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デザイン的にも技術的にも、日本が誇れる。なのに、なぜ?~東京オリンピック記念硬貨への関心の薄さ。

中村智彦神戸国際大学経済学部教授
美しい日本の意匠と、高い技術が用いられている。(筆者・撮影)

・拍子抜け

 「銀行の前に行っても、誰も並んでいなくて拍子抜け。いいデザインだと思うんですけどねえ。」朝8時に銀行に前に並びに行ったと言う自営業の男性は笑う。「風神雷神のデザインがかっこいいし、人気が出ると思って、銀行の開店前に並んだんですが、数人しかいませんでしたよ。」

 11月4日、財務省は、新型コロナウイルスの影響で延期されていた東京オリンピック・パラリンピックの記念貨幣の第四次発行分の引き換えを全国の金融機関の窓口で始めた。東京オリンピック・パラリンピックの記念貨幣の発行は、これが最終だ。

 大阪に住む50代の主婦は、「4日の昼過ぎに近所の郵便局に行ったのですが、記念硬貨というと、窓口の人が判らなくて、奥から出てきた人と話してやっとわかってもらえました。今まで、機会があれば記念硬貨や切手を買っていますが、こんなのは初めて」と言います。

 「取引銀行に用事があって、行ったんですが、なんの表示もないし、半信半疑で聞いたら、ありますよと。両替になるので、取引銀行でなかったら手数料が取られるというのも初めて知りました。国家事業の記念なんだから、手数料取らなくてもとちょっと思いましたが」そういうのは、神戸の40歳代の会社員だ。

・なぜこの時期に?

 今回、引き換えが始まったのは、東京オリンピック・パラリンピックの記念貨幣37種類のうち9種類。残りの28種類はすでに引き換えが行われている。

 

 本来は7月頃に引き換えが始まるはずだったのが、財務省が、新型コロナウイルスの影響を受けて、延期した。そのため、今頃になって、最終の第四次分である国宝の「風神雷神図屏風」の風神と雷神が描かれた2種類の500円貨幣が各400万枚と、大会マスコットや大会競技の選手が描かれた7種類の100円貨幣が各394.8万枚、発行されたのだ。

・都構想と大統領選のせい?

 コインマニアだという20歳代の男性は、「今回の500円硬貨は、デザインも風神と雷神でかっこいいし、バイカラー・クラッド貨幣と呼ばれる特殊な技術を二つも使った美しいものなのですよ」と説明してくれた。確かに、もっと話題になっても良いはずだ。

 「コロナのせいなのか、それとも都構想と大統領選のせいなのか、マスコミの取り上げ方も冷たかったですよねえ」とこの男性は笑う。「みんな、もうオリンピックには、あんまり関心ないのですかね。」

・開会記念品も少ない

 「全く注文がないですよ。」そう苦笑いするのは、陶磁器などの記念品を扱う専門商社の経営者だ。「もともと開会記念グッズの注文は低調でした。うちの父親から聞いている1964年の東京オリンピックの時とは、全く違います。さらに延期になってからは、開催すらも目途が立たないと言うことで、新たな注文は途絶えています。」

 

 「うちも昔の記録を見ると、1964年の東京オリンピックの時は記念品の製造で、開催の一年くらい前から大騒ぎだったようだ。先代社長に聞いても、それはすごかったと言います。あの当時と違って、オリンピックの記念品なんか家で飾ろうなんて人は、あんまりいないでしょうしね。それが延期になって、キャンセル。作るのであれば、そろそろと得意先に行っても、再注文はないですね。」そういうのは、東京のギフト商品などを扱う企業の経営者だ。「まあ、今さら新たに作らなくても、去年作ったグッズが各社の倉庫にごっそり積み上がっていますから、それを出してくればいいんですけどね。」

 

 1964年とは生活スタイルも大きく変化し、記念品への関心が薄れている風潮の上に、1年延期と、開催への疑念が広がっている中で、企業もPRに使ったり、記念品を作ったりということが止まったままになっている。盛り上がりが欠ける中での記念硬貨の発行で、関心が集まらないのかもしれない。

東京2020オリパラの記念硬貨は今回が最終発行(筆者・撮影)
東京2020オリパラの記念硬貨は今回が最終発行(筆者・撮影)

・デザイン的にも技術的にも、日本が誇れるもので素晴らしい

 「コロナのために密を避けたいし、どこも窓口を縮小し、両替手数料を取るようになっている。はっきり言って、記念硬貨の引き換えにくる人は、あんまり歓迎されないかも知れませんね。一応、開催が予定されているし、国家事業としての記念の硬貨なのだから、お祝いムードがあっても良いのかと思いますが、今の金融機関にはそんな余裕はないかもしれません」と話すのは、ある地方銀行の職員だ。

 様々な理由から、人々の関心が集まりにくくなっているようだが、「デザイン的にも技術的にも、日本が誇れるもので素晴らしい。海外のマニアにも人気が出る可能性がある。仮に開催が中止になったとしても、逆に幻のということで価値が高まるでしょう。なにより、硬貨ですから、価値が上がらなくとも、500円硬貨は500円で、100円硬貨は100円で使える。」とコインマニアの男性は、ここまでの関心の低さが逆に不思議だと言う。

 今日、5日ならば、まだ郵便局や金融機関に残っている可能性がある。9種類すべて手に入れても、1700円だ。なにより、1700円のお金が減る訳ではない。

 

 せっかくの記念硬貨。オリンピックの開催にはいろいろご意見はあるかもしれない。しかし、その素晴らしいデザインと日本が誇る技術が詰まった硬貨を手のひらに乗せてみれば、暗い話が多い中、少し誇らしい気分になれるだろう。輝く小さな硬貨を眺めると、日本が持つ伝統文化と最先端技術をもってすれば、新型コロナによって引き起こされている困難な状況も乗り切れるとも思えるだろう。

*バイカラー・クラッド貨幣とは、異なる種類の金属板をサンドイッチ状に挟み込む「クラッド技術」でできた円板を、それとは異なる金属でできたリングの中にはめ合わせる「バイカラー技術」を組み合わせたもの。(財務省の報道発表・令和元年11月29日より)

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神戸国際大学経済学部教授

1964年生まれ。上智大学を卒業後、タイ国際航空、PHP総合研究所を経て、大阪府立産業開発研究所国際調査室研究員として勤務。2000年に名古屋大学大学院国際開発研究科博士課程を修了(学術博士号取得)。その後、日本福祉大学経済学部助教授を経て、神戸国際大学経済学部教授。関西大学商学部非常勤講師、愛知工科大学非常勤講師、総務省地域力創造アドバイザー、山形県川西町総合計画アドバイザー、山形県地域コミュニティ支援アドバイザー、向日市ふるさと創生計画委員会委員長などの役職を務める。営業、総務、経理、海外駐在を経験、公務員時代に経済調査を担当。企業経営者や自治体へのアドバイス、プロジェクトの運営を担う。

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