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「ノーマスク派も過敏すぎる人も勘弁してほしい」~小売店従業員たちの深刻な嘆き

中村智彦神戸国際大学経済学部教授
(写真:アフロ)

・業績は好調なスーパーマーケットだが

 2021年1月22日に日本スーパーマーケット協会が、公表した「スーパーマーケット販売統計調査資料 」によると、全国のスーパーマーケットの売上高は、新型コロナウイルス感染拡大が大きな影響を及ぼしたこの一年間、前年対比で増加が続いてきた。

 在宅勤務などの「巣ごもり」需要が増加し、家庭で料理をする人が増加したことで、食料品などの需要が拡大したことが背景にある。

 スーパー各社が、2019年、2020年に引き続き、2021年の年末年始に休業日を設けたのは、そうした好調さもあってのことだが、スーパーマーケット関係者は、「それだけではない」と言う。「昨年は2月頃からコロナの感染拡大が深刻化し、店頭でマスクやトイレットペーパーの奪い合いが起き、さらに7月から始まったレジ袋有料化でも、いろいろ混乱が店頭で起こりました。そして、さらに現場が頭を痛める問題が起きているのです。」

・「ノーマスクで出かけよう」と呼びかける人々

 2020年の年末頃から、ネットでも話題になってきたノーマスク派の人たちの動き。なぜかアメリカ大統領選挙のトランプ氏支持派の活動の活発化と歩を同じくして、ノーマスクを主張する人たちの動きが活発になってきた。

 「入店にはマスクとアルコールでの手の消毒をお願いしますと、言っても無視されます。無視ならばまだいいのですが、いかにマスクが危険かとか、コロナウイルスは嘘だとか、あなたが騙されているとか言い始めて、責任者を出せとか、買い物するのは権利だとか。怖くなってくるんですよね。」首都圏のスーパーでアルバイトをしている女子大生は話す。「本社からの指示だし、私たちアルバイトはなんともできませんと言うのですが、お願いなら、断っても良いんですよねと言ってきます。そうすると、今度は、マスクをちゃんとしているお客様から、あの人たちはなんだとクレームを言われる。本当に疲れます。」

 別の小売店の従業員は、「お客様が考えているよりも、小売店はぎりぎりの人数で回しています。押し問答でスタッフが取られると、他のお客様の接客などに支障を来たし、さらにクレームを引き起こす。精神的に限界だと言う従業員もいます」と現場の難しさを話す。

 オール日本スーパーマーケット協会や一般社団法人全国スーパーマーケット協会などの業界団体は共同で「小売業の店舗における新型コロナウイルス感染症感染拡大予防ガイドライン」を作成し、基本的な感染防止対策である身体的距離の確保、マスクの着用、手洗い・手指消毒を徹底することとしている。しかし、「コロナなど存在しない」、「マスクは体に悪い」などと主張する人たちが、感染防止策を拒否して、店頭でトラブルになる事例が増えている。

 昨年の8月に「カレンとケンがやってくる?~小売業を悩ませる新たなWithコロナ問題」で報告したように、アメリカやイギリスで問題となっていた。このため、全米食品商業労組(UFCW)やイギリスの商店流通労働組合(USDAW)が、来店客のマスク着用義務化や、暴言、暴力への取り締まり強化を求めて、新聞広告を出すなどの運動を起こしてきた。

 昨年夏から秋の段階では、日本ではスーパーマーケットや飲食店経営者に話を聞いても、「マスクの着用や手の消毒などでのトラブルの報告はほとんどない。日本人は、きれい好きが多いし、ルールを守る人が多い」という回答が多かった。

 ところが、今回、再び話を聞くと、「昨年末くらいから、そして特にアメリカ大統領選挙が話題になった頃から、ノーマスクやコロナは存在しないとか、ただの風邪だとかと店頭で主張する人が現れている」、「ビニール幕の向こうから返事するなとか、顔をちゃんと見せろとか言ってくる人もいる」と困惑する声が多く聞かれた。

・「他人が触った商品から感染するだろ」

 「コロナなんか関係ない」と主張してトラブルになる人たちにも、従業員は疲れているが、その逆もある。

 「他人が使った店内カゴから感染したら、どうするのか。他の客が商品をべたべた触っていて、菌がつくじゃないか、何とかしろ。レジで従業員が商品を触るなといったクレームを言ってくる客も少なくありません。それを言い出したら、何もかも触れないし、だからこそ、家に帰ったら手を洗いましょうってなっているんじゃないですかと言いたいところですが、怒らせるわけにもいかないので。」関西圏のあるスーパーマーケットで働く男性はそう苦笑いします。

 「大手さんの中には、店内カゴを消毒する機械を導入しているところもあります。しかし、中小でもカゴや袋詰めをするサッカー台などは小まめに消毒しているんです。消毒作業ばかりで手が荒れたという従業員も多いのですよ。」

・「ノーマスク派も過敏すぎる人も勘弁してほしい」

 スーパーマーケットの幹部社員は、「昨年の4月頃から来店客のコロナ疲れや自粛からのストレスなどで、店頭でのトラブルが急増しました。しかし、マスクなどの商品の欠品問題もなくなり、秋頃には少し平静を取り戻したかのように思えたのです。」と話す。

 ところが昨年末頃から、状況が変わってきたと言う。「ノーマスクで入店しようとするコロナの存在そのものを疑ったり、否定する方や、逆に非常に神経質に、過敏になって消毒などを要求される方などが出てきました。正直なところ、現場ではノーマスク派も過敏すぎる方も勘弁してほしいです。」

 首都圏で飲食店を営む男性も、「ネットで、”ノーマスクで食事会をしましょう。マスク着用のお願いを無視して、みんなで騒いできました”などと書いている人がいて、ぞっとした。そういう人は、同じ考えの人が経営している店に行って欲しい。売上げが下がって、潰れるか潰れないかという瀬戸際でやっている店に来て、そういうことをしないで欲しい」と言う。

・個人の主義主張を振りかざさない

 UAゼンセンが昨年12月3日に発表した「悪質クレーム対策アンケート調査結果」でも、26,927人の回答のうち、「直近2年以内で迷惑行為の被害にあったことがある」との回答が56.7%を占め、「直近2年以内では、迷惑行為は増えていると感じている」人も46.5%と高い割合になっており、現場が疲弊し、深刻化していることをうかがわせる。 

 さらに「迷惑行為被害の中に、新型コロナウイルス感染症の影響による迷惑行為はありましたか」という問いに対しても、全体の35.9%があったと回答している。特にドラッグストア関連での66.6%を最高に、スーパーマーケットでも43.0%と、コロナ禍によって新たな迷惑行為が増加していることをうかがわせる。

 新型コロナウイルス感染拡大そのものや、対策に対して、それぞれの主義、主張、考えがあるのは当然だろう。しかし、それぞれの考える「正義」や「正論」が、相手のそれと同じとは限らない。いわんや、それらを暴言や粗暴な行動で押し付けても、反発を受けるだけだ。従業員側からすれば、「迷惑行為」だと受け取られる。UAゼンセンのアンケート結果の中でも、「迷惑行為のきっかけとなった具体的な理由」として33.1%で第一位に挙がっているのが「顧客の不満のはけ口・嫌がらせ」であることも考慮に入れるべきだ。

・相互に思いやる気持ちで

 新型コロナウイルス感染拡大で、先の見えない不安と多くの人たちが戦っている。不安やストレスなどから、自身の考えを受け入れてもらえないことに対して、激しい怒りや不満を持ち、理解しようとしない従業員に粗暴な言動で接する人も少なくない。

 しかし、その相手の従業員も、同じように不安やストレスと戦いながら、日々の業務を続けていることも理解すべきだろう。主義、主張がある人たちも、それが「迷惑行為」、「顧客の不満のはけ口・嫌がらせ」と取られるのであれば意味がないと冷静に考えるべきだ。

 「お客さまから、ありがとうと一言、言われるうれしさで支えられている」と小売業界で働く男性から聞いたことがある。相互を思いやる気持ちで、多くの人が接することで、この危機を乗り越えていかねばならない。

※参考

スーパーマーケット統計調査(月次)、全国スーパーマーケット協会

(1/6改訂)小売業の店舗における新型コロナウイルス感染症感染拡大予防ガイドライン

「コロナ禍 小売・サービス業の20%が被害 ~カスハラ調査結果を公表~」、UAゼンセン、2020年12月07日

 ・全米食品商業労組の意見広告(NEWYORK TIMES 2020年7月12日掲載)

「食料品部門の労働者のための予防措置に関するガイドライン」UNI Global Union 2020年

「新型コロナウィルス流行中のファッション小売業労働者及び顧客の安全ガイドライン」UNI Global Union 2020年

#Masks4All

・「新型インフルエンザ流行時の日常生活におけるマスク使用の考え方」厚生労働省新型インフルエンザ専門家会議 平成20年9月22 日

悪質クレーム対策★「悪質クレームを、許さない」(YOUTUBE)UAゼンセン

神戸国際大学経済学部教授

1964年生まれ。上智大学を卒業後、タイ国際航空、PHP総合研究所を経て、大阪府立産業開発研究所国際調査室研究員として勤務。2000年に名古屋大学大学院国際開発研究科博士課程を修了(学術博士号取得)。その後、日本福祉大学経済学部助教授を経て、神戸国際大学経済学部教授。関西大学商学部非常勤講師、愛知工科大学非常勤講師、総務省地域力創造アドバイザー、山形県川西町総合計画アドバイザー、山形県地域コミュニティ支援アドバイザー、向日市ふるさと創生計画委員会委員長などの役職を務める。営業、総務、経理、海外駐在を経験、公務員時代に経済調査を担当。企業経営者や自治体へのアドバイス、プロジェクトの運営を担う。

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