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カジノは本当に地域経済を活性化するのか?議員の先生方は冷静に考える良い機会

中村智彦神戸国際大学経済学部教授
多くの「先生」がカジノ視察に海外に行っているが、、、(画像・筆者撮影)

・「レッドカーペット」待遇で視察?

 「海外のカジノ視察に行った議員たちは、もう浮かれてしまって、こういうものをぜひ地元にも作らなきゃいけないと言い出してます」と言ったのは、ある若手の地方議員だ。「素晴らしいホテル、カジノなどなどで楽しんで、こういうものが地元に欲しいと。」

 多くの地方議員や自治体幹部がシンガポールだマカオだとカジノ視察に繰り出してきた。しかし、本当に視察になってきたのだろうか。そもそも「視察」を受け入れる側は、悪い面は見せることはしない。丁重におもてなしをし、良い面だけを見てもらって、お帰りいただくのが、世界共通の「おもてなし」だ。おいしい食事、素晴らしいホテル、華やかなカジノ。もてなす側は、接待のプロたちだ。

 筆者は、カジノに限らず「視察」に行く際には、先方による案内は受けるのとは別に、自分たちで歩いてみてくださいとお願いをしている。カジノに関しても、「夜中に行ってみましたか?」、「VIP用の部屋ではなく、一般の人たちの場所に案内なく行ってみましたか?」と尋ねることにしているが、残念ながら多くの「視察」に行った方たちは「そんな時間や場所には行かなかった」と回答する。実際の「賭博場」の風景を見ずに帰ってきた人がほとんどだ。

 視察に行ってもてなされるために、本来見るべきところを見ずに戻ってきてしまう。そんな特別である「レッドカーペット」待遇での視察だけで、「地元に必要だ」と言い切ってしまって大丈夫なのだろうか。

・都合の良い部分だけ使われる「成功事例」

 よくカジノ誘致派が成功事例として取り上げるシンガポール。政府主導型のこの国では珍しくカジノ開設にあたっては、反対運動も起こり、かなり長い時間をかけた議論が行われ、非常に厳しい規制が導入されている。

 そもそもシンガポール政府は「カジノを集客の中心施設」などとは位置づけてはいない。シンガポール政府は、1980年代後半以降、製造業などが周辺のマレーシア、インドネシア、さらには中国やベトナムなどに移転していくに従って、金融業、IT産業や観光業の育成に力を入れてきた。特に1990年代以降は、観光産業振興と関連して芸術や文化政策にも力を入れてきた。古くからの街並みや観光施設の整備、アートなど芸術イベントの開催などを長期間に渡って取り組んできた。カジノはその中の一つにしか過ぎない。こうした事実関係や経緯を全く無視して、「シンガポール=カジノによって成功した国」という短絡的な解釈をし、カジノこそが地域経済活性化の鍵だと理解するのは、間違いだ。

・外国人観光客により一層、金を落とさせる装置

 このように話をすると、すぐに「お前はカジノ反対か、じゃあパチンコはどうなんだ」と批判してくる人がいる。筆者は、カジノについて反対ではない。しかし、条件付きだ。「外国人観光客により一層、金を落とさせる装置」としてならば賛成するが、「自国民を主要顧客としようとする」カジノには反対だ。もちろんカジノ以外のギャンブルも批判的に見ている。ちなみに、今回起こった事件で、日本へのカジノ進出は、今まで一般で言われてきたこととは異なり、実はパチンコ関連業界にとっても新たなビジネスチャンスとなることが、やっと多くの人に理解されたのではないだろうか。

 さて、先のシンガポールの例を見てみよう。シンガポール政府は、自国民の入場を厳格に制限している。中心部からのカジノ直行バスを調査して、観光客の利用が少ないとみると即廃止を決めたり、家族からの通報窓口を充実させ、問題ありと判断されれば入場禁止させるなど、自国民がカジノに通うことを厳しく規制している。

 こうした方針は、政府によって明確に打ち出されている。例えば、入場料だが、外国人観光客はパスポート持参で、無料だ。しかし、シンガポール国民や永住権者は、150シンガポールドル(約1万2000円)、入場回数無制限の年間入場パス3000シンガポールドル(約24万円)と非常に高額だ。

 実は、この入場料は今年(2019年4月)までそれぞれ100シンガポールドル(約8000円)、2000シンガポールドル(約16万円)だった。値上げしたのは、自国民入場者が増加したからではない。むしろ逆でカジノが開業した2010年と2018年を比較すると、国民のカジノ入場者数は半減したことを成果だとして、さらに自国民の入場者数を減らそうというのだ。

 3年ごとに社会家庭発展省の国家賭博依存症評議会(NCPG)(注1)が実施する賭博参加調査でも、ギャンブル依存症が疑われる人の割合は、11年の2.6%から17年の0.9%へと低下している。それでも5月のシンガポール議会でジョセフィン・テオ内務副大臣は、年間入場パスでの入場者には富裕層が多く、来場回数が多くなっていることから、さらなる値上げを検討していると述べているのだ。こうした厳しい姿勢から、シンガポール政府が自国民にとってのカジノがどういう施設として評価しているか理解できるだろう。

 自国民の入場料は6千円で、週3回もカジノに通えるものとしようとしている我が国政府や、「ギャンブルは、生活に問題が生じないよう金額と時間の限度を決めて、その範囲内で楽しむ娯楽です」などと止めているのか勧めているのかわからない文言のリーフレットを高校生に配布している日本の某自治体と、シンガポール政府の姿勢は大きく異なっている。自国民をできる限りカジノから遠ざけ、外国人観光客により一層の消費を行わせるための装置として割り切っているシンガポールから学ぶべきことは多い。

実は非常に厳格な管理を行い、犯罪者には厳しいシンガポール
実は非常に厳格な管理を行い、犯罪者には厳しいシンガポール

・心静かにお考えください

 地域経済の活性化という観点で見れば、そこには付加価値を持つ製品が作られることもなければ、イノベーションを生み出す発明や企画が生まれることもない。観光産業の集客施設の一つではあり、外国人の消費金額引上げには一定の効果が見込めるにしても、将来に向けての国や地方の経済活性化の「エンジン」となるとは言い難い。各国の富裕層を魅了する観光コンテンツを磨き上げ、その上で彼らにより多くの金を消費させる装置がカジノであり、その逆ではない。

 今回、明らかになっている事件のように外国企業が日本の政治家を巻き込んでの参入合戦を起こすのは、運営に関係する企業が巨額の利益を得ることができるからだ。つまり、それは日本から海外に巨額の利益を流出させることを意味している。それでも、シンガポールのようにその利益が海外から、つまり外国人観光客から得られるようにするのならば、輸出と同じプラス効果があるだろう。しかし、「カジノ進出を希望する外国企業が外国人観光客だけでは利益を上げられない」と言っているから、「自国民である日本国民も気軽にカジノに行けるようにする」というのであれば、経済政策の点からも本末転倒だ。

 さらに、あの犯罪に厳しいシンガポールですら、カジノに関連する犯罪が起きている。シンガポール政府は詳細を発表していないものの組織的な犯罪も開業以来20件ほど起こっており、被害額の最高額は130万シンガポールドル(約1億400万円)だ。本格的に外国企業や外国人が日本国内のカジノ運営に参入すれば、今回、発覚した事件など、将来的には氷山の一角でしかないだろう。

 海外のカジノ視察に行き、その素晴らしさに心を奪われた議員や地方自治体の幹部職員のみなさんは、マカオやシンガポールでの「レッドカーペット」の思い出だけではなく、シンガポール政府のカジノ政策、さらに地域経済政策全体から「マイナス部分」や「対策を行うべき点」などを学ぶことが大切だ。賛成派を続けるにしても、カジノ業者にもらった美しい資料だけで判断せず、せめて「カジノが本当に地元に利益をもたらすためにはどうすべきなのか」、「自国民が自国で楽しめるカジノなるものが、本当に国益に合致しているのか」、事件の発生を良い機会として、この年末年始、もう一度心静かに考えてみて欲しい。

☆注1 シンガポール国家賭博依存症評議会(NCPG)

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神戸国際大学経済学部教授

1964年生まれ。上智大学を卒業後、タイ国際航空、PHP総合研究所を経て、大阪府立産業開発研究所国際調査室研究員として勤務。2000年に名古屋大学大学院国際開発研究科博士課程を修了(学術博士号取得)。その後、日本福祉大学経済学部助教授を経て、神戸国際大学経済学部教授。関西大学商学部非常勤講師、愛知工科大学非常勤講師、総務省地域力創造アドバイザー、山形県川西町総合計画アドバイザー、山形県地域コミュニティ支援アドバイザー、向日市ふるさと創生計画委員会委員長などの役職を務める。営業、総務、経理、海外駐在を経験、公務員時代に経済調査を担当。企業経営者や自治体へのアドバイス、プロジェクトの運営を担う。

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