥山公園には、3つの博物館ある。そして、今年はNHK大河ドラマ「青天を衝け」のドラマ館やおみやげ館も期間限定で開設されている。

上野駅を出発してしばらくすると桜のシーズンはこのように車窓から飛鳥山公園が見える。(画像・筆者撮影)
上野駅を出発してしばらくすると桜のシーズンはこのように車窓から飛鳥山公園が見える。(画像・筆者撮影)

 飛鳥山は徳川吉宗が桜を植えるなど整備を行い、江戸時代から桜の名所として有名だった。1873年には、上野公園などとともに政府によって日本初の公園として指定される。この公園に隣接した場所に、1879年に屋敷を設けたのが渋沢栄一なのだ。正確には、当初は別荘として、1901年から本宅として、渋沢栄一が亡くなるまでの約30年間を過ごした屋敷があった。残念ながら第二次世界大戦の戦災で、屋敷の大半が灰燼に帰したが、洋風茶室の「晩香廬(ばんこうろ)」と書庫として使われていた「青淵文庫」が残り、見学も可能だ。(※見学には渋沢史料館への事前予約が必要)

晩香廬(1917年築・国指定重要文化財)は「バンガロー」をもじって名付けたと言われる。内部見学は事前予約制。(画像・筆者撮影)
晩香廬(1917年築・国指定重要文化財)は「バンガロー」をもじって名付けたと言われる。内部見学は事前予約制。(画像・筆者撮影)

 大河ドラマ館は、東京23区では初の試み。区立飛鳥山博物館に設けられ、NHKのドラマで使用された衣装や小道具などが2021年12月26日までの期間限定で展示されている。ドラマ館の入場券で、飛鳥山博物館も見学できるので、博物館も見逃さないようにしたい。北区の発展の歴史や生活などがジオラマや再現された建物などから学べる充実した展示になっている。北区の発展の歴史と、それに大きく関わった渋沢栄一の足跡をたどることができる。(※ドラマ館も入場定員制)

23区初となる大河ドラマ館。飛鳥山博物館の常設展も併せて見学できる。「青天を衝け」のドラマ館は、もう一つ渋沢栄一生誕の地である埼玉県深谷市にも設置されている。(画像・筆者撮影)
23区初となる大河ドラマ館。飛鳥山博物館の常設展も併せて見学できる。「青天を衝け」のドラマ館は、もう一つ渋沢栄一生誕の地である埼玉県深谷市にも設置されている。(画像・筆者撮影)

 ドラマ館と飛鳥山博物館だけでは、渋沢栄一を学ぶには物足りないという人には、渋沢史料館の見学がお勧めだ。

 渋沢栄一記念財団が運営する渋沢史料館と「晩香廬(ばんこうろ)」、「青淵文庫」は、現在、新型コロナ対策で完全予約制となっている。開館日や予約については、公式ホームページでチェックが必要だ。

 史料館では、渋沢栄一の生涯が豊富な資料によって、わかりやすく解説され、実業界の偉人について理解を深めることができる。一人の人間がこれほど波乱万丈に、そして、これほどの企業や団体の創設や創業に関われるものなのかと、改めて渋沢栄一の偉大さを感じることができるだろう。渋沢栄一について、より学びたいと考える経営者などは必見の史料館だ。「晩香廬」と「青淵文庫」は、派手さはないものの上品な居心地の良い建物であり、渋沢栄一の人柄をうかがわせる建築だ。

青淵文庫(1925年築。国指定重要文化財)ステンドグラスやタイルが美しい書庫。(画像・筆者撮影)
青淵文庫(1925年築。国指定重要文化財)ステンドグラスやタイルが美しい書庫。(画像・筆者撮影)

 飛鳥山公園には、この飛鳥山博物館、紙の博物館、そして渋沢史料館の3館がある。東京都区内では墨田区や大田区などがモノづくりの街として有名だが、実は北区も歴史あるモノづくりの街なのだ。その一つが、渋沢栄一が1887年に日本で最初の洋紙工場「抄紙会社」を王子に設立。それが現在の王子製紙となるが、製紙産業の集積が王子周辺に形成されることとなる。そのための紙の博物館がここにある。紙専門のかなりマニアックな博物館と思われがちだが、中身は普段から身近な紙についての展示している。紙を通じて、渋沢栄一との距離がぐっと近くに感じるかもしれない。

飛鳥山おみやげ館の二階の窓からは渋沢栄一が覗いている。(画像・筆者撮影)
飛鳥山おみやげ館の二階の窓からは渋沢栄一が覗いている。(画像・筆者撮影)

 さて、もう一つ、見逃せないのがドラマ館と同じく期間限定で開設されている「渋沢×北区 飛鳥山おみやげ館」だ。公園管理事務所として使われていた瀟洒な建物を、売店として改装されている。

 ドラマ「青天を衝け」の関連商品はもちろんなのだが、このおみやげ館は様子がちょっと違う。先に書いたように北区は隠れたモノづくりの街であり、様々な工芸品、飲食料品がある。そうした製造業者や商店がコラボし、新たな商品づくりに取り組んでおり、これからの行楽シーズンに向けて、商品数も増え、口コミで広がったお目当ての商品を買いに出かけてくる人も増えているそうだ。

 生野菜から丁寧に作っているトキハソースの生ソースや、都内でも唯一である乾麺の製造販売を手掛ける江戸玉川屋の乾麺をはじめとする食品や洋和菓子などは、単なる観光地土産ではない地域根付いた商品ばかりだ。さらに、北区観光協会や商工会議所などが区内事業所に呼び掛けてのコラボ企画商品や新製品なども次々と登場する予定だそうだ。「一過性ではなく、これを機会に北区の特徴ある街づくり、産業振興に結び付けていきたい」(北区関係者)という意気込みが伝わってくる。コロナ後の経済活動への新しい取り組みと意気込みが、並べられた商品に隠されている。

  渋沢栄一が「論語と算盤」を発刊したのは1919年。1918年から1919年には、スペイン風邪(A型インフルエンザ)が流行し、多くの死者が出た。さらに第一次世界大戦の特需の反動で、深刻な不況となり、「1920年恐慌」と呼ばれる経済的な危機に陥っていた。ちょうど100年経った今、渋沢栄一がどんな思いでいたのだろうかと思いを馳せながら、飛鳥山公園を歩いてみるのも良いだろう。

・開館日や予約などは公式ホームページでご確認ください。

渋沢×北区 青天を衝け 大河ドラマ館

公益財団法人 渋沢栄一記念財団(渋沢史料館・史料館・晩香廬・青淵文庫)

渋沢×北区 飛鳥山おみやげ館

紙の博物館

飛鳥山3つの博物館(公式)