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「役所の職員が来るのが遅い」のはなぜ?~自然災害が明らかにする人員不足

中村智彦神戸国際大学経済学部教授
(写真:アフロ)

・大幅に減少している地方公務員

 「役所の職員が来るのが遅い」、「公務員が全く足りていない」

 こうした不満が、今回の千葉の災害復旧の現場でも多く起こっている。電力会社などの不手際が被災者の怒りを強めていることは確かだ。

 しかし、一方で「地方公務員が、この20年間で大幅に減少しているという事実が伝わっていない」と指摘する公務員もいる。

 図1は、 2018年4月までの地方公共団体の総職員数の推移だ。1994年(平成6年)に約328万人いた職員は、2018年(平成30年)には約274万人と55万人、17%も減少している。

地方公共団体の総職員数の推移(総務省「平成30年地方公共団体定員管理調査結果」)
地方公共団体の総職員数の推移(総務省「平成30年地方公共団体定員管理調査結果」)

  

・災害が続発する中で土木職員がいない自治体が3割

 今年(2019年)1月24日に国土交通省総合政策局が公表した資料(国土交通省総合政策局事業総括調整官 吉田邦伸「地方自治体の取組支援とインフラメンテナンス国民会議」2019年1月24日)によると、市町村全体の職員数は、2005年度から2017年度の間で約11%減少しているのに対して、市町村における土木部門の職員数の減少割合は約14%であり減少割合が大きくなっている。こうした結果、技術系職員のいない市町村の割合は約3割に上っている。

 「こうした事実を知らない住民の方が多い。」そう言うのは国土交通省関係の団体職員だ。「公務員叩きをすれば票になるということで、人員も削減してきた。しかし、災害発生だけではなく、これから大きな問題が発生する」とも指摘する。「もちろん、災害に備えて余剰の人員を抱えておく余裕はないという批判も理解する。しかし、この10年ほどの急激な職員数の減員が日常業務の執行に限界までになっている点も理解してほしい」とも言う。

技術系職員のいない市町村の割合
技術系職員のいない市町村の割合

・一気に老朽化が進むインフラ

 先の資料でも指摘されているのだが、1970年代前後の高度成長期以降に整備された道路橋、トンネル、河川、下水道管渠、港湾等のインフラが、加速度的に老朽化を迎える。約1万施設ある水門など河川管理施設で建設後50年以上経過するものの割合は、2013年3月に約25%だったものが、2023年3月には約43%、2033年には約63%となる。

 「河川施設だけではなく、道路、トンネル、港湾施設など、急速に老朽化が進むことの重大さに気が付いていない人が多い。ローカル鉄道でも、トンネルや鉄橋などの老朽化問題を取り上げずに議論しており、非常に問題がある」と東北地方の公務員は指摘する。

 老朽化したインフラの急増が、さらに自然災害を増加させる可能性も高く、それらを防ぐための補修や修理、新設には膨大な費用が必要となるだけではなく、人材が必要になる。

建設後50年以上経過する社会資本の割合
建設後50年以上経過する社会資本の割合

・職員数はようやく下げ止まり

 

 総務省が2018年4月に発表した定員管理調査によると、自治体の土木・建築部門に所属する職員数が都道府県で前年比0.14%増、政令市で0.48%増、市区町村で0.24%増と調査が行われるようになった2005年以降初めて増加に転じた。

 しかし、これは「現場が疲弊するまで人員が削減されて、限界に来たために、やっと下げ止まったというだけで、厳しい状況は継続している」と中部地方の地方公務員は言う。さらに東北地方のある地方公務員は、「インターンシップで志望理由として、親から公務員は給料が良く、暇だからと言われてきたという学生に、40歳代、子供2人、既婚でこれだと給与明細を見せたら、絶句されました」と苦笑する。「実態を知らずに話している人が多く、地方自治体の現場では、現実には低賃金から人材確保がすでに難しくなっているのが現実だ」とも言う。

・社会インフラの維持に関心を持つ時期

 関西地方の地方議員の一人は、「残念なことだが、災害が起きて、復旧が遅れるという現実に直面して、初めて話題になる。関西でも昨年の地震や台風による被害が復旧していないところもある。しかし、多くの人は新たな箱ものの建設などは前向きだと評価して、政治家も票につながると積極的だ。しかし、今あるインフラのメンテナンスや維持管理の必要性には関心を持たない」と言う。

 関東地方の地方議員も、「身を切る改革、自ら血を流せなどと派手なキャッチコピーでやってきたのは、公務員の給与を下げ、人員を削減することばかりだった。ここ数年の災害の発生で、老朽化しているインフラと限界まで削減した公務員の不足が表面化した。これからインフラの維持管理に大きな問題を抱えることを我々自身が自覚しなくてはならない」と言う。

 こうした話題を取り上げると、必ず「後ろ向きの発想をするな」という批判をする方がいるが、発生が予想される問題を隠蔽して、明るい未来を語ることができるのだろうか。老朽化したインフラを放置し、自然災害に遭えば、その被害は甚大なものになる。新しい未来を切り開くためには、今、我々が保有している資産を長く安全に使えるようにすることが大切である。

 身を切る改革が、単に身を切っただけ、血を流すだけであれば、国そのものを衰退させることになる。社会インフラの維持に関心を持つ時期である。高度経済成長期のように、豊かな資金があるわけではない。既存のインフラを資源としつつ、いかにバランスを取っていくのか、きちんとした議論も必要だろう。

※Don't PICK, please.

※参考資料

  ・国土交通省「市町村における持続的な社会資本メンテナンス体制の確立を目指して・参考資料」

  ・国土交通省「市町村における持続的な社会資本メンテナンス体制の確立を目指して」

  ・国土交通省総合政策局事業総括調整官吉田邦伸「地方自治体の取組支援とインフラメンテナンス国民会議」2019年1月24日

  ・総務省自治行政局公務員部給与能率推進室「平成30年地方公共団体定員管理調査結果」2019年3月

  ・総務省「平成30年地方公共団体定員管理調査結果の概要」2019年3月

神戸国際大学経済学部教授

1964年生まれ。上智大学を卒業後、タイ国際航空、PHP総合研究所を経て、大阪府立産業開発研究所国際調査室研究員として勤務。2000年に名古屋大学大学院国際開発研究科博士課程を修了(学術博士号取得)。その後、日本福祉大学経済学部助教授を経て、神戸国際大学経済学部教授。関西大学商学部非常勤講師、愛知工科大学非常勤講師、総務省地域力創造アドバイザー、山形県川西町総合計画アドバイザー、山形県地域コミュニティ支援アドバイザー、向日市ふるさと創生計画委員会委員長などの役職を務める。営業、総務、経理、海外駐在を経験、公務員時代に経済調査を担当。企業経営者や自治体へのアドバイス、プロジェクトの運営を担う。

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