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外国人観光客誘致は諦める? ~ 日本の製造業で、安全な旅を可能に

中村智彦神戸国際大学経済学部教授
外国人観光客であふれていた浅草(画像・筆者撮影)

・避けては通れないインバウンド誘致

 日本政府観光局(JNTO)によると、2019年年間の訪日外国人数(推計値)は、3188万2100人だった。2010年には861万人だったので、10年間で実に3.7倍に急成長した。

 また、観光庁が発表した2019年の訪日外国人旅行消費額(速報・推計)は、4兆8113億円だ。外国人が日本に来て消費することは、日本から輸出するのと同じ効果を持つ。

 財務省が発表した2019年の半導体等電子部品の輸出総額は4兆59億65百万円、自動車の部分品は 3兆6016億67百万円だった。農水省の発表では、2019年度の農林水産物・食品の輸出実績は9,121億円だった。

 インバウンド消費が、すでに日本の主要輸出産業と金額で肩を並べるほどになっていたのだ。

訪日外客数(https://www.mlit.go.jp/kankocho/siryou/toukei/syouhityousa.html)
訪日外客数(https://www.mlit.go.jp/kankocho/siryou/toukei/syouhityousa.html)

・主要市場は、中国だった

 訪日外国人観光客は、どこから来ていたのか。中国が959万4300万人、次いで韓国558万4600人だ。中国と香港を合わせると、実に全体の4割になる。

 ラグビーワールドカップ日本大会開催の好影響もあり、イギリスからの観光客が増加。また、格安航空会社の就航などで東南アジア諸国からの観光客も増加した。

 しかし、観光客数でも、消費総額でも中国、香港が大きな割合を占める傾向には変化はなかった。こうした傾向は、日本だけではなく、世界の観光産業でも同様だ。日本にとっては、迷惑で目障りかもしれないが、巨大な観光市場が、航空機で数時間のところに存在することは、大きなビジネスチャンスでもあったのだ。

国籍・地域別の訪日外国人旅行消費額と構成比(https://www.mlit.go.jp/kankocho/content/001323869.pdf)
国籍・地域別の訪日外国人旅行消費額と構成比(https://www.mlit.go.jp/kankocho/content/001323869.pdf)

・中国との間でファスト・レーンを設ける各国

 「中国国内は、かなりのスピードで経済活動が戻っています。国内の観光も、多くの人が出かけるようになっています。」留学生の一人がそのように説明します。実際に、中国では5月1日から5日間の連休に、国内各地の観光地には多くの人が出かけている様子が、日本のテレビでも放送された。

 

 「一部の航空会社では、日本路線は7月以降、運航再開するとしている。すでに予約が殺到しており、8月以降でないと予約を取るのは難しいくらいだ」と言うのは、日本で旅行代理店を経営する中国人だ。

 一方、中国や東南アジアに進出している企業の経営者たちも、条件付きでビジネス客の往来を復活して欲しいという意見も多くなりつつある。「中国企業や東南アジアの企業は、すでに生産再開や営業などに動き始めている。無秩序に観光客を入れろとは言わないが、競争相手の動きも見ながら対応する必要がある」と関西地方の中堅企業経営者は指摘する。

 5月28日には、シンガポール政府が中国政府とコロナ対策の共同会議を行い、その中で6月上旬からビジネスおよび公的目的のための重要な旅行の再開に合意した。旅行が再開されるのは、シンガポールと中国国内の上海、天津、重慶の各都市と広東省、江蘇省、および浙江省とされている。これらの地域は、製造業や金融業などシンガポール企業との関係の強い地域だ。

 中国政府は、5月初旬に韓国政府との間で、双方の政府が認めた重要なビジネス旅行者の入国を簡素化することに合意している。この取り決めにより、韓国人ビジネスマンは、ビザが認められれば、健康診断と検疫を受けなければいけないが、検疫期間は一般の14日間から2日間に短縮され、入国すれば中国国内の10の省と都市を訪問することができる。

 こうしたビジネスマンたちが優先的に入国ができる「ファスト・レーン」の設置は、中国を重要な拠点と位置付けている各国政府と企業経営者たちにも大きな影響を与えている。日本企業が中国に3万2,349拠点、海外に進出した日系企業全体の約43%を保有している。「ファスト・レーン」の必要度は、非常に高い。

・難しいかじ取り

 日本では、2月の段階ですでに新型コロナウイルスが問題化しつつあったのにも関わらず、中国の春節休暇で訪日する中国人観光客を制限しなかったことに対して、政府や自治体、政治家に批判が起こった。

 さらに、国内の反中国の傾向も強い。しかし、諸外国と同様に、中国は各企業の生産拠点が多く立地するだけではなく、消費市場としても重要な位置を占めている。

 「中国政府のさまざまな点に賛成はできないが、アメリカの言いなりで中国と対立姿勢ばかりで、競合する国々の企業に後れを取れば、結局、最後に割を食うのは日本と日本企業ではないか」と首都圏で中小企業を経営する経営者は懸念する。既に見たように観光産業、特にインバウンドは日本の経済の重要な位置を占めている。それだけに経済関係の重要性と、根強い反中志向との間で、日本政府も政治家も難しいかじ取りとなっている。

・明確な観光スケジュールを打ち出したオーストラリア

 オーストラリア政府は5月22日に開催した観光産業関連団体との会議で、観光再開のスケジュールを公開した。それによれば、6月5日に国内旅行の制限が撤廃され、全面再開される。7月1日には、タスマン島と太平洋諸島を横断する航空便が再開され、ニュージーランドとの旅行も可能になる。さらに、9月10日および10月15日には、政府が安全であると認めた国と目的地への航空便が再開され、旅行が可能になる。そして、順調に進めば、12月15日には全世界への海外旅行が解禁されるとしている。

 オーストラリア以外でも、海外渡航と観光再開へのスケジュールが政府によって発表されている。中国政府の対応には、各国ともに批判の声も大きいが、それでも自国の製造業、観光産業などを守るためには、二枚腰の対応が必要なのだ。伝染病という目に見えない敵との戦いであり、思惑通りいくとは限らないが、産業再興のためには、オーストラリア政府のように明確なスケジュールを立てる決断も必要だ。

・内向きでは勝ち残れない

 「インバウンドは諦めて、国内需要だけで」という意見もあるが、少子化高齢化に歯止めをかけることができず、急激な人口減少から抜け出せていない日本では、現実的ではない。タイミングが悪いことに、今まで国内外の旅行市場を支えてきた団塊の世代が、後期高齢者入りする。今後、観光市場から退出していくことは確実だ。さらに、「今回のコロナウイルスは高齢者の死亡率が高いということで、高齢者の旅行意欲が減退するのは間違いない。ワクチンなどが普及するまでは、難しいと考えないといけないだろう」と観光振興を行ってきた地方自治体職員は言う。

・日本の製造業で、安全な旅を可能に

 外国人観光客が日本に戻ってくるまでには、一年以上の期間がかかるだろう。その間に宿泊施設、飲食店や公共交通機関などに、感染症対策の設備や機器類を設置したり、換気を行えるような機器や窓の増設など、観光再開に向けて準備をするべきだ。そして、それらの設備や機器類は、国内での生産を条件に大胆な補助制度を設けるべきだ。日本でも環境庁が補助制度を準備しているが、予算規模も、スピードも不充分だ。感染症対策済みの宿泊施設や飲食店には、政府が認証制度を設け、対外的にも「安全な旅」をアピールするべきだ。これらができて、初めて「GO TO JAPAN」になるのではないか。

 

 低価格だからと輸入で調達するのでは意味がない。機器類などを国内での生産とすることで、製造業に対する振興にもなる。「助成金や補助金でやり過ごしたいのではなく、経済が廻るように、仕事が欲しい。何かを作って、それで収益を得られるようにしてほしい」という中部地方の中小企業経営者の意見は重要だ。

 1970年代に、激しい公害問題や原油価格の急上昇でのオイルショックなどが起き、その都度、日本の製造業が壊滅するのではないかと懸念される中で、日本の企業や経営者たちは、それらの問題に前向きに取り組んできた。その結果、世界でも最先端の浄水、空気清浄、低公害、省エネルギーなどの新技術を生み出してきた。それらが、次世代の産業を牽引してきた歴史を日本は持っている。今回も内向きになるのではなく、感染症対策、医療産業支援などに取り組むことで、次世代産業育成に打って出るべきだ。「日本の製造業で、安全な旅を可能に」というのは、経済復興に最も効果的なキャッチフレーズだ。

・「日本の製造業で、安全な旅を可能に」

 中国が世界最大の消費市場であり、サプライチェーンにおいて重要な拠点でることは、当分の間、変わらない。政府や政治家は、対中国に対して、硬軟交えつつも、日本企業、日本の産業に利するような対応が求められる。すでに国際社会では、WITHコロナ時代への大競争が始まっている。

 可能性は低いが、うまく行けば、新型コロナウイルスの影響は次第に薄れ、来春になれば、また多くの航空機が中国や諸外国から、多くの観光客を運んでくるようになるかもしれない。

 懸念も批判の出るだろうが、とりあえずは、それで経済を回す必要がある。まずは、日本の企業、雇用を守ることが最優先だ。しかし、以前とは同じ状態には戻らないだろう。製造業であれば、国際的なサプライチェーンの見直し、観光業であれば、欧米や東南アジアからの観光客誘致にも取り組まねばならないだろう。それまでの期間は、「日本の製造業で、安全な旅を可能に」を具体化する取り組みを行うべきだろう。

 給付金や助成金は当座の対策。その一方で将来を見据えての投資としての大幅な助成を行うことで、製造業、観光業に利する方策を取っていただきたい。

All Copyrights reserved Tomohiko Nakamura2020

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神戸国際大学経済学部教授

1964年生まれ。上智大学を卒業後、タイ国際航空、PHP総合研究所を経て、大阪府立産業開発研究所国際調査室研究員として勤務。2000年に名古屋大学大学院国際開発研究科博士課程を修了(学術博士号取得)。その後、日本福祉大学経済学部助教授を経て、神戸国際大学経済学部教授。関西大学商学部非常勤講師、愛知工科大学非常勤講師、総務省地域力創造アドバイザー、山形県川西町総合計画アドバイザー、山形県地域コミュニティ支援アドバイザー、向日市ふるさと創生計画委員会委員長などの役職を務める。営業、総務、経理、海外駐在を経験、公務員時代に経済調査を担当。企業経営者や自治体へのアドバイス、プロジェクトの運営を担う。

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