Yahoo!ニュース

前より収入が減ったから!増税前の駆け込み需要が低調な理由は深刻だ。

中村智彦神戸国際大学経済学部教授
消費税増税前の駆け込み需要はどこへ行ったのか

・駆け込み需要は不発?

 名古屋市内のホームセンターでは、消費税前の駆け込み需要を見込んで、トイレットペーパーやティッシュペーパーを組み合わせたセット商品を売り出した。「早すぎたのですかねえ。あまり売れませんねえ」と従業員の男性は笑う。

 「8%への増税の時に比べると、動きが見られませんね。」大手スーパーマーケット企業の経営幹部も、駆け込み需要が今までのようには感じられないと言う。

・判りづらい軽減税率

 今までの消費税増税と異なるところが、いくつかあるため消費者の理解が進んでいないという意見もある。特に軽減税率については、酒類を除く食品表示法に規定されている飲食料品については8%のままで据え置かれるため、「食品スーパーでは、消費税増税の影響はあまり受けないこともあって、消費者も慌てて何かを買うという意識が低いのかも知れない」とやはり大手スーパーマーケットの従業員は指摘する。

・キャッシュレスだと増税にはならない

 今回、さらに消費者を迷わせているのは、期間限定の施策のようで、2019年10月1日から9カ月間、キャッシュレス支払いだと増税分がポイント還元される。

 還元率は、中小・小規模事業者の場合は5%、コンビニ、外食、ガソリンスタンドなどの大手企業のフランチャイズ店の場合は2%で、それぞれポイントで還元される。つまり、2%増税されるが、キャッシュレスで支払えば、消費者からすれば逆に値引きされることにもなる。

 つまり、消費者からすれば、キャッシュレスでの支払いをすれば、増税分は還元されるので、駆け込みで購入される理由がなくなる。

 「還元サービスが終わる2020年6月末になれば、駆け込み需要が起きるか可能性があるかも知れませんね」と先の大手スーパーマーケットの従業員は言う。

消費税増税はどういう影響が出るのだろうか(画像・筆者撮影)
消費税増税はどういう影響が出るのだろうか(画像・筆者撮影)

・中小企業が有利?

 しかし、中小企業ではない大企業の経営する百貨店や直営店、病院などでは還元されない。困ったのは、還元対象にならない「大企業」の商業者だ。ならば、中小企業になれば良いのではと、相次いで資本金を5000万円以下に減資する商業者が出ている。

 「批判する意見も多いが、今や大企業であることにメリットはない。むしろ、これを機会に減資して、中小企業にして、国や地方自治体の支援制度や補助制度を利用できるようにしておく方が経営側にとってはメリットが大きい。」流通業界に詳しい地方自治体の職員は、そう説明する。

インバウンド消費も一服気配(画像・筆者撮影)
インバウンド消費も一服気配(画像・筆者撮影)

・コンビニは即時値引きへ

 セブン・イレブン・ジャパンとファミリーマート、ローソンは、キャッシュレス決済のポイント還元制度に関して、消費者が購入する際に、その場で2%分を値引いて販売することを発表した。ポイントを後日還元するというのではなく、その場で値引く方が消費者にアピールすると判断したようだ。さらに、中小事業者が経営するフランチャイズ店以外の,本来還元の対象にならない直営店でも、企業側が自己負担して同様に値引きをすることを決めている。

・老後資金の2000万円が

 「消費税値上げを理由にして、なにか自分にご褒美買おうかなんて少し思っていたけど、老後資金に2000万円必要だ、年金が足りないなどと騒ぐものだから、すっかり気分が滅入っちゃった」と笑うのは、50歳代の女性会社員だ。6月3日に発表された金融庁の審議会の報告書が「老後資金は2000万円必要」と記載していたことが大きな話題になった。「これって、そうとう影響していると思いますよ。特に60歳代から50歳代の人たちは、なんだか不安ばかりかき立てられましたしね。」

・増税に慣れ?

 「消費税が上がる前に駆け込みで買った方が、本当に得でしょうか。8%になった時も、増税後の方が値引き販売が増えて、結局、そっちの方が安かったですから。」30歳代の男性サラリーマンは、慌て何かを購入する気は無いと言う。「不動産関係は、総額が大きいので、増税で支払総額が増えることを嫌う傾向があるのだが、今回は、今までのようには動いていない。東京オリンピックが終われば、不動産価格が下落するのではという見込みもあり、多くの人が冷静だ。」首都圏で不動産業を営む経営者の男性は、低調な動きをそう説明する。

・以前と比べて収入が減った

 博報堂が、2019年06月17日に発表した『消費税対策研究プロジェクト調査 「増税前後の意識・行動」』によると、前回の増税時(2014年4月)と比べて消費税の負担が大きいと答えた人は71.3%に上り、特に20-40代の女性では、8割近くが前回より負担が大きいと感じていると回答している。さらに、負担が大きい理由として、全体では「以前と比べて、収入が減った/少ないから」が48.0%と最も多い。

 増税に対して、どのような対策を取るかについてでも、「現金ではなく、なるべくクレジットカードやデビットカード・電子マネー・電子決済サービスで支払う」が58.0%と最も多い。さらに、「増税前にあわてて買わずに、増税後にポイント還元率が高いお店で購入する」が30.7%となっており、増税前の駆け込み需要が見られないことを裏付けている。

・結局、問題は先送り?

 景況感も悪化する中での増税を前にして、多くの消費者は冷静に、賢く立ち回ろうとしている。少子化高齢化が一層進む中で、社会保障費の増大が進む。だから、増税が必要だという説明は理解するものの、駆け込み需要が起らない理由は、実は深刻だ。

 今回の消費税増税は様々な問題を山積にし、見切り発車しようとしていると言わざるを得ないだろう。問題は、還元制度が終わる来年10月以降に先送りで、本当に大丈夫なのだろうか。

※参考  博報堂 消費税対策研究プロジェクト調査 「増税前後の意識・行動」2019年06月17日

神戸国際大学経済学部教授

1964年生まれ。上智大学を卒業後、タイ国際航空、PHP総合研究所を経て、大阪府立産業開発研究所国際調査室研究員として勤務。2000年に名古屋大学大学院国際開発研究科博士課程を修了(学術博士号取得)。その後、日本福祉大学経済学部助教授を経て、神戸国際大学経済学部教授。関西大学商学部非常勤講師、愛知工科大学非常勤講師、総務省地域力創造アドバイザー、山形県川西町総合計画アドバイザー、山形県地域コミュニティ支援アドバイザー、向日市ふるさと創生計画委員会委員長などの役職を務める。営業、総務、経理、海外駐在を経験、公務員時代に経済調査を担当。企業経営者や自治体へのアドバイス、プロジェクトの運営を担う。

中村智彦の最近の記事