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乱立キャッシュレスで、客も、レジも大混乱。還元制度が終われば、現金支払いに戻る?

中村智彦神戸国際大学経済学部教授
キャッシュレスで還元というけれど、どこで、どう買うのか。(画像・著者撮影)

 レジに並んで、そこの店のポイント用のアプリを立ち上げて、それから支払い用のPayのアプリを立ち上げて・・・ここは、このアプリじゃなくて、なんだか電波状態が悪いなあ・・・・さらに、還元率やポイントも、いったいどこで、どうやって払えばいいのか、ややこしくて、そこでもイライラ。「なんで、こんなことになってしまったのか」と、結局、現金か、クレカか、鉄道系ICカードの電子マネーで支払っているという人が多いのでは。

・キャッシュレス決済利用は10%増加

 株式会社ジャストシステムが、17歳~69歳の男女1,100名を対象に実施した『Eコマース&アプリコマース月次定点調査(2019年10月度)』によると、コンビニエンスストアで「キャッシュレス決済を利用する」と答えた人は48.9%、スーパーは48.1%だった。消費増税の前の調査と比較すると、コンビニエンスストア、スーパーともに「キャッシュレス決済」の利用が10%以上増加しているという結果となった。

・年齢が上がるほどキャッシュレス決済を使っている

 例えば身近なスーパーで「現金を使わない」、「現金を使わないことが多い」を合わせると全体の48.3%とかなりの高い割合になっている。おもしろいことに、男性では44.8%に対して、女性は51.5%と、女性の方がキャッシュレスに熱心だ。さらに興味深いことがある。10代では25.0%、20代では40.0%、30代では49.5%、40代では49.5%と、年代が上がるにしたがって、キャッシュレス決済の利用率が上がっているのだ。そして、50代では56.0%、60代では57.0%と半数を越しているのだ。

 

 年齢層が上がるほど、消費税増税やその還元制度に敏感に反応していることは、この調査以外でも明らかになっている。しかし、それは必ずしもスマホ決済を利用してのものとは言い難い。

・実はクレジットカードが一番使われている

 「いったいどこで、どうやれば得なのか、さっぱりわからない」60代の女性は、苦笑する。「あちらこちらに、還元と書いてあるでしょ。クレジットカードでも良いと言うので、それで払ってますけど、スマホを使うやつはよくわかりません」と言う。

 実際、このアンケート調査でも、「現金を使わない」、「現金を使わないことが多い」を合わせた973人に、実店舗での支払い方法を聞くと、クレジットカードが79.1%と最も多く、プリペードカードなどのカード型電子マネー(前払いのチャージ方式、Suicaなども含む)が53.3%と続き、商品券・ギフト券が35.0%、そして、スマートフォンの決済機能(Google Payなど、スマホをかざすだけで決済できるもの)が34.4%、デビッドカードは12.2%となっている。

 年齢別にみると、クレジットカードの利用が10代を除いて最も多く、30代以上では80%以上の人が利用している。しかし、スマートフォンの決済機能を利用しているのは、30代が最も多く43.2%。10代、20代、40代、50代ではいずれも30%を越しているが、60代だけは21.6%と低い。

・もうアプリでいっぱい

 

 こうしてみると、消費税増税を契機にスマートフォンの決済機能を利用している人は増えているものの、依然としてクレジットカードやカード型電子マネーを利用している人が多いことがわかる。

 「それでなくても、スマホはアプリでいっぱい。どこの店も、自社のアプリをダウンロードしろと言ってくる。コンビニもスーパーも回転寿司屋もファミレスも。そこになんとかPayとかでしょ。ゲームや音楽とかのアプリもあるし、無理ですよ」と、21歳の男子大学生はスマホの決済機能を使わない理由を言う。「主婦の人とかじゃないんで、消費税還元とか言われても、大きなもの買う時以外は、めんどくさい。」

 「いちいちチャージしなくちゃいけないし、電車の定期で使っている交通系ICカードで支払っているので、特にスマホ決済の必要性を感じないです」そう話すのは、高校三年生の女子学生だ。「スマホのアプリは、いろいろ入っているし、増やしたくないですね」と同じことを言う。

 「結構使いこなしている方だとは思いますけど、それでもレジに並んで、割引のアプリを開いて、それからポイント用のアプリを開いて、ここはこっちの方が得だとか思って、支払いのアプリを立ち上げてとかやっていると、イライラしてきますよね。電波状態悪い時とか、その店のアプリと間違えて違うやつを立ち上げたりして、ああ、もういいです、現金でとかよくなってますよ」と30代のサラリーマンは、笑う。「これ、うちの母親とか絶対使いこなせないです。」

 クレジットカードや、ポイントカード、会員カードなどでパンパンになっていた財布が薄くなった分、今度はスマホのアプリがパンパンになっているという状態に、「ダウンロードはしたけど使っていない」という人も多いようだ。

乱立するキャッシュレス決済は売り場でも困っている(画像・著者撮影)
乱立するキャッシュレス決済は売り場でも困っている(画像・著者撮影)

・なぜこんなことに

 

 株式会社ヴァリューズが、2019年11月26日に発表した消費増税前後の決済アプリ利用ログからキャッシュレス決済の利用実態調査と、国内の20歳以上の男女18,517人を対象に行ったキャッシュレス決済やポイ活の認知度、利用意向に関するアンケート調査よれば、スマホ決済アプリではPayPayの圧勝の状況だ。9月以降、起動ユーザー数が急増し、増税当日の10月1日に683万人に達し、キャンペーンを行った5日には911万人に急増。10月の1日平均起動ユーザーは677万人に達し、au Walletの313万人、d払いの269万人などを圧倒した。

 しかし、それにしてもPaypay、au Wallet、d払い、Apple pay、ファミペイアプリ、楽天ペイ、LINE pay、Origami、メルペイ、QUICPayなどに加え、ゆうちょpay、J-Coin Pay、はまPayと、スマホ決済だけでも乱立状態。ここに電子マネーやら、ポイントカード、デビットカードなどが絡んでくる中で、いったいなにがどうなっているのか。

 このような乱立状態を招いた原因は、一つにはIT時代にふさわしい決済システムを一国の社会インフラとして構築しようという機運が希薄だったこと。二つには、利用者の利便性を考えてのサービス提供ではなく、合理化、省人化によるコスト削減による自社の利益拡大が優先されたこと。三つには、独自開発、独自システムこそが最高であるとの旧来型の発想から経営陣が脱却できていないことにある。

・利用者の利便性を考えない

 こうした乱立状態は、サービスを提供する側が利用客の利便性を考えているとは到底思えない。キャッシュレス化やデジタル化に「乗り遅れるな」という号令の下、自社の「省人化」や「コスト削減」につながるはずだという発想だけで動いている。

 「来年の6月までは、還元が欲しいから、めんどくさくても、みんな使っているが、還元が終わったら、この人たち、また現金払いに戻るんじゃないの」個人商店の経営者は言う。「スマホ決済の会社も、今は競争だから手数料も安いし、ポイントも客に付けてるけど、いつまで続くんだろうね。還元制度終わって、客が使わなくなって、手数料が上がったら、うちも使うの止めちゃうよ。本当にキャッシュレスって普及させる気持ちあるのかな。」

 「なぜこのアプリは使えないのか、ポイント還元はもらえるのか、この還元分はいつ返ってくるのか、お客さんもよくわからないし、こちらもよくわからない。怒り出す人や、使い方を教えろと言う人も多くて、大変です。その上、5%還元だとか、2%還元だとか、スマホ決済によっては期間限定でさらに5%とか、もう何がなにやらわかりませんよ」と、中小企業経営のスーパーでアルバイトをする学生は言う。「売っているものの大半が食品なので、軽減税率で8%。前と変わらないのだし、目の色変えて数%の還元とかポイントにこだわる人が多いのは、それだけ景気が悪いのかなあと思います。僕も還元制度終わったら、めんどくさいから使わなくなるんじゃないかと思いますよ。」

 流通の現場の人たちからも、この乱立状態に不安と不満の声を多く聞く。来年の6月になって還元制度が終了したら、利便性が感じられなければ、また元の現金支払いに戻る人は少なくないだろう。

 

・道具ばかりいらない

 

 経済産業省が、次なるキーワードとして取り上げているのものに「DX=デジタル・トランスフォーメーション」がある。2004年にスウェーデンのウメオ大学のエリック・ストルターマン教授が発表した概念で「デジタル・トランスフォーメーションとは、ITが浸透することが、人々の生活をあらゆる面でより良い方向に変化させること」だ。

 この概念で重要とされているデジタル化が進むことで、そこから新たな商品、サービス、価値が生み出されていくという発想は、大変、結構だ。しかし、肝心なのは、デジタル化はあくまでツール(道具)であるという発想と、そのツールを使って新たなものを作り出すという攻めの姿勢だ。

 互換性のないツールばかりを作り出し、自分たちの利益ばかりを期待して、顧客に「さあ、使え、ほら、使え」というのでは、「人々の生活をあらゆる面でより良い方向に変化させる」ことなどできないだろう。

 今年になってさらに互換性のない独自の電子マネーやスマホ決済事業に参入しようと金融機関などが動いたことは、デジタル・トランスフォーメーションに踏み出せない日本社会の問題を明らかにしている。そもそもこれからの社会で求められているのは、デジタル化というツールではなく、そのツールを使って新たなものを生み出す努力だ。「うちだけの独自のツール」など、もう求められていない。

 ITを進化させた自動車関連のCASE、交通サービス提供事業者を巻き込み交通体系を変革するMaaSなども、電子マネーやスマホ決済システムと不可分だ。厳しい国際競争の中で「勃興期は乱立する。放っておけば淘汰される」といった悠長なことではなく、経済界、産業界が協調して、日本国内の電子マネーやスマホ決済システムの統合、共通化に動くべきだ。

 

'''All copyrights reserved by Tomohiko Nakamura2019

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☆参考

「コンビニエンスストアでの「キャッシュレス決済」は、増税前より1割増」、『Eコマース&アプリコマース月次定点調査(2019年10月度)』、株式会社ジャストシステム、2019年11月26日

「増税後、QRコード決済利用率10ポイント上昇するも、キャッシュレス比率は微増」、『首都圏1000名にキャッシュレス決済について調査』、株式会社リサーチ・アンド・ディベロプメント、2019年11月21日

神戸国際大学経済学部教授

1964年生まれ。上智大学を卒業後、タイ国際航空、PHP総合研究所を経て、大阪府立産業開発研究所国際調査室研究員として勤務。2000年に名古屋大学大学院国際開発研究科博士課程を修了(学術博士号取得)。その後、日本福祉大学経済学部助教授を経て、神戸国際大学経済学部教授。関西大学商学部非常勤講師、愛知工科大学非常勤講師、総務省地域力創造アドバイザー、山形県川西町総合計画アドバイザー、山形県地域コミュニティ支援アドバイザー、向日市ふるさと創生計画委員会委員長などの役職を務める。営業、総務、経理、海外駐在を経験、公務員時代に経済調査を担当。企業経営者や自治体へのアドバイス、プロジェクトの運営を担う。

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